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2nd Nightmare  作者: 白川脩
結衣編
16/57

第15話


「神崎葵…!」


葵が現れた事により、今なら容易く仕留められるであろう瀕死の結衣と梨沙に背を向ける雲雀。


目の前の弱っている敵を見捨ててまで葵の方に身体を向けたのは、力を手にした彼女の傲慢さの表れであった。


「良い所に来たな。早速手合わせして貰えるとは、私も運が良いようだ」


「えぇ。後は私が遊んであげるわ。さっさと来なさい」


鞘に納めたままの日本刀を地面に突き立て、その上に両腕を乗せて挑発的な態度を見せる葵。


気が短い雲雀にとって、それは充分な挑発であった。


雲雀の顔の赤黒くなっている部分が不気味に脈動したのを見て、葵は目を細める。


同時にその理由を察したのか、彼女は呆れたように鼻で笑った。


「力を求めて、人間である事を捨てたのかしら?」


「勘違いするなよ。私の意思でこうなったワケではない」


「と言うと?」


見下すような、冷たい葵の視線。


雲雀はその視線を突き返すように、彼女を睨み付けた。


「…貴様には関係無い。私は力を手に入れた。約束通り、手合わせして貰おうか」


「だからさっきから来なさいと言っているじゃないの。そっちから来ないなら私から行くわよ?」


刀の鍔頭に乗せている腕の上に顎を乗せ、ニヤニヤと笑いながら首を傾げて見せる葵。


その姿を見てついに耐えかねた雲雀は、ぎりっと歯軋りをした後、恐ろしい勢いで葵に飛び掛かった。


「死ねッ…!」


走ったままの勢いを殺さずに、そのまま葵の顔に拳を打ち付ける雲雀。


葵はその場から動かずに、鞘を地面に突き立てたまま刀を少しだけ抜いて、その刃身の部分で雲雀の拳を迎え撃つ。


刀身を勢い良く殴り付けた雲雀の拳は手首の辺りまで真っ二つに裂けた。


ふっと静かに笑う葵。


「あら…痛そうね…」


「黙れ…!」


雲雀は裂けた手を引き抜かずにそのままもう片方の手で葵の顔を再び狙う。


それと同時に葵が刀を完全に抜刀し、その刃身は雲雀の腕までも真っ二つに斬り裂いた。


肘の辺りまで裂けた事で流石に動揺したのか、雲雀は一度下がって裂けた腕を確認する。


葵はあえて攻め込まずに、刀を振って刃身に付いた鮮血を振り落とし、納刀しながらその様子を観察するように見ていた。


「不思議だな…痛みが無い…」


雲雀は痛々しく裂けている自分の腕を見ながらそう呟き、もう片方の手で患部を接着するように押し付ける。


すると、裂けた腕はあっという間にくっつき、元通りになった。


「手品でも見ているような気分ね」


苦笑を浮かべる葵。


「全くだな」


雲雀もまた、苦笑を返した。


会話でのやり取りはそれだけで終わり、雲雀が素早く距離を詰めて先程までは裂けていた手を葵に伸ばす。


その手を鞘で弾き、素早く抜刀して横に凪ぎ払うように雲雀の首を狙う。


身体を反らしてその斬撃をギリギリで避け、刀を振り終えた葵の右手に掴み掛かる。


それで葵の行動を制限できたと思った雲雀は、空いているもう片方の手で葵の腹部を狙う。


しかし、葵は掴まれていない方の手に持っている鞘を逆手で持ったまま、雲雀の首に叩き付けた。


「ッ…!」


全く意識していなかったその攻撃に驚き、雲雀は思わず掴んでいた葵の右手を離す。


「鞘も武器として使えるのよ。覚えておくと良いわ」


葵はそう言って、雲雀の腹部を横に斬り付けた。


雲雀は刃に腹部を斬り裂かれる寸前で身体を折るようにして腹部を引っ込め、攻撃を避けようとする。


胴体真っ二つという事態は回避したものの、完全に避けきる事はできなかったらしく、彼女の腹部から鮮血が吹き出した。


そんな状況になっても雲雀は焦らず、次の攻撃の仕掛け方を考える。


彼女の冷静さの理由は、見る見る内に塞がっていく腹部の傷が物語っていた。


「首でも飛ばせば、流石に死ぬわよね?」


納刀し、右手の親指を首元に持ってきて自分の首を掻き切るような動きを見せる葵。


「どうだろうな」


雲雀は面白くも無さそうにそれだけ言って、再び葵に突進していった。



「梨沙ちゃん…!起きろ…!」


気を失っている梨沙に、結衣が身体を揺さぶりながら呼び掛ける。


梨沙はしばらくして、唸るような声を上げながらゆっくりと目を開けた。


「結衣…さん…?」


弱々しいものではあったが、結衣は梨沙のその声を聞いて安心したように息を漏らす。


「良かった…。具合はどうだい?」


「胸の辺りが…痛いです…。それに息苦しい…」


途切れ途切れの苦しそうな声。


「…ちょっとごめんよ」


梨沙の服の胸元をはだけさせ、患部を露出させる。


「(これは…折れちまってるな…)」


酷く腫れている患部と梨沙の息苦しいという発言から、結衣は彼女の胸骨が骨折していると判断する。


結衣の推測は当たっており、梨沙の胸骨は雲雀に蹴られた際に折れてしまっていた。


はだけさせた服を元に戻してから、結衣は梨沙に向き直って曖昧な口調で話し始める。


「多分…胸骨が折れちまってると思う。命に別状は無い…ハズだ」


「そう…ですか…」


咳き込み、その際に走った激痛に呻き声を上げる梨沙。


目の前で苦しんでいる梨沙に何もしてやれない自分に苛立ちを覚え、結衣は拳を握りしめる。


手のひらに爪が食い込み、そこから血が出てきた所で結衣は我に返り、立ち上がった。


「結衣さん…?」


絞り出すような梨沙の声。


結衣は背を向けたまま、リボルバーを取り出しながらこう言った。


「私にはキミの苦痛をやわらげてやる事はできない。だから、キミを痛め付けた奴を…」


「待っ…て…」


結衣の話を遮るように、梨沙は苦痛に耐えながら声を絞り出す。


結衣は呼び止められるとは思っていなかったらしく、驚いた様子で振り返る。


「行か…ないで…」


「え…?」


耳を疑い、梨沙の身体のすぐ横に膝まづく結衣。


「側に…居て…」


再び咳き込み、先程よりも苦痛が伝わってくる大きい呻き声を上げる梨沙。


「わかった…わかったから…!それ以上喋るな…!」


結衣は強く頷き、梨沙の体力を消耗させない為に彼女を黙らせる。


すると、梨沙の口元が僅かに綻んだ。


「えへへ…。ごめん…なさい…。わがまま言って…」


その言葉に結衣も思わず笑みをこぼし、結衣は梨沙の頭をそっと撫でた。


「…いいさ」



場面は戻り、2人の微笑ましい光景とは逆に、死闘の真っ最中である葵と雲雀。


一瞬で腹部の傷が癒えた雲雀は、変わらぬ勢いで葵に突進していく。


刀を抜かず、少し横に避けながら雲雀の足を引っかける葵。


そんな簡単な技に引っ掛かるハズもなく、雲雀はその足を逆に蹴り返す。


蹴り返される事を知っていたかのように、葵は足を軽く上げてその蹴りを避け、そのままその上げた足を雲雀の顔面に打ち付けた。


紛う事なく直撃した鋭い蹴り。


しかし雲雀は攻撃に耐え、その足を顔の前でがっちりと両手で掴む。


そして掴んだ足を脇腹で挟んで、きりもみ状態のような要領でぐるりと身体を回転させた。


プロレスなどで見る、ドラゴンスクリューと呼ばれる投げ技の一種。


足を持たれたまま回転されては抵抗できず、葵の身体は雲雀の意思で回転させられる。


そのまま地面に叩き付けられてダメージを負うハズであったが、葵は身体を回転させられる直前で自ら回転し、その最中に掴まれていない右足で雲雀の頭部を勢い良く蹴り付けた。


2人の身体が地面に落ちた時には葵の足は雲雀の手から抜けており、先に立ち上がったのは葵。


余裕が見て取れる涼しい表情で髪をかきあげる葵とは逆に、雲雀は頭部を蹴られた事によるダメージによって苦しい表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。


「流石だな…」


非の打ち所の無い見事な反撃に、雲雀は思わずそう呟いてしまう。


感嘆したのは、葵も同じであった。


「私の蹴りに耐えてあんな技を咄嗟に出せるあなたも、いいセンスしてるわよ」


「ふん…。そいつは有難い言葉だ」


態度は相変わらず刺のあるものであったが、雲雀は葵に評価された事を心から嬉しく思っていた。


しかし、それで仲良くなるかと言えば当然そんな事はない。


首を気だるそうに回してから、雲雀は再び葵に近付き、攻撃を仕掛けた。


長期戦になりつつあるこの戦いに、雲雀はそろそろ終止符を打ちたいと考え始める。


「(おかしい…身体がだるくなってきた…)」


先程から感じ始めている、体調の悪化。


それが彼女を焦らせ、決着を急がせる。


初手から大振りなフックを顔面めがけて放つが、葵は当然のようにそれを簡単に避け、怪訝な表情で雲雀を見つめる。


初手には相応しくないその攻撃を見ただけで、葵は雲雀の異常を見抜いた。


更に観察力、思考力に優れた葵は、すぐに彼女の異常の原因を推測する。


「限界かしら?」


雲雀の身体がぴたりと止まった。


葵は目を細め、話を続ける。


「尋常では無い再生能力、それは恐らくあなたに超人的な能力を与えているウイルスの作用の1つ。とは言え、そんな強力なウイルスにだって限界はあるわ。度重なる身体の再生によって、あなたのウイルスはもう…」


「随分と詳しいじゃないか…さっきからべらべらと忌々しいッ…!」


殴り掛かる雲雀。


葵はお互いの位置を入れ替えるように避けながら、雲雀の後頭部を軽く小突く。


頓狂な行動に困惑する雲雀を見て、葵は面白そうに笑う。


「少し頭を冷やしなさい。遊びはこれで終わりよ」


「遊び…だと…?」


雲雀の表情が暗いものになる。


「まだ私を愚弄する気か…貴様はどこまで…!」


「それなら」


強い口調で、雲雀の言葉を遮る葵。


そして、いつの間にか抜いていた刀の切っ先を雲雀の喉に突き付けながら、口元を歪めた。


「本気で相手してあげましょうか…?私がその気にさえなれば、あなたなんて2秒で充分よ」


「ッ…!」


身体が動かなくなる雲雀。


動かなくなった理由は畏れ。


その畏れは喉に触れている切っ先ではなく、葵の笑みに対してのものであった。


冷たく、殺意に満ちた笑み。


先程までの、どこかふざけたような余裕の笑みとは違う、初めて見せたその笑みは、雲雀の本能を呼び覚まさせた。


生き残りたいという生き物の本能。


彼女は無意識の内に膝から崩れ落ち、地面に両手をついて倒れ込みそうになった身体を支えた。


それを見て、葵は刀を鞘にしまう。


そして、いつもの笑みに戻ってこう言った。


「…まぁ生きなさい。死んだらそこでおしまいよ」


踵を返し、葵はエレベーターに向かって歩いていく。


その時、雲雀が固まってしまっていた口をゆっくりと開いた。


「待て…」


耳を疑い、足を止める葵。


振り返って怪訝そうな顔をして雲雀を見る。


雲雀はよろよろと立ち上がり、葵を睨み付けた。


「まだ…終わってない…」


とは言ったものの、息が上がっている彼女の言葉に説得力は無い。


赤黒くなっていた顔の半分も、いつの間にか普通の肌色に戻っていた。


しかし右目だけは戻っておらず、人間離れした赤黒い色のまま。


葵はその目に、執念の表れのようなものを感じた。


「私は…死んでいない…。まだだ…まだ…」


ふらふらと、葵に向かって歩いていく雲雀。


葵は深い溜め息をつき、呆れたように目を閉じてこう言った。


「…懲りない子ね」


次の瞬間、雲雀の身体が一瞬で葵の元へと移動する。


最後の力を振り絞り、恐ろしい速さで接近した雲雀は、葵に右手を振り上げる。


しかし、その渾身の攻撃も虚しく、雲雀の胸部を刀が貫いた。


「あ…が…」


もはや喋る事もできず、雲雀の身体から力がすっと抜ける。


葵は冷たい表情で雲雀を見つめた後、彼女の身体から刀を勢い良く抜く。


立っている事すらもできなくなった雲雀は、ばたりと背中から地面に倒れた。


雲雀の血を振り落とし、くるりと器用に回してから納刀する葵。


「最後の試験よ」


聞こえているかどうかもわからなかったが、葵は喋り始めた。


「これで生きていたのなら合格。このまま起きる事がなければ失格」


雲雀に反応は無い。


「…合格だったら、また会いましょう」


葵は小さく笑い、踵を返して歩き出した。


「葵さん!」


それは結衣の声であった。


「あら、結衣ちゃん。身体は大丈夫?」


結衣はその質問に苦笑いだけを返し、雲雀に視線を移す。


「こいつは…死んだんですか?」


「どうかしらね」


即答した葵を、結衣は驚いた様子で見つめる。


葵は結衣に視線を返し、困ったように微笑を浮かべる。


「そんな顔されても困るわね…。私は医者でもなんでもないわ」


「そりゃまぁ…そうですが…」


「一応心臓は外してあるわ。目を覚ますかはこの子の生命力次第ね」


そう言って歩き出そうとした葵を、結衣は慌てて呼び止める。


「待ってください!こいつは…もう大丈夫なんですか?」


「それは敵かどうか…って意味で合ってる?」


訊き返された結衣は頷いて見せる。


「目を覚ました瞬間、襲い掛かってこられちゃたまったもんじゃない」


「うふふ…天下の大神姉妹の御姉様にしては随分と弱気ね」


くすくすと笑ってそう言った後、葵はぼろぼろになっている結衣の身体を見てこう付け加える。


「まぁ、その身体じゃ無理も無いか」


「戦えない事はありませんが…こっちには眠れるお姫様が居るもんでね…」


正面を見たまま、背後を指差す結衣。


その先には、気を失っている梨沙の姿があった。


「なるほどね…」


葵は結衣の言葉の意味を理解し、先程の質問に答える。


「この子はもう大丈夫よ。いきなり襲い掛かってくるような事は無いわ」


「何故言い切れるんです?」


「あなた達を殺さなかったからよ」


「…え?」


結衣は思わず耳を疑った。


「瀕死のあなた達に背を向けて、私に向かってきた。あなた達を殺すつもりなら、私と戦う前に仕留めるハズでしょ?」


「し、しかし…奴は自分の口で津神の命令に抗えないと…」


「津神のウイルスによる洗脳は、一度宿主が瀕死になると効力を失うわ。命令よりも、宿主の生存を優先するからよ」


「は、はぁ…。そうなんですか…」


曖昧な返事を返す結衣。


何かが、頭の中で引っ掛かった。


「うふふ…。そういう事。それじゃ、私はもう行くわ。お大事にね、結衣ちゃん」


軽く手を振って見せ、エレベーターに向かって歩き出す葵。


彼女がエレベーターに乗って行き先の階数のボタンを押そうとしたその時、


「…待ってくださいッ!」


結衣が大きな声で葵を呼び止めた。


「…どうしたの?」


ボタンから指を離し、驚いた様子で結衣を見つめる葵。


葵に向けられている結衣の視線は、味方の人間に向けるようなものではない、鋭いものであった。


その鋭い視線で葵を捉えたまま、結衣は口を開く。


「随分と詳しいですね。津神のウイルスに関して」


それを受けた葵は、誤魔化すように笑う。


「…どうしたのよ。いきなり」


「津神のウイルスの詳細は、この界隈じゃ一番情報を集める力がある歩美でも知らねぇ情報だ。どうしてその事を知ってるんです?」


「…あぁ、その事ね」


何かを取り出し始める葵。


それは折り畳まれた何かの紙で、葵はその紙を開いて結衣に見せた。


「ウイルスの詳細が記されている書類よ。少し前に、津神から入手したの」


「つ、津神から…?」


自分の読みに突然自信が無くなり、弱々しい声調になる結衣。


「嘘じゃないわよ?歩美か茜に訊いてごらんなさい」


そう言いながら葵はその書類をしまい、エレベーターのボタンに指を触れる。


「それじゃあね。結衣ちゃん」


葵はウィンクをして見せた後、ボタンを押した。


扉がしまり、エレベーターの駆動音が聞こえてくる。


その音を聞いた途端、結衣は全身の力が一気に抜けて、その場に座り込んだ。


「私の思い違いか…」


葵に感じた不審な様子。


それが気のせいだった事を知って安心し、彼女は大きな溜め息をついた。



一方…


上へと向かっているエレベーターの中で、ふうっと溜め息を漏らす葵。


「…中々、鋭いわね」


葵はそう呟いて、額の冷や汗を手で拭った。


第15話 終



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