04
昔々の或る処。
オノレ悔シヤ吉備津彦命。
天下無敵の桃太郎。
オノレ恨メシヤ吉備津彦命。
お供三匹引き連れて。
オノレ呪ワシヤ吉備津彦命。
鬼ヶ島へとやれ進め。
イツカソノ身ヲ切リ裂イテ、生キ血ヲ啜ッテクレヨウゾ。
血気盛んに乗り込んで。
イツカソノ腹カッ捌キ、腸千切ッテクレヨウゾ。
いざや鬼共懲らしめろ。
イツカ頭ヲカチ割ッテ、脳味噌喰ラッテクレヨウゾ。
金銀財宝手に入れて。
赦サヌゾ。決シテ、決シテ、赦サヌゾ。
意気揚々と里帰り。
忘レヌゾ。決シテ、決シテ、忘レヌゾ。
流石、天晴れ、桃太郎。
まことめでたし、げにめでたし。
◇◇◇◇◇◇
「実に、全く、本当に、不愉快だ」
窓際に立つ黒縁眼鏡の男の表情は、自身の発した言葉をそのままに表していた。
「未だ廃れていなかったのか。未だ跡絶えていなかったのか」
男の両の瞳は閉じられている。しかし、その眼には先程までの餓鬼殺害の様子がはっきりと見えていた。
「殺し尽くして、まだ足りぬのか!奪い尽くして、尚不足か!」
「雑魚狩るだけのヌルゲーかと思ってたら、とんだチート持ちがいたものね」
男の背後。ソファーにもたれ携帯ゲーム機を弄っているセーラー服の少女が、ポテチを齧りながら言った。
「アレ、うちのお姫様とタメ張れるんじゃないの?あんなのが他にも居たなんて、ほんと、ぞっとしない話よね」
言葉の内容とは裏腹に平坦な調子で言いながら
「それで、どうするの?このまま撤退?」
身を起こし、指に付いた塩を舐め取りながら男に問う。
「いや待て、もう暫く奴の様子を…」
答えた男の『視界』に手庇しでこちらを見上げる栗色の髪の少女が見えた途端。
「…ちっ」
男の舌打ち。
「どうしたの?」
「『眼』が潰された」
「あらら。それじゃ、やっぱり撤退ね」
立ち上がった少女は、終始不機嫌な表情の男を伴い、玄関へと向かう。
最後にちらりと振り替えり
「それでは、お邪魔しました」
リビングに拡がる大量の血溜まりに向けて暇を告げると、マンションの部屋から立ち去った。
◇◇◇◇◇◇
「終名ちゃん、そっち、何かあった?」
「んー。何かヘンな鴉が出歯亀してたから、取り敢えず焼いといた」
「…やっぱり、桃華ちゃんが退治してるあれ、寄せ餌だったのかなあ。最近なんだか、あからさまな感じだよね」
結名は小さく溜め息を漏らす。
「舐められてるって事なんじゃないのー?いや実際さ?ウチら以外にまともな退治屋なんてどれ程残ってるのやら、って感じだけども」
「使いもしない力を維持し続けるのは存外、骨が折れますからね」
「あ、姐さん。そっちはどんな塩梅っスか」
最後に現れた絶名を加え、小さな公園で再び合流した三人はそれぞれの首尾を報告し合う。
「それで、視ていたのが、計、三。内、食いついたのが、一ですか」
「おぉ!お嬢のアレ見た上で仕掛けてくるのがいたっスかー」
「終名ちゃん、何でちょっと楽しそうなの…」
ぶんぶんと腕を回す終名に呆れた視線を向ける結名。
「そんな訳で、わざわざお嬢様に囮になって頂いてまで釣り上げた獲物です。丁重なお出迎えをさせてもらいましょう」
眼鏡を光らせ、薄く笑う絶名。
「えー…?絶名さんまでそういうノリなの…?」
そんな彼女を見て、結名は困惑の表情を浮かべる。
「何時までも後手に回らされる状況は早めに解消したいと思っていましたから」
「そっスねー。いつもコトが起こってからしか動けなかったですしねー」
「まあ、それは確かにそうだけど…」
「それに、これは試金石でもあります。私達が実際どこまでやれるのか。お嬢様と共に戦えるのか、それともあくまで補佐に徹した方がいいのか」
ふう、と短く息を吐いた絶名は、一旦言葉を切ると表情を引き締めた。
「さあ、我ら『三人官女』の歓待。御披露させて頂きましょう」