第十一話 宇宙で粉末ウィスキーとフルーツチューブ
よろしくお願いします。
目の前に広がるのは吸い込まれそうなほどの闇。遠くには俺が巨大なアメジストの買い付けに行こうとした惑星が存在する思われる棒状銀河の姿が見える。俺は今、外宇宙を彷徨っているのだ。一体どうしてこうなってしまったのか……。
第十一話 フルーツチューブと粉末ウィスキー
-5分前-
六畳一間、これが俺に割り当てられた部屋だ。これが畳なら嬉しいのだが、リノリウムである。間に合わせのマットレスに申し訳程度の机と椅子。そしてでかでかとドアに貼られた禁煙のポスター。軍艦ってわけじゃない、というか海の上に浮いてすらいない。
俺が今乗っている船は輸送船グリーンデイ。何故か今から300年は前のオールドロックのデータが山程積み込まれたこいつは全長800m幅60mの超巨大コンテナ船だ。俺の母世界にある巨大オイルタンカーよか馬鹿みたいにデカい。
何が悲しくて遊覧飛行でえっちらおっちら3日もかけて銀河を移動しなけりゃならないのか。ポータル港が開くポータル展開場所の基準は割りと意味不明で、オーストラリア並の大陸に1つしか開いていないこともあれば日本の四国程度の島に20個展開されていることすらある。しかも文化レベルは同程度で俺達異世界業の需要も同程度。
これがファンタジー世界の話ならいいのだが、SF並に技術レベルが進化した世界になるとどこそこの銀河に開くポータルが1つしか無いだなんて馬鹿げたことも割りと珍しくない。その世界でワープ航法が確立してるからとはいえ、3日も六畳一間の変化がない部屋に閉じ込められる人間の身にもなっていただきたいものである。馬車がメインの世界でえっちらおっちら揺られるのは風情があっていいものだが、とにかく代わり映えしないこの旅行は本当に嫌いだ。
これが客船ならまだ暇を潰せる施設があるものなのだが、俺が今から行く惑星は輸送船しか行かないような鉱業惑星。直接行って、カップラーメンのカップ並にはでかくて濃紺色のアメジストを買わねばならぬのだ。こいつを原石で手に入れて、ポータル港の宝石加工職人に持ち込んで俺が献上品として送る予定の世界の技術に合わせてカットしてもらうのだ。
「帰りも……これかぁ。」
大抵の世界は生きはめんどい帰りは5分となるものだが、この手の内燃機関を利用する以上に発展した世界だと書類が増える増える……。偽造パスポートに偽造申請書類、今の俺は警察に叩かれれば埃がボトリと落ちてくるんだ。この手の宝石を産出する世界じゃ使い捨ては勿体無い。
「五分後にワープアウト、繰り返す。五分後にワープアウト。」
部屋の備え付けられたスピーカーから流れる船内アナウンス。これも聞き飽きたものである。ワープホールから一旦外れ、ワープ装置を休ませるのだ。始めはなんたるガタピシ輸送船なのだろうと思ったものだが、暇だから調べていたら何の事はない。この世界ではワープ技術が確立されてから150年程度なのでまだまだ安定しておらず、適度に装置を冷やし、燃料を補給しないとバラバラに分解されて宇宙空間に放り出されてしまうらしい。
「慣れたもんですよ。」
部屋に固定された椅子に座ってシートベルト。本当に慣れたものだ。3時間に一回はワープホールから外れるのだから本当にもうね。寝る時もベルトで固定しないといけないから眠りづらくて仕方が無い。
「ワープアウト30秒前……。10、9、8、7。」
俺は客席に備え付けられたモニターのボタンを操作する。この船に乗り込んで2日半、次のワープアウトで目的地の銀河が見えてくると船員から話を聞いていたので、どうせだし外から見てやろうと思ったのだ。
「3、2、1。ワープアウト」
電車が停車駅から発車する程度の振動が俺を襲い、真っ暗だったモニターには白や黄色に明滅する銀河の姿。それはまで渦のようでちょっぴり未来の世界も楽しいものだと思わせるもの。
そして、3隻の船が見えた。
「他のワープアウトしてきた船かー。」
俺はカチャカチャとシートベルトを外しながらそう呟き、モニターを映画チャンネルにでも変えようとかと思ったが、その3隻の船が光った。
文字通り光速で接近した光は船外モニター5m先でバリアと衝突し消滅した。
「海賊船だ!!手隙の奴は白兵戦に備えろ!!寝てる奴を起こせ!!」
かいぞ……今、なんて言った?モニターに映された映像は3隻の船から何かが射出された様子を映す。ミサイル、いや宇宙だから魚雷?いや、いやいや。一体自分は何をぼやぼやしているんだ。
室内のランプが赤く明滅する。そして耳障りなアラート音。戦闘が始まったんだ。
「海賊。チクショウ!」
俺はもうモニターを見ていなかった。椅子からはじき出されるように飛び出し、急いで自分の荷物にしがみつく。持ってきたのは旅行用のキャリーバッグとブリーフケース。最悪捨てるのはキャリーバッグ。重要なものは全てブリーフケースに入っている。
部屋全体が揺れるほどの轟音がした。被弾ではない、モニターにはこちらから発射されたと思われる魚雷の姿がチラリと見えた。そして閃光。
「どれだ、どれを展開する。」
ブリーフケースから取り出したのはミニマジックスクロールが何十枚と挟み込まれた手帳に見せかけた魔道書と、緊急用生命維持フィールド展開装置。
「バリアフィールドは爆風を防ぐ、維持フィールドは宇宙に放り出されてからでも遅くない。装置のスイッチだけ入れておこう。」
古代技術と未来技術を手にした俺にもう一度爆音が響く。そして足元がふわりと浮き上がる感覚。重力装置が破壊されたことを示す重要な感覚。あの魚雷か何かが輸送船に着弾したのだ。
「泥の魚、緑の猫、青く広がる石のへそ!!俺を守れ!」
スーツ姿でキャリーバッグとブリーフケースを抱え込んだ俺の周囲を緑の薄い膜が球体状に広がった。防御魔法が発動したのだ。その直後爆炎が俺の周囲に広がった。
地獄の釜の蓋が開いたかのように俺は宇宙空間へと放り出された。魔法障壁が展開されているためダメージは無いが、時間的余裕は秒単位。
「生命維持ノ危機的状況ヲ確認、フィールドヲ展開シマス。」
真空中に放り出されたにも関わらず強引に割り込んできた電子音と共に、いくつかの箱を取り込みつつ、風船をふくらませるかのようにビニールのような球体が俺を中心に構築された。
大気圧の差で俺はそのまま宇宙空間へと放り出された。ブリーフケース・キャリーバッグ共に無事。俺自身には怪我もなく無重力のまま生命維持フィールドの中をふよふよと浮いている。
正面──ぐるぐる回っていたのでどっちが正面やら──では俺が乗ってきた輸送船のグリーンデイが人や物を様々な方向に吹き飛ばしながら爆沈していた。
一方後方……海賊船と思わしき3隻はグリーンデイの攻撃を受けて同じく爆散しているらしく、船の形を残していない。
「宇宙でも爆発って起きるんだなぁ……。」
俺はシャボン玉のような中でふよふよと浮いていた。生命維持装置は無重力状態を感知し、技術的には一体どうやったのか不明だが俺の体をふよふよと固定した。輸送船から飛んできた箱を椅子にして座っている状態だ。
目の前に広がるのは吸い込まれそうなほどの闇。遠くには俺が巨大なアメジストの買い付けに行こうとした惑星が存在する思われる棒状銀河の姿が見える。俺は今、外宇宙を彷徨っているのだ。一体どうしてこうなってしまったのか……。
真正面に固定された生命維持装置のモニターには、[酸素生成可能時間は残り48時間、自殺しますか?]と至れり尽くせりなご提案つき。
「自殺って、なぁ。そんな機能ついてたのか。それを作動させるとどうなるんだ?」
「睡眠ガスヲ放出シ眠ラセタ後ニ毒ガスヲ放出シマス」
「そりゃ便利。絶対作動させるなよ。」
いくつかの船の破片が生命維持フィールドに衝突しているが、古風な大砲の直撃すら跳ね返す魔法の障壁が尽く跳ね返している。今のところは問題無いだろう、俺の手帳には膨大な魔力を供給する賢者の石の飾り付きボールペンがしまってあるので魔力切れを心配する必要は無い。
目下の問題は、どうやって帰るかである。いや、帰ることは可能だ。懐からPDAを取り出し、ポータルゲート呼び出しアプリを起動する。
[帰還ゲート:どれにしますか]
[緊急用:2秒で展開:8,000クレジット]
[お急ぎ用:15分で展開:40クレジット]
[普段用:1時間後に展開:1クレジット]
「さて。俺はどう転んでもこの世界で死んだ扱いになるから新しいパスポートを手に入れる必要がある。アメジストはどう考えてもこの世界で手に入れるのが一番良い。……ゲートの支払いは全部まとめて月末でローンも可。」
無酸素の暗黒空間を漂う今の状態は10人に聞けば10人が緊急事態だと言う状態だろう。
だが、8000クレジットは痛い。日本円にすると大体24万円ぐらいする。超痛い。命の危機ならしょうがないが、今はそれほど切迫していない。じゃあ、1万2,000円のお急ぎ便か?それもなぁ、と思うとやはり普段使っている300円の便にしようかと思うが、目の前で爆散し続けているスクラップと暗黒空間を見るとそれもどうかと思う。
「あのスクラップ4つ、持ち帰ったらゲート代の足しにならんかな……。いやしかし機械部品は捌くのが難しいな……。」
友人のカテキンなんかはああいったスクラップをポストアポカリプスの世界に持って行って売ったりしているが、やっぱりスクラップはスクラップであまり利益にはならないという。そもそも輸送船を保管する場所なんて持ってないが。
「ま、いいか。普段用の帰還ゲートを作動させてくれ。」
問題が起きたらキャンセルして緊急用を開けばいいだけだ。俺はふぅと息を吐いた。竜等のモンスターに襲われたり、強盗に襲われたり、肉食の牛に襲われたりしてきたものだが乗っている船が爆沈というパターンはさすがに初めてだ。そういや水竜に襲われて船が沈没したこともあったな、あの時はイルカに助けられたが、さすがに宇宙イルカは存在しないだろう。
「さぁて、1時間か。何をして暇を潰すかな。幸い光源はいくつかあるし本でも読むか……。」
ふと、自分が椅子にしている箱が気になった。
「木箱……だよな。これ、3つあるが中身は何だ?」
1つ目、水のラベルが貼ってある。宇宙でも水は貴重だ。氷で作られた小惑星でも見つけない限り水の補給などおっつかない。
2つ目、酒のラベル。
3つ目、食事。うんざりだ。
「飯には少々早いが、小腹も減ってるし悪くないか。」
俺はだれともなしに呟き、木箱を開けていった。
・フルーツチューブ -1$-
4種類のフルーツをペースト状にした後、保存料に香料などといったものをふんだんに練り込み、その後歯磨き用のチューブみたいなものに詰め込んだ宇宙食。悲しいかな、この世界は銀河を股にかけるほど技術レベルは高いがこっちの技術があまり発展しなかったらしい。
・生クリームバー -1$-
この世界にある有名な農業惑星が盛んに輸出している栄養豊富脂肪分たっぷりバー。いくつかの軍隊でも軍用糧食として採用されており、長さ15cm、直径2cmの長方形のブロックは持ち運びやすさと食べやすさと値段にのみ優れていると評判が悪い。そして、これはマシなほうであるというのが泣けてくる。
・粉末ウィスキー -船内に1杯1$の自動販売機があった-
液体の酒を乾燥させ粉末にして携行性を高めた物。味のほうはお察しだが安くて量が多いため、酔っぱらいが粉だけ舐めて急性アルコール中毒になる事件が多発している。今回のは無重力用に専用のストロー付きビニール袋に入った物。
・水のボトル -2$-
典型的な宇宙用の500ml水ボトル。蓋は二重になっており、ペットボトル風の蓋を開けるとストロー付き蓋が現れる仕組みだ。無重力でも水が洩れないように作られているらしい。
「いただきます。」
まず俺は粉末ウィスキーの袋をしげしげと眺めた。潰れた三角形のビニールパックにストローが付いている。まずはこの三角形の頂点にある注ぎ口を開き、ストロー付きの水のボトルのストローから水を注ぎ込んだ。粉もそんなに多いわけではないため水の量は本当にちょっぴりで良い。
アルコール度数40%のラインまで水を注ぐと注ぎ口を閉じ、軽くパックを振ってかき混ぜるとインスタントウィスキーの完成である。
この三角形のパックは高さ10cmほどで、両手で包めば包めてしまうほど小さいが、それでも40%ラインはパックの高さの半分にも満たない。
「この手の酒をストローで飲むのがなんというか、チープだよな……。」
水で戻す作業が酒というより駄菓子屋でよく見た粉末ジュースを思い起こすのが良くない。軽くストローを吸い込むが重力が弱いせいか少し力強く吸い過ぎた。
「ゲホッ、ゴホッ……。」
あぁ、酒なんだな。木の樽の香り、ウィスキー独特の香りが口の中に広がりすぎてむせた。咳をした時に飛んだ液体は足元へと落ちていき、木箱に吸い込まれる。
とりあえず満足して軽く酔うことに成功したので、腹を膨らませておこう。そう思いながらパックに包まれた生クリームバーを取り出した。
生クリームの強烈な香り!などと描かれた外装のチープさにどことなくスニッ●ーズを思い出すが、切り口から袋を破り中身を取り出す。中身は白い。手で触れるとベタつき、これが油分で包まれていることを教えてくれる。軍用品はこれに加え別のコーティングが成され、手で触っても溶けることは無い。
ガッと一口。歯にジャリっとした感覚が伝わる。中に入っているシリアルを噛んだのだ。そして濃厚なホワイトチョコレートの味。外側はホワイトチョコで形成され、中はべっとりとしたバタークリームめいた生クリームとシリアルが申し訳程度に味にアクセントを加えている。
駄菓子として食べる分には上等だが、これが毎食出てくるんだ。よくもまぁ、この世界の船乗り達は暴動を起こさないでいられるよ。昔ならいざしらず、俺の世界より一体何百年先の未来技術を扱っているのかわかっているのか。
半分ほど食べた辺りで俺はフルーツチューブに目をつける。よりによってフルーツチューブの箱を当ててしまったのは最悪の気分だ。これでまだミート味を当てていればニンニク臭い塩肉チューブを楽しめていたことだろう。
歯磨きのチューブのようなそれの白い蓋をひねって開けると、それとなく広がるバナナ臭。それの先端を哺乳瓶にむしゃぶりつく赤子のように一心不乱に吸い込んだ。
猛烈なバナナ臭、チューブから押し出されてきた半固体はバナナの粘り気というより増粘剤風味。こし餡のように柔らかいがこし餡以上に粒粒しくて粉っぽい物が舌の上に踊り出す。吸い付きながらチューブを押し込み安っぽいミカン味に変わった辺りで口を離し、水ボトルから水を飲み込む。
駄菓子や、夜食には悪くないんだ。悪くないんだが朝と昼にかかさず出てくると食傷気味を通り越して嫌な気分になる。本当に船乗り達は暴動を起こす気が無かったのだろうかと思い直す味だ。栄養自体はたっぷりでこれを3本食べれば一日分のビタミンと栄養が手に入るらしいが、正直3食これはお断りしたい。
もう一度フルーツチューブに吸い付き、ミカン味からりんご味に変わった辺りで生クリームバーを貪る。シリアルの上にこのチューブの中身を載せるのならきっと悪く無いはずなんだが、生クリームバーのものはクドいのが難点。
ウィスキーパックに水を少し足し、水割りラインの辺りで注ぐのをやめてウィスキーを一口。チューブとバーに比べればこいつは格段に美味いといって間違いない。
真っ暗の世界で銀河の輝きを眺めながら飲むウィスキー、俺の体は生命維持装置とPDAにのみ照らされ雰囲気も悪くない。これでBGMでもあればいいんだが、なんともつまらないものだ。自前で持ってきたものでもかけながらポータルゲートが開くのを待つか。
40分後、俺の周囲が光りに包み込まれると、俺は空中に投げ出された。久々の重力に酔った体は対応出来ず、ドサリと床にたたきつけられる。
「グヘッ。」
「お帰りなさいませ、源太郎様。お荷物を運ぶ台車をご用意致しますか?」
「……そうだね、頼むよ。」
「かしこまりました。」
3つの木箱に潰された俺に対して眉一つ動かさず、紺色の制服を着た女性は淡々と台車を用意してきた。
「はぁ、さて。この夜食は適当に知り合いに分けてくるか。」
消費期限30年。1箱に何十ダース入っているかわからないバーとチューブに粉末アルコール。こんなもん捨てるか分けるかしなきゃどうしようもないや。
閲覧していただきありがとうございました。