水と火の秘恋の章:秘密の逢瀬
清い水が体を滑らかに伝って行く。
顔、腕、背中、足。
すべてを包むその透明の膜はその人のためだけに
生まれてきたようにさえ感じられる。
ゆっくりと顔を上げたその人は
大木の佇む禊の川からその白いからだを引き上げ、
濡れたその身のまま薄青の衣で目映いばかりの肌を包むと、木陰に目をやった。
「カユ。いいぞ」
凛とした声が大木の葉をも揺らすと、
幹の後ろから髪と同じくらい赤い顔をした少年が顔をのぞかせた。
「おっまえな〜。いくら俺だからって、いきなり水浴びするヤツがあるかあ!?」
少年の声に水が同調し、ゆらゆらと水面を揺らした。
彼女は声も立てずに笑う。
真っ赤な顔のまま、すごまれたって怖くも何ともない。
「だってこんなに気持ちのいい天気なんだ。もったいないだろ?」
美しき髪の彼女は存外にも男らしい口をきく。
「だ〜か〜ら! 俺男、お前女。わかんだろ、時と場所と身近にいるやつのことをよおく考えろよ!」
わしゃわしゃと頭をかき回す少年にどうしようもなく口がほころぶ。
今年ほとんど同じになった身長は、恐らく来年には彼の方が高くなってしまうだろう。
だから、いまのうちに。
そう自分自身に呟いて、彼女は彼の両手をとって、一緒に頭を引き寄せた。
ふんわりと甘く透き通った香りが少年の鼻孔をくすぐる。
気づけば、彼女のまだ豊かとは言えないながらも将来を想い描かせるに十分なほどの胸に頬を押し当てていた。
「ちょ、おま、って、おい!」
動揺する少年の髪の毛は静電気に引き寄せられたようにわさわさと逆立ちだす。
その柔らかい赤毛が頬をくすぐるのが何とも心地よい。
彼女は緩く笑うとゆっくりと少年を抱きしめる腕に力を込めた。
「いいだろう。こうすると私が落ち着くんだ」
彼女の少し細くなった声に少年の抵抗が止む。
風が2人の背中をなでていく。
時は流れる。
川を騒がす風のように密やかに。
川面に浮かぶ葉のように穏やかに。
その場にたゆたうこの時間がどれほど至福だったかを
少年はいつか悔やむことになるとは知らず。
「カユ」
銀に見紛うごとき青の髪がゆるやかに彼女を包み込む。
彼女の声が少年を包むのと同じように、優しさに嬉しさに愛情に満ちあふれていた。
「なんだよ」
「もういじけるな。どうせ、私とお前の仲じゃないか」
ふふ、と笑うと川の水が揺らめいた。
魚が楽しそうにジャンプする。
「っのなあ! 俺だっていろいろ困るわけ! わかる? 俺いろいろ我慢してんだっての!」
「さあ?」
「さ、さあぁ!?」
当たり前のように紡がれる疑問の言葉に少年の頭ががっくりとさがる。
と同時に彼女のささやかな胸に顔を押し付ける形となって咄嗟に顔を上げた。
そんな彼の初さを彼女は目を細めて愛でる。
少年は思い切りよくけれどどこかわざとらしく溜息をついてみせた。
「ああ、もういいよ、いいですよ。お前のやりたいようにどうぞ」
そう言ってゆるりと笑う。
彼が最も大人のように見える表情で。
全てを彼女の我がままさえも受け入れてくれるその苦笑で。
「ありがとう、カユ」
そんな彼が、愛しくて。
「大好きだ」
ぎゅっと抱きしめていたくて。
離したくなくて。
けれど、どうしたって結ばれてはならないのだと、
気づいているのはこの時彼女だけだったのだ。