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神様の恋煩い  作者: 和をん
神々の恋の章
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神々の恋の章:火の神様の恋占い

「ちょっと最近火事が多いようですね」


最高位のものだけが座ることのできる王座。


エラはその豪勢な椅子に座り、肘掛に頬杖をつきながら人間界のシンブンなるものを読んでいる。


「は、はあ」


エラから発せられた言葉に、アチは戸惑いつつも相槌を返した。


朝から呼び出されたものの、なぜ自分がここにいるのかいまいちわからない。


来たときにはエラは朝の日課であるシンブンを読んでいて、アチが来てからもそれは変わらない。


勧められた王座近くの椅子の上にちょこんと座っているだけだ。


火事、とは確かものが自分の意思とは別に燃えてしまうこと。


建物の中で火を使ってものを燃やすくせに、勝手に燃え出すと火を悪者扱いするのだから、人間たちは勝手だ。


都合のいいように火を利用しているように思えて仕方ない。


「昨日で5件も大きな火事があったようですよ」


「そうですか」


むすっとしたアチの声にエラは顔をあげた。


「何を怒っているのですか?」


首をかしげてアチを見る。


そんな様さえ優雅でアチはどぎまぎせずにはいられない。


「お、怒ってなどいません。た、ただ、火を悪く言うのはやめてください」


下を向きつつ答えるアチはエラが笑っていることに気づかない。


自分の真っ赤な髪の毛が逆立っていることにも。


「そうですね。すみませんでした」


微笑みながら紡がれるエラの言葉にアチは顔を上げた。


「いえ、エラ様を責めているのでは……。あ、頭を上げてください」


エラに頭を下げさせるなど言語道断だ。


エラは、あたふたしているアチの言葉に微笑み返す。


「いえ、それでもあなたの気分を害したのにはかわりありませんよ」


「そ、そんなこと」


エラの言葉で自分が気分を害するなどということは、決して起こらない。


そう伝えたかったけれど、アチは言葉を切ってうつむいてしまった。


「メラでしたか。あなたの弟君は」


「はい」


火の神、メラ。アチの実の弟だ。


まだ100年と生きていない子供だが、4大神に選ばれているだけの力は十分に持っている。


「……妬けますね」


ぼそっと言われたエラの言葉はアチには届かなかった。


「え? なんですか?」


「いいですね。と言ったんですよ。弟思いのお姉さんがいて、メラが羨ましいです」


「あ、いえ、」


エラの笑顔にいつもと違った迫力を感じて、ぎこちなく笑い返す。


不自然に途切れたアチの言葉に気づかないような素振りで、再びエラはシンブンに目を落とした。


沈黙が落ちる。


帰ってもいい、ということなのだろうか。


一瞬その考えが頭をかすめたが、自分から想い人のもとを離れるのは難しい。


エラは真剣な眼差しでシンブンに目を通している。


邪魔かなー。


ふと、その考えが頭をよぎった。


自分がいることでエラの邪魔をしているのではないか。


その考えが頭の隅をつついた。


離れたくないが、嫌われることはもっとしたくない。


ごくっ、と生唾を飲み込むと、アチは恐る恐る口を開く。


「エラ様。御用はお済ですか?」


エラがシンブンから顔を上げる。


「ん? どうかしましたか?」


「いえ。あの、弟の様子でも見に行こうかと」


苦し紛れの言い分に、エラは目を細めた。


一瞬エラの瞳に走ったものを見て、ぞくりとする。


怒らせた?


アチの杞憂とは裏腹に、エラは微笑み返すと穏やかに言った。


「わかりました。そうですね。エラが何か悩んでないか見てきてもらえますか? 何かあったらここへ来てください」


エラの言葉にこくっと頷き返すと、エラは再びシンブンに目を落とした。


目すらもう合わせてもらえず、アチは赤髪をうなだれさせつつ、とぼとぼと王室から出て行った。


アチの姿が見えなくなると、エラはシンブンから少し顔を上げ、ぼそっと呟いた。


「ちょっと、いじめすぎましたかね」


エラの手元のシンブンは1ページもめくられていなかった。




「メラー」


弟の部屋へ行ってみると、そこにはすごく異様な光景が広がっていた。


「すき、きらい、すき、きらい、すき、」


部屋は一面花びらで埋まっていた。


白やら黄色やらの花びらの絨毯の真ん中で、一枚の花びらを残したコスモスを手にしている。


それが、メラだ。


「きらい」


花びらを茎からちぎると、茎とともに放り投げた。


「はあー」


溜息をついて、ごろりと花びらの絨毯に寝転ぶ。


「メ、メラ。何をしてるんだ?」


扉からメラに声をかけると、メラは寝転んだまま顔を向けた。


「あ、姉さん。ごめん、気づかなかったよ」


よいしょ、と体を起こすと、メラは服についた花びらを払い落とす。


パチンと指を鳴らすと、花びらが一斉に燃え出した。


一瞬にして灰になると、窓から灰が飛び立っていく。


床は焦げひとつついていない。


いつもながら惚れ惚れするほどの鮮やかさだ。


「どうしたの?」


トコトコと駆け寄ってくる様は愛くるしい。


アチと同じく真っ赤な髪の毛にはところどころに寝癖がついている。


ぴょんぴょんとはねた髪の毛が駆け寄ってくるたびに揺れるのを見ると、アチは微笑まずにはいられない。


「ん、ちょっと、様子を見にきたんだ。最近どうだ? 元気かい?」


くしゃくしゃと頭をなでてやると、メラはにこっと笑った。


「うん。元気だよ。姉さんこそ、この間はアラビュー姉さんが大変だったんだってね」


「ああ。あれか」


思い出してもげんなりする。アラビューの恋煩いは溜息が多すぎだ。


「でも、アラビュー姉さんはミトゥ兄さんと両思いだもんね」


いいなあ、と呟くメラはどこか寂しげだ。


「ところで、メラは何をしていたんだ?」


頭にのせていた手を退け、顔を覗き見る。


「ふふ。恋占い、やってたの」


「ふうん」


恋占いね。ん?


「……こ、恋!!?」


メラは驚くアチの様子にくすくすと笑う。


「人間界でよくあるやつなんだって。花びらを一枚一枚ちぎりながら、すき、きらいって順々に唱えてくの。で、最後の一枚で唱えた言葉が相手の気持ちなんだって」


や、てっかそれって2分の一の確率で好きになるんじゃ……


「僕もやってみたけど。全然だめ。全部きらいなの」


って、全部かい!!!


そして、アチは思い出した。


メラってば、くじ運だけは最悪なんだった!!!


「なんで、姉さん頭抱えてるの?」


不思議そうに見やるメラに、アチは、なんでもないよ、と笑って見せた。


うーん。でも、問題かも。


「メラ。最近恋占いたくさんやってるのかい?」


「うん。すきってなるまでやらないと、僕会いにいけないもん」


や、それは無理だ。断じて無理だ。


ババ抜きでジョーカーを抜かないことがないくらいのメラには無理だ。


「そ、そうなの?」


ひきつった笑いを返すと、メラは寂しそうに笑って言った。


「だって、何か自信になるものがないと。……怖いんだもの」


アチは、何も返せなかった。


好きな人には嫌われたくない。嫌われない存在でありたい。


でも、そんな保障どこにある?


いつだって、想う人と会うのは嬉しい。でも、それ以上に怖い。


お願い。嫌わないで。


何度祈るように心の中で呟いただろう。


くしゃり、と頭をもう一度なでてやると、アチはなるだけやさしい声で言った。


「誰なんだい? メラの想い人は?」


メラは恥ずかしそうにもじもじしながらも、小さな小さな声で愛しき君の名前を紡いだ。


「……サザ様」


って、相性最悪やん!!


サザは海の神だ。


火の神であるメラにとっては、確かに難しいお相手かもしれない。


それに、彼女は確か夫のある身。


夫。……不倫!!?


弟よ!! 不倫はだめだあー!!!


アチはすごい形相でメラの肩をつかんだ。


ばっと逆立った赤毛が、しかし、しおしおとうな垂れた。


だって、何が言える?


夫がいるからだめとか。


300歳も年上はやめなさいとか。


相性がよくないとか。


ぜんぶ、ぜんぶメラには関係ないことじゃないか。


メラの気持ちをそんなもので否定できる?


答えは否だった。


メラの、小さな体をぎゅっと抱きしめて、背中をさするくらいしか。


自分にできることはなかった。





王室に入ると、エラはまだシンブンを読んでいた。


「スポーツ新聞なんですよ」


そう言われたが、よくわからない。


雄たけびを上げている姿の男がでかでかと紙の上にいた。


鉄の棒とか丸いボールで相手を攻撃しているようにしか見えないのに、みんな最後は笑っている。


不思議だ。


メラの話を一通り話終えると、エラは難しい顔をした。


「もしかしたら、その灰が原因かもしれませんね」


「そうですが、私にはメラにやめろとは言えませんでした」


弟の小さな恋心を人間界のせいでつぶしたくはない。


「わかりました。ちょっとメラを呼んできてもらえませんか?」


「で、ですが!」


滅多にエラに口答えなどしないアチだが、このときばかりはエラの命令を素直に聞き入れられなかった。


そんなアチにエラは、大丈夫です、と微笑んでみせる。


「私に考えがあるんです。悪いようにはしません。任せてくれませんか?」


そこまで言われると、アチも反論できなくなった。


エラが大丈夫、と言って嘘だった試しはない。


「……わかりました。エラを、お願いします」


アチはしぶしぶと、しかしきっちりと頭を下げて言った。





エラを連れて行くと、アチは席を外すように言われた。


アチについてよくエラと会っていたメラは、久々に神の王に会えるというのでご機嫌だった。


心配そうな顔をするアチに、メラが大丈夫だよ、と笑って答えるので、すごすごと退散せざるを得なかった。


ましてや、男と男のお話なんだ、とメラに言われてしまっては、返す言葉もない。


ぷらぷらと書蔵室に行くと、なにとはなしに手に取った本をぺらぺらとはめくっては閉じ、閉まってはまた別の本を出して、を繰り返していた。


暮れも近くなったころ、やっとエラのお呼びがかかる。


急いで行った王室には既にメラの姿はなく、一厘の花を手で遊ばせているエラだけがいた。


「エラ様! メラは……」


勢い込んで聞くアチに苦笑しつつも、エラはアチにそばの椅子を促した。


もはや、アチの椅子と化しているそれに座ろうともしないアチに、エラはますます苦笑を濃くした。


「大丈夫ですよ。今頃、エラはサザのもとでしょう」


「へ?」


意外な言葉に間抜けな声が出た。


てっきりお咎めされるとばかり思っていたのに。


「サザと連絡を取りましてね。可愛い火の神とお茶でもしてくれないかい、って頼んだら、快く承諾してくれましたよ。彼女は子供が大好きですからね」


そんなこと思いつきもしなかった。


黙っているアチにエラは続ける。


「恋占いもいいけど、花を持っていったらきっとサザはすごく喜ぶよ、って言ってあげたんですよ。そうしたら、堂々とサザに会いにいけるじゃないかって。メラは利口ですからね。すぐに花をいっぱいかき集めて、すっ飛んで行きましたよ」


エラの手元で赤のガーベラがくるくると回る。


「あ、あの、サラ様はなんと?」


サザの夫、砂の神サラ。


おっとりしている彼が怒るとは思えないが、不快な気分にさせていないだろうか、と心配になる。


メラにも傷ついてはほしくないが、好き合っている二人の絆を壊すようなまねもしたくはないのだ。


「サラも一緒にお茶を飲んでますよ」


「え?」


一緒に?


その不安が顔に出たのだろう。エラはアチに諭すように言った。


「大丈夫です。サザは非常に頭のよい方ですからね。きっと、三人で仲良くお茶を飲んでいることでしょう」


なおも心配そうに顔をゆがめるアチを見て、エラは王座から立ち上がった。


「!? どうされました?」


驚きの顔に変化するアチの表情に微笑みながら、ゆっくりと彼女のもとへ近づく。


手が触れられそうなほど近くにたどり着くと、エラはうやうやしく頭を下げて花を差し出した。


「私と一緒にお茶を飲んでくださいませんか?」


「え!!?」


ちろっと上目遣いにアチをみやると案の定顔は真っ赤で赤毛は炎のように逆立っていた。


「ふふ。メラと同じことをしてみたくなりました」


子供のように笑うエラの初めての表情に、ますますアチの顔に血がのぼる。


アチの髪の毛にガーベラをさす。


「まるで貴方みたいな花ですね」


ぼんっとガーベラの花びらまで逆立つのを見て、エラは嬉しそうに笑った。







「メラ。僕にも花を一厘くれないかい?」


腕いっぱいに花を抱えたメラにエラが言うと、メラはにっこりと笑った。


「もちろんです。好きなのを抜き取ってください」


エラはその色とりどりの花の中から一番に真っ赤な花を抜きとる。


「ふふ。姉さんと一緒の色ですね」


手に取った花をくるくると回して、エラは苦笑した。


「メラにはすぐにわかるのに、どうして本人はあんなににぶいのだろうね?」


「姉さんの鈍感さはなかなか手強いと思いますよ」


弟から言われるほどとなると、相当なものだろう。


「兄さんと呼べる日を楽しみにしています」


ちゃめっけたっぷりにウインクしてみせるメラに、エラは天を仰いだ。


「気長にがんばるよ」


弟君にそう言ってもらえるだけよかったのだろう、と思い込ませつつ、エラはメラを見送った。


アチを呼び出すと、エラは王座近くにある椅子をいつもより王座側に寄せる。


そんな小さな努力。


いつかそれが実を結べばいいと願って。









その夜。城の門に張ってあった張り紙ははがされた。


そこにはこう書いてあった。


――火の神様、恋占い中!! 灰と火の元には十分ご注意されたし。


神様の恋の熱はまだまだひきません。








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