03
「残念ながら、そうはなりません」
その言葉と共に闇の中から二条の閃光が走った。
赤と、白。
途端、まるで強風で吹き散らされた霧のように闇が晴れた。
深い闇に沈み、半ば異界と成りかけていたその空間がただの薄暗闇に戻る。
「何っ……!?」
餓鬼が驚きに呻きを漏らす。何らかの抵抗は予測はしていたが、まさか。
「何故ならば。いつの世も、人の世で、人に仇為す化け物は、人の理を以て討ち滅ぼされる定めだからです」
少女は告げる。歌うように、詠うように。
「何故ならば。『私達』は繋いできたからです。力を、技を、術を。鬼を葬る為のあらゆる手段を」
二筋の光は、剣閃だった。少女の両手には抜き放たれた脇差しが握られている。
右手に持つのは白鞘に収められていた赤い刀。赤い刃、赤い柄糸、金の鍔。
「妖刀、鬼喰ミ。銘を『赤錆』」
左手に持つのは朱鞘に収められていた白い刀。白い刃、白い柄糸、銀の鍔。
「神刀、鬼削ギ。銘を『白金』」
二刀を構え、少女は薄く微笑むと餓鬼に向かって一歩踏み出し―――、
「っとと、いけない」
何を思ったか、唐突に動きを止める。そして、餓鬼の様子を窺うように眺めると、尋ねる。
「それで、いかがですか?先程から機嫌良くお喋りして頂いていらっしゃるようですが、他には?」
「…何だと?」
問いの意図が読めず戸惑いを見せる餓鬼。
「目眩や、眠気などは?足元がふらついたり等は致しませんか?」
「何を…言っている……?」
問い返したその時。
ぐらり。
餓鬼の視界が僅かに揺れた。
「……!?」
「そうですか……これは、思っていたよりも時間が掛かりそうですわね」
餓鬼の困惑を余所に、少女は何やら勝手に納得した様子で頷くと、改めて二刀を構え直した。
「私も焦れてきてしまいましたし、…まあ、そろそろよろしいでしょう」
そして少女は息を吸い、一拍止めると静かに告げた。
「それでは、参ります」
次の瞬間。
眼に写ったのは赤い光の線。
何が起こったのか理解するよりも早く、餓鬼は大きく後ろに飛び退いていた。
半ばから喰い千切られた己の左腕を見て初めて攻撃を受けたのだと認識する。
理解の追い付かないまま上げた視線の先には、既に、目前に迫り刀を振りかぶる少女の姿。
咄嗟に残った右腕を前に突き出し身を庇う。
白い閃光が走った後、その腕が、肩口から丸ごと消し飛ばされたのを見た餓鬼は遂に悲鳴を上げた。
◇◇◇◇◇◇
「奴さん、そろそろへべれけになってる頃合いっスかねー?」
路地裏の闇が晴れる少し前、少女と餓鬼の戦いの場の程近く、ビルの屋上。そこに三人の人影があった。
三人共に女性である。内二人は餓鬼と戦う少女と同じ服装、同じ年頃の少女だった。
緩いウェーブのかかった栗色のロングヘアを垂らしながら、下の路地裏を覗き込んでいる少女が長柄終名。
手摺から大きく身を乗り出している終名の足を懸命に支えている、黒髪ボブカットの少女が提子結名。
残る一人、年齢は二十歳前後。黒のパンツスーツに銀縁の眼鏡、黒髪ショートカットが三方絶名。
「どうでしょうね…。術式の出来は兎も角、効いてくるまで、お嬢様が大人しく辛抱出来るでしょうか」
「あー、お嬢、あれでけっこーせっかちっスからねー」
心配気に言う絶名にけらけらと笑いながら答える終名。
「まー、お嬢は大抵の場合、変に細工に頼るよりはぶった斬っちまった方が手っ取り早いっスもんね」
「終名ちゃん、いいからもう身を乗り出すのやめてはやく」
結名が終名を支える腕をぷるぷる震わせながら、割と必死の表情で告げる。
「ほいほい」
終名は下を覗き込んでいた身を起こし、もう一度ちらりと路地裏に視線を落とすと、呟いた。
「さって、せっかちなお嬢がお仕事が終わらせる前に、こっちの仕事も済ませちまいましょーかね」
◇◇◇◇◇◇
それは正に蹂躙だった。
影の槍が、闇の壁が、腐毒の沼が、狂気の波が。
餓鬼の放つ攻撃が、防御が、その悉くが。
少女が左右の刃を振るう度。
食い散らかされ、削り取られ、虚空に消える。
餓鬼の渾身が薄紙程の役にも立たない。
止まらない、止められない、止める術が無い。
これは、何だ。こんなものが。これではまるで―――。
餓鬼は必死で残った影を掻き集め自らの身体に纏う。
影で肉を創り現れたのは黒い大鬼。かつての姿を模したもの。
暴力の顕現、理不尽の具現。踏み躙り、捩じ伏せ、圧倒する力。
全力には及ばず、全盛には程遠い。
だが、それでも、小娘一人叩き潰すには十分な―――。
一閃。
少女の刃が黒鬼の身体を捉え、黒鬼の纏った全ての力を剥ぎ取った。
そして後に残るのは。か弱く、憐れな、餓鬼の姿。
かつて、あの時、あの日のように。
「おまっ、お前は何だ!?何なんだお前えええええええええ!!!」
狂ったような餓鬼の絶叫。
「これは申し遅れておりました」
少女は振り返り、優雅な一礼をする。
「吉備津流剣術、鬼狩法、皆伝。雛菱桃華」
そして少女は絶望を告げた。
「三十三代、『桃太郎』ですわ」
餓鬼の眼が恐怖に見開かれる。
たった今まで。桃華に圧倒されている最中でさえ見せなかった表情。
眼前に迫った死の脅威ですらも、その名の前には揺らぎ、霞む。
「そうです。あなた方にとっての忌まわしき簒奪者。悍しき殺戮者」
一歩、一歩。震える餓鬼に歩み寄る桃華。
「その名を継ぐ者が、私です。その力を継ぐ者が、私です。あなた方の厄災が、私です」
遂に間合い。突き付けるは刃。告げる言葉は最終宣告。
「さあ、お覚悟なさいませ」




