表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2nd Nightmare  作者: 白川脩
恭子編
31/57

第14話


麗子が居ると思われる、北側にある一番高い建物へと出発した恭子達一同。


「一番高い建物…心当たりはありますか?」


歩き出してすぐに、恭子が深雪にそう訊いた。


「多分、20階建てのマンションの事だと思う。かなり大きいし、見れば一目瞭然だよ」


「マンション…ですか…」


何かを考え込む恭子。


「…何か不安でも?」


「罠を仕掛けられていたら厄介でしょう。低い建物ならば強引に飛び降りて脱出する事も出来なくはありませんが、それなりの階層からの脱出となれば容易ではありません」


「罠…か」


「可能性は低くありませんわ。階段とエレベーターさえ塞いでしまえば、もう私達は袋の鼠ですもの」


「じゃあ止めとく?」


嫌味っぽくそう訊く深雪。


恭子は横目で見つめてくる深雪の顔を見ながら、笑みを浮かべてこう訊き返した。


「ふふ…私がその程度の事で、尻尾を巻いて逃げるとでも?」


「…だよね」


しばらく歩いた所で、目標のマンションが正面に見えてきた。



「あら、お出迎えとは嬉しいですこと」


マンションの入口の前でこちらをじっと見つめているイリシオスの集団を見て、恭子はおかしそうに笑う。


「かなりの数だよ。どうするの?」


スナイパーライフルのコッキングレバーを引きながら、深雪が訊く。


すると、恭子は彼女のスナイパーライフルを上から押さえつけるように下げさせ、こう言った。


「戦う必要はありませんわ。行きましょう」


「…はぁ?」


「戦意を感じられません。誘導係…いえ、案内係と言った所でしょう」


「誘導?誰が?」


「あなたの元上司様ですわ。ここに居る事は確定しましたね」


「………」


「恭子さん」


今から麗子と対面するという事に改めて動揺し、黙り込んでしまった深雪に代わって、今度は亜莉紗が恭子に話し掛ける。


「何です?」


「誘導から案内に言い換えたのは、それだと負けた気がするからですか?」


「…はい?」


「恭子さんかなり負けず嫌いですもんね。それくらいわかりますよ~」


「…歯を食い縛りなさい」


「わぁぁぁッ!?ごめんなさいぃぃッ!!」


そんな頓狂なやり取りをしている最中も、イリシオスは入口の前でじっとしているだけ。


その異様な光景を深雪が訝しげに思いながら見ていると、彼女の元に亜莉栖とイヴがやってきた。


「深雪」


呼ばれた深雪は、突然背後から声を掛けられた事に少々驚きながらも、それを隠して返事を返す。


「亜莉栖ちゃん…。どうしたの?」


「あれ、襲ってこないの?」


わからない、と言っては不安にさせてしまうと思い、深雪は誤魔化そうとする。


「う、うん…。恭子さんもそう言ってたし、多分大丈夫じゃ…ないかな…」


しかし、ぎこちない口調になってしまった事から、彼女の魂胆はすぐにバレた。


「…気遣いなんていらない。わからないならわからないって言っても良い」


「ご、ごめん…」


「それに、私はそれくらいで不安になったりしない」


その言葉を聞いて、深雪は思わず驚き、亜莉栖の顔を見つめた。


「…怖くないの?」


「イヴがいるから」


亜莉栖は即答した。


深雪はその時の彼女の自信に満ち溢れたような、誇っているような顔を見て、ふっと笑い、足元に居るイヴの頭を優しく撫でた。


「…そうだよね」



その後、恭子が亜莉紗にげんこつを1発喰らわせてから、一同は不気味な程に大人しいイリシオス達のすぐ横を通り抜けて、マンションの中へと足を踏み入れた。


「…後戻りはできないみたいですね」


入口を塞ぐようにして立っているイリシオス達を見て、亜莉紗が苦笑を浮かべる。


「後戻りなどするつもりはハナからありませんわ。先に進みますわよ」


それだけ言って、1人で通路の奥へと歩き出す恭子。


「…相変わらず、自信満々ね」


溜め息混じりにそう言ったのは深雪。


「自尊心の塊が服着て歩いてるような人だからねぇ…」


亜莉紗がそう言うと、恭子の歩みがぴたりと止まった。


「亜莉紗さん。もう一度言って頂けます?よく聞こえなかったのですがね…」


「い、いえッ!きょ、今日はいい天気ですねぇって…」


「自尊心の塊がどうのこうのと…」


「聞こえてんじゃんッ!」


「問答無用」


「いやぁぁぁッ!?」


「ちょっと!」


珍しく深雪が大きな声を上げる。


それに少し驚き、恐る恐るといった様子で深雪に視線を移す亜莉紗と恭子。


「いい加減ふざけるのやめなよ。ここはもう敵の本陣みたいな場所なんだから」


「その通り。流石は深雪ちゃん、聡明ね」


という声が深雪の背後から聞こえた瞬間、その場の空気が一瞬にして重くなった。


「深雪ちゃん…あなた、一体どういうつもりなのかしら…?」


背後から人差し指で深雪の首を妖しくなぞるように触れながら、ゆっくりとした口調で囁く麗子。


「麗子…様…」


蛇に睨まれた蛙の如く、深雪は全身が固まってしまった。


「その子を離しなさい。あなたの相手は私がいたしますわ」


恭子がそう言って一歩踏み出すが、麗子が深雪の首の動脈に爪を立て、ニヤリと笑って恭子を威圧した。


「動かない方が良いわよ?この子の首から鮮血が吹き出てくる光景を見たくなかったらね…」


その時、彼女の額をめがけて一本の矢が飛んでくる。


麗子はその矢を片手で受け止め、矢が飛んできた方向を見て不気味に口元を歪めた。


「上条亜莉紗ちゃん…だったっけ?」


「その子を…幾島さんを離せ…!」


「嫌だと言ったら?」


「今度こそ頭を串刺しにしてやる…。私の大切な友達を苦しめる奴は許さない…!」


友達という言葉に、はっと驚いたような素振りを見せる深雪と、面白おかしそうに笑い出す麗子。


「あらあら…。仲良しさんで微笑ましい限りだわ。ちょっと妬いちゃうかも…?」


「黙れ…!」


「ふふ…。健気ね…」


そう言ったと同時に麗子の瞳が赤くなり、次の瞬間、彼女の身体は深雪の背後から消えていた。


一同がその事実を認識するよりも早く、麗子は亜莉紗の目の前に一瞬で移動し、彼女の腹部を思い切り殴り付けた。


「ッぁ…!?」


何が起きたのかも理解できぬまま、殴られた腹部を抑えながら崩れ落ちる亜莉紗。


姉妹揃って痛め付ける気なのか、次に麗子は亜莉栖に接近する。


側に居たイヴを蹴り飛ばし、軽く掴んだだけで折れてしまいそうな亜莉栖のか細い首に麗子の手が触れようとしたその時、彼女の手首を恭子が掴んだ。


そしてその手首を捻りながら、恭子は赤い瞳で麗子を睨んでこう言った。


「調子に乗るな…アバズレが…」


恭子の殺気に怯んだのか、麗子は乱暴に彼女の手を振りほどいて後ろに下がる。


それでも、麗子は悠々とした態度を崩さずにこう言った。


「へぇ…。あなたも、下品な物言いをする事があるのね」


それを受け、恭子はふうっと息を吐いてから答える。


「…黙りなさい。次に彼女達を手に掛けるようなマネをしたら、今度こそその手首を握り潰しますわよ」


「怖い怖い…。でも、まだあなたとの一騎討ちをするつもりは無いわ。もう少し楽しませて貰いましょうか」


そう言って、見た事が無い不思議な形の拳銃を取り出す。


そして、麗子はイヴに銃口を向けて引き金を引いた。


「イヴ…!」


銃声に続いたのは、亜莉栖のイヴを呼ぶ声。


その次は、麗子の楽しそうな声であった。


「19階よ。そこで待ってるわ。急いだ方が良いかもよ…?うふふ…」


銃をしまって一同に背を向け、エレベーターに向かって歩いていく麗子。


「待ちなさい…!」


「安心して、逃げるなんて事はしないわ」


麗子はそう言うと、歩みを止めて再び一同に身体を向けた。


「大神結衣、綾崎梨沙、峰岸恭子、上条亜莉紗、沢村歩美、神崎茜…それに、彼女達だけじゃないわ。これだけ豪華な面子が揃っているのよ?楽しみを自ら手放すようなマネ、私がするワケないでしょう?」


「そんな話はどうでも良いですわ。私はあなたを死の寸前まで痛め付ける事ができれば、それで満足ですの」


「ふーん…確かに、あなたとの一騎討ち…それも一興よね。改めて考えておくと言いたい所だけど、楽しい事は他にも沢山あるのよね。残念だけど…」


再び背を向け、麗子はエレベーターに向かって歩き出す。


それと同時に、彼女はこう言った。


「亜莉紗ちゃん。大丈夫かしら?それなりに加減はしたつもりだけど、彼女のヤワな身体じゃあちょっとわからないわね…。見てあげた方が良いんじゃないの?」


「ッ…」


恭子はエレベーターに乗り込む麗子を追い掛けずに、倒れている亜莉紗に視線を移す。


「うふふ…。またね、恭子ちゃん」


エレベーターに乗り込み、扉がしまっていく最中、麗子は恭子にウィンクをしてそう言った。


「ふざけたマネを…」


吐き捨てるようにそう言って、亜莉紗の元へと歩み寄る恭子。


すると、彼女よりも先に深雪が駆け寄って彼女を抱き起こした。


「亜莉紗…!」


「幾島…さん…。私…もうダメかも…」


「な、何言ってんの…!折角…友達ができた…のに…」


「えへへ…最期に…これだけ…」


「最期…?」


「あ…りが…と…」


そこで恭子がつかつかとやってきて、亜莉紗の側にしゃがみこみ、彼女の腹部を乱暴に触れる。


「おぎゃああああッ!?」


「ふむ…問題ないでしょう。あばらが数本折れても死にはしませんからね」


「折れてんの…?折れてんの…!?」


「多分、この辺が数本」


「痛い痛い痛いッ!ツンツンしないでくれますッ!?」


「大袈裟ですわねぇ…」


恭子は立ち上がって、亜莉栖とイヴの元へと歩いていく。


残ったのは、亜莉紗と深雪だけとなった。


「いたたた…。冗談じゃないよ全く…」


「亜莉紗…」


「いや…ごめんごめん…。死ぬほど痛いけど、本当に死ぬ事は無いと思う。ちょっと悪戯心がね」


突然、亜莉紗に抱き付く深雪。


「バカ…」


「ん…ぐ…ぐぐ…ご、ごめん…ねぇ…!」


抱き付かれ、折れた辺りにとてつもない痛みが走ったが、亜莉紗はぷるぷる震えながら苦笑を浮かべて必死に耐えた。



「亜莉栖さん。お怪我はありませんか?」


亜莉栖の元へとやってきた恭子は、彼女にそう訊きながらもイヴに視線を向けている。


イヴは肩が大きく上下しており、いつもより息が荒いように見えた。


「私は大丈夫…イヴが…」


イヴの隣に座ったままそう言って、イヴの首辺りを指差す亜莉栖。


恭子が見てみると、そこには小さな注射器のようなものが刺さっていた。


「失礼…」


しゃがみこんで、その注射器をイヴからゆっくりと引き抜く。


注射器の中身は既に無くなっており、消えたその中身はイヴの体内に注入されたという事を、恭子は手に取った時に悟った。


「(問題はその中身…)」


考えてすぐに恭子が思い付いたのは、麗子の研究所で発見したイヴのファイル。


その事実から、注射器の中身はウイルスだったのではないかと推測した。


「(過剰な接種は暴走を招く…このままではもしかすると…)」


その時、俯いていたイヴがゆっくりと顔を上げ、恭子を見上げる。


恭子が見たイヴの目は、どこか物悲しそうにも見えた。


恭子はイヴの頭を優しく撫で、微笑む。


「大丈夫…きっと助かりますわ」


その言葉に根拠が無いという事は隣に居る亜莉栖にもわかってしまい、彼女は言葉を失って顔を俯ける。


涙が一粒、地面にぽとりと落ちた。


それに気付いたイヴは苦しそうに身体を動かし、亜莉栖の目元の涙を優しく舐めとる。


その光景には、思わず恭子も目元がじわりと熱くなった。


「(津神…あなただけは許しませんわ…!)」


すっと立ち上がり、エレベーターに向かって歩き出す恭子。


「恭子?」


深雪が気付き、彼女を呼び止める。


恭子は立ち止まらずに答える。


「奴は19階と言っていましたわね。私が見てきますわ」


「…1人で?」


「あなた達はここで待っていなさい。後程、亜莉紗さんの無線機に連絡を入れます」


そう言って、エレベーターのスイッチを押す。


「イヴ…?」


亜莉栖のその声に、恭子は思わず振り返った。


するとそこには、覚束無い足取りでこちらに歩いてくるイヴの姿があった。


「あなた…」


そこでエレベーターが到着し、扉が開く。


イヴは恭子の横を通って、エレベーターに乗り込んだ。


「………」


恭子は何も言わずに、エレベーターに乗り込んで19階のスイッチを押す。


扉が閉まろうとしたその時、亜莉栖が走ってきてエレベーターの扉に手を伸ばす。


彼女の腕が扉に挟まる寸前で、恭子が扉を掴んで強引に閉まるのを止めた。


「…何をしていらっしゃるの?」


驚きを隠せない、冷たい恭子の声。


「ダメ…行っちゃダメ…」


蚊の鳴くような小さな、亜莉栖の震えた声。


その声を受けても、イヴは亜莉栖に背を向けたまま。


「やだ…もう会えなくなっちゃう…イヴに…」


「…そんな事はありませんわ」


「嘘だ…!」


亜莉栖は顔を上げて、恭子を睨み付けた。


恭子は亜莉栖の初めて見る感情的な態度と彼女の怒声に面食らったが、冷静さを欠かずにこう訊き返す。


「どうしてそう思いますの?」


訊かれた亜莉栖は泣き声で答える。


「わからない…わからないけど…もう…会えなくなる…」


「………」


曖昧な返答に、恭子は困ってイヴに視線を移す。


すると、背を向けていたイヴが亜莉栖の方に向き、彼女の足元に歩いていった。


その時、恭子はイヴの目が赤くなっている事を確認して、目を細めた。


「(やはり…そうでしたか…)」


口には出さない。


イヴが亜莉栖に近付いたが、彼女は止めようともしなかった。


イヴは亜莉栖の元に到着すると、彼女の足を撫でるように、自分の頭を擦り付ける。


それは何かを訴えているような、そんな風にも見えた。


「イヴ…」


亜莉栖はしゃがみこんでイヴの頭を優しく撫でた後、イヴの頬に自分の頬を押し付けるようにしながら呟いた。


「ずっと…一緒だよ…」


それを聞き、イヴは小さく、弱々しい高い鳴き声を発した。


そして、亜莉栖からすっと離れ、再びエレベーターに乗る。


「………」


恭子は何も言わずに、掴んでいた扉を離した。


閉まっていく扉。


それを、今度は止めようとしない亜莉栖。


扉が完全に閉まり、エレベーターが動き出した所で、恭子の口から激しい歯軋りの音が聞こえた。


「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…」


扉に腕を当て、そこに目元を押し付けるようにしながらそう呟き、無力な自分を責める恭子。


背後からは、先程よりも荒くなっているイヴの呼吸が聞こえていた。



19階に到着し、扉が開く。


恭子はエレベーターから降りて辺りを見回す。


そこは何もない、広いホールのような場所であった。


そこで、イヴがついてきていない事に気付き、恭子はエレベーターの方へと振り返る。


イヴはエレベーターから降りずに、肩を上下に動かしながら俯いているだけ。


エレベーターの扉が自動で閉まろうとしたその時、事は起きた。


イヴの背中が大きく裂け、3本の指を持つ大きなの手のような肉塊が2本、そこから生えてくる。


その手が閉まりかけていた扉を強引にこじ開け、イヴはゆっくりとエレベーターから降りてきた。


「…今、楽にして差し上げますわ」


そう言って、身構える恭子。


イヴは大きな雄叫びを上げ、恭子に飛び掛かった。


第14話 終



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ