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2nd Nightmare  作者: 白川脩
恭子編
28/57

第11話


イリシオスの襲撃に備え、家の補強に取り掛かる一同。


とはいえ、実際に動いているのは恭子と亜莉紗だけであり、他の2人、深雪と亜莉栖はリビングで待機していた。


「(ここは優先して補強した方が良いですわね…)」


恭子は靴がしまってある長方形の棚を軽々と動かし、それを立てて玄関扉の前に置く。


更にその前に、玄関の周辺にあった姿見や小さな棚などを設置し、補強した。


そこで、リビングから深雪がやってくる。


「こんな簡単なバリケードじゃ、奴等はものともせずに侵入してくると思うけど?」


現れるなり、恭子が作ったバリケードを批判する深雪。


「無いよりはマシですわ。玄関の防衛は、私が請け負います」


「…1人で?」


「えぇ。幾島さんは、2階から奴等を狙撃して頂けますか?」


「それは良いけど…ホントにあんた1人で大丈夫なの?」


「ふふ…。心配して頂けるのは嬉しい限りですが、その心配は必要のないものですよ」


「………」


深雪は恭子の自信に満ち溢れた笑顔を見て、呆れたように溜め息をついた。



一方で、もう1つの侵入口である窓にトラップを仕掛けて回っている亜莉紗。


彼女は1階の窓を後回しにして、2階の窓を優先していた。


その理由は、家の窓の数に対して、所持しているトラップが足りていないからである。


亜莉紗は最終的には1階を制圧されて2階で戦う事になると判断し、その時に2階の窓を塞いでおけば敵の進行ルートは階段だけに絞れるので、2階だけでも全ての窓を補強しようと考えていた。


「(これでよし…と)」


最後の窓にワイヤーを張り終え、見落としが無いかもう一度確認しようとする亜莉紗。


そこに、亜莉栖がイヴを連れてやってきた。


「お姉ちゃん」


「亜莉栖?どうしたの?」


「今から戦うの?」


「…うん。きっと、かなり激しい戦いになると思う。亜莉栖、絶対にお姉ちゃんから離れないでね?」


「私は大丈夫。この子が居る」


そう言って、足元に居るイヴを見る亜莉栖。


イヴはこれから始まる事を本能的に察しているのか、いつもの気だるそうな雰囲気ではなく、どことなく殺気立っているような様子で窓の外を鋭い目付きで見ていた。


「ま、確かにこのメンツなら大丈夫かな…?」


「油断大敵」


「ごもっとも…」


その時、1階の玄関の方から、ドンっという大きな物音が聞こえてきた。


「始まった…。亜莉栖!行くよ!」


「御意」


2人は階段を降りて玄関へと向かう。


そこで見たものは、外から叩かれ今にも破壊されてしまいそうな玄関扉と、その様子を腕を組んで見ている恭子の姿であった。


「恭子さん!」


「ご機嫌よう亜莉紗さん。お客様ですわよ」


「そのようですね…。どうするんですか?」


「正面玄関は私が請け負います。あなた方は幾島さんと一緒に2階へ上がってください。その後、私が指示を出したら、階段に例のトラップを」


「地雷?」


「いえ、液体の方で結構ですわ。そちらの方が時間が稼げます」


「了解です。それじゃ早速…」


亜莉紗が言い切る前に、金属製であるハズの玄関扉の一部が容易く破られ、イリシオスが顔を出した。


恭子は素早く銃を抜き、イリシオスの顔面に銃弾を撃ち込む。


「話は以上です。2階から援護を」


「わ、わかりました!亜莉栖、行こう!」


「おっけー」


その場を後にし、2階へと戻る上条姉妹の2人。


そこで入れ代わるように、リビングから外の様子を見ていた深雪が現れた。


「状況は…良くなさそうだね」


「えぇ、ご覧の通りですわ。作戦は先程お伝えした通り。2階に向かってください」


「りょーかい」


スナイパーライフルを担ぎ、2階へ上がる深雪。


同時に扉の破損がより著しいものになり、複数のイリシオスが顔を出し、恭子を視界に捉えて叫び声を上げた。


「ふふ…。楽しみましょう…」



一方、恭子の指示で2階へと上がった上条姉妹の2人と深雪は、丁度玄関の真上に位置する部屋で、迎撃の準備を整えていた。


「あんた、そのクロスボウで奴等と戦うつもり?」


「まーね。これしかないし」


「ハンドガン、持ってたじゃない」


「いやぁ…私、銃って苦手でさぁ…」


「あっそ…」


玄関を見下ろせる位置にある窓のワイヤーを取り除き、スナイパーライフルを構える深雪。


真下には既に、20体近くのイリシオス達が蠢いていた。


「この数を…本当にやる気だっていうの…?」


イリシオスの戦闘能力を知っている深雪は、目の前の数に思わず苦笑いを浮かべる。


その時、大量に居る内の1体が深雪に気付き、そちらを見て叫び声を上げた。


「ちっ…渋ってる暇は無いか…!」


スコープを覗かずに、感覚だけで狙いを付けて射撃を始める深雪。


イリシオス達は縦横無尽に動き回っていたが、深雪はそれを難なく捉え、次々と頭部を撃ち抜いていった。


1つめの弾倉を空にして再装填を行っていた所で、亜莉紗が隣にやってくる。


「どう?…って見りゃわかるね」


「この数とやり合おうだなんて、狂人としか思えないよ」


「うーん…あながち間違ってないかも…」


「だろうね…」


再装填を終え、攻撃を再開する深雪。


今度はクロスボウに爆薬付きの矢を装填した亜莉紗も、彼女の横に並んで加勢する。


正確無比な深雪の狙撃と、強力な爆発を引き起こす亜莉紗の攻撃。


それを受けても、イリシオス達は1体すらも絶命には至らなかった。


「これじゃあまるで意味が無い…。弾の無駄だ…」


「それでも少しは効いてるんじゃないかな?というか、そうだと願いたい」


「それはそうだけど…」


その時、とてつもない轟音と共に突然玄関扉が勢い良く外に吹っ飛ぶ。


扉はイリシオスの集団に当たり、数体が下敷きとなってその下でもがき始める。


下敷きとなっている個体が扉をどかす前に、玄関から出てきた恭子が自分で蹴破ったその扉を上から凄まじい力で踏みつけ、下敷きとなっているその個体を全て潰した。


「な、何やってんの…?籠城じゃなかったの…?」


自殺行為とも言える恭子の行動に、深雪は困惑を隠せない。


しかし亜莉紗は、恭子の行動の理由を何となく察していた。


「(キレたな…恭子さん…)」


亜莉紗の考えは、見事に的中していた。



「(次から次へと…我慢の限界ですッ…!)」


迎撃が面倒臭くなったというだけの理由で外に出てきた恭子に、その場に居るイリシオス達が四方八方から一斉に襲い掛かる。


恭子は右腕を大きく横に振り、飛び掛かってきた全てのイリシオスを凪ぎ払う。


間髪入れずに近くに居た個体の頭を掴み、胴体から力任せに引っこ抜く。


頭部を失ったその胴体の腕を掴み、背後から襲い掛かってきた2体のイリシオスに叩き付ける。


その直後、前後左右の4方向から別の個体が飛び掛かったが、先程と同じように右腕を振り、難なく吹っ飛ばす。


それからは、恭子を囲んでいるイリシオス達は彼女の異様な戦闘力に警戒の念が湧いたらしく、不用意に飛び掛からずに様子を見始めた。


「(ふふ…。死ぬ事よりも惨憺な目に遭わせてさしあげましょう…)」


その時、恭子の身体に異変が訪れる。


「ッ…!」


心臓の辺りが突然痛み、同時に体温が急上昇していく感覚を覚える。


それは、リーパーと交戦した際に暴走したあの時の感覚によく似ていた。


しかし、今回は意識がはっきりとしており、前回と同じなのは全身から止めどなく力が湧き出てくる感覚。


そして、赤くなっている目であった。


「ふふふ…。あははははッ…!」


溢れ出てしまいそうな程の力に、思わず笑ってしまう恭子。


そして彼女は、近くに居たイリシオスに殴りかかった。


殴られたイリシオスの頭が、粉々になる。


続け様にその個体の両腕を引きちぎろうと掴んだが、腕を引きちぎる前に、絶大なる握力によって意図せずに掴んだ箇所を握り潰してしまった。


恭子はゆっくりと振り返り、不気味な笑みを背後に居たイリシオスに向ける。


そして笑みを浮かべたまま、ふらふらと近付いていった。


その時、恭子の背後に居たイリシオスが、彼女から離れて別の場所に顔を向ける。


その先には、亜莉紗と深雪が居た。



「やばっ…!こっち来る…!」


イリシオスがこちらを見た事にいち早く気付いた亜莉紗は、窓から侵入される事を防ぐ為にワイヤーを張り直し始める。


しかし、そのイリシオスは窓からではなく、玄関から建物に侵入した。


「亜莉紗!急いで階段にトラップを!」


「窓も放っておけないよ!幾島さん仕掛けてきて!」


亜莉紗は片手で黒い液体が入ったビンを取り出し、それを深雪に投げ渡す。


受け取った深雪は、そのビンを訝しげに見つめた。


「これを…どうしろってのよ…!?」


「階段に撒くだけで良い!効果はご自分の目でお確かめ下さいお客様!今なら税抜き8900円の所を特別に…」


「黙れ!」


一喝した後、廊下に出て急いで階段に向かう深雪。


しかし、深雪がそのビンの液体を階段に撒くよりも、玄関から侵入してきたイリシオスが2階に上がってくる方が僅かに早かった。


「ちっ…遅かった…」


行く手を阻まれ、立ち往生してしまう深雪。


その時、彼女の背後から何かが飛び出し、イリシオスに勢い良くぶつかる。


「…役に立つペットだ」


イリシオスにぶつかって押し倒し、そのまま喉を喰い破ったイヴを見て深雪はそう呟いた後、階段へと向かった。


「さてと…どんな効果があるのか見させて貰おうか」


ビンの中に入っている黒い液体を全て階段に流し、液体まみれとなったその階段を観察する。


そこに、玄関から侵入してきた2体のイリシオスが現れる。


深雪は反射で銃を構えたが、階段を登ろうとして液体を踏んだイリシオスが滑って転げ落ちたのを見て、すぐに銃を下ろした。


「…なるほど、そういう代物か」


イリシオスは再び階段を登ろうと試みたが、結果は先程と何も変わらなかった。


深雪は階段の元から離れ、部屋に戻る。


その道中、頭部が無く、四股がバラバラになったイリシオスの死体を見掛ける。


先程、イヴが相手をしていた個体であった。


「(後始末もしてくれていたら言う事無しだったんだけど…)」


その状態でも再生してしまうイリシオスの能力を知っている深雪は、再生が始まる前にその身体を持って階段に戻り、階下に投げ捨てる。


下に居るイリシオス達は、相変わらず登っては転げ落ちてを繰り返していた。


その様子を見て鼻で笑った後、再び部屋に戻ろうと歩き出す深雪。


その時、彼女が歩き出したと同時に、側にあった窓ガラスが突然割れた。


「ッ…!」


素早く銃を構える深雪。


屋根に登って窓から侵入する為にガラスを叩き割ったそのイリシオスは、深雪を見て叫び声を上げた後、建物の中に飛び込んでくる。


しかし、窓を通過したと同時に、イリシオスの身体は胸から上と腹部と下半身で、綺麗に3等分に切断された。


目の前で起きたマジックのような出来事に、思わず困惑する深雪であったが、そのマジックの種はすぐに氷解した。


「…見直したよ。亜莉紗」


窓に張られている2本のワイヤーを見てそう呟いた後、深雪は部屋へと戻った。



「(これで窓からの侵入は防げそうだけど…)」


補強を終えた亜莉紗は、真下に居る獅子奮迅の勢いでイリシオスを蹴散らしている恭子に声を掛ける。


「恭子さーん!大丈夫ですかー?」


亜莉紗の声に気付き、恭子は亜莉紗が居る部屋の窓に顔を向ける。


張られているワイヤーのせいで窓の下を覗き込む事はできなかったが、亜莉紗はもう一度彼女に声を掛けた。


「恭子さん?」


「ふふ…」


「え?」


「あははははッ!」


「…ダメだこりゃ」


しかし、会話にはならなかった。


「あの狂人の様子はどう?」


戻ってきた深雪が、亜莉紗にそう訊く。


「今の所、大丈夫そうだよ。会話はできないけど」


「それ大丈夫には思えないけど…」


「いきなり倒れたりしたらそれはまずいけどさ。ほら、会話が成立しないのって、別に今に始まった事じゃないし」


「…あんた達って不思議な組み合わせだね」


「まぁ…割愛する…」


「あっそ…」


階段と窓に仕掛けた2つのトラップにより、3人が居る場所にイリシオスが侵入してくる事は無かった。



安全地帯に居る3人とは正反対にイリシオスが大量に居る玄関前にて、たった1人で次々と襲い掛かってくるイリシオス達を対処していく恭子。


前回と違って意識が飛ぶ事なく自我を持っている彼女は、圧倒的な力を振るっていた。


「(自分の身体に何が起きているのかはわかりかねますが…体調も別に悪くはなっていませんし、これは良い事なのでしょうか…?)」


身体の中の細胞が暴走する感覚を知っている恭子は、その感覚に似てはいるものの、それとは別と思えるこの現象に良い印象を持ち始める。


そこで、1つの推測が思い浮かんだ。


「(細胞を意図的に操り、活性化させる…)」


この現象を引き起こした唯一の心当たりと言えば、絶え間なく襲い掛かってくるイリシオスに嫌気が差し、感情が昂った、つまり"キレた"事だと恭子は考える。


「(…そんな事がもし本当にできたら、不死身と言われるこの生物達も怖くはありませんわね)」


その時襲い掛かってきたイリシオスの顔を鷲掴みにし、握り潰して蹴り飛ばす。


「(ふふ…。何はともあれ…)」


そして、血塗れになっている自分の右手を見て、ふっと静かに笑った。


「心地好い…」



それからしばらくも経たない内に、イリシオス達の攻撃がピタリと止み、1体、また1体とその場から逃げ出す。


イリシオス達が、恭子の戦闘力に屈した瞬間であった。


「あら…お帰りですか?」


逃げていくイリシオスの背中を見て嘲笑を浮かべながら、そう呟く恭子。


その様子を見ていた3人も窓のワイヤーを外してそこから屋根に降り、亜莉栖は亜莉紗が背中におぶって3人は雨水パイプを伝って降りてきた。


「恭子さん。大丈夫です…か…?」


彼女の目が赤くなっている事に気付き、思わず足が止まってしまう亜莉紗。


恭子は亜莉紗を見て静かに目を閉じ、深呼吸をする。


すうーっと、全身の体温が下がっていく感覚を覚える恭子。


次に目を開けた時には、彼女の目は普段通りの正常な状態に戻っていた。


「お三方、お怪我はありませんか?」


「私達は大丈夫ですけど…。恭子さんは…大丈夫なんですか…?」


「私なら問題ありませんわ。ほら、どこにも怪我など見当たりませんでしょう?」


「そーじゃなくて…外傷というより、中の方と言いますか…」


「あら、私がおかしいとでも?」


「そーじゃなくて…」


亜莉紗が言葉に困っていると、その隣に居た深雪が何の気遣いも無しにこう言った。


「狂ってんのは事実でしょう。私達が言いたいのは、目が赤かった事」


「その事でしたか…。私自身もよくはわかりませんが、大丈夫だと思いますよ」


「…自分の身体の事でしょう?」


「ふふ…。もはや、そうであるのかすら、わからなくなってきていますがね」


「…そういう言葉は、返答に困る」


「お気遣いなど無用ですわよ。私は狂人だそうですから…ねぇ幾島さん?」


「気に触れたのなら謝るよ…」


「とんでもない…」


気まずそうに苦笑いを浮かべる深雪と、それを見てくすくすといたずらっぽく笑う恭子。


そこで、辺りの偵察を行っていたイヴが亜莉栖の元に戻ってくる。


亜莉栖はしゃがみこんでイヴの頭を何度か撫でた後、3人に向かってこう言った。


「この辺りに敵はもう居ないって」


「…逃げ出したって事?」


イヴと意志疎通ができるのかという疑問はもはや浮かびもせず、深雪はそう呟いて恭子を見た。


「さぁ?私にはわかりかねますわ。ですが、途中から連中の目付きが変わったような気がします。あれは…そうですね…畏怖の念が見て取れました」


「イリシオスに恐れられる人間…ね。…いや、もう人間じゃないのか」


「ふふ…。その通りですわ…」


「………」


自分から嫌味を言っておきながら気まずくなってきた深雪は、話題を変えようとする。


そんな彼女を見かねた亜莉紗が、彼女に助け船を出した。


「それよりも…これからどうします?ここに居たら、また奴等が襲い掛かってくるかもしれませんよ?」


その質問に、恭子は訊かれる前から考えがあったらしく、歩き出しながら答えた。


「その通り。移動しましょう。朝まではまだ時間がありますからね」


「どこに行くの?」


深雪が訊く。


「別にどこでも構いませんわ。屋根と壁と床があれば問題ありません」


「そーね…」


恭子の適当な返事に適当な相槌を返し、深雪も歩き出す。


「お姉ちゃん」


「ん、なーに?亜莉栖」


「お腹すいた」


「あ、そっか…何も食べてないもんね。次に避難した場所で何か探すから、もうちょっと我慢してね?」


「お姉ちゃん」


「ん?」


「うなぎ」


「…ん?」


「うなぎ食べたい」


「いや…うなぎは…無理じゃないかなぁ…」


「無理なの?」


「逆にこんな所でうなぎを食べる事ができたらびっくりしちゃうよ…」


「………」


「そんな凄い残念そうな顔されてもお姉ちゃん困るなぁ…」


「嘘」


「…へ?」


「いまの、嘘」


「ごめん…ちょっともうお姉ちゃんにはわからない…」


「にぱー」


「楽しそう…だね…」


そんなやり取りをした後、上条姉妹の2人も歩き出した。



その後、4人は先程まで居た建物からそれなりに離れた場所に小さなアパートを見つけ、そこで朝まで過ごす事にした。


「なんか…落差が激しいなぁ…」


先程まで居た高級感溢れる家とは正反対とも言える質素なアパートに、亜莉紗は思わずそう嘆く。


そんな彼女に、恭子がこう言った。


「質素な家にだって、魅力はありますわ」


「例えば?」


「質素な所」


「………」


亜莉紗がピッキングで鍵を開け、4人は部屋に入る。


その部屋は、やはり先程まで居た家に比べれば見劣りするものであったが、4人が過ごすには十分な広さであった。


「中は思ったよりも綺麗だね。もっと酷いものかと思ってた」


スナイパーライフルを食卓の机の上に置き、椅子に腰を下ろす深雪。


「一晩だけですもの。最初からこのような部屋で良かったのですよ」


「酒に釣られてあの家に決めたのは誰だっけ…?」


「何か仰いまして?」


「別に…。…どこ行くの?」


「軽く汗を流してきますわ。何かあったら、遠慮なく呼んでくださいね」


「わかった。ごゆっくり」


バスルームへと向かう恭子。


直後、亜莉紗が深雪の元にやってきて、耳打ちで話し始めた。


「幾島さん。どうする?」


「…何が?」


亜莉紗につられて、深雪も無意識の内に小声で話す。


「恭子さん。シャワー浴びるんでしょ?」


「そうみたいだけど」


「…やっぱりここは、偵察に行くのが定番だと思わない?」


「…は?」


「定番ってのはそれを実行してこそ定番。そうは思わないのかね、幾島くん」


「女の見て何が楽しいのよ…。別に興味ない」


「いやここだけの話…恭子さんかなり大きいんだよ…?」


「興味ない」


「そ、そうか…自分が我が儘な身体の持ち主である人間はやはり興味を持たないのか…恐るべし王者の風格…」


「死ね」


「いたぁっ!」


そんな傍らで、亜莉栖はキッチンに置いてある冷蔵庫を開けてその中をじっと見つめていた。


その中から手に取ったのは、コンビニのおにぎり。


よく見ると、消費期限は2日前を示していた。


「………」


そのおにぎりをじっと見つめていると、隣にイヴがやってきて一緒になっておにぎりを見つめ始める。


亜莉栖はおにぎりを袋から取り出し、イヴに匂いを嗅がせる。


すると、イヴはくんくんと簡単に匂いを嗅いでから、亜莉栖を見て首を縦に2回振った。


「…いただきます」


その一部始終を見ていた、亜莉紗と深雪。


「ねぇ、やっぱり犬なんじゃないの?」


「いや、亜莉栖いわく犬では無いらしいよ」


「じゃあ何なの…?」


「イヴはイヴ…だって」


「まぁ…そうなるか…」


2人は揃って、苦笑を浮かべた。



一方…


シャワーを浴びに1人で風呂場にやってきた恭子。


「………」


目が赤くなっていたという亜莉紗の言葉を思い出し、鏡に写っている自分の顔をじっと見つめる。


そして目を閉じ、身体を強張らせるように全身に力を入れる。


すると、しばらくもしない内に全身の体温がじわじわと上がり始め、凄まじい力が湧き出てくる感覚を覚えた。


しかし、ゆっくりと目を開けたのと同時に突然目眩と吐き気に襲われ、思わず全身の力が抜けてしまう。


「ッはぁ…!はぁ…はぁ…」


その時見た鏡に写っている自分の目を見て、恭子は呆然とした。


「赤い…」


そう呟いて、不気味なその赤い瞳を見つめる恭子。


しばらくすると、異様に上昇していた体温がゆっくりと下がっていき、それと同時に目眩と吐き気も不思議な程にすっと消えた。


そして、見つめていた赤い瞳がゆっくりと平常の色である黒に戻っていった。


「(これが…この感覚が…細胞の活性化…)」


展望台のある公園で歩美から細胞の話を聞いた恭子は、自分なりの憶測を立てる。


彼女は体調が悪くなったのは、前回の暴走との間隔が短すぎる事と、感情の昂りで起きた前回と違って無理に引き起こした事が原因だと考えた。


しかし…


「(次に沢村さんとお会いした時、この話もした方が良さそうですわね…)」


細胞関連の話で頼りになるのは歩美だけ。


当の本人とは言え知識が無い自分だけの憶測では何の解明にも繋がらないと思った恭子は、1つ溜め息をついてから、服を脱ぎ始める。


「恭子、大丈夫?」


通路の方から扉越しに聞こえてきたのは、亜莉栖の声であった。


「亜莉栖さん?どうされました?」


「イヴが何かを感じたみたいなの。何かあった?」


その質問の返答に、ほんの少しだけ間が空く恭子。


「…いいえ。何も」


「そっか…。良かった」


安心した様子でそう言って、亜莉栖はイヴと共に戻っていく。


「(イヴ…あなたは…)」


イヴが感じ取った気配とは間違いなく、恭子が細胞を活性化させた時もの。


恭子はイヴに、とある疑心を抱いていた。


「(私達の…敵…?)」


第11話 終



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