運命の誘いの章:知られざる歯車1
手を胸の前で合わせて、ひとつ息を吸うと大きな円を描くように両腕を動かす。
大きさは、3人が入るくらいでいい。けれど、強く堅く、誰も気づかないように聞こえないように見えないように。
銀色の髪がふわりと浮きあがるのを感じると、ゆっくりと眼を開ける。
メラが隣でほうっと息をついた。
半透明の色をした大きなシャボン玉のような膜がユラたちを包みこんでいる。
少しの間ゆらゆらと形の定まらなかった膜はやがてその動きを止めて、本当の球を作りだした。
「噂には聞いていましたが、本当に……綺麗だ」
結界がほめられているとわかっていていもつい頬に熱がこもってしまうのがわかる。
膜の色が微妙に揺らぐ。
いけない。集中しないと。
ユラはひとつゆっくりと息を吸って、広げていた両腕をゆっくりと胸の前まで動かして手を合わせた。
ふわんと球が揺れて、やがて振動が止まると半透明だったそれは透明な水の膜となった。
これで、外からはこの球自体が透明なものとなるが、中からは外の様子が見えるようになる。
メラが膜の中から王座の横の火をじっと見つめた。
ゆらりと揺らいだかと思った炎が一瞬にして消える。
ユラは気づかれないように静かに目を見張った。
エラならいざしらず、ユラの結界は外からの防御に強いがその分中からの効力も落ちる。
しかも今は全神経を使った最も強い強度のものを作ったはず。
ーそれをこの子は。
「さて。水の姫神がかなり強い結界を作ってくれましたからね。これで心置きなくエラ様のお話が聞けますね」
にっこりとメラがユラに同意を求めるように微笑みかける。
ユラはエラの方を見ながら頷いた。
エラが面白そうな顔をするのがわかる。
わかっているのに、頬が赤いのは抑えられない。
「さあ、そこのバカに、ちゃーんと説明してもらわないとね」
精一杯毒づいて睨んでみせると、エラは肩をすくませ一転真剣な顔になる。
エラの周りだけ空気がひれ伏すようなオーラだ。
「まず、メラ、私はあなたがどこまでを知っているかがわからない」
エラの刺すような視線をメラはにやりと笑うことで難なくかわしてしまう。
「エラ様。僕は何も知りません。けれど、だからこそ全てを知っています」
なぞなぞのようなメラの答え。
「幼い頃は疑問もたくさんありました。物心ついたときにいたのは姉さんだけで、
その姉さんは髪が赤いからっていうところくらいしか似ていない。
しかも姉さんには力といえるような力がまったく見えない。
一時は自分が本当に火の神なのか疑ったこともあります。
荒れて自暴自棄になってめちゃくちゃなことをしたこともある」
知っているでしょう? というようにメラがエラに目で問いかける。
メラは一度力を暴走させたことがある。
本人はうずくまっているのに、その心の内を表すかのように城の中も外も炎が荒れ狂い、
一時は神総出で炎を沈めに回った。
メラが目を落とした両手を広げぎゅっと握り直す。
「今でも未熟だった自分に嫌気がさします」
そして再びゆっくりと広げた。
「でも、そんな自分に手を差し伸べてくれたのは、姉さんでした」
静かなメラの声にユラのこめかみがちりっと痛む。
「炎なんて気にも留めないで、抱きしめて、僕をみて笑ってくれたのは姉さんでした」
ーメラ。
そう呼ばれたら、なんだか無性に泣きたくなって。
泣きたかったんだと気づいた。
「そのとき、思ったんです。僕は姉さんの、アチの弟で周りが言うには火を司る神。それがわかってれば十分じゃないかと」
ぱっと指に炎を灯すと、ふっと吹き消した。
「その姉さんは、優しくて、自分より他人ばっかりを大切にしてて、でも頑固で、嘘が苦手で、すぐ顔が赤くなる、僕の知っている姉さんが僕の全てです」
強い。
そう純粋にユラは思った。
アチが何者だろうと関係ないというそのまっすぐな心が何よりも強く、そして綺麗だと。そう思った。
「実際火の神であろうがなかろうがどうでもいいんです。ただ、姉さんの弟だってところだけはゆずれません」
メラが意思を込めた瞳でメラを見返した。
いつのまに、あの小さかった子どもはこんなに大きくなったのだろう。
エラは微笑むとメラに向かって頷いてみせた。
「もちろんです。アチはあなたのあなただけの姉ですよ」
エラの肩がゆっくりと落ちる。
どうやら見た目よりも緊張していたようだ。
エラはそっと息をつくと、心の中で呟いた。
ーキラ様。あなたの息子さんはこんなに大きくなりましたよ。
ーだから、いいですよね? もう。
ゆっくりと瞳を閉じる。
ーもう、あなた方が苦しむことはないですよね?
(まだ運命の歯車を回すには早すぎるんですよ)
(エラが一番の貧乏くじだな。ごめんな)
(ここは絶対私たちが守るから。アチとメラをよろしくね)
(エラ。いつでもどこでも、愛してるわ)
4人の言葉を思い出す。
ー歯車は、私がちゃんと回します。
ー貧乏くじだなんて。役得ですよ。
ー大丈夫、守ってみせます。
ー......私もです。母様。
瞳を開けば、メラとユラの視線の両方とかち合う。
大丈夫。今はひとりじゃない。
「お話しましょう。すべての始まりを」
ずっと投稿せず申し訳ありません。
第2章の始まりです。
一話完結が難しくなってしまいました;