表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の恋煩い  作者: 和をん
水と火の秘恋の章
14/16

水と火の秘恋の章:初めての出会い

手から炎が出る。

この炎であの人をずっと、ずっと守っていたかった。



彼女が生まれたとき、神の城はそれはもう大変な喜びようだったらしい。

水の神の誕生はもうずっと前のことで、人間界の水の日照り方は

目に余るほどのものだったという。


青の光が空をつらぬき、水滴一粒さえもが煌めいた。


今でも語り継がれる彼女の誕生の瞬間だ。

彼女の後に生まれてきた俺はその美しい光景を見ることができなかったが、

彼女のその美しさを見るだけでそれがどれほどのものだったか想像できる気がする。


周囲の祝福を受けて生まれた彼女はその美しさと力の強さで、

神の城での地位をあっという間にものにした。

神王に継ぐ神の城の有力者。

俺が彼女に初めて会ったのは、彼女がまだ200歳にも満たない時だった。



「ねえ、しんおーさまってどんなかた?」


母である土の神の衣を追いかけながら、俺は好奇心からついつい

口を開いてしまう。

とたとたとその姿を追いかけるものの、いつもとは違う

豪奢な服が足にからまってうまく走れない。


「ねえ、ねえ、かあさま」


「あんたにはどうでもいいことよ」


土の神はぴたりと立ち止まると

俺を高い場所から見下ろす。


「いいこと。よけいなことは一切しゃべらないで。かあさま、とか虫酸が走るわ」


土の神の辛辣な言葉が俺を叩く。

俺は母を見上げた。

ただ今日はまだ手をあげられていない、というそのことだけで、

俺はその人に今度こそ頭をなでてもらえるんじゃないか、

そう期待していたのだ。


「あんたが生まれてきてから、あたしたちがどれほど大変だったか。あんたわかってるの!?」


土の神の怒声が廊下に響く。


「神王様からお話がなければ今すぐにでも部屋にぶちこんでやるのに」


俺の肩がぶるりと震えた。

母の言う「部屋」は怖い。

ずっと鎖に繋がれて、外も見えなくて、

いつも一人で。


俺は自分がでしゃばったことを知った。


土の神の声に周りがさざめく。

俺はあまり外に出ないから土の神以外のことをよく知らない。

でも、よく思われていないことだけは肌で感じる。


睨めるような視線とひそひそ声。

何かとてつもなく嫌なものを見たという気配。

服を着ているのに、まるで丸裸にされて灼熱の地獄に葬られたかのように、それは容赦なくこの身を焼き、

五感から吹き出る血を滴らせながら歩いていた。


「まあ、あれが」

「あの噂の」

「不吉な」

「邪悪な火の」

「同じ神とは」

「悪魔でしょ」



俺は、不吉で邪悪で悪魔で、


「なんであんたなんかが」


生まれてはいけなかった者。







初めて見る神王は温かい空気をした神だった。


「神王様、火の神を連れて参りました」


「ご苦労であった。そなたは少し席を外してくれぬか」


土の神にならって跪いていた俺は神王の神を盗み見た。

白いひげにふさふさの眉は神王の顔の半分以上を占めていて、

とても偉そうな人には見えなかった。

けれど、圧倒的なその存在感でその玉座にいた。


「ですが、息子はまだ若輩の身。無礼があってはなりませぬ故」


「小さくても立派な神じゃろ。それに、わしはそれくらいでは怒らんぞ?」


穏やかな物言いであるはずなのに、空気が一瞬ぴりっと痺れた。

思わずぶるりと肩がすくむ。


「いえ。失言失礼致しました」


土の神は軽く唇を噛むと俺を睨んで玉座を後にした。

茶色の長い髪が俺の視界から消えると、ほっと息を吐く。


「おぬしには母の姿さえも辛いか」


神王様の言葉にはっと姿勢を整えた。

思わず土の神を目で追っていたところを見られてしまったのは失敗だった。


「いえ、しつれいいたしました」


子どもらしく無礼をわびておく。

すっと神王様の瞳が細められた気がした。


「おぬしに会わせたい者がおってな。それで今日は呼んだのじゃ」


気のせいか、と思うほどおっとりと神王様は口を開く。


「あわせたい、ひと」


自分が誰かと会う、というのがよくわからなかった。

いつもどこでも疎まれた存在に、誰が会いたいと思うのだろうか。


「そうじゃ。ここへ来なさい」


その神王様の一声で、大きな玉座の後ろから小さな女の子がそっと姿を表した。

まばゆいほどの青の残像。


「水の神、シュラじゃ」


「お初にお目にかかる。火の神」


話だけには聞いていた。

いつもいつもいつも、俺が疎まれてきたのは、だってこいつの所為だから。


「はじめ、まして」


声が掠れた。

こんなチャンスは二度とないと思った。


「水の神様」


力が暴走する。

声が俺の頭を支配する。


モヤセ。

ー不吉な。水の神を仇なす者

モヤセ。

ーきっと不幸を呼ぶに違いない

オレガオレデアルタメ二


目の前が赤くなるー



「ー!」


ぱあん、と大きな音が王の間に響く。

視界がぐらりと揺らいだかと思うと、誰かの手が俺の肩をつかんだ。


逆立っていた髪の毛がゆっくりと降りてくる頃には、

自分の目の前で青い瞳が揺れているのがわかった。



「ーよかった。けがはないか?」


「な、んで」


俺は燃やそうとしたのに。

あんたがいなくなったっていい、とそう思ったのに。


髪をなでられた。


「きれいな、良い色だな」


どくん、と心臓がひとつ鳴ったのがわかった。

不吉な色。そうとしか言われなかった、この色を。


こいつが、キレイだと、そう言うのか。


「やめろ。触るな」


手を振り払うと、少し残念そうに水の神が微笑む。

ずきりと胸が痛いような気がするのは気のせいだ。


「ほっほっほ。女性には優しくするもんじゃよ」


神王様が愉快そうに笑う。

その声さえもがいらついて仕方ない。


こんな茶番、うんざりだ。


「水の神との対面が叶いましたので、私は下がってもよろしいでしょうか?」


「おぬしなぜバカなふりをしておるのじゃ」


神王様の指摘にぐっと言葉に詰まる。

このままここから立ち去れば、それで終わりだというものを。


「おぬしの力はおぬしだけのもの。他にとやかく言われようとも顔をあげていればよい」



そうだろう。正論だ。

けれど、残酷な正論だ。

陽も見えない場所で

時間もわからない流れの中で

いつ終わるともわからない永遠の罵倒の中心で

同じことが言えるのか。

顔を上げていろと言えるのか。


「失礼致します」


慇懃に礼を作ると、俺は彼らを振り返らずにその場を後にした。

水の神の心配するような視線がうざったい。


俺に構わないでほしかった。

このままそっとしておいてほしかった。

同情なんていらない。


ーでも


片手で顔を覆う。

濡れる。手が。


そんな視線を投げてくれる人は、

自分の髪をためらわずに触ってくれる人は、

キレイだとほめてくれる人は、

あんたが、初めてだったんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ