運命の誘いの章:語られる真実1
ーすべてをお話しします
そう、エラが言ってからだいぶ時間が過ぎた。
丸い水の膜の中で、自分たちの息づかいだけが聞こえる。
ちょっとでも乱そうものなら一瞬にして霧散してしまうような張りつめた空気に
メラは知らず知らずのうちに息をのんだ。
ここで、この空気を壊してしまうとしたら、最も幼い自分自身だと思う。
そう、わかっているからこそ、メラはいつだって背伸びをしていた。
できる限りのつま先立ちで、幼さが弱みにならないように。
けれど。
「エラ。いいから、しぶってないで早く言いなさいよ!
もう、今もアチちゃんが泣いてるかと思うと...。
アチちゃんに謝れとは言ったけど、
泣かせなんて一言も言ってないんだから!」
この青く透き通るような髪を持つ美しい神は、この空気さえ厭わない。
まるで、子供のように我を通すそれは、けれど、ちゃんと相手のことを考えて言葉を発せられていて。
「わかっている」
ぎゅっと手を握りしめるエラにさらにユラは畳み掛ける。
「あんたがためらうのは、相当な理由があるんだろうけどさ、
でも、あんたが後生大事に持ってたところで、なーんにもなんないんだからね!
それこそ、アチちゃんを笑顔にすることすらできないのよ?」
相手をののしるようでいて、エラの性格をちゃんと汲み取っている。
アチを大事にするエラだからこそ、エラに話してほしい。
そして、ユラがだだをこねて話させたことにすれば、エラの罪悪感も減る。
メラはその図式にただただ感嘆するばかりだ。
子供であることが仇になるとずっと思ってきたが、子供であることを武器にもできるのだと。
この図式に自分も乗るしかない。
メラは覚悟を決めると、ユラに便乗する。
「そうです。この1週間姉さんのちゃんとした笑顔を僕は見ていません。
このまま、もし姉さんの笑顔が消えてしまったら、僕も自分自身を制御できるかどうか」
若干の脅しを加えた発言に、エラがとうとうはあと息をついた。
「わかっている。もちろん話します。ただ、どこから話せばいいか」
「そんなもん、最初っからに決まってるでしょう?」
ユラの言葉にメラも同調して頷く。
ためらっているのは、アチとそしてきっと自分のため。
メラはそれがわかったから、エラに告げる。
「何を聞いても僕は大丈夫です」
意志を自分の瞳に込めて。
「それに暴走したら、水の姫が止めてくれますしね」
ユラに笑いかけると、ユラはそっぽを向きながらも、あたりまえでしょ、と呟いた。
水の姫の笑顔がこちらを向かないことに、メラはほんの少し残念に思った。
ー残念?
その自分の心に少し違和感を感じる。
ーなんで、残念なんだろう?
「わかりました。最初から。アチの生まれたところからお話しましょう」
エラの言葉に考えを頭から追い払う。
今は自分の気持ちにかまけてるときではない。
「お二人ともご存知かもしれませんが、神の子が誕生するとき、太陽の像が何の神であるかを示します」
中央の間にある太陽の像。
神の子が生まれたとき、太陽の像から光が溢れ、子のいる部屋一直線に光の筋が伸びる。
その光の色や質などでその神が何の神かがわかるのだ。
「アチが生まれたとき、私は神として10歳ほどの子供でしたがそのときの光景は今でも覚えています。アチの部屋に向かった光の筋はそれは綺麗なまばゆい白金の光でした」
「白金て、じゃあ、やっぱり」
ユラの言葉にエラは頷いてみせる。
金や銀の光沢を持つ子供は強い力を持つ傾向にある。しかも白は最上級の色。
「アチは太陽の神でした」
太陽の神は神の中でもっとも強い力を持つと言われている。
「姉さんが、太陽の神」
メラの声がユラの結界をふるわす。
そのことにユラは瞳を開いた。
ーなんて、強い力。
メラが俯いているため、その顔は見られていない。
しかし、ユラの動揺が結界にさらなる揺らぎを生む。
「ユラ。大丈夫だ。アチは太陽の神、そして、メラは本来火の神ではない」
「え?」
「ど、どういうことですか!?」
2人の火と水の神の声が重なる。
グワン、と結界が瞬いた。
グラッと揺れた体を己の重心でそれぞれが支える。
ガタガタと鳴る結界。
「結界が」
「なに、こんなの初めて」
やがて揺れが収まると、3人はほっと息を吐いた。
「本来、であって、メラは今は火の神です。だから、ユラと、水と共鳴し合ったんですよ」
「共鳴・・・」
強固な結界作りの名神として知られていたユラには、最大級の結界がこんなにも内側からの影響に揺らされることは初めてだった。
「少し順番が変わりますが、お話しましょう。水と火は相反する力として近づけないようにされていました。しかし、本当はそれは全くの真実ではないんです」
「・・・どういうこと?」
メラとユラの瞳がエラにぶつかる。
「水と火は確かに互いに異なる方向に向けば力が反発し合いますが、同じ方向に向いた力は増幅され、私をも凌ぐ力になるんです」
「僕と水の神の力が?」
「でも! 水と火の神を会わせてはいけない、という四大神の掟は!? 増幅されるなら別に構わないじゃない」
そう、2人はその掟のせいでこれまで会ったことがなかったのだ。
決して交わることのない力。
それらの反発を恐れたが故の掟。
「その理由が、メラが火の神であることと関係があるんです」
「あー! まどろっこしい!! いいから全部、ちゃんと、順序よく話して!!」
ユラはその美しい顔に似合わず、豊かな青の髪をぐしゃぐしゃとかき回すと、ユラを怒鳴りつける。
「メラ、ここからはあなたにとって苦痛になるかもしれません。けれど、決して自分を責めないでください。自分を閉じ込めないでください。あなたは昔も今も、そしてこれからもアチの弟です。いいですね?」
メラはエラの言葉にゆっくりと頷いた。
それを見て、メラの瞳を見て、エラはひとつ頷くと、今度はユラを見た。
「ユラ、いいですか、もしメラが暴走したら防げるのはあなたしかいません。今一度結界の強化を」
エラの今までにない真剣な声に、ユラはのどを鳴らした。
ゆっくりと後ろを向いて、青く透き通った結界に両手をつけるとゆっくりと額を当てた。
「ちょっと辛いかもしれないけど、もう少しだけ強く私たちを守ってくれる?」
そのユラの声に応じて、結界の色がぐっと青くなった。
まるで水に包まれているような感覚。
ユラは額を離すと、子どもあやすように結界をなでた。
「ありがと」
その優しげな瞳にメラはドキリとする。
母なる神のような存在に見えた。
あまりにも優しげで、そして慈しみにあふれた姿。
今まで会えなかった時を思うと悔しくすらある。
「いいわ。エラ、話してくれる?」
エラは一つ息を吸った。
ー母さん、父さん、キラ様、ユエ様。お話しますね。あなたたちと私の約束の話を。
「すべての始まりは、メラが生まれる数年前に起こりました」