第13話
「あ、結衣!」
地下に存在する麗子の研究所にやってきた2人に、先に到着していた亜莉紗が気付いてこちらに歩いてくる。
その隣には、スナイパーライフルを肩に掛けた銀髪の少女、深雪の姿も見えた。
「結構早かったね。私達も今さっき着いた所なの」
「ま、ほとんど走りっぱなしだったからね。…にしても、すげぇ場所だな。こりゃ」
話を始める結衣と亜莉紗。
傍ら梨沙は、部屋の奥の方に恭子と亜莉栖の姿を見つけ、そちらに向かって歩いていった。
「…おっと、キミは確か、深雪ちゃんだったっけ?」
「幾島深雪。…"ちゃん"は要らない。深雪で良い」
「そっか。よろしくね、深雪」
「…よろしく、結衣」
慣れない自己紹介を済ませ、こそばゆくなった深雪は
当てもなく歩き出してその場から離れていった。
「ははぁ…そういうタイプか…。周りに多いから正直もう求めてないんだけど…」
「確かに、私達の周りって静かな子が多いよね」
「その点、お前って安定のバカだよな」
「はぁッ!?」
「いや、悪口じゃないんだぜ?お前みたいなバカは1人ぐらい居た方が良いってもんだ。なぁバカ?」
「それ以上バカって言うなこの野郎ーッ!!」
顔を真っ赤にして怒り始めた亜莉紗と、それを見てげらげらと笑う結衣。
そんな緊張感の無い2人であったが、その時、突然一同が居る研究所に女性の声によるアナウンスが聞こえてきた。
『ご機嫌よう、みんな。よくこの場所を見つけたわね。大したものだわ』
その声を聞いた瞬間、深雪の動きがぴたっと止まる。
声に聞き覚えがあった結衣と恭子も、表情が険しいものへと変わった。
「津神…!」
「え…?この声…津神麗子なの…?」
麗子と遭遇した事が無かった亜莉紗が、結衣にそう訊く。
「あぁ、間違いねぇ。奴の声だ。…畜生、何処に居やがる」
忌々しそうにそう呟き、リボルバーを取り出す結衣。
それに倣うように亜莉紗がクロスボウに矢を装填した所で、再びその声が聞こえてきた。
「まぁ…私の仲間の誰かさんが、この場所の事をバラしたんでしょうけどね…」
入口の方から聞こえてきたその声に、深雪以外の一同が一斉にそちらに顔を向ける。
そこには、スイッチを切ったアナウンスのマイクを手に持ち、いたずらっぽく笑っている麗子が立っていた。
それを見てすぐに、部屋の奥に居た恭子、梨沙、亜莉栖の3人も、結衣達の元にやってきて麗子と対峙する。
「今度こそ逃がさねぇぞ。大人しく投降してもらおうか!」
リボルバーの撃鉄を指で起こし、威圧する結衣。
しかし、麗子はそれを見ても相変わらず笑みを浮かべるだけで答えようとはしない。
「…何とか言えよこの野郎!」
結衣が怒声を発すると、麗子は表情を変える事なく口を開いた。
「ねぇ、結衣ちゃん。私が大人しく投降する為にここへ来たと思う?」
「…知るかよ。そうじゃねぇなら足にでも風穴開けて嫌でもそうさせてやらぁ」
「うふふ…。あなたはどう思う?恭子ちゃん」
訊かれた恭子は、突然ではあったものの迷う事なくこう答える。
「何か策がお有りなのでしょう。ただならぬ気配を感じますわ」
「流石ね。その通り、私にはあなた達を苦しめる為の策があるわ」
「…それは?」
「うふふ…特別ゲストよ。楽しんでね」
麗子の言葉と同時に彼女の背後にある入口から現れたのは、少し前に遭遇したクリーチャー、ハマルティアであった。
「この子は私の言う事を聞いてくれないから失敗作として廃棄したんだけど…どうやらこの中に気に入った子が居るみたいなの。うふふ…この子はしつこいから、一度気に入られるとどこまでも追いかけられるわよ?頑張ってね」
麗子はそう言って楽しそうに笑い、ハマルティアとすれ違うようにその場を後にした。
「おい待て!逃げんな!」
すぐに追いかけようとする結衣であったが、ハマルティアが彼女の前に立って叫び声を上げる。
すると、恭子が2人の間に割り込むように入り、ハマルティアの頭部を横から蹴りつけた。
「結衣さん、綾崎さん。あなた方は津神を追ってください。ここは私が請け負いますわ」
「そいつはありがてぇけど…こいつはかなり面倒臭ぇ奴だ。油断したらお前でもやられちまうかもしれねぇ」
「ふふ…。ご安心くださいな。私が負ける事など、もう万に一つもありませんよ」
「………」
結衣はニヤリと笑って梨沙に目で"行くぞ"という合図を送り、ハマルティアを避けて研究所を後にした。
「大丈夫でしょうか…」
ハシゴを登って倉庫に戻ってきた所で、梨沙が呟く。
「あいつらなら大丈夫さ。恭子に加えて、他にも腕の良い奴等が居るんだ。若干1名、人じゃねぇけど」
「イヴ…」
「…梨沙ちゃん?」
「…あ、いえ、すみません。何でもないんです」
「そう…?」
「それよりも、今は津神を追いましょう。逃げられちゃいますよ」
「…そーだね」
2人は建物から出て、辺りを見渡す。
麗子の姿は既に見えなくなっていたが、その時丁度、結衣の無線機が鳴り出した。
「はいはい」
『私よ。状況はどうなの?』
聞こえてきたのは、歩美の声。
「今さっき例の研究所に着いて、先に到着してた恭子達と調べてたんだけど、そこに津神が現れてね。逃げた津神を追って今外に出た所なんだけど…」
『…見失ったの?』
「…面目ねぇ」
『…まぁいいわ。恭子達は一緒なの?』
「いや、いきなり現れた変なクリーチャーの相手をしてくれてる。恭子なら問題無いと思うがね」
『そう…。奴が向かった場所の見当はついてるわ。そこに向かいなさい』
「そりゃどういう事だい」
『実は、ちょっと前に津神と対峙したのよ。その時に奴の魂胆を聞く事ができたわ』
「魂胆って?」
『他にやるべき事があるから、私達と決着をつけたいと言っていたわ』
「やるべき事…?」
『それはわからないけれど、どうせロクな事じゃないという事だけはわかるわね。奴は北側にある町で一番高い建物の屋上で待っていると言っていたわ。そこで捕まえてしまえば、やるべき事も何も関係ありゃしないわ』
「そりゃそうだ。つまり、私達はその北側にある町で一番高い建物とやらに向かえば良いんだな?」
『そういう事よ。それと、弾薬の補給はしておきなさい。津神が何を用意しているかはわからないからね』
「りょーかい。ほんじゃな」
『えぇ。私達も今から向かうわ。じゃあね』
通信を終えた結衣は、建物の敷地内へと戻っていく。
「結衣さん?どこへ?」
「弾薬補給さ。もしかしたら、中々キツい戦いになるかもしれない」
そう言って建物の外周を探索し始める結衣と、それに付いていく梨沙。
しばらく歩き、裏口と思われる場所で金属製の黒い箱を見つけた。
「間違いねぇ。これだな」
重々しいその箱を開けて、中身を確認する。
予想通り、その中には大量の弾薬や手榴弾などの爆弾が入っていた。
結衣は自分が使っている弾薬44マグナム弾を持てるだけ持ち、梨沙は使用武器が銃ではないので何も持たずにその場を離れた。
装備の確認を終えた2人はその場を離れ、歩美が言っていた北側へと向かう。
道中、結衣がリボルバーの弾薬を箱から取り出してポケットに移し替えながら、梨沙に声を掛ける。
「いよいよ決着だ。覚悟を決めた方が良いかもよ、梨沙ちゃん」
「決着って言いますけど…津神が直々に相手をするって事ですか?」
こっちは大人数なのに、と、梨沙が続ける前に結衣が割り込むようにこう答える。
「それは無いかな。多分、奴が作ったクリーチャーでもぶつけてくるんでしょ」
「…逃げられるのでは?」
「奴の傲慢な性格上、ただ黙って逃げる事はしないハズ。つまり、その油断を何とか突く事ができりゃ、捕らえる事はできると思うんだ」
「まぁ、峰岸さんとか茜さんとか、こっちには腕の立つ人がいっぱい居ますもんね」
「そこは…何とも言えないな…」
息を吐き出すように、珍しく弱気でそう言った結衣を、梨沙は驚いた様子で見つめた。
「手合わせしてわかった。奴は一筋縄じゃいかない」
「と言うと?」
「まず頭はかなり回る。バカにはこんな騒動引き起こせねぇ。加えて歩美と同等かそれ以上の権力。そして奴の戦闘能力、それは下手したら葵さんに並ぶかもしれねぇ」
「あ、葵さんに…!?」
「私と恭子で奴と戦った時、そう思った。…まぁ、途中で奴が退いたから、結果はどうなってたかわかんないけどね」
弱々しく笑う結衣。
しかし、それでも梨沙は相手が1人だという事を考え、結衣とは反対に強気でこう言った。
「大丈夫ですよ。どんなに強くたって、相手は1人です。負けるような事はありませんよ」
「………」
神妙な表情で何も言わない結衣に梨沙は驚き、黙って歩きながら彼女の横顔を横目で見つめた。
しばらく歩き、開けた大通りに出た2人は辺りを見渡して目標の建物が見当たらないかを探した。
「一番高い建物…あれかな…?」
それらしき建物を、結衣が見つける。
離れた場所に、20階建ての大きなマンションがそびえていた。
「皆さんを待ちますか?それとも…」
「私達だけで見に行く?」
梨沙に顔を向け、ニヤリと笑う結衣。
その笑みに、梨沙は苦笑を浮かべる。
「…そんなワケにはいかないですよね。今さっき、津神は危険な人間だって話をしたばかりだし」
「それでも、相手は待ってくれないらしい」
「え?」
結衣が振り向いて、リボルバーを構える。
何事かと思った梨沙がそれに倣って振り向くと、イリシオスの集団がこちらに走ってきている光景が見えた。
イリシオスの足を撃ち抜き、動きを一時的に止める結衣。
「梨沙ちゃん。あのマンションに逃げるよ」
「…わざわざあのマンションに?」
「あぁ。奴等、私達を誘導するつもりだ。3方向から追い詰めてね」
「は…?」
言われた事を鵜呑みにできず、辺りを見回す梨沙。
すると確かに、マンションへ向かう方向以外の3方向から、イリシオスが集団で迫ってきていた。
「い、いきなりですね…」
「残された道はこっちのマンションへの道だけ。ここは大人しく従うとしましょうか」
「そうですね…」
今までと比べて明らかに移動速度が遅いイリシオスから逃げながら、2人はマンションへと向かう。
その光景は明らかに異様で、イリシオスには2人を捕まえる気は毛頭無いように見えた。
「(津神の思い通りってワケかい…気に入らねぇ…)」
走り続け、マンションの前に到着した2人。
一度立ち止まって辺りを見回してみると、2人を囲むように迫ってきているイリシオス達は、ゆっくりと歩いてきていた。
「奴等…捕まえる気は無さそうですね…」
その事に気付いた梨沙がそう呟く。
「このまま突っ立ってたらわからんけどね。…中に入ろう」
結衣が先にマンションの入口であるガラス扉を開けて中に入り、梨沙もそれに続く。
すると、2人が中に入った事を確認したイリシオス達がガラス扉の前に立ち、2人の逃げ道を塞いだ。
「ちっ…。優秀な部下だな…この野郎…」
「あんな奴等に…知能が…?」
「信じ難いけど、そうとしか考えられない。奴等には知能があって、津神の命令を理解して実行してる。…本当に、信じ難いけどね」
2人はイリシオス達に背を向け、薄暗い通路を歩き始めた。
「…静かですね」
2人の足音だけが響く中、梨沙が不意に口を開く。
「まだ恭子達も歩美達も着いてないから、静かなのはおかしくは無いけど…」
言葉を切って、通路の途中にあったエレベーターの前で立ち止まる結衣。
彼女はエレベーターのボタンを何度か押して反応が無い事を確認した後、溜め息をついてから言葉の続きを言った。
「…津神が現れねぇってのが腑に落ちない。私達の動向を観察するなら、監視カメラの為に電力を生かしておくハズ。まさか全員揃うまで待ってる…なんてこたぁ無ぇだろうし…。…いや、奴の性格ならそれも有り得るか…」
1人で考え込んでいる結衣を見て邪魔をしてはいけないと思った梨沙は、そっと彼女から離れて何の気無しに辺りを散策し始める。
話し声が届かなくなる程度に結衣から離れた所で、梨沙の無線機からノイズのようなものが聞こえてきた。
「(何…?)」
故障かと思ったものの、無線機に詳しくない梨沙は適当に周波数を弄り始める。
しばらくした所で、ノイズが突然消える。
そして、声が聞こえてきた。
『こんばんは。綾崎梨沙ちゃん』
「ッ…!?」
突然聞こえてきた麗子の声に、動揺を隠せない梨沙。
『ふふ…。驚かせちゃったかな?結衣ちゃんに話しても良いんだけど…一度あなたともお話をしたかったのよ。だから、あなたに伝えるとするわ』
「…何の話?」
『今からこの建物の電源を復旧させるわ。そうしたら、エレベーターに乗って貰える?嫌なら階段でも良いんだけど…結構大変よ?』
「罠としか思えないわね」
『まぁそうよね…。でも、他に道は無いわよ?外に居る子達を全員相手にするって言うなら話は別だけど…』
「…くたばれ」
『ふふふ…。待ってるわよ。…2人でね』
「…2人?」
梨沙が質問をする前に麗子の声は再びノイズに代わり、しばらくするとそれすらも無くなって完全に音が消える。
「何よ…2人って…」
「梨沙ちゃん?」
微かに聞き取った梨沙の声を辿り、結衣が彼女の元にやってきた。
「良かった。帰っちゃったのかと思ったよ」
「どこに帰るんです…。それよりも、たった今…」
梨沙が麗子の事を話そうと思ったその時、通路の照明が突然全て点く。
麗子の話通り、電源が復旧したようであった。
「ど、どうなってんだ…?」
「…今、津神から連絡があったんです。電源を復旧させるから、エレベーターに乗れって」
「つ、津神から…!?」
「はい。2人で待ってる…と言っていましたが…」
「2人って…誰…?」
「それはわかりかねますが…奴の仲間とかじゃないんですか?」
「仲間…ね。とすると、展望台の時の女の子かな…?」
結衣のその言葉を聞いて、梨沙はそこで初めて雲雀の顔が思い浮かんだ。
「(そうだ…他に仲間なんてアイツぐらいしか居ないじゃない…。奴が居るのね…)」
エレベーターに向かって歩き出す梨沙。
「梨沙ちゃん?おーい…」
遅れてそれについていく結衣。
梨沙がエレベーターのボタンを押すと、1階に止まっていたらしく、扉はすぐに開いた。
「行きましょう。結衣さん」
「うん…。なんか…ノリノリだね…」
「そうですか?」
「まぁモチベーションは大事だからね…。でも、この先には津神が居るハズだから、油断はしないように…」
「…わかってますよ」
エレベーターに乗り込む2人。
すると、ボタンに触れてもいないにも拘わらず扉が閉まり、エレベーターが勝手に動き出した。
顔を見合わせ、武器を取り出す2人。
エレベーターは18階で止まり、ゆっくりと開いた先には広いホールのような部屋があった。
そしてその部屋の中央には、頭から血を流して倒れている雲雀の身体を踏みつけている麗子の姿が見えた。
麗子は2人に気付き、にっこりと笑う。
「いらっしゃい…」
そう言った彼女の目は、黒目の部分が赤くなっていた。
第13話 終