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2nd Nightmare  作者: 白川脩
恭子編
26/57

第9話


二体のクリーチャーの妨害によって、津神麗子を逃してしまった恭子と結衣の二人。


恭子の目の前に居るリーパーは、彼女の身体の中の細胞を暴走させる事ができるナイフで襲い掛かる。


攻撃が当たる寸前で恭子はリーパーの手首を掴み、曲がりえない方向へと勢い良く曲げた。


戦闘が始まって約3秒で、両手を折られたリーパー。


敵が態勢を整える前に、ここぞとばかりに次々と攻撃を仕掛ける恭子。


顎を横から殴り、鳩尾を殴り付け、鼻を殴り上げる。


それらは全て人間の弱点と言える部位であったが、人外であるリーパーにはあまり関係が無い。


それでも、恭子の怪力は人であろうとそうでなかろうと関係無く、リーパーはあっという間に立っていられなくなり、派手に転倒した。


「ふふ…。無様ですわね…」


余裕に満ちた笑みを浮かべ、ふらふらと立ち上がるリーパーを侮蔑するように見つめる恭子。


しかし、だらりと下がっていたリーパーの両手が、いつの間にか元通りになっている事に気付くと、恭子は笑みを消した。


「(異常なまでの再生能力…。一方で私はあのナイフに一度でも斬られれば、恐らくまたあの時のように…。全く忌々しい…)」


身構え、リーパーの出方を見る恭子。


すると、こちらにゆっくりと歩いてきていたリーパーは突然歩みを止め、隠し持っていたナイフを恐ろしい速さで恭子に投げた。


恭子は銃弾の如く飛んできたそのナイフの柄の部分を指で挟んで掴み、刃の部分をまじまじと観察し始める。


「(…やはり、何か塗られていますね。私の身体を暴走させる何かが…)」


刃に何かの液体が塗られている事を確認する恭子。


前回の暴走に原因があったとすれば、背中に刺さったこのナイフしか無いと考えていた恭子は、その考えに確信を持った。


「(小賢しい真似を…)」


恭子はナイフを乱暴に投げ捨て、リーパーに歩み寄っていく。


近付いてくる恭子に、リーパーは再びナイフを投げる。


左目の辺りに飛んできたそのナイフを、恭子は歩みを止める事なく首を少しだけ傾けて簡単に避ける。


投擲が無駄だと判断したリーパーは、2本の大振りのナイフを取り出し、自ら恭子に接近した。


恭子の首を狙って斬りかかるリーパー。


その攻撃を、恭子はナイフを持っているリーパーの手首を弾くように手の甲で叩き、無力化する。


リーパーは素早くもう片方の手で、再び首を狙う。


その攻撃も、先程と同じように手の甲で弾き返す。


怯まずに、今度は足払いで足元を狙うリーパー。


知っていたかのように、その足を蹴り返す恭子。


「無駄ですわよ。…おバカさん」


恭子の嘲笑。


リーパーは一歩下がり、ナイフを逆手に持ち変える。


そして、再び踏み込み、両手のナイフによる高速のラッシュを仕掛けた。


恭子は一歩も下がらず、そのラッシュを全て捌いていく。


恭子の防御に隙は一切無かったが、しばらく攻防を続けた所で、恭子の表情に変化が見えた。


「(ジリ貧ですわね…。反撃の隙が見当たりませんわ…)」


小振りな攻撃を続けるリーパーに大きな隙は生まれず、恭子は防戦一方となってしまう。


距離を離そうにも、下がればすぐにリーパーは距離を詰めてくる。


敵の攻撃を受け止め、動きを止めて制圧する事も考えるには考えたが、ナイフの刃に一度でも捉えられれば即戦闘不能になるこの戦闘では、迂闊な行動には出られない。


恭子はただひたすら、リーパーの攻撃を受け流し続けた。


「(何か…良い案は無いでしょうか…)」




その頃…


「…そろそろ落ち着いたかな?幾島さん」


津神麗子の恐怖に取り乱してしまった深雪を宥めていた亜莉紗が、ずっと胸元で啜り泣いていた深雪に優しく声を掛ける。


「…うん。ありがとう」


顔を上げて目元の涙を拭った深雪は、少し恥ずかしがっているようにも見えた。


そんな深雪を見て、いたずらっぽく笑う亜莉紗。


「あれ?顔赤いよ?」


「…うるさい」


深雪はツンとしてそう言って、側に置いてあるスナイパーライフルを手に取り、立ち上がる。


「ねぇ、これからどうするの?」


亜莉紗も一緒に立ち上がり、スカートを手で払いながらそう訊く。


「わからない。ただ、麗子様とは縁を切る」


「まぁ、それはそうだよね…。とりあえず、私達と一緒に行こ?」


「…私には戻る場所が無くなった。アテなんか無いから、そうする」


そう言って独りでに歩き出した深雪に、苦笑いを浮かべる亜莉紗。


「(あーあ…。すっかり平常のツンツンモードだ…。さっきの方が可愛かったのに…)」


「何か言った?」


「言ってませーん…」


亜莉紗も歩き出す。


その時、1発の銃声が聞こえた。


「今の…!」


「…外から」


二人は展望台のテラスに向かって走り出す。


深雪が少し前に恭子達を狙撃したそのテラスでは、公園の全体を一望する事ができるようになっている。


扉を開けて手すり越しに下の様子を見てみると、そこには恭子と結衣、そして二人に対してそれぞれ1体ずつ、クリーチャーの姿が確認できた。


先程の銃声は結衣の銃から発せられたものだったらしく、彼女は正面に居る大型クリーチャー、ユースティティアにリボルバーを向けている。


一方で恭子は、リーパーとの至近距離での戦闘を繰り広げていた。


「恭子さん…!結衣…!」


届かないとはわかりつつも、二人の名前を呼ぶ亜莉紗。


その隣で、深雪はスナイパーライフルを構えた。


「私はここから援護する。あなたはすぐに二人の元へ」


「わかった!…けど、逃げたりしないでよ!幾島さん!」


「そんなマネするもんか」


「それ聞いて安心した!じゃ、よろしくね!」


テラスを後にして、恭子と結衣の元へと向かう亜莉紗。


「………」


1人残った深雪は、スコープ越しに、標的を捉える。


深雪が覗くスコープには、リーパーと交戦している、恭子の姿が映っていた。


「(今なら…峰岸恭子を殺せる…。殺せば…私は麗子様に許して貰える…)」


グリップを握る手に、力が入る。


「(…亜莉紗)」


しかし、恭子を殺す事は、亜莉紗を裏切る事になる。


引き金に指を掛け、深呼吸をする。


「(麗子様は…許してくれる…のかな…)」


葛藤に苦しみ、発砲を躊躇する深雪。


「(私は…私は…)」


深雪は引き金を引き掛けたが、すっと指を離し、力無く笑った。


「(亜莉紗。…あなたを信じる)」


深雪は恭子から狙いを外し、少し離れた場所で結衣と戦っているユースティティアの頭部に狙いを付け、引き金を引いた。




深雪が発砲した銃弾はユースティティアの頭部を貫き、結衣の方の戦況を良い方向へと運ぶ。


一方、深雪の発砲によって、恭子の方の戦況にも変化があった。


恭子にラッシュを仕掛けていたリーパーは、突然聞こえた銃声に気が散ったのか、一瞬ではあるものの、彼女に隙を見せた。


その隙を見逃すハズもなく、鳩尾、膝、顔面、首に、それぞれ右手、左足、右手、右足で流れるように攻撃を入れる。


攻撃を喰らったリーパーは辛うじて立ってはいられたものの、反撃は疎か回避もできない状態。


「今度こそ、地獄へ落ちなさい…!」


不適な笑みを浮かべながらリーパーに歩み寄り、左手で首を掴む。


そして、右手を胸部に突き刺し、胴体から首をちぎって引き離した。


手にした頭部を両手で圧迫して潰し、跡形も無くなったそれを地面に投げ捨て、残った胴体を蹴り飛ばす。


倒れた胴体に馬乗りになり、恭子はリーパーの身体を引き裂き、引きちぎり、叩き潰す。


しばらくしてその場に残ったのは、もはや肉塊ですらない、血溜まりと骨だけであった。


「ふぅ…。これなら流石に蘇る事は無いでしょう…」


散乱している骨の一部を踏み潰し、不気味な笑みを浮かべる恭子。


ふと、視線を感じて、結衣が居る方向に顔を向けてみる。


丁度戦闘を終えたらしい結衣が、こちらを見ていた。


「(良かった…。結衣さんも無事に終えたようですね)」


ニッコリと笑う恭子。


結衣は恭子の笑顔と彼女の足元を見て、苦笑いを浮かべた。




その頃…


「…よし」


結衣と恭子の援護を終えた深雪は、スナイパーライフルを肩に掛け、テラスから出て展望エリアへと戻る。


すると、テラスへの扉から一番近くにある柱に寄りかかって、深雪が戻ってくるのを待っていたらしい亜莉栖が、イヴと共にそこに居た。


「あなた…」


「隠れてた。お姉ちゃんが血相変えて階段を降りていったのが見えたから、何があったのか気になって訊きに来たの」


「敵の私に?」


「もう敵じゃないでしょ?」


「…え?」


「イヴがそう言ってる」


亜莉栖はそう言って、足元に寝転んでいるイヴの喉元をくすぐるように撫でる。


イヴは深雪をちらっと見た後、興味が無いと言わんばかりに彼女から目を逸らした。


「敵対心があれば、この子が反応する。だから、あなたは敵じゃない」


「………」


イヴの元に歩み寄る深雪。


すると彼女は、しゃがみこんでイヴの頭を優しく撫でながら、亜莉栖にこう訊いた。


「この子、イヴって言うの?」


「うん。イヴ」


「そう…。…よく見ると、結構可愛いわね」


「だって。良かったね、イヴ」


イヴに微笑み掛ける亜莉栖。


イヴは相も変わらず興味無さそうに目を瞑ったまま、深雪に撫でられていた。




場面は先程に戻り、二体のクリーチャーを撃破した恭子と結衣。


「どうする。奴を追うとするかい?」


「もう遠くへ行ってしまったでしょう。今更慌てて追いかけた所で、彼女に追い付く事はできませんわ」


「それもそうだよなぁ…」


肩を落として溜め息をついた後、結衣は踵を返して展望台の方へと向かう。


「結衣さん?」


「梨沙ちゃんが気になる。様子を見に行ってみるよ。それに…」


「それに?」


「…さっき私を援護してくれた人物が気になるんだ。銀髪のスナイパーなんて見た事がねぇ」


結衣の言葉を聞き、先程展望台の中で遭遇した深雪を思い出す恭子。


「それなら、心当たりがありますわよ」


「…え?」


恭子の言葉に驚き、思わず足を止め、彼女に顔を向ける結衣。


「先程、津神麗子の手下と遭遇しましたの。スナイパーライフルを持つ、綺麗な銀髪の少女でしたわ」


「銀髪…って事は、多分そいつで間違いないだろうけど…。どうして津神麗子の仲間が私を助けるんだ?」

 

「それはわかりかねますが…」


恭子は困った様子でそう答えた後、何かを見つけ、こう答えた。


「…彼女に訊けば、何かわかるでしょう」


「彼女?」


恭子の視線の先を辿る結衣。


そこには、展望台から走ってくる、亜莉紗の姿があった。


「恭子さーん!結衣ー!」


二人の元に到着した亜莉紗は、満身創痍と言った様子で、手を膝につけて肩で息をする。


「無事で…良かったぁ…」


「亜莉紗さん。彼女はどうなりました?」


訊かれた亜莉紗は、顔を上げて恭子を見ながらこう訊き返す。


「彼女?幾島さんの事ですか?」


「幾島…?」


「あの銀髪の女の子の名前ですよ。幾島深雪。あの子なら、もう大丈夫です」


「大丈夫とは?」


「和解したんです。津神麗子とも、縁を切るそうですよ」


亜莉紗はそう言ったが、恭子は怪訝な様子。


「にわかには…ですわね」


「本当ですよ!あの子、津神さんに任せられた事を遂行できなかったから殺されるって言って、泣いてましたもん」


「嘘の涙という可能性は?」


「そ、そんな事ないですよ!絶対に!」


「ふん…。まぁ良いですわ。それで、その彼女はどこに?」


「多分、そろそろ来ると思うんですけど…」


展望台を見つめる三人。


しかし、すぐには現れなかった。


「あ、あれぇ…?おかしいなぁ…」


「お人好しも大概にしとけよ。…そんじゃ、またな」


展望台へと歩き出す結衣。


「ちょ、ちょっと!結衣!本当なんだからねー!」


亜莉紗の言葉に、結衣は背を向けて足を止める事無く、呆れた様子で片手を挙げてその手を小さく振って見せた。


「それで、本当に彼女は来ますの?」


そう訊きながらも、恭子は公園の出口に向かって歩き出そうとする。


「来るハズ…いえ、必ず来ます。少し待ちましょう」


「………」


亜莉紗の真剣な表情を見て、恭子は足を止めた。


しばらくして、二人の人物が恭子と亜莉紗の元へ現れる。


「二人共、無事みたいね」


声が聞こえ、振り返る二人。


そこに居たのは、歩美と茜の二人であった。


「沢村さん…?」


驚いている恭子に、歩美が説明をする。


「結衣からこっちの状況を聞いたのよ。それで、気になって見に来たってワケ」


「そうでしたか…。ご心配をお掛けして申し訳ありません」


「良いのよ。さて、単刀直入に訊かせてもらうわ。まず…」


話し始めようとした歩美を、恭子が遮る。


「待ってください。先に1つ、よろしいでしょうか?」


「…?」


「…津神麗子と、すれ違いはしませんでしたか?」 


「…え?」


「先程、私と結衣さんの二人で、津神麗子と相対しましたの。…お恥ずかしながら、逃げられてしまいましたが」


「…逃げられた?」


歩美の表情が、暗く、険しくなる。


その表情に少し怯みながらも、話を続ける恭子。


「その…津神麗子が二体の兵器を呼び出しまして…それで、その相手をしていたら…」


「逃げられた…と?」


「はい…」


「そう…。それは素晴らしい報告ね。良くわかったわ。ご苦労様」


「うぅ…」


突き刺さるような嫌味に、思わず言葉を失う恭子。


そんな恭子を見て、歩美は小さく溜め息をついた後、話を再開した。


「…まぁいいわ。それで、身体は大丈夫なの?」


「今は特に…」


「今は?」


「…恐らく、交戦したクリーチャーが使用していたナイフに塗られていた液体が、私の暴走を引き起こしたものだと考えています。ですが、突然何の前触れも無く身体が暴走してしまう可能性も否定できませんわ」


「そう…。本人のあなたに訊けば詳しくわかるかと思っていたのだけれど…。まぁいいわ。今から話すのは、私の憶測よ」


「憶測…?」


「あなたの身体が暴走した原因は、あなたの考え通りそのナイフに塗られていた液体とやらで間違いないハズよ。その液体には多分、あなたの身体が宿している特異な細胞と同じものが含まれている」


「………」


「細胞を含んだその液体が何故暴走を引き起こしたのかと言うと、あなたの身体にある細胞は一定の数を越えるとその数を元に戻そうとする性質を持っているわ。つまり、細胞同士で殺し合うって事。その際、身体の中の全ての細胞が異常なまでに活動するから…」


「宿主である私の身体が暴走する…という事ですのね…」


「憶測よ。あくまでも。けれど、そう説明するのが一番納得できるわ。…暴走の最中、吐血をしなかったかしら?」


「吐血…ですか。言われてみれば、意識を失う寸前に…」


「なら、話が合うわ。その吐血は、生存競争で負けて機能しなくなった細胞を身体の外に出す為の行為よ」


「なるほど…そうでしたか…」


「それで、暴走の後遺症についてだけれど、私が思うには問題ないと思うわ」


「問題ない…?」


「あなたの特異な細胞が異常に活動している時は、目の虹彩と瞳孔…つまり黒目の部分が赤くなるのよ。あなたの様子を見る限り、細胞の生存競争はもう生じていないハズ。細胞の数は元に戻って、身体も正常な状態に戻ったという事よ。まぁ、また何らかの手段で細胞を取り入れたりしたら、その時はまた暴走するけれど」


「…わかりました。気を付けます」


恭子と歩美の会話が一段落ついた所で、展望台の方から亜莉栖とイヴがやってくる。


その後ろには、深雪の姿も確認できた。


「上条亜莉栖…?どうして彼女が居るのよ?」


亜莉栖を見て驚き、彼女の姉である亜莉紗に詰め寄る歩美。


「わ、私もわからないんですよ…。ここで気を失って、目を覚ましたら目の前に居て…」


「わからない…?あなたが連れてきたんじゃ…」


「亜莉栖ちゃーん!!」


まだ話をしている途中であった歩美を押し退け、亜莉栖の元へ駆け寄り、突然彼女に抱き付く茜。


「相変わらず可愛いわ亜莉栖ちゃん!天使とはあなたの事よ亜莉栖ちゃん!」


「茜…苦しい…」


「いやーん絶対離さないんだからー!」


そんな茜を後ろからひっぱたこうとする歩美であったが、少し離れた場所に居る深雪の存在に気付き、茜を無視して歩き出す。


そして銃を取り出し、突然、深雪に銃口を向けた。


「津神麗子の仲間ね」


「…沢村歩美か」


殺伐としている二人を見て、少し離れた場所に居る恭子が茜の元に歩いていく。


「茜さん。止めた方がよろしいのでは…?」


恭子の言葉を聞いて、亜莉栖の頬に自分の頬をこすりつけたまま視線だけを歩美に向ける。


「…あの子は?」


「津神麗子の仲間…だった人物だそうです。名前は確か…幾島深雪と、亜莉紗さんが仰っていましたわ」


「そう…。中々可愛い子ね…」


茜はそれだけ言って、止めに行こうとはしなかった。


「茜さん…!」


「大丈夫よ。あいつに引き金を引く気は無いわ。引くつもりなら、もうとっくに引いてるもの」


「情報を聞き出す為に、今は生かしているだけ…という可能性は?」


「んー…まぁ大丈夫よ。本当に危なくなったら、その時は止めに行くわ」


「うーん…。不安ですね…」


納得はしなかったが、恭子は茜と歩美の仲を信用し、その場で歩美と深雪のやり取りを見守る。


茜はと言うと、歩美達よりも亜莉栖への関心の方が大きかったので、そちらを見もしなくなっていた。


「ねぇ、亜莉栖ちゃん。どうしてここに居るの?」


顔を離して、優しい声調でそう訊く茜。


「お姉ちゃんを助けにきたの。心配だったから」


「そう…。うふふ、お姉ちゃん思いなのね」


「………」


照れて赤くなった顔を隠すように、そっぽを向く亜莉栖。


茜は話を続ける。


「ちょっと教えて欲しいんだけど、亜莉栖ちゃんはどうやってこの町に来たの?」


「壁を壊して来た」


「壁を…ねぇ。それって誰かと一緒に来たって事よね?」


「うん。町に行こうとしてた二人をイヴに見つけてもらって、私が二人にお願いしたの」


「二人…?」


「葵と明美だよ」


「………」


茜は"やっぱり"と言った様子で、呆れたように溜め息をついた。


「待ってください。沢村さんの妹様と、葵さんがこの町に…?」


二人の名前に反応を示したのは、近くで亜莉栖と茜の話を聞いていた恭子。


「二人がやったものと思われるゾンビの死体を、私達もいくつか見たの。この子が言ってる事に間違いは無いハズよ」


「でも、どうしてお二人が…?」


「さぁね…。何を考えてるかわからない人物1位と2位みたいな人達だし、見当もつかないわ」


「…確かに」


茜は亜莉栖の頭を優しく撫でて微笑み掛け、立ち上がって歩美達の方に視線を移す。


「…あら、いつの間にかちょっとマズい事になってるじゃないの」


「え?」


茜の視線を辿る恭子。


歩美の表情が先程よりも険しいものになっており、銀髪の少女の側に居る亜莉紗は、今にも泣き出しそうな表情になっていた。


「やれやれ…。ちょっと行ってくるわ…」


「はぁ…。お気をつけて…」


歩美の元に向かう茜。


残った恭子と亜莉栖は、ぽかんとしているお互いの顔を見合わせた。


「歩美、どうして怒ってるの?」


「恐らく、質問に答えていないから…ではないでしょうか。先程から、そんな様子に見えますわ」


「質問されたら答えなきゃダメ」


「答えたくない事だってあるでしょう。津神麗子の情報を流す事は、彼女を完全に裏切る事になりますからね」


「…?深雪と津神麗子、まだ仲間なの?」


「いえ、彼女…幾島さんの言葉を信じるのであれば、もう既に仲間ではありませんわ」


「…???」


「…きっと、まだ完全には割り切れていないのでしょう。津神麗子を裏切るという事に。そうだとすれば、彼女の情報を流したくないという気持ちはおかしいものではありませんからね」


「…人って難しい」


「仰る通り…ですわ」


再び、歩美達に視線を移す二人。


すると、先程説得をしに行くと言って二人の元を離れた茜が、何故か歩美と口論になっている事に気付いた。


「茜、なんで歩美と喧嘩してるの?」


「…恐らく、お互いの意見が噛み合っていないのだと思いますわ。まぁ、あのお二人の場合は、喧嘩する程仲が良い、と言えますが」


「喧嘩する程仲が良いの?」


「ことわざですわ。親しい間柄で無ければ、そもそも相手に興味を持たないでしょう?となれば、喧嘩にまで発展するような事はありませんからね」


「そっか…。喧嘩する程仲が良い…」


「…あの。私はあなたの先生ではありませんわよ?」


「恭子。物知り」


「(…まぁ、良いですけど)」


それからしばらく、深雪を擁護する茜と深雪を疑い続ける歩美の口論が続いたが、深雪が言った一言で、二人はぴたりと静かになった。


「地下に居る」


その発言には恭子も驚き、彼女の話に聞き耳を立てる。


「発祥地の一つ、例のイベントの会場の建物の地下。そこに元々倉庫だった部屋を改築した場所がある。…麗子様の研究所みたいな場所」


「研究所…?」


オウム返しに訊く歩美。


「私も入った事は無い。でも、もう一人の仲間があると言っていた。そいつが言ってる事に間違いは無い。麗子様の側近のような存在だから」


「………」


歩美と茜は顔を見合わせ、お互いに何か言いたい事がありそうではあったものの、茜は掴んでいた歩美の銃をゆっくりと離し、歩美は深雪を訝しげに見た後、その銃をゆっくりとしまった。


「…出任せだったら、承知しないわよ」


「その時は撃てば良い。私も今更逃げたりしない」


「ふん…」


歩美は不機嫌そうに鼻で笑い、展望台に向かって歩き出す。


「あんた達は先にその研究所とやらに向かいなさい。私達は寄り道をしてから向かうわ。それと、会場の建物の裏口の方に、届けさせた補給物質が置いてあるから、使うと良いわ。…茜、行くわよ」


「ちょ、ちょっと!…ごめんね。えーと…なんだっけ…?」


深雪と一言話をしようと、彼女の前で足を止める茜。


「幾島深雪。あなたは神崎葵の妹…神崎茜?」


「あら嬉しい。知ってるだなんて。よろしくね、深雪ちゃん」


「………」


「?」


「"ちゃん"は付けないで。…麗子様を思い出すから」


「そ、そう…。えーと…じゃあ…」


「呼び捨てで構わな…」


「みーちゃん!みーちゃんにしましょう!よろしくね、みーちゃん!」


「み、みーちゃん…?」


そこで、茜がついてきていない事に気付いた歩美が、彼女の名前を呼ぶ。


「茜!」


「今行くわよ!…それじゃあね!」


茜は深雪に微笑みかけ、歩美の元へと走っていった。


「…変わった人ね」


「幾島さん…」


深雪の行動に驚きを隠せない亜莉紗が、唖然とした様子で彼女を見つめる。


「…別にあなたの為じゃないわ。麗子様とはもう縁を切ったから、情報を与えただけ。それだけよ」


「…えへへ」


「…何よ」


「何でもない!さ、行こ?」


「………」


歩き出す亜莉紗と、それに渋々といった様子でついていく深雪。


そんな二人を、後ろから見ている恭子と亜莉栖。


「…彼女、本当に信用できるのでしょうか?」


「深雪の事?」


「えぇ。…やはり縁を切ってこちらに寝返ったと聞かされても、はいそうですかとすぐに信用する事は難しいものですわ」


「深雪なら大丈夫。私が保証する」


「…随分と自信がお有りのようで」


「イヴが大丈夫って言ってるから」


「…言ってる?」


「うん」


「狼なのに…?」


「狼じゃない…!イヴ…!」


「し、失礼…」


不機嫌そうに歩き出す亜莉栖。


「………」


恭子は足元に居るイヴに視線を移す。


イヴはきょとんとした様子で恭子に視線を返した後、亜莉栖を追い掛け歩き出す。


「(こだわり…なのでしょうか…?)」


恭子は苦笑いを浮かべ、歩き出した。


第9話 終



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