運命の誘いの章:語られる真実2
神の国の100年は人間界と同じ100年ですが、寿命がすごく長いと考えて頂ければいいかと思います。なので感覚としては100年は10年くらいです。
「アチがまだ50歳にも満たない時です」
エラの厳かな声がユラの結果の中で反響する。
「その頃神の国をおさめていたのは、私の父、闇の神でした」
「クラ様、ね」
ユラが遠い日を思い出すように瞳を宙に向けた。
いつでも穏やかな瞳をユラに向けていてくれた神の国の王。
そして、その横には優しげに微笑むノエ様の姿。
「エラ様のお父上? そんなことがあるのですか?」
メラが疑問を持つのも不思議ではない。
普通神王が2世代続けてなることはない、と言われている。
巨大な力を持った神が等しく大きな力を持った神を生むことはあるが、
その時にはさらに大きな力を持った神が誕生するのがならわしとなっていた。
「時々、あるのですよ。不慮の災いで神王が王座にいられなくなり、そのとき最も大きな力を持つ神はその子どもしかいないときが」
ユラは足下に目を落とした。
エラが王座を継いだ日のことは今でも覚えている。
神王の不在は、噴水の水を涸らす。
その噴水の水を溢れ返らせた者がこの国の王として認められた者。
エラがかざした手はレンガの見える噴水の器に、清い水をつくりだした。
ー僕が今日から、神の国の王になるよ。
虹色に輝く空を見て、エラは寂しげに笑ったのを。
「そう、あの日だったわ。あの方たちがいなくなったのは」
その声にエラはゆっくりと頷いてみせる。
「そう。あの方たちはその災いのために姿を消しました。私の父クラと母であるノエ、そしてあなたのお父上とお母上であるユエ様とキラ様です」
「・・・父様と母様? そんな、だってお二人は輪廻の環をくぐられたって」
エラがメラの頭をゆっくりとなでた。
神が輪廻の環をくぐること。
それは神の死を意味している。
そこで彼らは神の輪廻に再び加わるか人間界の輪廻に加わるかが決定され、新たな時をきざんでいく。
「いいえ。あの方たちはまだ輪廻に加わってはいません」
「じゃあ!」
ユラが声をあげる。
エラは自分自身にも言い聞かすように、声を紡いだ。
「ええ。まだ、今は生きておられます」
その言葉にメラの瞳が揺れた。
結界が小刻みに振動する。
「そ、んな。だって、じゃあなんで姉さんは、あんなに寂しそうなんだ? なんで、父様と母様は姉さんを抱きしめに来てくれないの?」
両手で顔を覆うメラを思わず抱きしめたのはユラだった。
少し背伸びをして覆った顔ごと抱きしめる。
どんなに大人びてみせてもまだ160歳だ。
年相応の彼の本来の言葉遣いを聞いて、ユラはメラがいつも背伸びをしていたことにやっと気がついた。
メラの体を甘い匂いが包みこむ。
「きっと抱きしめたいでしょうね。アチも、そしてメラ、君のことも」
ーいつも、見守ってるぞ
ーメラ、アチごめんね。あなたたちの成長をこの目で見たかった
メラが生まれたその瞬間に姿を消さざるを得なかった2人はほんの一瞬も抱きしめられなかった。
そして、メラはなぜ父と母がいないのかもわからずに暴走する力に耐え続け、
アチは無力な自分を責め続けた。
ひとつの家族が狂わされたのは、彼らのせいではないのに。
「4人の神はとても仲がよかった。やがて闇と星の夫婦には空の子が生まれ、月と光の夫婦には太陽の子が生まれました」
「ちょっと待って。太陽の子がアチちゃん、でしょ? なんで私会ったことないの?」
クラやユエとは何度も会っている。
けれど、ユラがアチの顔をちゃんと見たのは、この前のエラの恋人騒動の時が初めてのはず。
ー本当に?
ユエとクラを思い出す。豪快に笑う月の神と穏やかに微笑む闇の神。
そこには、仏頂面をしたエラがいて。
そう、今のように能面みたいな顔ではなくて、昔はもっと表情があった。
そのエラの表情をひきだすのは、あの子。
そう、あの。
「あれ?」
記憶に霧を吹きかけたように、そこだけうまく思い出せない。
けれど、確実にいた。
エラがいつも感情を出すのは、あの子がいるときだけ。
それが少しくやしくて、でもユラもその子が大好きだった。
「え、思い出せない、けど、もしかして、会ってるの?」
メラを抱きしめていた腕が外れて、ユラが片手で顔を抑える。
腕をたらしていただけのメラの体はユラの甘い匂いから離れて、こんな時なのに少しだけ寂しく感じる自分が女々しい。
「少しずつ、ほつれているようですね」
「え?」
ユラが手を離して顔をあげる。エラは頭を抱えていた。
もう時間がないとは思っていたけれど、これほどとは。
「アチが太陽の子である記憶は、私以外誰にも残っていません。アチ自身も知らないことです。」
「太陽の子である記憶はない、って、じゃあアチちゃんが太陽の神だってのを隠してたんじゃなくて、アチちゃんが太陽の神なのを忘れているってことなの!?」
ユラがアチを太陽の神であるか、と聞いたのに深い意味はなかった。
ただなんとなく、ただ者ではない、じゃあ太陽の神だ、くらいのものだったのだ。
ユラ自身、本当に肯定されるとは考えていなかった。
誰が何の神であるかを全て把握しているわけではない。
しかし、よくよく考えてみれば、今回のこの騒動も今更という感じが否めなかった。
エラという目立つ神の前にいるにも関わらず、アチの存在はモヤがかかったように薄い。
そんな神もたくさんいるから気にしたことはなかったが。
「ユラ、あなたが太陽の神、という言葉を出してきたときは心底驚きましたよ。これは、シュラ様のお導きなのかと思いました」
「シュラ様って?」
「僕、聞いたことがありますよ。以前の水の姫は火を憎んでいた、と」
「憎んでいる?」
それはかなり物騒な話だ。
神同士が強い負の感情をぶつけ合うと、地上に影響が多大な影響がでかねない。
だからこそ、神王となる神が城の外に影響が出ないように、絶えず目を配っているのだ。
「いいえ。違うのです。水の姫神は、シュラ様は、火を憎んでなどおられなかった。むしろ愛していたからこそ」
エラが視線を落とす。
水の神が火の神を愛していた?
水の姫が火を憎んでから、火と水が伴うと災いが起きる。
そう聞かされて、ずっと会えなかった。
「シュラ様、ってもしかして私の前の水の神のことなの?」
「そうです。稀代の力を持つ姫としてしられていました。水の姫の誕生は3000年以来だったんです」
神が自分の前の神を知ることは少ない。
神が輪廻に加わり、また新たな神魂が神をかたどるのは1000年おきとも言われている。
3000年はさすがに空席期間が長過ぎるものの、最高空席期間は確か6700年。また、すべての神が揃ったのは神の国が作られたときだけと古代の神伝書には記されている。
神の動揺を恐れてか、昔の神の話を伝える者は少なく、彼らは神伝書のみでその姿を知る。
「シュラ様が輪廻の環をくぐられて、すぐにあなたが生まれました」
「100年もおかずに?」
「そうです。それだけ、彼の姫君が環をくぐられるのが早すぎたのです。輪廻の守り神はまだ水の神が必要だと考えられたのでしょう」
ユラは目をつむった。
どれだけ探してもなかった。自分の前の神の存在。
輪廻の環をくぐるのが早かったというのは、不慮の何かかまたは自分で環をくぐったか、だ。
「何か、ありそうね」
語られなかった真実。
そこにすべてが。
エラはユラとメラを交互に見る。
「水の神が久しくご誕生したのと同じ時期に火の神も誕生しました。これは母なる神が歴史を刻み始めて以来のことでした」
強い力、しかも相反する力を持つ者が同じ時期に生まれることは普通ない。
力が生まれると同時に、地上も神の城さえも影響されるからだ。
水と火。
求められるが故に四大神になるほどまで高まった力。
「そして、それは災いと囁かれ、それがすべての元凶となったのです」
昔々の語り継がれなかったそれは、火と水が愛し合った物語。