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2nd Nightmare  作者: 白川脩
結衣編
13/57

第12話


午前0時…


窓辺で壁に寄り掛かるように座って眠っていた梨沙は、外から聞こえてきた奇妙な叫び声に目を覚ました。


「…何?」


目を擦りながら立ち上がり、窓からベランダに出て外の様子を見てみる。


少し離れた所にある裏路地に、よろよろと不気味な足取りで歩いている人の姿が見えた。


人とは表記したものの、もうこの町に生存者は残っていないと思っている梨沙は、それを人の形をした何かと判断する。


「真っ暗だけど、挨拶はおはようで良いのかね?」


背後から聞こえた結衣の声に、梨沙は背を向けたまま人の形をしたその何かから目を離さずに答える。


「寝起きですし、良いんじゃないですか?それよりも、あれ見てください」


「ん?UFOでも居た?」


「飛行では無いですけど、未確認物体ではありますね」


「どれどれ…」


梨沙の隣に来て、彼女が指差した場所を目を細めて見る。


その異様な姿はすぐに結衣の視界に入った。


「なるほど…。よくもまぁ次から次へと新種が出てくるもんだ…」


「まだこちらに気付いてはいないようですけど…こっちに近付いては来てますね」


「どんな奴かわかんねぇ以上、遭遇したかぁないね。移動しますか」


「そうですね」


装備を確認し、部屋を出ようとする2人。


扉を開ける寸前で結衣がとある事を思い出し、ドアノブを回そうとした手を止めた。


「…そう言や、奴らの声が聞こえないね」


「言われてみれば、外にも居ませんでしたね」


「ふむ…」


リボルバーを取り出して片手に持ちながら、ゆっくりと扉を開けていく。


音を立てずに通路に出て辺りを見回してみたが、イリシオスの姿は1体すらも見当たらなかった。


「こりゃどういう事なのかな。1体も居やしねぇ」


「偶然この辺りに居ないだけ…なのかな」


梨沙がそう呟く。


その時、先程彼女の目を覚まさせた奇妙な雄叫びが再び聞こえてきた。


「ちっ…。いやに耳に残る声だな。気になっちまう」


「見に行ってみます?勿論、戦ったりはしませんが」


「そーするかぁ…」


2人は建物から出る為、階段を目指して歩き出す。


通路の突き当たりにあった階段に到着した所で、再び雄叫びが聞こえてきた。


「ッ…!」


階段の下から。


「何で下に居んだよ…!」


「逃げましょう…!」


反射的に今来た道を走って引き返す2人。


その時、正面から1体のランナーが走ってきた。


叫び声を聞いて駆け付けてきたのか、既に興奮状態のランナーは狂ったように叫びながら近付いてくる。


「邪魔だッ!」


結衣は走るスピードを落とす事なく、真正面からランナーに対峙する。


ランナーは結衣に飛び掛かったが、彼女が放った右ストレートが顔面に直撃し、呆気なく転倒した。


それと同時に背後から聞こえてきた、おぞましい叫び声。


思わず足を止め、振り返る2人。


2人が見たものは、叫び声を上げていた正体の恐ろしい姿であった。


肉がほとんどついておらず、骨が浮き出ている不気味な灰色の皮膚。


顔には両目を覆うように黒い布が巻かれ、両手は木製の拘束具で固定され、力なくぶら下がっている。


それはイリシオスとは比較にならない程の常軌を逸した量のウィルスを投与させた人間の末路、"D-12ハマルティア"であった。


イリシオスを上回る再生能力を持つものの、理性が完全に失われており、簡単な命令すらも理解できなくなってしまった結果失敗作として処分されたが、その不死身の身体のせいで死ぬ事ができずに町をさまよっていた。


「なんだこいつ…!?」


リボルバーを構える結衣。


すると、先程結衣に殴られて転倒したランナーが立ち上がり、視界に入ったハマルティアに向かって走り出した。


ハマルティアに対する仲間という意識は無いらしく、ランナーは飛び掛かって爪で胸部を引っ掻く。


攻撃されたハマルティアは叫び声を上げた後、拘束具で自由を奪われているその両手をゆっくりと上げ、ランナーの頭に掴み掛かる。


そして、ぐいっと上に持ち上げ、ランナーの頭を軽々と胴体から引っこ抜いた。


ハマルティアはその頭を口元に持ってきて、流れ出る血液をすすり始める。


「胸糞悪ぃ…見てられっかよ…!」


結衣はハマルティアの眉間に狙いを付け、引き金を引いた。


射出された銃弾は狙い通りにハマルティアの眉間を貫通し、風穴を開ける。


持っていたランナーの頭部を手放し、しばらく動きが止まったが、ハマルティアは叫び声を上げて2人の元へと身をよじらせながら走ってきた。


「ゆ、結衣さん…!逃げましょう…!」


目の前の恐ろしい光景に、思わず声が震える梨沙。


結衣はハマルティアの耐久力を確認する為にもう一度頭に1発、そして胸部に1発銃弾を撃ち込んでから、リボルバーをしまってこう言った。


「梨沙ちゃん、何とか奴を避けて向こう側に行くよ。このまま後ろに逃げても袋の鼠になっちまう」


「避けるって…この狭い通路でですか…!?」


「策はある。奴は尋常じゃねぇ再生能力を持ってるけど、怯みはするからね」


結衣はそう言って、ハマルティアの両足に1発ずつ銃弾を撃ち込んだ。


歩いているだけで折れてしまうのではないかと思う程細いその足は大口径の銃弾を喰らった結果、無惨に千切れてハマルティアの身体を支えられなくなる。


「今だよ!」


「は、はい…!」


2人はハマルティアが倒れている隙にその横を駆け抜け、階段を目指して走り続けた。


階段の元まで到着した所で、梨沙がこう訊く。


「先程の結衣さんの言葉、奴もまた不死身って事ですか…?」


「恐らくね。その証拠に…」


言葉を切って振り返り、リボルバーを構える結衣。


銃口の先には、千切れたハズの足が元通りになっているハマルティアの姿があった。


こちらに走ってきているハマルティアの右足に、装填されている最後の1発を撃ち込む。


銃弾が命中したハマルティアの右足は先程と同じように千切れ、その身体を転倒させた。


「お分かりいただけたかな?」


「…納得しました」


「そりゃ良かった」


2人はハマルティアの足が再生する前に階段を降りて下の階へと降りていく。


そのまま外に出て建物から離れていき、しばらく走った所で叫び声が聞こえなくなっている事に気付いた2人は、足を止めて荒くなっている呼吸を整えた。


「ふぅ…。なんとか逃げ切ったかな…」


「あんな身体で走れるとは…それに、あのやかましい奴の頭を軽々と引っこ抜いたって事は、力も異常って事ですよね…」


「幸い、走ると言ってもスピードは遅いから逃げる事は容易いね。まともにやり合う目になんなきゃ良いけど…」


「ですね…」


休み終えた2人は辺りを見回し、今現在自分達がどこに居るのかを確認し始めた。


「さて、このまま目的地に向かっちまいたい所だけど…。身体は大丈夫かい?梨沙ちゃん」


「はい。少しは眠れたので、疲れは取れてます」


「そりゃ良かった。…んで、私達は今どこに居るのかな?」


「何か目印のような建物があれば良いんですけど…」


「…無いね」


「困りましたね…。こんな所で迷子とは…」


溜め息をつく梨沙。


良い方法が無いかを考えていた所で、結衣が不意に何かを思い付き、無線機を弄り始めた。


「結衣さん?」


「恭子達に聞いてみよう。あいつらも向かったハズだから、もしかしたら到着してるかも」


恭子の無線機に繋げ、反応を待つ結衣。


しばらくすると、無線機から恭子の声が聞こえてきた。


『どうされました?結衣さん』


「単刀直入に言うとね、私達迷子になっちゃったの」


『…はい?』


「いやぁ、かくかくしかじかでね」


『あの…かくかくしかじかと仰られても理解できませんわ…』


「そりゃそうか。実はみんなと別れた後、近くの家に入って休んでたんだけど、そこでイリシオスに見つかっちまってね。鬼ごっこをした末にマンションの一室に隠れてたんだけど、そしたら自分が今どこに居るのかがわからなくなっちまってさ」


『そういう事でしたのね。近くに何か特徴のある建物はありますか?』


「ないです」


『あっ、ない…』


「うん」


『そうですね…。私達は今例の建物の近くに居るのですが…』


「そっちに何か目印は無いか?それを何とか見付けてみるよ」


『近くにあるのは…7階建てのマンションと思われる白い建物…ぐらいですわね。それ以外の建物には特にこれと言った特徴は見当たりませんわ』


「白いマンション…ね。わかった。ちょっとそれを探してみるよ」


『えぇ。お気をつけて』


「ありがとさん。じゃあな」


会話を終えて、梨沙に顔を向ける結衣。


「7階建ての白いマンションを探すよ。それが唯一の目印らしい」


「白いマンションですね。…とりあえず、開けた場所に出ましょう」


「そだね」


2人は今居る裏路地から離れ、大通りへと向かった。



「やっぱり居ないか…」


大通りに到着した所で、結衣がそう呟く。


「イリシオスの事ですか?」


「あぁ。まだ夜明けまではかなり時間があるし、私達が寝てる間に何かあったのかね」


「居ないに越した事はありませんが…。確かにちょっと不気味かも…」


「警戒はしておこう。いつでも全力逃走できるようにね」


「了解です」


大通りを進んでいく2人。


道中、ゾンビの姿は何体か見かけたが、どれだけ進んでもイリシオスの姿は見当たらなかった。


「(私達がマンションに逃げ込んだのが7時か8時くらいの事だったハズ…。その時から今の間に一体何が…)」


結衣が歩きながら考えていると、梨沙が何かを見付けてその場に立ち止まった。


「あっ」


「えっ?」


突然梨沙の声が聞こえ、驚いて立ち止まる結衣。


結衣が梨沙の方を見てみると、彼女は前方の少し上方を見つめていた。


「ありました…」


「へ?」


「白いマンション…」


半信半疑で彼女の視線を辿ってみると、そこには確かに7階建ての白いマンションが見えた。


距離もそう遠くなく、あと500メートル程先であった。


「7階建ての白いマンション…あれですよね?」


「恐らくね。なんだ…意外と早く見つかったな…」


途方も無いゴールを目指しての移動になると思い込んでいた結衣は、思わず拍子抜けして苦笑を浮かべた。


「って事はつまり、あの周辺に例のイベント会場があるってワケだ」


「峰岸さん達は先に到着してるんですか?」


「私が連絡した時にはもう近くに居るっつってたから、多分もう中に居ると思うよ」


「早いですね…」


「休もうにも休めないさ。こんな状況じゃあね」


「確かに…」


2人は白いマンションを目指して歩いていく。


その時、背後から聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。


「畜生…もう追い付きやがったか…」


「イベント会場まで逃げて、峰岸さんに任せましょうよ。あの人ならなんとかなる気がします」


「そいつは凄くなんとかなる気がする提案だね。そうすっか」


2人は走ってその場から離れていく。


それから白いマンションの元へと辿り着くまで、やはりイリシオスとの遭遇は一切無かった。


「(どうかってんだか…)」



マンションの元へと到着した2人は、すぐに隣接しているイベント会場を発見する。


「うわぁ…こりゃひでぇ…」


建物の前の広場に転がっている大量の死体を見て、結衣は思わず苦笑を浮かべた。


「これは…峰岸さん達が…?」


近くに転がっていた死体を汚い物を見るような目で見ながら、梨沙がそう呟く。


その言葉に、結衣は身体が縦半分に綺麗に真っ二つになっている死体を見ながら答えた。


「いんや、これはあいつらじゃないね。こんなに綺麗に人体を真っ二つにする事ができる人は、私が知ってる中じゃ1人しか居ねぇ」


「誰なんです?」


「葵さん。ほら、茜さんの姉さんだよ」


「…え?ここに居るんですか?」


「この町には居るだろうけど、このイベント会場に居るかはわからない。この死体の断面の様子を見るに、こいつは古いもんじゃないけど新しいかって言えばそうでもない。まぁ、昨日の朝方って辺りが妥当かな」


そう言って歩き出す結衣。


「………」


見ただけで死体がいつのものなのかを推測してしまう結衣の観察力に、梨沙は彼女がこの世界で多大な評価を受けている人物という事を改めて知った。



死屍累々の広場を抜け、2人は建物の中に入る。


ロビーの様子も、外と大して変わらなかった。


「この数をたった1人で…やっぱ葵さんって凄いんだな…」


「いや、1人じゃないと思うよ」


「え?」


結衣の言葉に驚き、死体を調べている彼女に顔を向ける梨沙。


「葵さんは銃を使わないんだ。なのにこの死体は銃で頭を撃ち抜かれてる」


「…本当だ。薬莢も落ちてる」


「この薬莢、恐らくM500だ。そんなバケモンみてぇな銃を使う奴はきっとバケモンみてぇな奴に違いない」


「例えば?」


「沢村明美…とか?」


「ッ!?」


歩美の妹、沢村明美。


彼女の名前を聞いた途端、梨沙は著しく動揺した。


「あ、明美…?沢村明美…?」


「ん…あぁ、そういや梨沙ちゃん、あいつの"お気に入り"だったね」


「冗談じゃない…!殺されかけたってのにどこがお気に入りだって言うんですか!」


「あはは!まぁまぁそんなに慌てなさんな。仮にバッタリ会っちまったとして、もういきなり殺しに掛かったりはしてこないさ」


「ほ、本当に…?」


「…多分」


「………」


過去にとある騒動で明美に命を狙われた事がある梨沙は釈然としないまま、歩き出した結衣についていった。



「さてと…。確か茜さんの話じゃ、津神の研究所とやらは元々倉庫だった部屋…だったっけな」


「倉庫…ですか」


通路を歩き回る2人。


回廊のようになっている通路はそれほどまでに長くもなく、2人はすぐに目に留まる部屋を見つけた。


「…ここか」


2人が立ち止まったのは、扉が半開きになっている部屋の前。


他の部屋にはその部屋の名称が書かれたプレートがついているが、その部屋のプレートには関係者以外立ち入り禁止と書かれているだけであった。


「見るからに怪しい部屋…。こんな場所でよく生物兵器の研究なんてしてましたね…」


「その疑問は私も抱いたけど、奴の力がそれほどまでに大きいって事さ。この建物の管理会社、もしくは警察を黙らせる程にね」


「…私達の敵って、結構ヤバい人なんですね」


「おや?ビビっちゃった?」


「そ、そんなワケありません!」


「ふふ…。そりゃ良かった」


半開きの扉を開け、先に結衣がリボルバーを構えながら部屋に入っていく。


「…ふむ」


何の変哲も無い倉庫にしか見えないその部屋を見て、結衣は複雑な表情でリボルバーを下ろした。


「…普通の倉庫ですね」


後から入ってきた梨沙も、部屋の様子を見てぽつりと呟く。


「ガセネタ掴まされたって事かい…。じゃあ恭子達はどこに…」


部屋を見回していた結衣はそう言い掛けて、何かを見つけてニヤリと笑った。


「…あそこか」


不自然に置いてある大きな棚の近くにぽっかりと穴が開いており、下へと降りる為のハシゴが見えた。


「なるほどねぇ…。流石におおっぴらにしとくワケにはいかないからっていうカモフラージュかい…」


「峰岸さん達…よく気付きましたね…」


「私達の周りに居るあの年代の連中は、変に鋭いからね。よし、行こうか」


ハシゴを降りる2人。


降りた先は、灰色のコンクリートの壁に囲まれている正方形の小さな部屋。


正面には、重々しい鉄製の扉があった。


ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回していく結衣。


「開いてる…」


鍵が掛かっていない事を確認してそう呟き、ゆっくりと扉を開ける。


扉の先は、別の世界に見えてしまう程2人を圧倒する光景が広がっていた。


「なんだ…こりゃ…」


広い空間にずらりと並べられた、水色の大きなカプセルのような長方形のケース。


そして大量にあるそのケースの中は透明な液体で満たされており、何本ものチューブを全身に繋がれたイリシオスが静かに目を閉じてその中で眠っていた。


第12話 終



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