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神様の恋煩い  作者: 和をん
運命の誘いの章
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運命の誘いの章:知られざる歯車2

きつくきつく眼を閉じて。

大丈夫。

まだ、大丈夫。


「火の神の姉でしょ?」

「ああ、本人には何の力もないっていうあの子ね」

「エラ様の気をひきたいからって、ほんと身の程知らずよね」

「力もないくせに神王様の周りをうろちょろするなんて」

「赤い髪色が同じだなんてほんと嫌だね」


耳を塞いでも聞こえてくる。

突き刺すような視線を感じる。

何か黒い何かが自分の胸の中を渦巻きだしているのがわかる。

アチは無意識に胸を右手で抑えた。


-だめ。


何かはわからないけれど、動き出そうとするそれを止めないといけない。

胸を黒いものが這いまわるのがわかる。

アチの頭がチリっと痛んだ。


神の城は中央の間にある太陽の像を中心として、八つの方向に通路がのびている。

それぞれ方角のつけられた棟があり、東西南北には神々の部屋が割り振られていた。

アチの部屋がある西の離れには、エラのいる北の棟から中央の間を通らなければならない。

中央の間は歓談の間。

神々の他愛もないおしゃべりの中、聞こえる嘲笑の間を縫うように、

アチは下を向きながら自分の部屋へと急いでいた。


「ちょっと」


視界に映る華奢な靴。

ゆっくりと顔を上げると、腕を組んだエメラルド色の髪の短い女神が立っていた。


「あんたがエラ様の気をひきたいがために根も葉もない噂を流したって?」


嘲るような笑みとともにその女神は有無を言わさぬような口調で問う。

アチに答えを求めるのではないそれは詰問でしかない。


「あんたごときが?」


ぐっと唇を噛みしめる。

それこそ根も葉もない言いがかりだが、ここで事を荒立てればエラに迷惑がかかる。

アチは沈黙を守り通すしかなかった。


「ふん。やることが大胆なくせに、だんまりかい。自分の立ち位置が悪くなると逃げるなんて、相当な根性無しだね」


かっと顔に血がのぼるのがわかった。

相手を見た途端に、頭がまた波打つように痛んだ。

思わず額を抑える。


-聞いちゃだめ。耳を傾けちゃだめ。

-まだ、まだ解放するときじゃない。


解放?

何を?

誰の、声?


「いい気になってもらうと困るんだよね。火の神の姉だからってさ、エラ様の気を煩わそうだなんて、身の程知らずもいいとこだよ。二度とこんな気にならないように、私があんたの根性たたき直してやるよ」


女神がアチの腕に手をかける。

かっと双眸が開かれるのがわかった。

胸の中に渦巻いていたそれがアチの中で暴れまわる。


「だめ!」

「あっつ」


叫んだと同時に静電気のような炎のようなものが女神の手をはじく。

黒いものがまだアチの中にいることにほっと安堵する。


「なんだい。あんた……何の神だい?」


確か目の前の神は何の力もない、名すら聞いたことのない神のはず。

彼女を呼ぶときは「火の神の姉」。

ただそれだけの存在だったはず。

その神が、自分の手をはじいた?

女神は手をさすりながらアチを注意深く見る。


赤毛の毛はふわりと浮きあがり、

華奢な体を包む白の布は質素な作りだった。

そして、その双眸は。


「なっ!?」


先ほどまでただの黄色でしかなかった瞳は今では黄金ともいえる色に輝いていた。

吸い込まれそうなほどに強い色。

眩くて、眼が焼かれる。それなのに、その瞳は眼を逸らすことを許してくれない。

いけない。そう思った時、


「アチ!!」


その声に、目の前の火の神の姉の瞳の力がゆっくりと和らいだ。

瞬間、アチの体がその場に崩れ落ちそうになる。


「……愛の女神」


それを支えたのは金髪の鮮やかな愛を司る神だった。


「木の神。あなた、アチに何をしたの?」


返答次第では許さない、と瞳が語っていた。


「アチ、というのか。その娘は」


放心したように呟いた自分を愛の神がいぶかしげに見やる。


「その娘。何者だ?」


愛の女神の肩に手をかけた赤毛の娘は、ゆっくりと顔をあげた。

もはや瞳はもとの黄色に戻っている。


「私は……」

「アチはアチよ。他の何者でもないわ」


赤毛の娘の答えを遮って、愛の女神が答えた。


「私からしたら、あなた方の方が何様、って思うけどね」


「なっ、無礼な!」


思わず荒げた声に愛の女神の瞳がすっとそばめられる。


「無礼? 噂でしかない話を確かめもせずにののしったり、陰でこそこそ嘲笑したりする方がよっぽど無礼じゃない」


愛の女神が周りをぐるりと見渡すと、他の神々がさっと顔を伏せた。


「まあ、いいけどね。ただ、ひとつ、愛を司どる神として言わせてもらえば」


にっこりと愛の女神がほほ笑む。


「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られちゃいな!!」


「は?」


唖然とする木の神をはじめとする面々に勝ち誇ったようにふん、と鼻を鳴らすと、

愛の女神、アラビューはアチの手をとった。


「アチ。行こう」


優しくやんわりと労わるようなアラビューの紫色の瞳に、アチの胸がふっと軽くなった。

「私の部屋に行こう。そこならゆっくりできるでしょう?」


アチの部屋に数時間もおかずに誰かしらの神が訪問しているのをアラビューは心得ているようだった。

そして、その訪問が決して楽しいものではないことも。


「ありがとう」


アチの腕をひぱっていくアラビューの手を見ながら、アチは泣きそうなのを気取られないように、

小さな声でアラビューにお礼を言う。


「なーに言ってるのよ。私に気兼ねする必要なんてないでしょう。それに」


アラビューは振り返ると、いたずらが成功したみたいな顔で笑った。


「あの言葉、一回使ってみたかったのよね」


その楽しそうな顔に、思わずさっきの言葉を思い出して、アチもつられて笑ってしまった。


「馬にけられちゃえ、って。何かと思ったけど」


「この間人間界覗いてたら、そう叫んでる女の子がいてねー。もうほれぼれしちゃうくらいの啖呵っぷりなの。これはぜひとも私も叫んでみたい、って思ってたのよね」


「馬なんていないのに」


くすくすと笑うアチにアラビューが澄ました顔で答える。


「ミトゥに連れてきてもらうからいいの」


「困った恋人を持つと大変だね」


自分の言葉にアチの顔が暗くなる。

敏感に察したアラビューは「で、でもさ」と声をあげた。


「アチが笑ってくれてよかった」


アラビューの言葉にアチが虚をつかれたような顔をする。

そして、ゆっくりとその言葉を噛みしめるように頷くと、アチは花が綻ぶように笑った。

それこそ、周りの空気がぱあっと暖かくなるような頬笑み。


「ありがとう、アラ」


「どういたしまして」


愛の女神の自分ですら、惹き込まれそうなその笑みにアラビューは

水の姫の言葉を思い出す。


-アチは、太陽の神ではなくて?


もし、アチが太陽の神なら、そのとき自分は。


アラビューはひとつ首を振った。

関係ない。

アチがアチなら、関係ない。



今宵城の門に新たな張り紙が張り出された。

―眠れる神にご注意! 黒い渦を刺激するなかれ―



誰かが誰かを想う気持ちが絡まり合って、

ゆっくりと歯車が回り始める。








 

最近前のお話を読み返してみたら、アチの性格が全然違う。。

精進します。

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