第1話:年上の指令には従うこと
「すいません。僧侶様……」
金髪の切れ長な目をした、どこかの王子のような勇者がマヤに手を差し出し言った。
「あらあら。いけませんこと、勇者様。こんな腕で……」
勇者の腕はひどく変色し毒に侵されてるようだ。治療を求め手を差し出す。
「先ほど、毒アリクイに噛まれてしまったんです。 どうか、シスター」
美形の勇者が痛みで顔を歪めマヤに懇願する。
「勇者様、では解毒して差し上げますわ。」
そういうとマヤは『解毒魔法』を詠唱する。
「違うんです。シスター。実はあなたに会いたくて毒をわざと患った次第……」
解毒治療を受けながら勇者は打ち明ける。
「……どういうことですか? 勇者様」
「好きなんです、シスター。僕の王女様になってくれませんか」
「勇者様ァ!」
――
「なににアホ面でにやけてるんですか?マヤ先輩」
後輩のセリナに妄想から呼び戻され、いつもの教会の準備室に呼び戻された。
「にやけてなんか! ……ないわよ……はぁ……」
彼氏いない歴5年のマヤは、絶賛イケメン商人と交際中のセリナに妄想を阻まれ憎しみのこもったため息で反撃した。
「ため息なんかついてぇ。幸せ逃げますよ?先輩」
まったく…… こいつの天然具合には腹が立つ。いや、天然でやってるのか?と疑いたくなる。
「あんたはいいわねえ。若くて、かわいくて。でっかいもの2つぶら下げてさ」
セリナは、はっとして胸を隠しマヤをにらみ返す。
「おっぱいは関係ないでしょ! でも先輩美形だし割と村で人気ありますよ?」
「はいはい、そういうのいいから。だったらなんで彼氏いないのって話でしょ」
マヤは不貞腐れ机に突っ伏せながら、青く長い前髪を指先でくるくる遊ぶ。
「あ、そうだった先輩。グランマが呼んでましたよ? 部屋まで来るようにって」
「どうせまた復活の呪文の儀でしょ。また禁酒かぁ……最悪」
マヤ=ルナバーン。彼氏いない歴5年。28歳独身。好きなものワイン。職業マスター僧侶。
明日魔王が世界を滅ぼそうとも彼女にとってはあまり関係ない。
日々のお祈りと復活の呪文の詠唱の毎日。退屈だけど忙しい。でも何か変わらなければと、焦っていた。焦ってるって?
そりゃもう28だからよほっときなさい。
――大きな教会がある町、『シスタニア』は日々疲れや解毒、はたまた復活を求めてたびたび冒険者たちが訪れる。
ある日、修道長から呼び出され、会議室に向かうマヤ。足取りは重い。どおせまたお説教か、花壇に水をやれだ、掃除がどーたらこーたら。結婚もしてないのに姑の嫌味はまっぴらごめんだわ。
「失礼します」
「よく来たわね。マスターシスター。マヤ=ルナバーン、座りなさい」
シスター業はまず笑顔から。シスタニアの太陽と言われるだけはある。グランマの笑顔は眩しい。
グランマは説明を続けた。どうやら――
昨今の僧侶不足からこの町の教会まで冒険への僧侶同行依頼が来たのだという。都市へ行き。そこでパーティを組み、勇者様のサポートをして世界を救えとマヤは告げられた。
これも神のお告げだとグランマ言うが、私は知っている。どうせ王都からの要請だ。拒否権なんかない。とは言ったものの、久しぶりの外出だ。何か出会いでもあるかも。
「わかりました。グランマ神の御慈悲を……」
「これ、ルナバーン。婚活かなにかと勘違いしとらんか?」
でた。グランマの能力『万物之目』で心が見透かされる。
そうよ何が悪いの。私だってイケメン勇者に出会いたいわよ。
「ルナバーン。これをもってお行き」
グランマはマヤに懐中時計を差し出す。
「なんですかこれ」
「これは『時空懐中時計』といってな、初代のシスタニアの……」
まーた昔話が始まった。しかしおもろい時計ね。秒針が逆回り。分針は正確に回ってるけど。一番太い時針は2をさしたり4をさしたり、と思ったら9、5と不規則にさしている。
「ルナバーンきいていますか?」
「あ、はい……えっと……なんでしたっけ?」
「それには時空を操る神『クロノス』が封印されているのよ」
「クロノス……」
グランマによると初代のグランマ(今は26代目)が死に際に封印した神なんだと。6代目の時に起きた大地震で関連書物はすべて燃えてしまって使い方がわからないらしい、都市に出て使い方聞いて回れとのこと。
「コラ!ルナバーン。パシリではありません。神の試練と考えなさい」
「グランマ、心を読んであたかも発言したようにツッコむのやめてください」
――
「では失礼します」
グランマの眩しい笑顔が閉まるドアに遮られる。
はぁ……へーんな懐中時計渡されて、さあ冒険にでようって言われてもなぁ。
「マーヤさん! 何もらったの?」
セリナか。相変わらず先輩思いな奴だ。すぐ飛んでくる。
「なんかクロノス? かなんか知らんが時空懐中時計とかなんとか」
「へぇ……」
目を真ん丸にして不可思議な動きの時計に興味津々のセリナ。
「あ、あともう私は今日いなくなるぞ」
「え?先輩どっか行っちゃうの?」
「ああ、勇者と冒険に出ろとさ、まあ王宮からの指示だと思うが」
前髪を触りながらマヤはぶっきらぼうに答える。このうるさい後輩がいなくなるのも少し寂しいかも。
「……先輩!これみて! じゃじゃーん」
セリナはマヤの前に一枚の紙を差し出す。ん?なになに?指令書……『汝に外界治癒指令を命ず』……ってあんた。
「あんたも指令出されてんのね……」
「さっき先輩が呼び出される間、配られたんです。なんか上位5人の僧侶から選定したとか」
この修道院は40人態勢で治癒に当たるのだがマスタークラスは私を含めて3人。それ以外の中級僧侶から上位5人ってわけね。なかなか王宮も踏み切ったわね。
「先輩はどこの町行くんですか?」
「そうだなー、まだ決めてないんだけどね……」
「私はねー! サイコロフライにする」
でたー。サイコロフライ。ザッツ若者の街。
「サイコロフライってあんた服買いに行くんじゃないんだからさぁ」
「え?先輩知らないんですか? サイコロフライに新しいパーティー酒場できたの」
前髪をくるくるしながら説教モードに入ろうとした矢先、とんでもない情報が飛び込んできた。セリナは続ける。
「なんか雑誌に載ってましたよー? イケメン戦士ご用達ーとかいって」
「なん……だと?!」
いかんいかん。サイコロフライなど! この前、治療中に聞いたんだ、イケメン戦士のふりして女性から金を巻き上げる集団がいるって。とても物騒な町なんだ。
「なんかサイコロフライ今月のかっこいい装備ランキング1位のエルフアーチャーが……」
「エエエエエルフ!!!アーチャー!?!」
――
「僧侶さん。あの、オオモノ僕が狙うから。『攻撃倍加』お願いね」
エルフは髪をかき上げ耳元でささやく。マヤは『混乱魔法』でも喰らったように脳みそがとろけそうになる。
このエルフ、エロすぎる。
――
「……おーい! 先輩! また異世界いってるし」
「おっと……すまんすまん。……でサイコロフライはどっち?」
マヤはじゅるりと涎をすすり、セリナに方角を聞くと足早に身支度を開始したのだった。