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その六 表か裏のさかいめ

 「裏・ノート」は勝手に盛り上がっていた。 

 立村くんもそれを渡してくれる時、一瞬だけじっと見つめてくれた。

 他の女子には決してしないことだった。

 

十一月十四日 班ノート 立村 上総


 誰にも言いたくない過去はあるだろう。いじめで自殺した中学生の話を聞きながら、いろいろ考えたことがある。

 僕の経験したことに多少似ていたからだ。

 理由はわからないが僕はずっと「いじめられっこ」といわれる人間だったと思う。そんなに人より目立つようなことはしなかったし、むしろ引っ込み思案だったんじゃないだろうか。でも、されたことは、例の中学生とほとんど変わらなかった。

 特に四年生の頃は、何度も死のうと思った。

 五年生の時は、学校に毎日、出刃包丁を持っていった。

 六年生の時は、あぶなく人を殺しそうになった。

 追い詰められると、何をしでかすかわからないと、その時感じた。

 でも僕はまだ救われていた。中学は青大附中に行くことになっていたし、過去のことを気にしないで友達になってくれる同級生がたくさんいた。

 過去を振り捨てることができたと思う。

 でも自殺した中学生の場合、小学校から高校までずっと、加害者の同級生と顔をあわせていなくてはならない。十二年間いじめられ続けるくらいなら、死を選ぶ彼の気持が、僕には痛いほど、よくわかる。

 ただ、彼には自分を殺すよりも、相手を殺してほしかったと思う。罪になったとしても、生きている方がはるかに幸せだったと思う。

 本当はこういうことを書くつもりではなかった。永遠に忘れてしまいたかった。でも、このクラスの人は、きっとそういう僕の過去をも受け入れてくれるだろうと、信じている。



 十一月十四日 裏・ノート 立村 上総


 一気に暗くしてしまった。お涙頂戴の感動作を、菱本先生へのプレゼントに創作してしまった。ここまで書いたら俺のプライドも何もなくなるよな。これもすべて、大どんでんがえしのために乗り越えるとしよう。

 

 十一月十五日 班ノート 羽飛 貴史

 

 俺はいじめられたこともないし、むしろ加害者だったのかもしれない。立村くんのいうような、ひどいことはしていなかった。けんかもいろいろやってきたけど、いつも堂々と戦ってきていたと思っている。

 でも、いじめられた立場からしたら、どれも同じなんだろうな。

 俺は立村くんが、出刃包丁を持って教室に入ってくるなんて考えられないし、まして殺してやりたいほどいじめられたなんて、思ったこともなかった。

 だって、立村くんはいつだって沈着冷静にふるまっているし、騒ぎ立てることもしない。

 大人みたいにふるまっている。俺はすごくうらやましい。立村くんみたいになりたいと思っていた。

 立村くんをいじめる奴なんて、よっぽどのばかだと思っていた。

 でも、そんな残酷な経験をしているから、立村くんの今があるんじゃないかと思う。

 昨日読んでみて、そう思った。

 「彼には、自分を殺すよりも、相手を殺してほしかったと思う。罪になったとしても、生きている方がはるかに幸せだったと思う」ってとこ、読んでみて、なんだか泣けた。死ぬのは勇気がないからだ、とかしらじらしいことを、昨日の道徳の時間に皆しゃべっていたけれど、やっぱり、立村くんは奥が深いよな。強いよな。


 十一月十五日 裏・ノート 羽飛 貴史


 たまには立村も泣けること書くよな。これはまじめに。

 でも、いいかげん早めに手を打たないと、お前、まじで、出刃包丁持って学校に来ていた奴にされてしまうぞ。



 十一月十六日 班ノート 古川 こずえ


 立村の言いたいこともわかる。

 私がショックだったのは、羽飛が、道徳の時間のみんなの発言を「しらじらしい」なんて言っていたところです。悪いけど、なんかそれすっごくむかついた。

 本当に立村が人を殺そうとしたかどうかは知らないけどさ、

「自分を殺すより、相手を殺してほしかった」

ってことに、あそこまでからまなくたっていいと私は思うよ?

 いじめられて死にたくなったことなんてないけどね。

 他人に迷惑かけて平気って考えがものすごくやだな。

 立村はいじめられた原因がわからないって書いているけれど、本当はそういうふうに考えているから、相手が当然のごとくむかついたんじゃないの?

 あたしなら、相手側のほうを味方しちゃうな。

 何書いているかわからなくなっちゃった。ここ、飛ばしていいよ。


 十一月十七日 班ノート 杉浦加奈子


 私には難しいことわからないので、何も書けません。

 立村くんがどんな過去を持っていても、たぶん他の人は何も言わないと思います。ちょっと気になるのは、古川さんのいうような、迷惑かけて平気って考えです。

 いじめられたら殺してもいいんですか。人を刺してもゆるされるんですか。どっちが悪いかわからないのに。


 十一月十八日 班ノート 清坂美里


 みんな、「自分を殺すより、相手を殺してほしかった」って言い方を誤解していると思うな。違う言い方にしておけば立村くんも誤解されなかったと思うのに。私が思うには、「逃げるよりも、ぶつかったほうがいい」って意味じゃないかって。

 立村くんがつらい思いをしたことだけわかってあげれば、それでいいのに。何があったって、私たちは立村くんの経験したような汚いことをする気ないし、したいとも思わないもの。

 なんでどうでもいいことにみんなこだわるの?


 十一月二十六日 「裏・ノート」羽飛 貴史


 しかし、まあ、立村、よくもまあすごい過去を作ったよな。いくらなんでもここまで想像できねえよ。はたして菱本先生が信用してくれるかどうかは別として、このまま卒業文集に載せられたら、あんたの身の破滅だぞ。さあ、どうする?


 十一月二十七日 「裏・ノート」立村 上総


 表か裏か。賭け、そのものかもしれない。うまくいくとは信じているけれどな。


 学年発表会の後は間をおかずに実力テスト五教科が行われた。立村くんたちとは貴史の部屋で話し合った時以来まったく「班ノート」「裏ノート」について相談する時間を持てなかった。貴史ともどういう話をしているのか聞きそびれていた。私が立村くんに頼まれたことをほとんどしていないから、後ろめたいというのもあったけれども。

 私と貴史が「立村くんの隠している過去」については今のところ、それ以上のことを何もつかんでいなかった。また、立村くんに頼まれた言い訳をクラスの人たちに流すようなことも、まだしていなかった。貴史も、あえて私に問い掛けてこなかった

 もちろんやり方が思いつかないわけではない。

 女子同士の噂ネットワークを利用して、私が好き勝手におしゃべりすれば自然に広がるだろうと読んではいた。こずえも班ノートで立村くんにあんなきついこと書いていたけれど、相変わらず下ネタトークでからかったりしているようだし、たぶん嫌ってはいないだろうと思う。いくらでもやり方はある。

「まさか、立村くんがあんなことされるわけないじゃない。ねえ。だって立村くんは小学校の時、模擬試験で国語と社会を満点取ったことあるって言っていたよ。それだけ頭いい人が、ねえ」

 こんなことをさらっとこずえや加奈子ちゃんあたりに話し掛ければいいだけのこと。だけど、十一月十四日の立村くん分一ページを読み返すたびに私は思う。

 ──嘘じゃない言葉って、力があるんだよね。

 私の直感では、立村くんの班ノートに綴った言葉の方が、真実に近いのではないだろうか。小手先細工をうっちゃってしまうような、鋭さがある。針でするどく突き刺すような、痛みが伝わってきていた。

 嘘だとは、どうしても思えなかった。

 

 あれから一ヶ月が経っていた。

 評議委員会ではその日、合唱コンクールの総括を行っていた。。

 青潟大学附属中学の合唱コンクールは私の知る限りかなり変わっていて、参加資格は二年生のみとなっている。よりによって男子の声変わりが重なる時期にあえてなぜとつっこみたいところだけど、伝統なんだもの、しょうがない。

 『課題曲』と『自由曲』の二曲を、一ヶ月くらい練習した後学校祭の時に熱唱する。最優秀クラスには『冬休み中の一泊二日学校おとまり会』がプレゼントされる。嬉しいのかどうか、この辺はなんとも言えない。宿泊研修が増えるだけじゃない。

 けど私たち一年生にとってはまだ、先の話だった。二年生の評議委員同士が集まっていろいろ相談している間、私は数学の問題集を開いた。

 次の日、黒板に出て解かなくてはならない問題だった。

 数学の先生は授業の終りに宿題として問題集の設問をそれぞれの生徒に割り振りし、授業が始まる前にその答えを黒板に書くように指示していた。一日準備ができるので抜き打ちでない分、気は楽だった。数学の得意な子に頼んで解いてもらうもよし、問題集の答えを探して写すもよし。ちなみに私の分はすでにすませてあった。簡単な二次方程式の文章問題だったし、もともと数学は嫌いじゃない。

 ただ気になったのは、立村くんに与えられた設問の内容だった。。

 はっきり言おう。立村くん、あなたには無理です。

 問題集には星印の数によって難易度がわかるようになっている。私の問題は星一つ程度。立村くんの当たった問題は、有名私立大学附属高校の試験問題らしく星印は三つ。

 解くのは、立村くんなのだ。絶対に、無理。


「立村くん立村くん」

 選曲ミス問題で言い争っている二年生たちを立村くんはぼんやりと眺めていた。呼んでも気付かない。

 私は隣にいる立村くんを、問題集の角でつついた。やっと気が付いたみたいだ。

「なに?」

「この問題、解ける?」

 私はノートを机から立村くんの方へ滑らせた。

 私の当たった分の問題だった。

 基本問題の二次方程式に手が出ないようでは、星印三つの問題を解くことができるとは、到底思えない。

「俺に解けってか」

 思った通り立村くんは顔をしかめた。

「今日、似たような問題、解いたでしょが。ね、やってみなよ」

「恥かかせる気でいるだろ、清坂氏」

「どうせ、私しか気付かないんだもの、いいじゃない」

 評議委員会ノートを一ページ、破いて渡した。どうせ立村くんだって暇を持て余していたのだろう。ノートをきれいな文字で書いているだけだった。「合唱コンクール」についての是が非を真剣に討論している先輩たちの会話をそのまま写しているよりも、私から個人レッスンを受ける方がずっとお互いのためになると思う。

 ──私、立村くんのために言ってあげてるんだから。


 立村くんはとろとろと問題をノートに写した。シャープペンシルでうっすらと、XYZを並べ、分解作業に入った……はずだった。

 ──でも、なぜ? 

 私の目には謎としか思えないようなことをしていた。

 ──こんなところでなんで因数分解してるわけ?

 第一、足し算の合計からして数が合わないっていうのは、どういうことなんだろう?

 一次方程式の一プラス三イコール四が、二次方程式に代わっただけなのに。

 なぜ答えが7になるわけ?

 もう見ていられない。

 ──立村くん、数学の授業中、英語の辞書を引いて内職している暇ないよ。もっと勉強しなよ。

 端切れをむりやり取り返し、私は猛スピードで、正確な答えを導きだした。青大附属中学一年だったら誰でも解ける内容のはず。あっけに取られている立村くんの前に、紙切れをぺたんとたたき返した。


「だから、俺に何をさせたかったんだ、いったい」

 すっかり立場なし、といった表情で立村くんは私に尋ねた。

 私と立村くんは、問題を間に挟んで一分間くらい、全く異なる思考回路を辿っていたに違いない。言葉をしばらく探してみた。

 チャンス到来、これを逃したくなかった。

「見てられないもん。ね、立村くん、明日当たる問題、何番だった?」

「百十八番の文章題。よりによってなんで俺に当たるんだか」

「ええっと、これよね。高校入試用の問題よね。こんなの立村くんに解けるわけないって、今、わかっちゃったから、私が代わりにやってあげる」

「え?」

 ぐいっとあごを引いて、私は立村くんにだけ、聞こえるようささやいた。

「このままだったら、班ノートに書いている内容が、本当のことだと思われちゃうわよ。小学校時代、暗い思い出しかなかったとか、いじめられていたとか。私だって陰でいろいろ努力しているのよ。台無しになんかしたくないもんね。数学が苦手な男子って、うちのクラスにはそういないじゃない」

「例外で悪かったな」

「私と貴史が通っていた小学校ではね、勉強が極端に出来なかった奴って、しょっちゅうばかにされていたのよ。立村くんは英語のエキスパートだし、数学以外は成績いいからまず大丈夫だけど、班ノートに書いてあったいじめの話が、説得力ある内容になっちゃ、いやじゃない?」

 ちょっと言い過ぎただろうか。優しくしてあげようと思う一方で、本心を見抜かれるのは恥ずかしいとおびえている。怖がっている。

「もちろん、私は『裏ノート』読んでいるから、そんな誤解なんて、絶対しないけどね」

 立村くんはふっと、力が抜けたような笑みをもらした。軽くうなずいた。私の言葉をわかってくれたのかもしれなかった。不意に私の握っているシャープペンシルの先をじっと見つめ、そこに話しかけるように、

「清坂氏も、『裏ノート』を読んでいなかったら、本当のことだと思っているんだろうな」

 できたら目をじっと見詰めて、言ってほしかった。

「たぶんね。立村くんがこの前書いたことあったでしょ。『表か裏か』ってとこ。加奈子ちゃんも言っていたよ。立村くん、よくあそこまで書いたよねって」

「杉浦さんが?」 

 声のトーンが少し変わったことに気付いたけれど、知らん振りして私は続けた。

「そうよ、黙っていたら立村くんってクールに見えるよ。まさかいじめられていたなんてこと、ありえないってね。でも大丈夫。加奈子ちゃんには、ちゃんと私から、本当のことを説明しておいたから。『まさか、立村くんが本当にいじめられていたなんてことないよ。あれはポーズよ、菱本先生をうまくごまかすための』って」

 そこまで言って、はっとした。

 立村くんの表情に、険しいものが走っていた。私の方を全く見ずに、私の指先のみに語りかけている。爪みがきで磨いておいてよかったと思った。

 ──今度、お姉ちゃんのピンクのマニキュアで、小指だけ塗ってこようかな。

「どうしたの、立村くん、なんか私、まずいこと言った?」

「いいや、あのさ、さっきのことなんだけど、杉浦さん、それ以上、何も言わなかったか」

「別に? 加奈子ちゃん、あまりしゃべらない子だから」

「裏のことも知らないよな」

「あたりまえ、三人の秘密にしてあるんだから」

「そうか、それならよかった」

 立村くんは問題集を閉じた。同時に結城評議委員長の声が響いた。

「それでは、本日の評議委員会を終わります。それと、二年評議の本条、ちょっと残ってもらえないか」

 前の方で議題をまとめていた本条先輩が、ひょいと立村くんの方を見て手招きしていた。立村くんは私の方を全く見ずに、急ぎ足で教壇の方に向かった。

 なんともなしに、他の男子評議委員も教壇近くへ駆け寄り、本条先輩を取り囲むようにして何かを話し始めている。女子は混じらない。男子と女子が完全に分かれた格好となっていた。

 私は自分のノートをしまい込み、後ろの方に固まり出した三人の一年女子評議たちに手を振り、ポケットに隠し持っていたリップクリームを黙って見せた。服装点検で見つかったら取り上げられるのは確実だけどそんなへまはしない。

「うわあ、可愛い色!」

 声を挙げたのはA組女子評議の小春ちゃんだった。慌てて口を抑えるしぐさをする。

「あとでとにかく、塗ってみてよ、美里ちゃん」

「うん、じゃあこれから家庭科室にみんなで行こうよ」

 塗ると唇がぴかっと光って、ちょっと目だつのだ。家族からは「油もの食べた後みたいで汚らしい」とか言われ、すぐに塗るのを止めろっていわれるのだけどそんなの無視。だって女子同士ではこんなに評判いいんだもの。今度、いちごの香り付きのをつけてみよう。

 そんな話で盛り上がっている間に、男子評議委員グループが前の扉から集団で出て行くのを見送るはめとなった。立村くんも混じっていた。どんな話をするんだろう。女子には言えないことばかりなんだろうな。いつものことだけど、女子には割り込めない空気が漂っていた。


 私たち一年女子評議委員四人は家庭科室に場所を移動した。

 こずえと約束していた。家庭科の授業では二学期一杯使ってパジャマを作ることになっている。家庭に持ち帰ることが厳禁とされていて、しかたなくいつも家庭科の授業か放課後ミシンに向かうことが決まりとなっていた。親に縫ってもらおうとする魂胆が見え見えだからだそうだ。私はまだ授業でなんとか片付きそうだけど、縫い物嫌いのこずえにはしんどいことらしかった。足踏みミシンを使い、放課後をまるまるパジャマ作りに当てていた。

なんで足踏みミシンなんか使うんだろう。空調完備、隅から隅まで近代化が進んでいる青大附属だというのに、前世紀の香り漂う「足踏みミシン」だなんて。一応許可をもらえば電動ミシンを使用することもできるらしいけど、面倒なのでこずえは足踏みでがまんしているらしい。

 教室内でひとり、こずえはミシン板を交互に踏んでいた。私は一声かけた。

「こずえ、どこまで進んでる?」

「ボタンのかがりのとこ。これができれば上は完成なんだ。さーて次はパンツの方ねえ」

「あれ? 型紙とってないの?」

「身体のラインが変わってたらやばいじゃないのさ。ぎりぎりで計っておいたほうが着てみたときぱっつんぱっつんにならないですむのよ、そこんところも計算しとかなくっちゃあねえ」

 四人、こずえの隣、前の足踏みミシン椅子に腰掛けた。C組女子評議のゆいちゃんがこずえを覗き込むようにして尋ねた。

「じゃあほとんどミシン使わないですむじゃない。こずえちゃん、なんでこんな陰気なとこに居たがるの? こずえちゃんらしくないね」

 にやり、とこずえはゆいちゃんに頷き返した。

「ゆいちゃん鋭いところついてるねえ」

「どういうことなの?」

 言っている意味がわからず、私はこずえとゆいちゃんを交互に見つめた。

「この場所はねえ、青大附中の男子裏事情がてんこもりなのよねえ。わかるでしょ。隣、工作室だって知ってる?」

 ──工作室!

 私たち女子が家庭科の授業を受けている間、男子たちは「技術」の授業に没頭しているはずだった。ちょうど隣の部屋だった。糸のこぎりで状差しを作っているとかいう話を聞いたことがある。貴史が出来上がったのを見せびらかして教室の中走り回っていたから。

「工作室だと何かいいことあるの?」

 ゆいちゃんがきょとんとした顔で問い返した。私も他の女子ふたりも、こずえが何を考えているかはだいたい読めていたので黙っていた。でもゆいちゃんだけはぴんとこないらしくてしつこく尋ね返している。

「そりゃあ、ねえ、ゆいちゃん。男子たちだって私たちと同じく放課後、のこぎりやらのみやら鉋やら使って、いろいろ工作するわけよね。はんだごてなんか使っちゃって。それにここの壁、意外と薄いじゃない? 薄いってことは、話がもろ聞こえちゃうのよねえ。授業でだってそうじゃない?」

「隣で男子たちも、おしゃべりしてるってこと?」

「そういうこと。私たちだってそうでしょうが。家庭科室の鍵、私は合鍵作っているから別に声かけなくたって入っていってるけど男子たちだってやってないとは限らないよ。あとで怒られたら『事務室から借りました』ってことにしとけばいいんだしね」

 一応学校の名誉のために付け加えておくと、基本として鍵はそれぞれの先生によって責任持って管理されている。必要な時は生徒が申請書をこしらえて借りにいく決まりになっている。でも、家庭科室のように出入り激しい場所に関しては、暗黙の了解で生徒同士合鍵をこしらえる慣例となっていた。たいていクラスに一本程度なんだけども、こずえはなんらかの方法でこっそり合鍵を自分用にこしらえてしまったという。こずえって結構、校則違反すれすれどころかもろ超えていること、さらっとやってしまう。

 まだぴんと来ない顔のゆいちゃんを差し置いて、小春ちゃんが割り込み尋ねた。

「A組の男子もも、いたの?」

「いたよ。たまにね」

「天羽くんとかも?」

「さあ、そこまではわかんないけどねえ。でもま、みんなしゃべることは同じだね。すっごくエッチな話ばっかししてたよ」

「こずえちゃんに負けないくらい?」

 こずえの下ネタ女王ぶりは他クラスにも知れ渡っているってことがよくわかる。

 小春ちゃんとゆいちゃんはふたり、顔を見合わせた後、納得した風に頷いていた。

なにせこずえの仕入れてくる情報は、雑誌の「ABC」だけではない。

 実際起こったらしい青大附属内での恋愛沙汰などもすべて生々しく取材してくるのだ。

 しかも九割方、がせねたではない。

 「二年の本条先輩は現在、学外にふたり彼女がいて、ひとりは高校生、ひとりは小学校時代の同級生。しかもふたりとも、Cまで行っているらしい。いわゆる二股」

 なんて情報、こずえと友だちでなければ聞けないことだった。

 その他にも、同学年でBまで進んだ子がいるとか、男子たちのほとんどはエロ本を読んだことがあるらしいとか、アダルトビデオの話でわいわい盛り上がっていたらしいとか。

「その中に出てくるお姉さんにさ、美里にそっくりな子がいるらしくって、ずいぶん男子どもエキサイトしてたよ。やっぱり、妄想しちゃうのかねえ」

 お得意のトークをこずえは、ミシン踏みの合間に炸裂させた。女子評議たちはみな、無言で興味深そうに頷きずつ聞いている。言葉をさしはさむ子はいなかった。

 なんだか空気が重たくなりそうなので、私はこずえに突っ込んだ。

「もう、やらしいんだから! けど、私に似てるってどんなとこかなあ? やっぱり髪形? それとも顔?」

 これもいつものパターンだった。私も何にも知らない振りしてられたらよいのだけども、二歳上のお姉ちゃんがいるとそうもいかない。だってお姉ちゃんの彼氏とお姉ちゃんが陰で何しているか、結構生で見ること多いのだ。弱みを握ってお姉ちゃんを脅し、可愛い服を無理やり貸してもらったりもしているのだ。知らないなんてことは言えない。

 しばらく未知の世界に関するレクチャーを行った後、一息ついたこずえに私はもうひとつ尋ねてみた。こずえの弱みといえば、これしかない。

「こずえの大好きな私の幼馴染は、どんなすけべ話していたのかな」

「羽飛はさすが、趣味がいいよね。元気で明るい子が好きだってさ。私みたいに」

 一同、爆笑した。こずえも笑っていた。

 こずえの純な乙女心はみな、知っている。

「でもねえ、つくづく思ったよ。美里って密かにうちのクラス男子にモテモテなんだねえ」

 

 榎本の部屋で感じた奇妙な感覚が、まだ私からは抜けていなかった。こずえの「モテモテなんだねえ」なんて言う、冗談めかした口調に

「そんなあ、モテモテだなんて変なこと、言わないでよ! こずえの方がスタイルいいし、胸あるし、でしょ?」

 みたいなこと言い返せたらよかったのに。なんでだろう。私の頭の中には、すごい勢いで言葉が飛び交ってしまう。

 ──あいつと、あんなことするなんて。

 ──貴史とあんなことするなんて。

 ──立村くんと、あんなことするなんて。

 ──いやだ。絶対にいや!

 「モテモテ」だったらみんな男子、あんな目で見るの?

 男子だったらみんな、いやらしいこと、写真集見るみたいにして、するの?

 あんなこと、絶対、私はいや。

 唇が細かく震えてしまう。見破られないでよかった。

 目の前で興味津々って顔で、こずえのおしゃべりを待っている子たちの期待を裏切らないようにして、私は軽く返事をした。

 「誰によ、誰に。そんな奴いるわけないじゃない! そんなこと言ってる男子の名前、全部出してみてよ。私ね、青大附中に来てから、目だつようなこと、全然してないでしょうが。いるわけないわよ、そんな男子なんて!」

「じゃあ美里、思い当たる男子、誰でもいいから言ってみてよ。結構そばにいるかもよ」

 こずえは落ち着き払ったまま、他の女子三人に、

「誰が美里フリークだと思う? 当ててみてよ」

 水を向けた。向けられた女子評議三人も顔を見合わせた後、

「そうだよねえ、D組の男子でしょ?」

「羽飛でないことは確かなんだよね」

「もしかして規律の南雲くん? かっこいいよね。でも彼、彼女いるでしょ?」

「うそー! そんな、もういるの? ショック!

「他のクラスの男子ではないんだよね、こずえちゃん。じゃあ天羽くんだなんてこと、ないよね?」

 あいつだ、こいつだと、適当にD組の男子名を挙げていった。中には他のクラスの男子を挙げる子もいた。こずえは当然のごとく、

「ヒントはD組、ってとこでどう?」

 時折私に視線を向け、パジャマのボタンホールをかがる指を止めずにいた。

「井上くん?って感じでもないか。あと菅原くん?」

「違う違う。さあて、美里、誰だと思う?」

 私は考えるふりをした。

 ──かまかけてみようかな。

「もしかして、立村くん?」

 小さな声で、なんでもないって顔して言ってみた。


 こずえが思わずかくっと手をミシンの上に載せて、思いっきり吹き出した。

「え? もっかい言ってみてよ。立村だって?」

 そんな笑うことないじゃないの。ちょっぴりむっとした。ポーカーフェイスで答えてやった。

「おんなじ評議委員だし、近いとしたらそうかなって思ったの。どうせ違うでしょ」

 目の前の三人はこずえと私の顔を交互に眺めていた。A組の小春ちゃんは「まさか」と、C組のゆいちゃんは「なんで」と。そして最後にB組の琴音ちゃんが膝をぽんと叩いて思い立った風にこずえへ尋ねた。

「こずえちゃん、私、前、この質問、本で読んだことがあるんだけど、これ『心理テスト』だよね」

「うわあ、琴音ちゃんネタばれしないでよ!」

「美里が好きな男子って、立村くんだってことになるのかな」

 ──何言ってるのよ! 「心理テスト」って何よ何! 

 正真正銘、今度は頬が熱くなっていく。心臓ががんがん鳴り響くのが外まで洩れそうだ。

 それに琴音ちゃん、なんで私、「心理テスト」で立村くんが好きだってことを決め付けちゃうわけ? 言ってる意味がわからない。

「どういうこと?」

 琴音ちゃんの隣でゆいちゃんがきょとっとした顔で、私の聞きたいことを尋ねてくれた。小春ちゃんも頷いた。

「わかるように教えてくれる? 私、わからないんだけどなあ」

 上目遣いでちろちろ私たちを見回した後、琴音ちゃんはこずえへ、

「『自分のことを好きでいてくれる人が誰かと聞かれた時、最初に浮かんだ相手が、貴女の好きな人です』っていうのがあるのよね。当たるかどうかわからないけど。私、心理関係の本大好きだから、よく読んでたんだけど。まさか、こずえちゃんそれを狙ったってわけじゃあ、ないよね」

 みんな、一斉に琴音ちゃんを見つめた。ゆいちゃんが小春ちゃんに、

「ねえ、ねえ、どういうこと?」

 一生懸命聞いている。こずえはしばらくパジャマの裾をもみもみしていたが、

「やられたあ! もう、琴音ちゃん鋭い!」

 がくんと骸骨みたいに頭を下げ、私をじろっと見つめ、

「でもさ、美里、本当に立村なの? 羽飛じゃなくって?」

 鈍すぎる自分に腹が立つ。誘導尋問に気付かなかった私がおばかだった。慌てて取り繕うしかない。

「なんでそういう話になるのよ! たまたまよたまたま! なんとなく思いついたこと言っただけでしょ! それにさ、貴史のことはみんな知ってるじゃないのよ。友だちなだけだって! もう噂になるのも飽き飽きしたから何にも言い訳してないだけであって! もう、こずえが貴史のことファンだって知ってるのに、誰が手を出すってのよ、もうばっかみたい!」

「で、最初に浮かんだのが、立村ねえ」

 三人三様、「立村くんがあ?」とか「まさかよねえ」とか呟き合っているのがむかついてならない。そんなの、どうだっていいじゃない! もう顔が変に熱くなってしまう。そんなんじゃないってあれだけ言ってるのにどうしてわかってくれないのよ。もうこの話やめようよ。

 そんな気持ち、気付いてくれるわけもなくって、暴露した琴音ちゃんはこずえにうんうん頷きながら続けた。

「美里の理想とする『白馬の王子さま』的雰囲気は、持っているかもしれないね」

 小春ちゃんもこくこく頷きながら、

「でも美里ちゃんっぽくないよ。もっとかっこいい男子の方がイメージかなって思ってたんだもん。ほら、天羽くんとかだったらまだわかるんだけど」

 どうせ小春ちゃんは同じクラス評議の天羽くんが好きなんだからそう思うだけでしょ。どうせ。そんなの関係ないじゃない。全く意味不明って顔をしたままゆいちゃんは、

「よけいなことしなければだけどね、あんなのどこいいの」

 ふんわりした二つ分けの髪の毛をゆらしながら首を傾げていた。いいのよどうせ、私は私なんだもん。だからってどうしてそんなに立村くんをけなすのよ! 文句言いたくても、そんなことしたら今までのこと認めてしまいそうで何も言えない私だった。その隣でこずえは、断ち鋏の柄のところで私の肩をぽんぽん叩いた。すっごく痛い。

「そうかあ、羽飛じゃないんだあ。ちょこっとだけ心配だったんだけどさ、でもこれで私も安心して、羽飛のファンやってられるってことよね。美里、お互い、協力お願いするってことで、とりあえずはどう?」

「そんなんじゃないってば! もうこずえ、余計なことしないでよ、もう!」

 たぶんこずえのことだから、黙っているなんてことはないだろう。ばれてしまうかもしれない。女子評議委員仲間の前で知られてしまったというのも、痛かった。まさかそれぞれクラスの男子評議たちに「あのねえ、美里の好きな男子ってねえ」なんて言いふらさないだろうか? 委員会内で好きな人が出来た場合、もし振られたりなんかしたら悲劇に決まってるじゃない!

 

 ライバルがいなくなったことに狂喜乱舞しているこずえを、B組の琴音ちゃんが物言いたそうな顔して見つめているのに気がついた。

「琴音ちゃん、何か、いいたそうだね」

「確かに立村くんは美里のこと、意識しているんじゃないかな、とは思っていたんだ」

 言葉を切り、琴音ちゃんは少し言いよどんだ。喉のところをぴくぴくさせた。

「一番よくしゃべってるって感じだしね、でも」

「だって同じクラスだもん」

 琴音ちゃんはしばらく言いよどんだ。目で小春ちゃんとゆいちゃんに合図を送っていた。二人も何かに気付いたらしく気まずそうに目と目で会話していた。

「でも、何?」

 『でも』にこだわった。小春ちゃんが琴音ちゃんに「いい?」と小さな声で確認を取った後、私の顔をじいっと見つめ、ひそひそささやいた。

「っていうか、立村くん、最近、D組の杉浦さんと付き合っているって噂、あるんだよ」

「杉浦加奈子ちゃん?」

まさか、絶対ありえない。大笑いしたいところ、こずえもきょとんとした顔をしたまま小春ちゃんにまぜっかえした。

「同じ班だけど、聞いたことないよ。加奈子ちゃんがまさかじゃん。班が一緒だから話ことはあるかもしれないけどさ、立村みたいなガキを好きになりそうなのって美里くらいだよねえ」

 それでも言い募るのは琴音ちゃんだった。口元をぽりぽり掻きながら、

「付き合っているとこまでは行かないのかもしれないけど、最近ふたりっきりで、図書館とか、廊下にいるところを見るんだよね。美里は気付いてなかった?」

  こずえと顔を見合わせた。首を振っている。私も初耳だった。

「なんでもなかったら、いきなりふたりっきりでひそひそ話したりしないと思うんだ。あの立村くんの性格考えると」

「絶対ありえないよそれ。だってあいつ、クラスの女子に話し掛ける時だって私か美里を通して会話振る奴なんだよ。そんな軟弱男子がさ、まさか加奈子ちゃんになんてさ」

 こずえの援護射撃も届かなかった。真中でわけのわからない顔したまま、「美里が好きだっていうのもありえないけど、杉浦さんが好きっていうのは百パーセントないでしょ」と呟くのはゆいちゃんだけだった。そうだよね、そうだよね、何度も頷きたい。でも琴音ちゃんと小春ちゃんは「ごめんね、ごめんね」そう言いながらも続ける。

「夏休みが終わったあたりだったかな。美里がたまたまいなかった時、琴音ちゃんとふたりでD組に行ったの。そうしたらふたりっきりの教室で立村くんと杉浦さんが窓辺に寄りかかって、何か深刻そうな顔して話していたの、琴音ちゃん、あの時のことだよね」

「深刻そうにって?」

「話は聞こえなかったの。でも、真剣そうだったんだ。私が美里いないかって聞いたら、杉浦さんが教えてくれたんだよね。なんかあの時立村くん、様子が変だったから気になってたんだ。ずっと窓の外を見つめていたよ」

 琴音ちゃんの言葉でとどめを刺された。

「それ……って、実は、先週も見たんだ。やっぱり教室でふたりっきりで、杉浦さんが真剣な顔して尋ねていたんだ。あの口調で、『清坂さんに話していいの』って」」

 

 ──何を、話していたの?

 ──何を、隠しているの?

 ──何を、加奈子ちゃんとしているの?


 琴音ちゃんはもうひとつ、付け加えた。

「たぶん立村くん、美里に知られたくなかったんだろうね。加奈子ちゃんとどういうことになっているかはわからないけど、聞かれたくないことを話してたんだろうなとは思ったんだ」

 私にはもう、こずえも、評議の仲良したちも、なにもかもかすんでいってしまった。

 こずえの縫いかけ水色七部袖パジャマが。淡い水色に変わり、すぐに白いもやに溶けていくように見えた。

 こずえがハンカチを大急ぎで出してくれた。でもその色も赤なのか黄色なのかわからなかった。ハンカチが揺れていた。どんな目で立村くんは加奈子ちゃんを見つめていたんだろう。どんな顔して立村くんは「清坂さんに知られてもいいの?」って言葉を聞いていたんだろう。やっぱり榎本と同じく、立村くんは加奈子ちゃんを変なこと妄想したりするんだろうか。私のことなんてちっとも思い出さないで、加奈子ちゃんだけ見ているんだろうか。

「ごめん、きっと、偶然だよね。まさか、美里が、立村くんのこと、本気で好きだなんて、思ってなかったから。つい、冗談で言っただけだって。ね、みんな、そうだよね」

 あわてて取り繕うとする小春ちゃん。こずえに手を合わせて「ごめんね、ごめんね」、と頭を下げる。私の方を覗こうとする。でも顔を合わせることがどうしてもできなかった。

 ──だって、思い当たるふしがあるんだもの。

 委員会の時も、『杉浦さん』という言葉に過敏反応していたのは感じていた。

 貴史の部屋でも、「杉浦さんが文集委員をする」という話を、ためらいがちにしていたっけ。あの時の眼差しを、私は知らん振りしていた。でも逃げられなかった。突きつけられてしまった。私の目に今映るのは、こずえのくれたハンカチだけだった。


 こずえのハンカチをびしょびしょにしてしまったので、帰り道、文房具屋でかわいいのを買って返した。

 こずえもまさか、私が立村くんのことを本気で片思いしているとは思っていなかったらしい。急展開に慌てながらも、こずえは私の家まで送ってくれた。本当は貴史の家の前を、わざと通って帰りたかったんじゃないだろうか、なんて勘ぐってしまいたくなったけど。

「琴音ちゃんの話していた、立村と加奈子ちゃんの噂、なんだか眉唾もんだよね。いやね、琴音ちゃんたちを疑うわけじゃないよ。だけど、普通だったらD組の中でもっと噂になってもいいはずだよ」

「わかんないよ。そんなの、みんな気付かなかっただけかもしれないし」

 泣き腫らした顔を見られたくなくて、私はうつむいたまま歩いた。

「私みたいに、よけいなことしゃべる女子、好きじゃないのかもしれないし」

「ばか、そんなことないよ。私ね、立村のタイプって、美里みたいな感じじゃないかって思う時あるんだよね」

「なぐさめてくれているんだよね」

 うわっつらに思えてさらに泣けた。

「あのさ、美里、よく考えてみなよ。この前の班ノートのこと覚えている? 道徳の授業で、『いじめで自殺した中学生』の話。立村があの時、自分もひどいいじめを受けていたようなこと書いていたよね」

「うん、覚えている。こずえはむかついたみたいだけど」

「まあね、でも誤解しないでよ。私は立村を嫌っているわけじゃないから。絶対恋愛対象にはならないけど、いい奴だとは思っているからね」

 こずえは一呼吸おいて、さらに続けた。

「私ね、立村がいじめられていたとすれば、ガキのくせに背伸びしようとするあの性格に問題あったんじゃないかなって思うんだよね。言いたいことを言わないっていうのかなあ。自分で全部背負ってかっこつけたがるとこ、男子ってあるよねえ。美里も一緒にいること多いから、その辺、わかるよねえ」

 六月の学年集会の時も、話に聞いた宿泊研修夜の騒ぎの時だってそう。自分ひとりでなんとかしようとしている姿をずっと見つめてきていたから、よくわかってる。

「で、それがね、うちの弟と同じやり方なんだよね。羽飛とか私とか、美里とかだったら、むかついた相手に何かをはっきり言うじゃない。その場で。でも、うちの弟って、根に持つんだよね。表向きへらへらするから、こっちとしたらさらに頭にくるのよ。で、最後にがまんできなくなってものを壊すかなにかしちゃう」

「人を殺しそうになったって書いていたもんね」

「その場で言いたいこと言ってすっきりするのが、私のやり方なんだけど、うちの弟には全然通じないのよ。たまに見るんだ、一人でこっそり泣いているとこ」


 道徳授業のことなんてほとんど覚えていなかった。当時話題にのぼっていたいじめ問題について身につまされたことがなかったからだろう。『担任の生徒いじめ』だったら小学校時代にからめて書きたいことはいっぱいあったけれどもそんなの関係ない。

 ただ、死を選ぶこと自体が負けだと思っていた。

 どんなに歯を食いしばっても生きてなくちゃ、意味がない。

 自殺して告発するよりももっといい方法があったんじゃないだろうか。

 クラスの意見は大抵そんなものだった。

 立村くんは何も発言せず、ぼんやりと窓の外を見ていた。つまらなかったんだろう。

 まさか、あそこまではっきりと、感想を書くとは、私自身思っていなかった。おそらく「裏・ノート」のからみだろうと想像はしていた。

 裏ノートの存在を知らないこずえにそんなことは言えない。


「でもね、やはり弟ってめんこいとこあるのよ。私に思い余って、相談してくる時もあってね。そういう時は、私なりにやさしくアドバイスしてやるんだよね。そういうところが結構素直でさ」

 こずえのやさしさ、という表現は非常に解釈が難しい。たぶん下ネタで「ちょっとあんた、朝から元気だねえ」とかパジャマの下を指差して挨拶するようなことなんだろうな。

「立村って、かなり頼れるお姉さんタイプが好きなんじゃないかなあ。美里みたいに、いろいろ世話焼き女房タイプの方がね。この前だってさ、数学の授業ではこっそり問題を解いてあげたりしてるとこ見たもんね、知っているぞ。そのくらい」

「だって、評議委員会一緒だから」

「うちの弟が守ってあげたくなるようなおとなしい子好きになると思えないもんね。大丈夫よ、美里。私もこれから協力するからさ。もし、立村が加奈子ちゃんに血迷っていたら、思いっきりお姉さまパワー炸裂させてこっち向かせなさいって」

 ほんの少し、ほっとした。でも口からもれるのは不安ばかりだった。

「こずえの弟くんと立村くんが似ていれば、ね」

「絶対そっくり! 話せば話すほど、本当に思うよ。立村って、ほんとうちの弟とおんなじだよねって」

 

 夕食後、私は立村くんの居住地域に近い公立中学地域を確認するため、青潟市近郊の地図を取り出した。

 品山町に住む中学生はたいてい公立の本品山中学に通うことになっているはずだった。

 本品山中学。榎本も通っているはずだった。

 

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