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神様の恋煩い  作者: 和をん
神々の恋の章
8/16

番外-太陽の追憶

まだ、あの幸せだった頃。

昔むかしのお話。




「クラさまー!」


赤い髪の女の子が元気よくかけてくる。

彼女が持つオーラは気高くて、綺麗で、誰もが魅了されずにはいられない。

そんな光を持つ女の子。


「こらこら、そんなに走っては転んでしまいますよ」


泉の水が女の子の放つ光を浴びて空に虹を作り出す。

クラとせっかく二人で散歩をしていたのにとんだ災難だ。

自分の綺麗な父の笑顔が自分ではない女の子に向くのがちょっと癪でならない。


「だって、クラさま、いっつもおとうさまとおかあさまとばっかりしゃべってて、アチにかまってくれないじゃないですか」


赤毛の女の子の唇が可愛くとがる。


「だからきょうは、アチ、ひとりできたんですよ」


「そうですか」


クラが優しく優しくアチの頭をなでる。

エラの父、クラはこの神の城の王だ。

普段忙しく自分もかまってもらうのが久しいというのに、父の笑顔を取られてエラの周りの空気の温度がぎゅっと下がった。

クラが反対の手でエラの手を握る。


いけない。


エラの持つ力は強大すぎて心の乱れがそのまま直接気の乱れを引き起こしてしまう。

ゆっくりと息を吸う。

落ち着いて。大丈夫。



「エラさまも。こんにちは」



その後むせたのは言うまでもない。

吐き出そうとした息は自分の肺へと戻ってしまった。

冷えた空気をアチはものともせずににこりと笑いかけてくる。

アチの笑顔はエラをも包み込むように周りの空気を暖かくする。


「エラ。どうしました?」


クラの大きな手がエラの髪をくしゃくしゃとかき回す。

繊細に見えるその容姿とは反対に、クラの手は大きくごつごつとしている。



「アチの笑顔に見惚れましたか?」


「それは光栄だな」


低く空気を震わす声がクラの問いに答えた。


「とうさま!!」


アチがその大男に抱きつくと、彼は軽々とその片腕でアチを持ち上げてしまった。

銀色の短い髪がアチの光を浴びてきらきらと光る。

太陽と月の関係。


「ユエ」


漆黒の髪を持つクラと銀の髪を持つユエが並ぶと、それは誰もが嘆息するほどの美を作りだす。

夜空に浮かぶ月。

どちらもあくまで控えめに、相手を立てるがゆえに、その双方の存在がくっきりと浮かび上がる。


「アチ。エラ様からクラをとるんじゃねーぞ」


苦笑いしながらユエがアチをこづく。

自分の嫉妬心が見透かされて、思わずエラの顔が熱くなった。


「まったく、俺という父がありながら」


「とうさまも大好きだよ」


アチがユエの銀の髪にぐりぐりと頬をあてた。

しょーがねーなーと言いながらもユエが嬉しそうに笑う。

アチの赤髪がユエの銀髪を虹色に輝かせる。

その横顔があまりに可愛くて。


可愛い?


「アチといっしょのお色ー!!」


エラを指してアチが叫ぶ。

エラはばっと自分の顔を腕で隠した。

ばつの形にあげた腕の隙間からアチの目がらんらんと輝いているのが見える。


「ぼ、僕は、ただ!」


アチに指差されたことでますます顔が赤くなってしまう。

穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。


「おい、アチあんまり王子様をいじめっと、嫌われるぞ」


「いじめてないもん! アチ、エラさまとおともだちになりたいだけだよ」


エラの顔がさらに赤く染まる。

ユエの肩の上でアチはにっこりと笑った。

ユエの銀の髪を軽くひっぱると、ユエは手馴れたもので、アチを肩から地上に下ろしてやった。


「エラさまにおあいできてうれしいです」


ユエとクラは仲が良いが、エラがアチと面と向かってしゃべるのはこれが初めてだった。

赤い双眸が時折金色にも見える。

クラ以外に初めて綺麗な瞳だと思った。


「アチとおともだちになってくれますか?」


穢れを知らない純金の瞳。

綺麗で少し近寄りがたい。

アチの瞳に見つめられると頷いてしまいそうになるのに、頷いてしまうと壊れてしまうんじゃないかと思わせる。


「おやおや。それじゃあ、2人で少し遊んできてください。僕はユエと少しお話がありますので」


クラに背中を押されて、エラは図らずもアチの前に一歩踏み出した。

すかさずアチがエラの両手をとる。


「ねえ、エラさま、お庭であそびましょう?」


アチの小首をかしげるしぐさにエラはつい頷いてしまった。

ユエが唇の端を少し持ち上げたように笑う。


「アチ、エラ様を困らすんじゃねーぞ」


「だいじょうぶだよー!! ほら、エラさまいこ」


アチが自分の腕を軽く引くとそのまま走り出す。

ちらっと後ろを見ると、クラがひとつ頷いて微笑んでくれた。

それを見て、赤毛を目印にエラも走り出す。



「俺、お前と家族になるんかなー」

「それもまた楽しそうですね」



そんな二人の会話が聞こえないくらい、エラは夢中に走った。

赤毛が左に右に光を撒き散らしながら揺れている。

泉の近くを走り抜ければ水が七色に反射して、

葉っぱの近くを横切れば朝露がきらりと光る。


それはもう息を呑むような光景だった。


綺麗で眩しくて、そして、とても優しかった。


城の裏手に出ると、一面に緑色の絨毯が広がった。

その中に立つアチの赤毛がらんらんと光り輝き、興奮のためか少し浮き上がっている。


一輪の花のように。

緑の絨毯にアチが咲き誇る。


「エラさまー!」


振り返ってアチがエラに手を振る。

あまりにも笑顔がまぶしくて。


追いつくと、アチはエラの手をとった。


「あのね、ここのおくにね、アチのお気に入りの木があるの」


クラとユエがいなくなったからか、アチはすっかり敬語が抜けている。

そんなことには少しも気づかないようで、アチはくいくいとエラの服をひっぱった。


「ね、エラさまにみてもらいたいんだ」


原っぱはまだ小さなアチとエラには大きなものだった。

地平線の先まで緑に埋まっていて、

葉っぱはエラの肩の高さくらいまである。

アチに服を引っ張られながら、エラはその原っぱを横切った。

草の隙間からアチの赤毛が見え隠れする。


アチ特有の目印があるのか、同じようにしか見えない原っぱを右に行ったり左に行ったり、時には立ち止まって前をじっと見つめたりする。


前に進んでるのか後ろに進んでるのかわからなくなったころ、

周りの空気がぱっと変わるのがわかった。


草の匂いが消えて、

代わりに水の気配がする。

そして、なによりも強い存在感。


「エラさま、ここだよ!!」


突然、緑が目の前から途絶えた。








アチの赤毛の先に見えたもの。



「……すごい」



大きな、大きな大木。

根が血脈のように地面に浮き出て、

まるで鼓動でも打ちそうなほどに太い。

四方に伸びた影は目と鼻の先にあり、

生い茂った葉っぱをものともせずに凛と枝を張り巡らせている。

木の後ろには川が流れ、川に足をつっこむように根の一部が川の先に消えている。


「よかったーたどりつけて」


アチは木の傍まで走りよると、アチの3倍ほどはある幹に顔を近づけた。


「また、きたよ。案内してくれてありがとう」


木がアチの言葉に応えるように葉っぱが揺れた。


「アチ、木としゃべれるのか?」


きょとんとした顔でアチがエラを振り向く。

途端にぱーっとアチの顔がほころんだ。


「エラさまがアチの名前よんでくれた!」


アチがきらきらと顔を輝かせながら大木の周りをスキップしだす。


「おい」


アチに向かって歩き出すと、アチは大きく笑い声を上げて走り出した。


「おい、アチってば!」


「エラさまおいかっけこだよ!」


アチが大木から離れて川へと駆け出す。

慌ててアチを追いかけると、アチは川に浮いている石を器用にひょいひょいと渡ってみせた。

負けずに追いかけると、アチが振り返り、

いたずらっこのように笑うと足で思いっきり水をすくってかけてきた。

ぱらぱらとエラの周りに水の切れ端が舞う。

その綺麗さにほうけていると、アチの笑い声が川に反響して、遠くまで響き渡った。


「あ、アチ!! ちょっと待て!」


「待たないよー!」


アチの笑い声につられて、エラも口元で小さく笑った。

追いかけて

水をかけっこして

疲れたら木陰で休んで。


夕陽が落ちてきて帰ろうかってなったときの、

あのアチの燃えるような髪を今でも覚えている。


「アチね。エラさまがお友達になってくれたら、嬉しいな」


はにかむように笑ったアチは夕陽かそれともまた別の理由かで赤く見えた。

ふわりと髪が逆立っていたからやっぱり別の理由なんだろうけど。


「ばか、もう友達だろ」


にやりと笑うと、アチは本当に、本当に泣き出しそうな顔で笑った。


「ありがとう」


帰りは手をつないで二人で一緒に帰った。

水浸しになったエラたちを見て、ユエはアチを軽くこづいてみせたけれど。

クラは、


「よいお友達ができましたね」


そう言って笑ってくれた。

照れて、ぷいと横を向いてしまったけれど、

クラはそんなエラを見てわかったように頭をなでてくれた。



あの頃、自分は子供で、アチにお礼なんて言えなかったけれど、

王の子どもだというだけでみんなが遠巻きにする自分に、正面から笑いかけてくれただけで、

それだけで、本当に嬉しかったんだ。

あまりにも強い力の所為でアチが他の同世代の神の子たちと遊べないというのを知ったのは

それから随分経ってからだった。

強い力の所為で誰かを傷つけてしまわないとは限らない。

そんなアチの少し暗い過去を知るのはまだまだ先のことで。

自分はまだ、本当にほんのりと色づいた自分の心の中身の正体を見極めることに精一杯だった。

そう、これは過去のお話。

幸せな、アチとの出会い。












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