第四十蜂話 中世ファンタジー世界でハニーアップルパイと蜜柑の蜂蜜漬け
よろしくお願いします
眼下に広がるのは満開の蜜柑畑。緑色の小山に白い花が咲き乱れ、遠目からでも楽しそうな光景だ。さらに蜜柑畑から離れた箇所では小さな箱を起点に花畑が作られておりこちらにはヒューマンの子供が遊びに来ているようだった。よく見れば若い男女の組み合わせや夫婦と思わしき人たちもチラホラと花畑の休憩所付近に姿が見えた。あ、手を振ってる。
俺も軽く手を振ると、こちらに気がついた子どもたちが大きな声をあげ、ブンブンと全身で手を振ってきた。
一方、俺はというとその人達の上空10mでブンブン音が鳴る中を移動中である。巨大な人型の蜂に全身をガッチリと掴まれ、ハチタクシーをバッチリ楽しんでいる最中だ。視線を下から横へ向けると、俺と同じように人や、木箱、布袋などが巨大な人型の蜂によって運ばれている。
人型といっても、ほとんど蜂だ。首から下は蜂特有の黒と黄色のしましまな外骨格で覆われ、辛うじて顔の部分だけ人っぽい顔立ちをしているのがわかる。目は複眼。そんな彼女たちはミツバチビトと呼ばれている種族だ。
そして、俺を運んでいるのは……レンタル馬車屋から借りてきた女性のような何かのミツバチビトVersionである。例え貨物が150kgを超えても飛び立ち、連続で2時間飛行することが可能であるが、それは他のミツバチビト達も同じだ。
「源太郎様、後5分ほどでミツバチビトの集落へ到着出来る模様です。」
「わかった。」
レンタル馬車屋でこれを見た時は二度見したものだが、本当に種族まで変えてミツバチビトになるとは思いもしなかった……。
第四十八話 -ハニーアップルパイと蜜柑の蜂蜜漬け-
ミツバチビト達が居るこの大陸はムースーヤ大陸。ヒューマン、ミツバチビトの他にはアリビト、スズメバチビトというもう身も蓋もない種族が存在するインセクト系大陸だ。翻訳してこれなので現地でもそういったニュアンスで彼女達は呼ばれているのだろう。
どの異世界でも共通するようにおおよそ、大陸の覇権は年中繁殖期で増えることだけはほかの種族よりも優れているヒューマンが握っている。ポータル港にも俺を含めてヒューマンがかなり居るのって凄いことなんだよな……。
ただし、ヒューマンはスズメバチビトと年中戦争状態だ。さらに物資の輸送や、いくつかの物の供給を完全にミツバチビトに頼りきっている状態で覇権を握っているというより、大陸での数が多いだけという感じだろうか。
それでも、多くの人達は先程の花畑に居たように、人々は概ね平和的に暮らし、中流階級以上で無くとも簡単な旅が出来る程度には恵まれている国である。
こういうファンタジー世界は……貴重だ。
先程から正面に見えていた巨大な木製の城がより大きくなってきた。その周囲に広がる城下町も。そろそろかな。
「源太郎様、第七発着所へ着陸するよう信号が出ました、承認しますか?」
「あぁ、ゆっくり降りてくれ、以前、足の骨を折ったことがあるから慎重にな。」
「かしこまりました。」
高度が下がり始めた。木と泥、そして石で作られた城下町に近づいていき……枝と枯れ葉、そして藁で作られた、パッと見は背の高い草原地帯にしか見えないミツバチビトの発着所へ衝撃と共に着地した。パキポキと乾燥した枝の折れる音だけが響き、俺自身の足は無事である。そして、やはりというか蜂蜜臭い。
「着陸しました、ご指示を。」
「俺は町へ行く、適当に時間を潰しててくれ。」
「かしこまり……かしこまりマシタ。」
スーツについた枯れ葉の類を軽くはらい、俺は簡素な空港から徒歩でミツバチビトの町へと移動を始めた。すれ違う人は大抵ミツバチビトで皆女性である。
ミツバチビトはあまりミツバチの時代から進化していない。そもそも蜂の時点ですでに完成されていたとも言えるが、身長2mを超える人型の蜂になって、6本ある足のうち上腕だけ器用な3本指になって、蜂時代にはしなかった農業を営むようになったというのに未だに彼女たちのほとんどは不妊である。俺の真正面に見える5階建ての木製の四角い作りの城に住む女王蜂が卵を産んで増えているのだ。
また、彼女達は自ら花から蜜を集めるという行為はしなくなった。養蜂を行って蜜蜂に蜜を集めさせ、その蜜を分けてもらうという方法で彼女達は蜂蜜の大量生産を行っている。
不妊の階級を減らして、もっと増やせばいいのに、と思わなくもないが俺の母世界で人口爆発が問題になっているのを考えるとちょうどいい塩梅なのだろうな。実際、すでにこのムースーヤ大陸では地味に人口爆発による問題が起きている箇所がいくつもある。砂漠化すら引き起こしている種族も居る始末だ。それらと比べればここの人達は上手に経営している。
そんなことを考えていたら、町の大通りへとたどり着いた。
ミツバチビトは基本空を飛ぶため大通りという発想は無い。しかし、彼女達の卓越した養蜂技術によって大量生産された蜂蜜は比較的安く、多くの商人が湖や海、山の向こうからじゃんじゃんパカパカと馬車で現れるのでこうした道が出来たそうな。今じゃミツバチビトの町を中心に道路が整備され、ハニーロードという名で周知されつつある。糖以上に有用な調味料・資源はあるだろうか、いや無い。
それにしても、大通りに出た辺りから香ばしい匂いが周囲からいやというほど香ってくる。
「とりあえずは我慢だ。我慢……。」
「アーイ!ハニーパイはいかがデスカー?甘いデスヨー。」
「アーイ!レモン蜂蜜漬けをドウゾー。爽やかな酸味と甘みが抜群デスヨー。」
「アーイ!蜂蜜一瓶、1ジュマナ!蜂蜜一瓶1ジュマナ!一箱に12個入って12ジュマナ!安いヨー。」
「アーイ!えびせん美味いよー。」
「アーイ!蜂蜜ステーキヤッテマース。柔らかいデース。」
「アーイ!蜂蜜団子アリマスー。アマクテポカポカーアマアマー。ウマウマー。」
「無理だな。」
俺も、全て世界の生物に当てはまるように甘味には弱い。
さて、どうしたものかな……。大通りには木と布で作られた簡単な屋台がいくつか並んでおり、その全てが観光客と交易商人向けの軽食屋である。少し、歩いて見るとしよう。
まず、真っ先に目についたのはハニーパイ、バターを練りこんで焼いたサクサクこぼれるパイ生地に蜂蜜を注入したお菓子だ。大きさは食パン1枚、あれぐらいなら腹いっぱいになることもないだろう。
次は、結構似たような屋台が並んでいるレモンの蜂蜜漬け。レモン、もしくは柑橘類を薄くスライスしたものを蜂蜜に一晩漬け込んで作る一品だ。レモンの酸味は蜂蜜で緩和され、蜂蜜はレモンの果汁で柔らかくなって食べやすくなる素敵な栄養補助食品である。この辺りでは蜜蜂に採取させるための果樹園が多く作られており、レモンの蜂蜜漬けはミツバチビトがスナック感覚で摘んでいる物だ。
蜂蜜の瓶、100mlが1ジュマナ鉄貨。1ジュマナは大体50円ほどなので、俺の母世界より確実に安いのが魅力だ。ジュマナ鉄貨は南に存在する鉄工業で育ったジュマナ王国の物である。彼らが蜂蜜の価値を確定させ、ジュマナ王国は現在この大陸の交易共通通貨になりつつある。
ムースーヤ大陸の人は海老が大好きだ。俺も好きだが……。
蜂蜜ステーキ……といっても豚肉だ。今は甘いものが食べたい気分なので別に良いかな。
蜂蜜団子、ウマそう。どうしようかな。
「アー、お団子売り切れマシター。またアシター。」
残念極まりない。俺は頭を振り、馬車とすれ違いながら別の店を求めてふらふらと歩いて次の屋台へ向かった。
「アーイ!ハニーアップルパイーアルヨー。紅茶もー。アルヨー。イカーガー。」
もうこれでいいか。ハニーアップルパイの屋台の裏にはござというか、結構広めに藁が敷いてあり喫食スペースとして数人のハチミツビトがアップルパイを一切れ食べていた。
「アーイ。」
「アーイ!ハニーアップルパイアルヨ、紅茶もアル、お蜜柑の蜂蜜漬けアルヨ!どうしますダンナ?」
「じゃあ、全部1つずつもらおうかな。裏で食べてもいいんだよね?」
「もちろんー。全部でえーと……パイが4ジュマナに紅茶が2ジュマナ、蜜漬け4ジュマナ……えーと指が足りない……。」
「10ジュマナだよ。」
「ソウナノ?」
「そうだよ……。」
・ハニーアップルパイ -4ジュマナ鉄貨-
すりおろしたリンゴを蜂蜜と混ぜ、それをパイ生地で包んでオーブンで焼いた物の一切れ。一切れの直径は15cm、幅は10cmぐらい。温かい時はサクサク感が重視されている甘いパイ菓子だ。なお、ひんやりしっとり系なのであんまりさくさくしない。
・紅茶 -2ジュマナ鉄貨-
蜂蜜をひとさじ垂らした紅茶。今回の甘味攻めを考えると蜂蜜は要らないんじゃないかな。
・蜜柑の蜂蜜漬け -4ジュマナ鉄貨-
蜜柑をまるごと横にスライスして皮ごと蜂蜜に一晩漬け込んだ物。レモンと比べると酸味が薄く甘みが強い。蜜柑は薄皮で俺の母世界にある日本の蜜柑に近い品種である。
ハニーアップルパイは皿に、紅茶と蜂蜜漬けはマグカップに入れられて提供された。
「さっさと食べてネー。」
「どーも。」
1枚の皿と2つのコップを手に、俺は藁の敷かれた地面へと座り込んだ。あぐらをかき、左膝にパイを置き、地面に蜜漬けを置く。そして紅茶に添えられたティースプーンを手に取り、紅茶を軽くかき混ぜた。
「いただきます。
まずは紅茶を一口。
「ふぅ……。」
ミルクは入っていないが、柔らかい甘みと温かい紅茶の香りが体を満たしてくれる。さぁ、物を食べるという気分になったぞ。
ハニーアップルパイを手にとった、厚さは俺の人差し指一本分、全体的にきつね色の美味しそうな見た目だ。それでは一口。
サクリ、むにゅリ。パリパリと口の中で冷たいパイ生地が崩れていき、すりおろしリンゴと絡み合う。うん、甘い。紅茶をまた一口飲み、もう一度ハニーアップルパイを口へ運ぶ。もにゅり、むにゅりとしっとりしたパイ生地が崩れていく。
たった二口でもう半分以上を食べてしまった。だが三口目も思いっきりぱくついてしまう。リンゴと蜂蜜。美味しいのに、もうパイのみみしか残っていない。
パイのみみをシャクシャクシャクシャクとまるでタイプライターで文字を打つように食べていく。やや塩っけのある味が甘いハニーアップルパイと対照的だ。
パイを食べ終え一口紅茶をすすって水分を補給し、次は蜜柑の蜂蜜漬けだ。マグカップの中を覗くと、ひたひたに蜂蜜に浸かった蜜柑が所狭しとつめ込まれ、その上に二股の小さなフォークがちょこんと刺さっていた。そのフォークを引っ張りあげると、ヘタった薄い蜜柑が2枚ついてきた。とろんと蜂蜜が滴りマグカップの中に落ちるそれを見ながら、スーツに蜂蜜がつかないよう祈りつつ蜜柑を口の中へ入れた。
甘い。柑橘系の香りがする蜂蜜としか形容出来ない。蜜柑が元々甘いのもあって、倍増しているのでは無いだろうか。ただ、蜜柑の皮部分だけは酸味が強いようでちょうどいい。しかしちょっとこれはくどいかな。口直しに紅茶を一口。
「あ、これちょうどいい。」
俺はフォークでまた蜜柑を刺し、今度は紅茶に突っ込んだ。軽くしゃぶしゃぶして、その蜜柑を口に運ぶ。今度は……甘くないどころか蜜柑の味も薄まってしまった。
「難しいなぁ。」
俺は苦笑いしながら蜂蜜の垂れる蜜柑を口に入れ、紅茶を飲んで甘さの調節をする。そういえば蜂蜜レモンって飲み物があった気がするな。多分それに近い。もう1枚、もう1枚と口の中へ入れているうちに気がついたら蜜柑が無くなってしまった。
こうなったらしょうがない、蜜柑の蜂蜜漬けのカップに入っていた蜂蜜をティースプーンでこそいで紅茶のカップへと落とし、紅茶をくるくると回して蜂蜜を溶かす。そしてカップを傾け、こくん、こくんと飲む。
「蜜柑ティーになったな……。」
これもまた悪くはない。甘い紅茶をぐっと飲みきり、俺は腹ごしらえを終えた。
「ごちそうさまでした。」
屋台に食器を返し、俺は大通りをまた歩き出した。いくつかの蜂蜜の屋台や店舗を通り過ぎ、目的地である蜜蝋店へとたどり着いた。
「アーイ、源太郎だけど頼んでいたものは用意出来たかな?」
「アーイ、ゲンタロー!蜜蜂の蜜蝋から作ったローソク5kg用意デキテルヨー!」
蜜蝋の塊がまるでチーズのように棚に並べられている店の中、ミツバチビトの店員はカウンターの裏から木箱を取り出し、俺に見せてきた。中にはやや黄色がかった棒状のものが多数。全てが蜜蝋で作られた蝋燭だ。
「中身の確認は……まぁいいか。あんたらが詐欺をするわけないもんな。」
「オカネー。」
「あぁ、後金だ。確認してくれ。」
俺は巾着に入っているジュマナ銀貨を5枚取り出して彼女に手渡した。ミツバチビトは複眼でしげしげと銀貨を眺め、頭部の触覚をひょこひょこと動かして銀貨に触れ、真偽を確認している。一方俺は背負ってきた革袋の口を開き、5kgの蝋燭をザラザラと雑に流し込んでいた。
虫人のほとんどが持っている触覚だが、便利だよなぁ。あれでなんとなく贋金かどうかわかるっていうんだから。
「問題ナイー。運べる?ダイジョブ?」
「大丈夫だ。あぁ、それと石鹸も1つくれ。」
「8ジュマナ鉄貨!」
巾着からまた鉄貨を取り出し、彼女に手渡した。ミツバチビトはカウンターの裏から手のひらサイズの黄色がかった石鹸を取り出し、麻の布で包んでから俺に手渡してきた。
「マイドアリー!」
「どうも、多分また来るよ。」
「お待ちシテルー。」
革の袋を背負い、店を出た。空には忙しそうに飛び交うミツバチビトの姿があり、地上には馬車やら交易商人やらがちらほらと目の前を通り過ぎていく。さぁて、俺もお仕事は終わったし帰りますか。
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