新たな始まり
海上都市、第二東京ポートタウン。
海上に作られたこの港町は、名前の通り第二の東京と呼ぶに相応しい賑わいを見せていた。
しかし、それは2日前までの話。
突如発生したバイオハザードによって、町は瞬く間に崩壊した。
その町の地下にある下水道の濁った水の中から、ダイビングスーツに身を包んだ1人の少女が上がってくる。
「到着到着…ってね」
スーツを脱ぎ捨てそう呟いたのは、裏の世界で名の知れた仕事屋である大神結衣。
「…わざわざ下水道じゃなくても、他に道はあったんじゃないですかね」
遅れて到着し、疲れ切った様子でそうぼやいたのは、過去にバイオハザードによって崩壊した町から生存した経験がある綾崎梨沙であった。
「仕事を始める前から、見張りをかいくぐってピリピリするよりは良いじゃない。それとも空を飛びたかった?」
「…どっちも御免です」
「そーいう事。さて、まずは地上に向かうとしますか」
2人は、地上へのハシゴに足を掛けた。
同時刻…
町は自衛隊が設置した隔壁によって、完全に隔離されている。
「亜莉紗さん。準備はよろしいですね?」
「良くないです」
結衣達と同じ目的を持つ、峰岸恭子と上条亜莉紗は、最も見つかるリスクがあると考えられる、地上からの侵入を実行しようとしていた。
郊外に到着し、ボートのエンジンを切る。
「…早くなさい。ここに来るまでの間に、装備の確認はしたのではなくて?」
「装備は充分です」
「…?」
「心の準備です」
「さぁ、行きますわよ」
「嫌だ待って…!」
ここまで来るのに使用した小型ボートを人目につかない場所に乗り捨て、2人は町へと向かう。
「…早速居ますわね」
数人の見張りを発見し、立ち止まる恭子。
「自衛隊ってのも大変なんですね。こんな所で見張りだなんて…」
「興味本位でやってくる市民や、私達のような良からぬ人間が居ますもの」
「よ、良からぬ人間…。まぁ否定できないけど…」
「計画通りいきましょう。一番見張りが少ないのは南東部との事。そちらに向かいますよ」
「了解です」
2人はその場を静かに離れ、南東部へと向かった。
同時刻…
町に向かっている1機のヘリコプター。
「ね、ねぇ…。やっぱり止めない…?私は別の方法でも良いのよ…?」
「今更ビビってんじゃないわよ。上空からの侵入が、一番安全で一番楽なのよ」
神崎茜と沢村歩美は、上空からの侵入を計画していた。
「安全?あなた今安全って言いやがったわね?」
「地上は見張りに見つかるリスクがあるし、水中では道具の不備が少しでもあれば窒息死。そうでしょう?」
「見つかっても死にはしないわよ。それに、道具の不備はこっちにも言える事だわ。パラシュートが壊れたらどうするのよ」
「五点着地でもしてみれば助かるんじゃない?」
「この高さで着地も何も無いでしょうが…!下を見てご覧なさいよ…!」
「ゴチャゴチャうるさいわね。…そろそろ目的の場所につくわよ」
「あんたのパラシュートが壊れる事を祈ってやるわ…」
「それはどうも」
歩美はパラシュートを背負い、ヘリの淵に立って下を見下ろす。
「先に行ってるわよ」
歩美は茜にそう言って、空に身を投げた。
「正気の沙汰じゃないわね…」
茜も淵に立つが、下を見下ろして苦笑を浮かべる。
「…ええい、ままよ!」
覚悟を決めた茜は、パラシュートを背負い、勢い良く飛び降りた。
彼女達がこの町に来た理由。
それは、昨日の事であった。
場所は、歩美の仮住まいであるマンション。
そこに、今日町に侵入した6人が集まっていた。
「揃ってるわね。それじゃあ、明日の計画を説明するわよ」
「歩美先生。質問」
初っ端から結衣が、話の腰を折る。
「…まだ話し始めてすらいないけれど」
「何でこのメンバーなの?」
「追々話すわ。まずは話を聞きなさい」
「はーい」
歩美は机の上に、第二東京ポートタウンの地図を広げる。
「明日、私達はこの海上都市、第二東京ポートタウンに侵入するわ」
「1年前に作られた町よね。今、大変な事になってるんだっけ?」
茜が呟く。
「えぇ。昨日の午前9時33分、この町の中心にあるイベント会場が発祥地の大規模なバイオハザードが発生したわ。感染はあっという間に広がり、今となっては生きている人間は居ないと判断されている程よ」
「それって、沢村さんが作ったウィルスですか?」
そう訊いたのは亜莉紗。
「市民のゾンビ化という点を見て、恐らくそうでしょうね。他にも、あなた達も知ってるクリーチャーの姿も確認されているわ」
「そこに、何をしにいくんです?」
梨沙が訊く。
「騒動の犯人と思われる人物の身柄の拘束よ。名前は津神麗子。私と同じ、裏の商売人よ」
それを聞き、眉を顰める恭子。
「津神麗子…。主に麻薬を取り扱っていると聞きましたが…何故彼女が生物災害を?」
「奴は私が作ったウィルスを手に入れ、とあるクリーチャーの製作に成功したらしいわ。今回の騒動を起こした理由は、その実験だと思うの。現に、町の中にはそのクリーチャーが何体か居るみたいよ」
「そのクリーチャーって、どんなのさ?」
結衣が訊くと、歩美は1枚の書類を取り出し、机の上に広げられた地図の上に置いた。
「D-00イリシオス。俊敏な動きと強靭な肉体、そして不死との事よ。わかってる事は、奴らは夜しか活動しないという事。私達は昼間に捜索すれば、安全という事ね」
「あなたにしては随分弱気ね。不死だかなんだか知らないけど、私達には倒せない相手なのかしら?」
茜が書類に載っている写真を見ながら、嘲笑気味にそう訊く。
「不死だって言ってるでしょう。並大抵の銃で撃ったとしても、怯みすらしないらしいわ。まぁ、身体を真っ二つにでもすれば、流石に死ぬとは思うけれど」
「不死じゃないじゃない」
「それほどしぶといって事よ。とにかく、こいつを見掛けても何とかしようだなんて考えないで、すぐに逃げなさい。良いわね?」
歩美の言葉に、茜以外の全員が頷いた。
「とりあえず、情報はこんな所ね。次に、侵入経路よ」
歩美はイリシオスの書類をしまい、地図に注目を促す。
「まず1つ目は、地上からの侵入。隔壁を乗り越える方法よ。崖際の南東部は見張りが薄いから、そこを狙うわ」
「シンプルですね」
亜莉紗はそう言ったが、結衣は別の見解を持った。
「それでも、キツいと思うけどね。そこに着くまでに見張りをかいくぐらなきゃいけないワケだし、神経使うと思うよ」
「結衣の言う通り、楽ではないわ。隔壁は、このフックを使って登る予定よ」
亜莉紗は歩美が用意した引っ掛けフックを見て、苦笑を浮かべた。
「…辛そうですね」
「どれが一番辛いかは人によると思うけれどね。…次に水中からの侵入よ」
歩美はそう言って、町の地下を通っている下水道を指差す。
「見張りに見つかる可能性は一番低いと思うけれど、体力的には一番大変な侵入方法になると思うわ。酸素ボンベとダイビングスーツは用意してあるから、それを使って下水道から侵入よ」
「げ、下水道…ですか…」
露骨に嫌な表情を浮かべる梨沙。
「下水道とは言っても、そこまで汚れてはいないと思うわよ。公害関連には、力を入れてたらしいわ」
「そうですか…」
返事はしたものの、梨沙の表情に変わりは無かった。
「最後は、上空からの侵入よ。ヘリを1機借りて、下からは気付かれない程度の高度から、パラシュートを背負って町に降下するわ」
「とっても楽しそうな侵入ね…」
苦笑する茜。
「楽しいかどうかは別として、便利ではあるわね。町のどこに降下するか、自分で選べるからね。予定では、中心部のイベント会場の近くにあるビルの上に降下するわ」
「この罰ゲームみたいな侵入方法は、誰がやるんです?」
梨沙が冗談っぽく、そう訊く。
「実は、もう見立ては立ててあるわ。それぞれの運動神経や体力を考慮すれば、こうなるのよ」
歩美は振り分けを発表した。
「地上は、峰岸恭子と上条亜莉紗。水中は、大神結衣と綾崎梨沙。上空は、私とあんたよ」
「はぁ!?何で私が上空なのよ!?」
反論する茜であったが、歩美は聞く耳を持たない。
「見張りの目を誤魔化す侵入技術は、恭子が長けているわ。亜莉紗は、彼女のサポートに向いているハズ」
「わ、私がサポートですか…?」
「便利な道具を色々もっているでしょう?それを使って上手く侵入しなさい」
「は、はぁ…」
納得はできなかったが、亜莉紗は歩美相手に反論をする気にもなれなかった。
「水中は体力が必要だと言ったわね。これはそのままよ。結衣と梨沙、2人が一番適任ね」
「………」
「…あなた、何か言いたそうね」
「…別に」
梨沙は大きな溜め息を吐いた。
「それでもって…」
「どうして私があんたと空を飛ばなきゃいけないのよ」
喰い気味に訊いてくる茜に、歩美は平然と答える。
「あまりよ」
「あ、あまり…?」
「振り分けは教えたでしょ?全員適任だから、残った私達が、残った侵入経路につくのよ。当然じゃない」
「納得できないわね…」
「もう決まった事よ。武器や道具を奥の部屋に用意してあるわ。各自、明日に向けて準備を始めなさい。以上よ」
「待って」
話が終わろうとしたが、梨沙が止める。
「最初に結衣さんが訊いた質問の答えがまだです。何故このメンバーなのか、教えてください」
「知る必要があると思う?」
「は?」
「冗談よ。と言っても、私が直接頼んだのは、結衣と茜と恭子だけなのだけれど」
「梨沙ちゃんは私の独断だよ」
そう言った結衣を、梨沙は訝しげに見る。
「…どうして私なんです?」
「背中を預けるなら、キミが一番だと思ってね」
「妹さんが居るじゃないですか」
「それなんだけど…あいつ、ちょっと怪我しちゃってね…」
「怪我…?…だとしても、以前、私はもう血生臭い事はお断りだと話したハズですよね?」
「じゃあどうして、今日ここに来たのさ?」
「それは…」
「それは?」
「………」
梨沙は上手く答えられず、押し黙ってしまう。
「…そのナイフ。彩さんから貰ったんだっけ?」
結衣がそう言って指差したのは、梨沙の腰元の大振りなナイフ。
「ど、どうしてそれを…」
「本人から聞いたのさ。梨沙ちゃんが、強くなりたいって言って私の所に来たって言ってたよ。本当の事かな?」
「………」
「確かに、戦う事によって得られる結果は大体がマイナスのモノ。でも、戦う事によって、守れるモノもある。キミはそれに気付いたんでしょ?だから、戦う事を決意した」
「…あの子は私が守る。いつ何があったとしても。…悪いですか?」
「とんでもない。…ぐだぐだ言ってきたけど、私が言いたいのは、キミを信用してるって事さ。よろしくね。梨沙ちゃん」
「…随分と強引に纏めましたね」
「纏めるのは苦手でねぇ…」
「ふふ…。そうですか」
結衣の話を聞き、梨沙は納得する。
しかし、あと1人、まだ納得していない人物が居た。
「あのー…。恭子さん。どうして私にこの話を…?」
「それは、あなたが優秀な人材だからに決まっているではありませんか」
「え、本当ですか!?」
「嘘ですよ」
「えぇ…」
「ひょっとして、私に何か文句を仰いたいという事ですの?」
「文句はありますけど…」
「お聞きしますよ。内容によっては…まぁ殺させて頂きますけどね」
「な、何でもないですぅッ!!」
亜莉紗はすぐに、納得した。
「歩美」
奥の部屋へ行こうとした歩美を、茜が呼び止める。
「何?」
「1つ気になってた事があるのよ。今回の計画、特兵部隊が絡んでいないのはどうして?」
「別件よ。和宮町の殲滅作戦とやらで手が放せないらしいわ」
「…そういえば、そんな事を言っていたような気もするわね」
「まぁ、今回の計画はそこまで人数を必要としていないから、別に良いんだけどね」
「そんな事ないわよ。寂しいじゃない」
「…寂しいって事は無いでしょうか」
「あなただって、あの子が居た方が良いでしょう?」
「………」
「あ、否定しないのね…」
「…さっさと準備しなさい。先に奥の部屋に行ってるからね」
「あ、逃げた!待ちなさい!」
一同は装備を整える為、奥の部屋へと向かった。
序章 終