神々の恋の章:風の神様のラブレター
今回ちょっとシリアスと感じる方もいらっしゃるかもしれません(>_<)。。。
ドアを開けると、一斉に視線が突き刺さった。
全部で6つ。いや、エラのも含めると8つになる。
「し、失礼致します。エラ様、お呼びではなかったですか?」
6つの瞳はアチのことを上から下まで、それこそソフトクリームを嘗め回すようなしつこさで眺め回している。
アチは必死にポーカーフェイスを装ってエラに話しかけた。
「あ、アチ。こっちにおいで」
にこっと笑ったエラに、いつもだったらふらふらと寄るところだが、今日は違う。
アチはごくりとのどを鳴らして、彼らのことを見た。
天候の神4兄妹。クモ、ライ、セツ。
そのうちの兄たち3人が全員揃っている。
顔がまったく同じなので、見分けがつかないため誰がどれかはわからない。
「いえ、私はここで。用件だけ伺えれば大丈夫です」
そんなとこにいけません。
声には出さずにエラに笑顔で返した。
6つの瞳の所有者たちが示し合わせたかのごとく一斉にエラに向きなおった。
「エラ様、この方が?」
「ええ、そうですよ」
「フウよりもいいのかよ」
「こうゆうのは、順番があるじゃないですか」
「もう?」
「もちろんです」
アチにはよくわからない会話が4人の中で繰り広げられる。
言葉の丁寧なのがクモ、乱暴なのがライでセツは言葉数が極端に少ない。
彼らは容姿こそそっくりなものの、中身がてんでばらばらな兄弟だ。
「「「ふう〜ん」」」
3人が3人ともアチをちらりと見て鼻で笑った。
ぴきっと額に青筋が入ったのはご愛嬌だろう。
それでもなんとか頬に力を込めて、笑顔を保った。
あんまりいじめると後悔させっぞ。
「こらこら。アチを怒らせないほうがいいですよ」
アチの心を読んだかのようなタイミングでエラが3人をたしなめる。
「ふん。こんなやつに何ができるもんか」
ピキッ。
ライの言葉に青筋がもう一本増える。
「まあまあ、エラ様のご趣味は疑うけれどもああ言ってることだし」
「フウのが、かわいい」
ピキピキッ。
アチの赤毛が徐々に逆立っていく。
青筋を額に浮かべたその様はまるで修羅のようだ。
「ほ、ほらほら君たち、そろそろフウが寂しがっているんじゃないですか」
エラは3人の視線を自分に向けさせると、必殺技を繰り出した。
「早く行ってあげないと。お兄ちゃんでしょう?」
猫にまたたび、草木に水。心に愛情、天候神の3兄たちにはフウを、というのは常識だ。
「あ、もうお迎えの時間だよ!」
「フウが待ってるぜ!」
「早く、行こ」
3人の兄たちはエラに形ばかりの礼をすると、足早に出て行った。
目に入れても痛くないほどの、むしろ目に入れたいくらいの可愛い妹のもとへと。
3人が王座の部屋から出て行くと、エラはふうーっと長いため息をついた。
珍しく王座にもたれかかって、額に手を当てている。
「つかれましたね」
「何なんですか、あれは」
まだ、腹の虫が収まらないアチはそれでもエラに怒りの矛先を向けるつもりはない。
赤毛が半分ほど浮いた状態で、ドアの方向ににらみを利かせている。
「やー。天候の3兄弟って言ったら、もう重度のシスコンですからね」
シスコン。シスターコンプレックス。
姉やら妹やらを溺愛する種族のこと。
そんなこといったら、アチだってブラコンだ。
弟であるメラはエラの次に多く会いたい人物だもの。
だからシスコンが悪いだなんて思わない。
奴らの性根が腐っている。
「嫌な思いをさせてすみませんでした」
エラが眉間にしわを寄せる。本当に申し訳なさそうに言うエラにどきっと胸が高鳴った。
「い、いえ。私は何も。それよりも、エラ様が言われたのが、嫌で」
何を話していたのかは、わからない。でも、エラをけなすことを言っていたのはわかった。
アチはこぶしを固めると、ひとつ大きな決意をした。
今度会ったら、絶対泣かせる。
エラはアチのその様子を見て口元を引きつらせた。
「ほどほどにですよ。アチ」
「大丈夫です。やるときは城の外でやります」
エラは頭を抱え込んだ。
アチが暴れてしまえば、エラでもやっと手に負えるほどだ。
しかも人界への影響が未知数で、そんな怖いことはしてほしくない。
特に、この頭と心に大変重荷な用件を抱えている今は。
「あ、あのアチにお願いがあるのですが」
エラは額に当てた手の隙間からちらっとアチを見る。
目が合ってアチの胸がひとつ、はねた。
「何、ですか?」
エラからのお願いとは珍しい。
「頼まれてくれますか?」
「何なりとお申し付けくださいませ」
片手を胸の前で折って、頭を下げた。臣下礼だ。
エラは、アチにそんなことをしてほしいわけではないのだが、もらえた言葉に自分の身分を始めていいものだと思った。
アチにわからないようにぐっとこぶしを握る。
「ちょっとでいいんですけど……私の恋人役になってくれませんか?」
「はいはい、恋人……」
ぼんっ
アチの静まりかかっていた赤髪は一気に炎のように燃え上がった。
否、逆立った。
エラの口元も自然と浮き上がる。
「いえ、嫌でしたらいいのですけれど……」
少し切なげな顔をしてみせる。笑ってしまう口元は手でさりげなく隠した。
「そ、そんな! 嫌だなんて、ことないです。ただ」
子犬のような目をしてアチの言葉を待つ。
「私などがそんな大役、いいのでしょうか?」
俯きながら小さな声で言うアチに、エラは優しく微笑んだ。
しおしおとうなだれる赤毛を撫でたくて仕方がない。
「ぜひ、アチにお願いしたいんですよ」
っていうか、もういっちゃったし。
とは、賢い神の王は口には出さなかった。
「アチにお願いできれば、万事うまくいくので」
「わかりました。お引き受けいたします。私で本当にうまくいくのでしたら」
「よし!」
エラは今度こそおおっぴらにこぶしを握ってしまった。
「はい?」
「あ、いえ。大丈夫です、ってことです。アチには私の隣に立って話を合わせていただければ大丈夫ですので。心配しないでください」
そんな簡単なことをなぜ自分に頼むのだろうか、とも思ったが、言わないでおいた。
かりそめでも、エラと恋人同士になれるのだ。
身を投げ打ってでも、その権利は守り抜く。
恋する乙女は強し、だ。
「今はまだ大丈夫なんですけれど、ちょっとこれから来ることを予測すると、一緒にいた方が都合がいいんですよね。……アチ、しばらくここにいてもらえますか?」
エラの言葉にはてなと残しながらもアチは頷いた。
これから来るとは、何のことだろう?
よぎった疑問も、エラが手招きしたことでロウソクの火を消すようになくなった。
おいでおいでをするエラの笑顔にくらくらする。
「ここに、座っててください。何かおしゃべりでもしていましょう?」
王座の横にある椅子をアチに勧める。
「そ、そんな。私はここで十分です」
エラは自分だけが座っているのをよしとしないので、前にもその椅子に座ったことはある。
そのときはエラとの間が人一人分ほど空いていた。
しかし、今はその椅子は王座から手を伸ばせば届く位置に置かれている。
座ったら膝頭がごっつんこしそうだ。
「アチ。僕を恋人を立たせておくような男にさせるのですか?」
アチはぐっと言葉につまった。
誰かが自分の行動でよく思われないのは、すごく悲しい。
自分が思われるならまだしも、だ。
しかもそれが想い人であるなら、尚更だ。
「……わかりました」
アチはゆっくりとその椅子に近づく。
アチは他の女神たちと違って、ドレスのようなきらびやかな服で自分をまとったりしないため、裾を引きずる心配はない。
アチの格好はどちらかというと男の子のような格好をしていた。
白い布を足元まで上げて、胸を覆うそれを金の金具で留めている。
装飾品もその金具と腰につけたベルト代わりの飾りのみだ。
けれど、その清らかさが逆に彼女の赤毛をいっそう引き立てている。
アチがゆっくりと椅子に腰掛けると、足を斜めに流した。
エラと足がぶつかることはなかったが、それでも触れそうなほど近くにいる。
「ふふ。なんだか、不思議な感じですね」
「そうですね」
顔の筋肉が強張って動かない。
あまりにも心臓の音が煩すぎて、エラの言葉を聞き取るのがやっとだ。
聴覚は機能を低下させ、嗅覚や視覚、触覚がエラ、というその人へと向かってしまっている。
甘い香りが鼻をくすぐって、今にも倒れてしまいそうだ。
男の人なのに。
すごく甘い香り。
美しすぎる彼を花と間違えてしまう蝶がいるのではないかと思うほどだ。
「リラックスしてください。気楽にやってくれていいんですよ。ただの恋人のフリだけなんですから」
エラの微笑が憎らしい。
アチはいっぱいいっぱいの自分が情けなくて仕方なかった。
自分ただ一人で盛り上がって恥ずかしがって。
馬鹿みたいだ。
自嘲気味に笑っていると、どどどどどどーっと音が聞こえたきた。
「来たようですね。アチ」
エラはにっこりと笑うと、アチの手を取った。
「え?」
ぐっとひっぱられると同時にいつの間にか座っていたの革張りの椅子ではなく。
「ちょ、エラさま!!」
「エラさま!!!」
声が重なった。
王座のドアがばんっと開かれ、小さな可愛らしい女の子がどんぐりが転がるように入ってきた。
目をランランと輝かせ、体中で笑顔を作っている。
「え……」
その女の子は、エラを前にして固まった。
正確には、ひざの上にアチを乗せているエラを見て。
「おや、フウ。どうしました?」
エラの手はアチの赤毛をゆっくりとなでる。
その手の優しさとは反対に、アチが身じろぎもできないほどの強い力でアチを抱えていた。
「……エラ、さま?」
「ん?」
大きく目を見開くフウに、止めとばかりにエラはアチの首筋に顔を埋めた。
「ちょっと、今は遊んであげられないんです。ごめんね」
謝罪の言葉は拒絶の言葉だった。
普段のエラとは思えないほどの強い語調に、フウはきびすを返すと、来たときのように転がり出ていった。
「エラ様の浮気ものー!!あんぽんたんー!!」
最後に叫んだ言葉は子供ながらの女の意地か強さか。
ばたん、とドアが閉じる音が鳴ったのと同時に、アチはエラのひざから飛び降りた。
「え、え、え、え、え、ららら、エラ、さ、さ、さま」
「壊れてますよ」
苦笑いを返したエラに、アチはやっと叫んだ。
「エラ様ーーーーーーーーーーー!!!!!」
はい、と渡されたシンブンには何度も書かれている記事があった。
「かまいたち。通行人を襲う?」
読み上げたアチにエラはそう、と頷いた。
「フウがね。私に手紙をくれるんですけれど」
アチはシンブンから顔を上げた。
「何度も何度も何度も、書き直して書き直して、厳選して。そうして、やっと渡してくれるんです。 その手紙。破棄のものは破って捨てるらしいんですけれど」
「それが、かまいたちの原因なのですか?」
アチの言葉にエラはやり切れなさそうに、けれど微笑んだ。
「裂いた紙の音は人界まで届いて、人を傷つけてしまっていたようです。純真な想いが、なぜそうなってしまうのでしょうね」
アチは出て行くときのフウの顔を思い出した。
白銀の瞳にうっすらと溜まっていた涙。
叫んでいった言葉に傷は浅いと信じたいが。
あの姿が、もしかしたら自分だったかもしれないと思うと、やりきれない。
「しかし、あそこまでしなくとも」
いくらフウに諦めさせようと言ったって、あんな見せ付けるようなことしなくともよかったのではないか、そう思わずにはいられない。
自分の想い人が違う人を想っている。それを知ったらどうなるだろう。
苦しくてどうしようもなくて燻った想いを消せなくて、きっと泣いてしまうだろう。
けれど、枕を想い人に見立てて泣くのは悲しすぎる。
「フウの場合は兄たちがまた次の騒動を起こしかねませんでしたから。彼ら全員の動きが人界に影響したら、下はめちゃくちゃです。フウを止めるしか3人を止める方法もない。少々手荒なふり方でしたのは認めますけれど、応えられない想いに優しくしてあげることの方が残酷だと思いませんか?」
今は椅子に座っているアチは下を向きながら、こぶしをぎゅっと握った。
「わかりません。エラ様のお考えはわかりますが、私はエラ様がわからないです」
もし、私だったら……
その考えが消えない。
私がもしエラ様を想っていることを知ってしまったら、エラ様はこうして今度は私ではない人を連れてきて、恋人のフリをするのだろうか。
私にもう笑いかけてはくれなくなるのだろうか。
エラは苦く苦く笑った。
「そうですか」
アチのうな垂れる頭に手を伸ばすことはできなかった。
今宵も神の城の門から張り紙が剥がされた。
――風の神様、ご乱筆中!! 突風およびかまいたちに注意されたし!
ただの、恋人のフリ。
今回のことは、アチの心の隅のほうにちくりとささった。
さされた本人も気づかないほど、すみっこに小さくなって、これからも残ることになる。
嵐の予感を残して。