君が。
交差しないはずだった矢印が交差したとき、伝えられなかった想いが消えないまま、忘れられなくなる。
君のいない5年間。
消したくなかったから、会えなかった。
会ってしまったらきっと、中途半端なままだ。
あれだけ人がいるのに、あれだけの人が一斉に動くのに、君は。
僕を、見つけたのか。
相変わらずだな、僕も。
君も。
なんでもない春の日。
今日もここは、人で溢れていた。
まだ少し冷たい風が、ビルと人と人の間を吹いて あぁ、今日は少し寒い日だな、なんて思ったりする。
雲の少ない、よく晴れた空だと思いながら信号を待つ。
青に変わる。
そこに待つ全員が、交差点を歩き始める。
たった、青信号ひとつ。なんでもないこの瞬間がたまに、不思議だと思わせられる。
行き交う人はみんな違うのに、喧騒が止まないこの都市で。青信号ひとつが、同じ人々に時間を作る。この、同じ時間。
まさか、
君に会えるなんて思ってもなかった。
「あれ?」
すれ違い様に 小さな声が聞こえた。
それはいつかすごく、好きな声だった。
「あ、、」
君だと分かるのに、少し時間がかかったのはきっと、君があのときよりも髪を伸ばしていて、化粧をしていたせいだと思う。
「柊くんだー!久しぶりだねー!」
交差点の真ん中で。
たくさんの人が僕たちを煙たそうに避けていく。
「真冬、久しぶりだね」
人の流れに気圧されながら、君が渡ろうとしていた方向へ歩く。
なんとなく、君と話がしたい気持ちになった。
「すんごい久々じゃない?いつぶり?同窓会いた??」
歩きながらもはしゃぐ君は、相変わらずだと思った。
「いや、ずっと行けてないから多分卒業ぶりだと思うよ。」
「うそー!!私、柊くんて分かったのすごくない??すごいよね!?だってもう何年?5.6年ぶりじゃない?」
「そうなるね」
僕の返事を聞いた彼女は 「ちょっと話そうよ」って道の端っこに寄ると「今は?まだ東京いるの?」と立て続けに聞いてきた。
「いるよ、浪人したからまだ大学4年なんだけど」
「あー!そうだそうだ、それでちょっと疎遠になっちゃったんだ。」
僕と真冬は高校の3年間同じクラスで、2年の修学旅行で同じ班になってから、そのままよくクラスで一緒にいるようになった。
「そー。でもあれ俺が悪かったよなー」
「そうかなー?」
浪人時代に、みんなから何度か飲みに誘われては 断り続けた自分が多分、みんなに気を遣わせた気がしていた。
「うちらも気を遣い過ぎたかも。毎回、柊も来れたらいいのにって話してたよ。」
それは素直に嬉しいけど、結局こうして5年間も会えていないのは 断る僕にも誘わない向こう側にも何かしらのわだかまりがあるってことだ。
奇しくも、僕にとってそれは君だったりする。
風が吹くたびに顔にかかる髪を、毎回細い指先で耳にかける姿が、なんていうかすごく、見惚れるものだった。
君は相変わらず、綺麗だ。
「ねぇ、時間ある?ちょっとどっかあったかいところで話そうよ。」
そんな君からの誘いに僕は いいよ、と頷いたのだった。
「あー、やっぱり外は寒いねまだ。」
近くにあった喫茶店に入って、彼女はかわいらしいフルーツケーキとダージリンを頼んで、僕はブレンドコーヒーと少しお腹が空いていたのでサンドイッチを頼んだ。
「そうな、中入ると実感するよね」
「そうそう、あー、あったかいなぁってなる。」
「わかるわかる」
そんななんでもない会話をしながら、懐かしい高校の頃の話をする。あの時の先生が面白かっただとか、あの時の真冬が変だったとか、逆にあの頃の僕は変にクールだったとか、お互いに散々話してはお腹を抱えて笑うこともあった。
「あー、なんか懐かしいねぇ〜。大学もさ、あっという間だったんだけど、高校って濃いくせに本当に一瞬だったと思う。」
君の言葉に頷く。
「まあ、俺はまだ大学1年あるけどね。」
「学生かよー、いいなー!」
「がんばれ、社会人。」
君はふてくされたように頬をぷくっと膨らませた。
「かわいくないぞ。」
「柊くんのあほ。」
「こら。」
そうして悪戯に笑う君は、僕の心をころころと揺らすほどまだ僕の中で消えない存在なんだと思わせられた。
「でもこうして偶然会えるのもすごいけど、みんなで予定合わして会うとか難しくなるんだろうね」
「間違いないね。他のみんなは?忙しそうなの?」
君は小さく頷いてから口を開いた。
「うん、しばらくは厳しいだろうね。1年間とか2年間とか期限付きで地方に行く人もいるみたい。」
「そうなんだ。」
「うん、あのメンバーだと、ヒロは三重に行くって言ってたし、かりんは大学院行くっていうし、ハルは横浜だって。」
彼女の口から出る懐かしい名前に、あっという間なこの月日がとても長いものだということを実感した。
「うっわ、めっちゃ懐かしい。乙女とハルは相変わらず仲良くしてるの?」
すると君は、途端にニヤニヤしだしてちょっと気味が悪かったけど、
「ほーんとさー、あの2人羨ましいよね。ハルはもう結婚する気しかないらしいし。」
ハルの決意に多少は驚いたけれど、すんなりと納得が行くくらいには、まだあの2人がどれだけ仲が良かったかを知っていた。
「まあ、ハルはずっと乙女のこと好きだったからな。」
何の気なしに言ってから、はっとして思わず、君の顔色を伺った。
「そーそー、本当にねー。ハルと会ってないの?仲良かったじゃん」
でも君は、相変わらずポーカーフェイスというか、まるで僕だけが気にしているのではないかというくらいなに一つ変わりはなかった。
ああ、君はもう前に進んだのかと思った。
「会ってないねー。別に高校のときから俺ら2人で遊ぶとかは特になかったしな。基本部活で会ってたし。」
思い返してもハルのことは、普通に好きだったし、むしろ5年間会ってない今でも好きだ。こうして真冬みたいに街ですれ違ったらそのまま飯でも、、ってなってる感じだと思う。
「あー、まあ確かに。とか言って、本当はハルが苦手とか?」
その噂話好きなおばさんみたいな聞き方は相変わらずだな。
「バカ言うな、そんなんでつるんでられるかよ。」
「ごめんごめん、うそだよ」とケタケタ笑う彼女を細い目で見ては、4人で毎日過ごしていた懐かしい記憶が頭の中をくるくると回って、同時に懐かしい気持ちが心の中で音を立て始めていた。
君には絶対言えないけど、ハルのことは正直いつからか苦手というよりも単純に、すごく羨ましかったのは事実だった。
「いーなー」
唐突に君が呟く。
君は、ティーカップを両手で持っては、ふーっと その湯気を揺らすと一つ息をついてカップを傾けた。
「何が?」
少し熱そうな素振りを見せた後、君は目線をゆっくりと僕に移して、少し長く瞬きをする感じに少し僕は緊張して、「君の目が好きだ」なんて思ったりした。
「かりん。」
「え?」
ころころと音がする。
まさか、まだ君は。
「かりん。」
「乙女?」
君がため息をつく。
ころころと。
僕の中でまた、音がする。
「だーかーら、かりんにはハルがいて羨ましいなぁ!ってこと。」
「あぁ。」
ころころ。
言おうか言わないか迷って、
「そうは言っても、ハルみたいなやつは中々いないぞ。」
言った。
お前が羨ましいよ、ずっと僕はそればっかだ。
「そんなことは分かってるよ。」
心が落ち着かなくなった。
あの時からずっと、君が君の好きな人と隣を歩けたらいいと思いながら、同じことをハルにも思って、でもきっとそれは建前だったと思う。
なんだか この感じも懐かしくて、「ああ毎日こんな思いしてたな」なんて23にしてこんな言葉はもう性に合わないけど、甘酸っぱいって多分 こういう感情だ。頑張ろうと思えば頑張れたのに、圧倒的な彼の人の良さに勝手に引け目を感じていた。
あの日、僕は 君の好きな人の背中を押した。
君を苦しめると分かって、「お似合いだ」と言った。
引きずりすぎだろ、お前。
「真冬、好きだったもんな。」
君の手を取って、君の寂しい目を合わせて、ハルみたいに笑えたらよかったんだろう。
サンドイッチがサクッと音を立てて、口の中から少しずつ消えていく。
「え?」
君の、
何かを必死に隠そうととぼける顔はもう、見飽きたよ。
ごめん、ずっと、苦しかったよな。
「知ってたよ。もう時効でしょ、真冬。」
君が目を丸くして、こっちをまっすぐに見て来て、それで少しこっちが困った顔をすると、君も同じように眉を少し下げては微笑んだ。
「あのね、時効じゃないよ。」
君は下を向いて、ほんの一瞬、息を短く吸って、彼女の笑顔が切なく見えて、その言葉に、ため息をつく。
そんな気はしてたよ。
君に会った、その瞬間から。
「髪、何だかんだ言って短くしてないね」
「んー?したいんだけどねぇ。切れないんだよね。」
そう言って、少し色の落ちた毛先をくるんと指に絡めた。
覚えてる。
「髪、綺麗だよね」
高3に上がって少しして、あいつが言ったその言葉が真冬の顔を照れた笑顔にした。
なんとなくその瞬間、 「ああ君はこいつが好きなのか」って思ったんだ。
「まー、あれは かりんに対しても言ってたって分かってるんだけどさ、」
それでも君は嬉しかったんだって分かってるよ、そんなの。
「嬉しかったんだよね。」
何も言えなくて、最後の一口のサンドイッチを放り込んだ。
「、、バカみたいって思ってる?」
「何が?」
何を聞かれてるか分かってて、敢えて聞いた。
「私のこと。...高校の時からずっと、彼女ができても想い続けて、6年間も想い続けて。たまーにしか会えないくせに忘れられてなくて、、、バカみたい?」
「いや。」
そんなことを、こんな僕が、思えるはずがない。
「でもさ、2人のこと好きだから、2人が幸せだったらいいなって思うし、結婚してほしいな、とも思うんだよね。」
君は、君の幸せを喜ばずにずっと、誰の幸せを願って来たんだろうか。
また、音がする。コロンと何かが落ちる音。
後悔か、自責か、君への鳴り止まないこの気持ちか。
「今度、みんなで会えたらいいね。」
君がそんな苦しそうな顔をしたままで言うから、何だか僕は、どうしたらいいのか分からなくなったよ。
空になった皿をそっと端に動かす。
そして、君と目を合わせる。
「ちょっと、、なんか言ってよ。」
君がそうやって誤魔化して笑うのは、あの頃から何度目なんだろうか。
それから僕は、あの時と何も変わらないんだろうか。
「やめてよもうー!そうやって黙られちゃうと思うから今まで言わなかったんだもん。」
君がしばらく僕の目を見つめて、そのまま頬を膨らませていく。
もうそんな無理に明るく振る舞えるほど簡単な気持ちじゃないくせに。
「そんなことしても、かわいくないぞ。」
結局 僕は、こんなことしか言えないし、
きっと君は、僕とはこんな何でもないやり取りをして、
「柊くんのあほ。」
「こら。」
こんな風に笑いたいんだろう。
本当に君は、相変わらずだ。
「このやり取り、さっきもしたよね。」
君のその、楽しそうなニヤケ顔は、思わず見惚れてしまう。
君がまた一口、ダージリンを飲む。
何でもない春の日のはずだった今日は、
何だか春らしい日になった。
きっとそれは全部、君が目の前にいるからなんだろう。
「じゃあ、もう一回やっとく?」
「やらないよ、あほ。」
「あ、おま、こら!」
あのさ、
「本当、柊くんさすが、最高。」
こんなことで、そんなに笑う一途な君が、
ずっと好きだったんだ。
「ねぇ、2人の結婚式は席近くにしといてもらおうよ。」
もうあの時と同じ気持ちでは言えないその代わりに、
「しょうがないなぁ、そばにいてやるよ。」
これが今の僕の精一杯みたいだ。
それでそのとき君が、涙を堪えてたらまた、「最高の柊くん」になってみせるよ。
「さすがじゃん。」
君がはにかむ。
「だろ?」
これは僕の照れ隠し。
「うん。、、、なんか、変な感じ。すっごい久々なのに全然変わんないんだね。」
君が急に真面目な顔をして言うからさ、
「そりゃね、想ってる人も変わりませんから。あのさ、、頑張れなくてごめんな。」
ちょっと、言いたくなっちゃったよ。
「え、ちょっと意味わかんないよ、なに? 誰に言ってるの??」
「その顔、バカっぽいぞ」
「ちょっとー!」
「半笑いで混乱してますって感じだった。」
「バカにするな。」
僕が言えたことじゃないけど、
「6年間も片思いできるような子、バカにできるわけないだろ。」
「一途で悪かったわね。」
「かわいくな。」
そうやってまた君はもう慣れっ子だと言うみたいに笑うんだ。
『引きずってるお前』は、どっちのことかももう分からないよな。
「ねぇ、」
君が穏やかに口を開く。
「ん?なに?」
いつか、君に言えたらいい。
「また、会おうよ。」
本当、好きだったんだ。
「喜んで。」
満足そうに笑った君に、僕の胸がまた、ころころと音を立てた。
君が、
いつか、幸せでありますように。
幸せそうな2人の姿を視界の隅に置いて。
「おめでとうって言えるの?」
唐突に聞いた。
「言えるよ。心から。」
多分それは、嘘じゃない。
「そっか。ごめん。」
君の気持ちはきっと僕の想像よりもいくらも大きい。
「謝られちゃったよ。」
君はそう言って下を向いて、苦笑した。
「えらいよ、お前。」
ずっと君に言いたかった。
「ほんと、えらい。」
大好きな友達と大好きな人、どっちか選べなかったんだよな。
「わかるよ、気持ち。」
「柊くんに分かられても困るわ。」
「ひどいな。」
「何がよ。あなたも恋したら分かるわよ」
それは、とんでもない皮肉だよ
「うるさい、してるよ。」
もういい。
「うっそー、誰によ。」
もういいよな、ハル。
そんな綺麗な人、隣に座らせてさ。
「お前だよ。」
もう、 時効だよな。




