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神様の恋煩い  作者: 和をん
神々の恋の章
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神々の恋の章:神王様の憂鬱4

なんだって、なんだって、なんだって……!!!


ユラは怒っていた。

どうしようもなく怒っていた。

その噂を聞いたのはつい先刻。

それをしゃべった奴の口は当分その噂を紡ぎはしないだろう。


あの、バカが!!!



アチとエラの噂について今まで傍観していたエラが口を出したのはつい数日前のことだという。

その内容はというと、エラとアチが恋人同士というのは事実無根のことで、風の神が勘違いをしたのだろう、というそれ自体は他の神からすれば、そうなんですかーというくらいのもの。

しかし、何しろ浮名を流したのは神の王だ。エラが自分自身の位を笠に着ないのはいいことだが、今回はその王という立場に無頓着なのが災いした。


どこの馬の骨ともわからないやつが、アチがエラ恋しさにデマを流したとのたまわったのだ。


馬の骨以下の扱いにしてやるわ!!!


ともかくもユラはご立腹である。

その噂に対して、本当に恋心のあるアチは否定をしない。

その様子さえもが腹立たしい。


アチちゃんには愛の女神がいるからいいとして。

先ほどあまりにも心配でアチの様子を見に行ったところ、どうやら愛の女神が相当毒を吐いて辺りを牽制しているらしい。


問題は、あの神の王。

あの幼馴染をどうにかするのは自分だと、アチのぼーっとした姿にユラは固く誓った。

赤毛がしゅんと垂れて、まるで雨に濡れた子犬のように心許ない姿を見ればあのバカエラも目が覚めるに違いないと。



王座の前に着いて、ユラは大きく息を吸った。

どれだけ言ったとしても気は晴れないが、まずは大きな声でバカと言ってやろう。

その準備のために吸った息を止めて、ばんっとドアをあけた。


「このっ」


「バカですか!?」


バカっ、と言おうとした声はのどの奥に戻ってしまって、ユラは出鼻をくじかれてしまった。

勢いに水をさされた形になり、ユラはたたらを踏む。

声の主に相当の睨みを効かせながら見やると、それはアチを思い起こさせる赤い髪の少年だった。


「エラ様。エラ様とて姉さんを泣かすことは許しません」


彼のこぶしは握り締めすぎてか血の気がなくなっていた。

興奮のためか少し髪が浮き上がっている。

その髪にユラはその正体を知った。


アチの弟であり、幼いながらに絶大な力を持つ四大神の一人。


メラ。


水の神である自分とは正反対の資質を持つ彼とは周りから、政略的に引き離されてきた。

代々火の神と水の神を引き合わすな、という暗黙の了解があるらしい。

土の神や樹の神とは普通に話すのに、なぜだか火の神とは会ったことがなかった。

ただ、目にも鮮やかな赤の髪の少年である、ということは漏れ聞いていた。


火の神が、アチのおとうと……?


その事実にユラの目が見開かれる。


そんな噂などまるで聞いたことがない。

確かに神の子に兄弟がいることはまれにある。

風の神がいい例だ。

しかし、絶大な力を持つ神を二人も同時に生むには、親の神にもそれ相応の力がいる。

アチが自分の考えるとおり、太陽の子だとしたら。


ユラは自分の考えに体を震わせた。

キラ様のお相手は……。


「……じゃあメラ。聞くが、お前は私をどうしてくれるのだ?」


エラの弱弱しい声にユラははっとした。

どうやら二人は自分に気づいていないらしい。

大気を司るエラとしては珍しいことだ。自分のテリトリーに入ってきたものは必ずエラの気に触れてしまうのに。


それとも、それを口に出すのも億劫になっているか、だな。


そっちの方が可能性としてはあるように思える。

エラがこの場をはずせと言わないなら、とユラは傍観することに決めた。


「っ……。エラ様はそうやっていつも逃げる。僕は前に言ったはずです。あなたを兄と呼べるのを楽しみにしていると」


詰まったメラの声に拗ねるような色がつく。

場違いにも、ユラはそれを可愛いと思ってしまった。

忍び笑いが漏れそうになってしまうのを、すんでのところで食い止める。

メラはユラの気配に気づいていない。それほど目の前のエラしか見えていないのだろう。


「私だってそれを望んでいるよ」


エラがそっと息を吐く。

まるで空気が共鳴するように冷たい気が辺りを包む。

小さい頃、エラは力をうまく使えず今のように周りの気を乱してしまうことが多々あった。

早くして空の王にならざるを得なかったエラにそれを教えたのは、自分の父だ。

薄い衣の上から腕をさする。


今もあの時のように心を乱していると?


心を制御できず、力が周囲に与えてしまう影響は他の神よりも大きい。

いけない、とユラは腕をさすりながらそろりと足を踏み出した。


「来てはいけません」


それをまたしても止めたのは、少年にしては落ち着いたゆったりとした声だった。


「水の姫。どうか、ここは僕に任せてほしいのです」


彼の口から自分のことが出たことにユラはひどく動揺した。

メラはこちらを見もせずにユラのほんの少しの動きに気づいた。

目を見張る力の強さだ。

力の使いようではエラさえをも凌ぐかもしれない。


「エラ様。僕にはなぜあなたがそんなにも姉さんを想いながら遠ざけようとするのか、不思議でならないんです」


エラが物憂げに手に額を乗せた。少しやつれたようにも見える。

エラにしてはだらしないほどに投げ出された両足。


「あなたは姉さんと結ばれることを自分に禁じている。それで悩んでいるんだから僕からしたら贅沢な悩みですよ」


メラの言葉がエラの空気をちくちくと刺す。

エラの気持ちに触れた言葉たちが空気とぶつかって、小さくばちっと音を立てる。

エラもメラを傷つける気はないのだろう。それでも、エラの今までにない拒否の仕方にユラはびくりと体が震える。本当に昔に、あの力に押しつぶされそうになっていたエラに戻ってしまったみたいだ。

しかし、エラは既に力を抑える術を知っている。そうだとするなら、これはメラに対する牽制なのだろう。

これ以上、首をつっこむなという。

それすらに動じないメラはやはり大物かもしれない。


「でも、だからこそ思ったんです」


バチリとメラの横で音が鳴る。


「エラ様は何か、ご自分に外すことの出来ない枷をつけているのではないかと」


バチリ、と音がした瞬間、音とほぼ同時に光が空気を突き抜けた。小さい雷みたいだ。

その光がメラの肌を掠めると、彼は少しだけ足を後ろに下げた。

それでも一生懸命に踏ん張って、エラから顔を逸らそうとしない。


「何がエラ様を捕らえているんですか? 僕はその枷を取りたい。その枷を壊したいんです」


空気が膨張するのがわかった。

風船が大きくなるように、ぴんと空気の膜が張り詰めていく。

気づけばユラは走り出していた。


走りながら、ピアスの石を引きちぎる。

大きな水色のそれを宙に投げ、両手で円を描いた。


ゆっくりと膨らむ膜をメラは感じながら、それでもそこから動かなかった。

メラの前に踊りだしたときに、メラの澄んだ金の瞳が少し見開かれるのが見えた。


ああ、きれいだ。


そう思った。そして、その瞳の清さにアチを思い出した。

兄弟なのも納得できる。


ばんっ、と衝撃がユラの体を吹き飛ばす。

石を使った最強の結界でもエラの攻撃を全部は防げない。

しかし、考えていた背中の衝撃はどんなに目を瞑ってもやってこなかった。


恐る恐る目を開けると、自分の体に腕が巻きついているのが見えた。

頬をくすぐる髪の固さも感じた。

ふうっと息が耳を掠めて、思わずぶわっと体が熱くなる。


うそ。


懐かしいその感じにユラは眩暈を覚える。

そんなバカな。

今はそんな時ではない。

ユラはエラに目を向けた。

エラははっきりとわかるほど顔をゆがめて、王座の椅子を立ち上がっていた。


「この、バカぢから……」


少し弱った声で、それでも笑ってみせる。

傷ついたのは自分とメラだが、それよりも深い傷を負うのがエラ自身であることをユラは良く知っていた。


「すまない。ユラ、メラ。私を止めてくれて」


ありがとう、という声が小さく空気を伝わってこちらまで届いた。


「私は、私は怖いんだ。アチを、失ってしまうことが」


エラは昔力を暴走させてしまった時の様に、手で顔を覆った。

何も見えない、何も聞こえない。

そうすることでしか、自分を保てなかったあの頃。


「ほんっっと、バカね」


バカにしたような音をわざと声に含ませる。

今は、もうあの頃のエラではないじゃないか。


「何か手からこぼれたものがあった? 何も手にしていないのに?」


はっとしたように、エラが顔から手を離す。

抱きかかえてくれているメラさえもが息を潜めた。


「そうゆうのは、本当に失くしてからやんなさい。あんたは考えすぎなのよ」


ユラはメラの腕をゆっくりと叩く。

それを理解したのか、メラの腕からふっと力が抜けた。

その場にゆっくりと立ち上がる。


「さあ、ちゃっちゃとあんたのその固い頭ん中にあるやつを吐き出してよね」


ユラの勝気な瞳に、エラはやっと小さく微笑んだ。




今宵城の門の張り紙が交換された。

剥がされたその紙には、

―騒動きたり。噂に翻弄される神々にご注意―。

そして、新しい張り紙には、

―神の城の空気に異常あり!! 防寒対策、突然の訪雷にご注意あれ―。



まだまだ、波乱は始まったばかり。




神王様の憂鬱はこれで一応区切りをつけます。

これで第1章が終わった感じです。

次回からはアチとエラの過去が明らかになってくるはずです!!

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