第1話
下水道から町に侵入する事に成功し、地上に出た結衣と梨沙の2人。
2人は、町の北部に居た。
「早速居るねぇ…」
徘徊しているゾンビ達を見て、楽しそうに笑う結衣。
「…やるんですか?」
呆れ気味に、梨沙が訊く。
「止めとこうかね。一運動したいのは山々なんだけど」
「そうですか」
2人はゾンビ達の元から静かに離れ、裏路地に入る。
「っと…」
その先に、2体のゾンビが居た。
「どうします?」
そう訊きながら、梨沙は腰につけてある鞘から大振りなナイフを抜き、構える。
「この展開、やるっきゃないっしょ!」
結衣はそう言って指を鳴らし、梨沙と共にゾンビに飛びかかった。
1体のゾンビには、梨沙が飛びかかり様に押し倒し、着地と同時にナイフを喉に突き刺す。
もう1体には、結衣が空中で顔面に右ストレートを放ち、倒れた所に顔面目掛けて踵落としを入れた。
「楽勝楽勝ってね」
「今からどうするんです?やれるだけ奴らとやりあってみますか?」
「梨沙ちゃん…すっげーやる気満々だねぇ…。ナイフの技術を身につけて戦闘狂になっちゃった?」
「べ、別にそんなんじゃ…ないですけど…」
恥ずかしそうにそう言って、ナイフを振って血糊を落とし、鞘にしまう。
梨沙は過去にも今回のような騒動を経験した事があり、生還した後に、共に戦った雪平彩という女性に戦闘技術を学んでいた。
「初めて会った時からただ者じゃないとは思ってたけど、まさか彩さんが元仕事屋だったとはね…」
「私の方が驚きましたよ。ただの子供っぽいパン屋の店主だと思ってたんですから…」
「あはは。そりゃそうだ」
2人は裏路地を歩き始めた。
「さて…。とりあえず拠点の確保をしておきますか」
裏路地を抜けた所で、結衣が辺りを見回しながらそう呟く。
「夜の捜索、やっぱり結衣さんも危険だと思います?」
「何とも言えないかな。歩美が言ってた新しいクリーチャーがどんな奴なのか、まだ見てすらいないからね」
「俊敏で不死のクリーチャー…って聞くと、勝ち目ないですよね」
「まぁね。でも、それを聞いた時、改めてキミをパートナーに選んで良かったと思ったよ」
「何故です?」
「いざ逃げる時になって、もたつかれたら困るからね。キミなら、私のスピードについて来れるでしょ?」
「ついて来れる?追い抜いてやりますよ」
「おーおー…こりゃ頼もしいや…」
結衣は思わず、苦笑を浮かべた。
「…その話は置いといて、拠点、どうします?」
「そうだねぇ…。悩んだって意味は無いし、適当に決めちゃおっか」
「はぁ…」
2人は大通りを徘徊しているゾンビ達に気付かれないように、2階建ての飲食店の中に入る。
「まずは安全を確認するよ。私は2階を見てくるから、梨沙ちゃんは1階を頼むよ」
「わかりました」
2人は2階への階段の元で、一旦別れた。
「(狭すぎず広すぎず…と言った所ね)」
ナイフを手に警戒しながら、店内を歩き回る梨沙。
「(シャッターが閉めてあるから、外からの侵入は無いけど…)」
奥の方にある調理場に入り、梨沙は溜め息を吐いた。
「(はぁ…。既に侵入されてましたか…)」
人間の死体に群がってそれを貪っている、2体のゾンビ。
梨沙はナイフを鞘にしまい、近くにあった包丁を2本手に取り、足音を殺して忍び寄る。
そして、こちらに気付きもしていない2体のゾンビの首に、後ろから包丁を1本ずつ突き刺した。
「(先客はこいつらだけね。2階はどうなのかしら…)」
1階の安全を確認した梨沙は、結衣が確認に行った2階へと向かった。
その頃結衣は、2階で気になる箇所を見つけていた。
「(鍵が掛かってる…)」
ホールエリアの奥にある、詰め所と思われる場所の扉。
当然鍵など持っていない結衣は、リボルバーを取り出し、鍵の部分に銃口を向ける。
「(…わざわざ場所を知らせる事もないか)」
しかし、発砲の音で外に居るゾンビ達に居場所を知られる事を恐れ、リボルバーをしまって辺りを見渡した。
「(ちょっと鍵を探してみようかね。案外見つかるかも)」
そこで、梨沙が階段を上がってくる。
「結衣さん。どうです?」
「おぉ、梨沙ちゃん。2階にゾンビは居なかったよ。そっちは?」
「2体始末してきた所です。大きな音でも立てない限り、外からは入ってこないでしょう」
「それは何よりってね」
結衣は机と椅子が散乱しているホールエリアを彷徨き始める。
「…どうしたんです?」
「奥の扉、多分詰め所だと思うんだけどさ。鍵が閉まってんだよね」
「鍵…ですか。探す気ですか?」
「仮眠用のベッドでもありゃあ、ちっとはマシな休眠を取れるでしょ?食料とか、使えるモノもあるかもしれないし」
「なるほど。それじゃあ、手分けして探しましょう」
「うん。頼んだよ」
梨沙は結衣の元から離れ、鍵の探索を始めた。
「(…にしても)」
結衣は散乱している机と椅子に紛れている、そこまで時間が立っていなさそうな死体を見て溜め息を吐く。
「(生存者は本当にゼロみたいだね…。どこを見ても、動く死体か動かない死体だけ…)」
その時、鍵が掛かっている詰め所の扉の向こうから、物音が聞こえた。
「(…おや?)」
「結衣さん」
梨沙が、手に鍵を持ってやってくる。
「ここの従業員だったと思われる死体のポケットに入ってました。もしかしたら、この扉の鍵かも」
「でかした梨沙ちゃん。…今、この扉の向こうから、音がしたんだよね」
「音…?」
「ま、確かめてみなきゃわからないけどね。聞き間違いだったのかもしれないし」
「………」
ナイフを取り出す梨沙。
「まさか生きてる人間が…なワケないか」
結衣は右手に念の為にリボルバーを持ち、鍵を開け、ゆっくりと扉を開けた。
扉を開けた先は狭い通路となっており、左手側の壁には2つの扉、右手側には1つの扉が見える。
そして通路の奥には、半開きの扉が見えた。
結衣と梨沙は顔を見合わせ、頷き、奥の扉へと歩いていく。
すると、少女のすすり泣く声が聞こえてきた。
「女の子…の声だね」
「まさか…生存者が…?」
「………」
結衣は人間の声を出せるクリーチャーが居るかもしれないという万が一の可能性を考え、リボルバーを握り直し、半開きの扉の前に立つ。
そして、勢い良く扉を蹴り開けた。
「ッ!?こ、来ないでッ…!」
部屋の中には1人の少女と、一目で瀕死とわかる程の怪我を負っている少女が倒れていた。
「待って。私達はこの通り人間だよ。キミ達の敵じゃない」
「に、人間…?」
「驚かせちゃって悪かったね。もう大丈夫だよ」
結衣はリボルバーをしまい、取り乱している少女を落ち着かせる。
「…重傷ね」
梨沙は、倒れている少女の元へと向かった。
「あなた、私の声が聞こえる?」
「………」
少女は虚ろな目で梨沙を見つめるだけで、何も答えない。
「っと…。ごめんなさい…」
梨沙は少女が喉を食い破られていて、声が出せないという事に気付いた。
「(助かりそうも無いわね…。今こうして生きているのも奇跡的って感じだわ…)」
少女の傷を見つめる梨沙。
すると、少女はゆっくりと手を伸ばし、梨沙が持っているナイフを指差した。
「………」
少女の意図を察し、梨沙は思わず目をそらす。
少女は口をパクパクと開き、何かを訴えているが、梨沙の耳には届かない。
すると、結衣がやってきた。
「…どう?」
少女を見た瞬間に、結衣は彼女が助からない事を察したが、梨沙に様子を訊く。
梨沙は首を横に振り、重々しく口を開いた。
「…彼女、もう楽になりたいそうです」
「…そっか」
「ま、待って…!」
もう1人の少女がやってくる。
「気持ちはわかるよ。でも、ハッキリ言って、この子はもう助からない。だからせめて、苦しまないように逝かせてやろう」
「でも…でも…!」
「生き長らえたって、この子はもう感染してるハズ。どの道、もうあなたの知ってる彼女には戻らないんだよ」
「感…染…?」
「…私がやるよ。梨沙ちゃんはこの子を連れてホールに行ってて」
「待ってください。銃声はマズいんじゃ…?」
「…知ったことじゃないよ。ナイフより銃の方が、この子を苦しめる事なくやれるから」
「………」
梨沙は何も言わずに、泣きじゃくる少女を連れて、部屋を出た。
「…ごめんね。私じゃ、キミを助ける事はできない」
少女の側に膝をつき、話し掛ける結衣。
「キミの仇は私が請け負うよ。必ず、キミをこんな目に遭わせた奴を探し出すからね。約束する」
少女は結衣の話を聞き、微かに笑ったように見えた。
その笑みを見て、結衣は胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「…本当に、良いんだね?」
結衣はリボルバーを、ゆっくりと少女の眉間に構える。
少女はほんの少しだけ、首を縦に振る。
「…安らかに」
1発の銃声が、建物の中に鳴り響いた。
「…終わったんですか?」
ホールに戻ってきた結衣に、梨沙が訊く。
「………」
結衣は無言で、首を縦に振った。
「そうですか…。拠点、別の場所にしましょう。ここじゃ、この子は休まらないと思いますし…」
「そうだね…」
結衣は壁にもたれ掛かりながら座り込み、すすり泣いている少女の元へ。
「少しは落ち着いたかな?私は大神結衣。あなたは?」
「わ、私は…桜庭奈々です…」
「奈々ちゃんか。この町の学生さん?」
結衣は桜庭奈々と名乗った少女の服装を見て、そう訊く。
「はい…。2日前まではそうでした…」
「そっか…。ちょっと話を聞きたいんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫…です」
「ありがと」
結衣は立ち上がり、窓の外を見る。
「結衣さん?」
気になった梨沙が、隣にやってくる。
「早速、別の場所に移動しよう。一刻も早く、ここからは離れたい」
「でも、どこへ行くんです?彼女が居る分、移動は制限されると思いますが」
「そうなんだよね…。ゾンビが多い大通りは除外して移動しなきゃならない。だからと言って裏路地だけを通るとなれば、選べる建物は限られてくるし…」
すると、いつの間にかこちらに来ていた奈々が、結衣の肩をそっと叩いた。
「あの…」
「ん?どしたの?」
「安全な場所なら、1箇所だけ知ってますよ…?」
「それはどこなの?」
「ここから歩いて5分程の場所にある建物です。私達はここに来る前まで、そこに隠れていたので、きっと今も安全だと思います」
「なるほど…。それじゃ、そこに行ってみましょうか」
3人は建物を出て、ゾンビに気付かれないように裏路地へと向かった。
第1話 終
登場人物
大神 結衣
20歳。若くして裏社会に生きる女性。その世界では妹の大神玲奈と併せて"大神姉妹"と呼ばれる有名な実力者であるものの、受けた依頼を気分で放棄したりなどいい加減な事が多々ある。そんな反面、金銭面に余裕が無い依頼主に同情をかけ、報酬が無い頼み事を受けたりなど、自分が気に入った相手には忠義を尽くすといった一面もある。端麗な顔立ちでスタイルも良いが、男勝りな性格であり口調は荒い。使用武器はリボルバー"トーラス・レイジングブルModel-444"。
綾崎 梨沙
18歳。生まれ育った町である榊原町が生物兵器によって崩壊した際、結衣達と出会いその騒動を生き延びた少女。騒動以前は文武両道で成績優秀な女子高生であり、その類い希なる才能から周りの人間との差が開きすぎてしまって相手を傷付けてしまう事を嫌い、他人との争い事や競い合いを避けたがっていた。しかし、騒動の後は力が無くては大切なものを守れないという事に気付き、知人に戦闘技術を教わるなど心境の変化があった。性格はクールで少し固く毒舌を吐く事もあるが、時折少し抜けている一面を見せる事もある。使用武器は刃渡り270mmのククリナイフ。