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異世界のグルメ  作者: ミントドリンクwithココア
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第四十三話 植物溢れる崩壊世界でシードステーキ

よろしくおねがいします

 熱い。肌着は汗ばんでじっとりと張り付き、額には玉のような汗が出来るのでハンカチで常に拭っている。現在の気温は31℃、湿度も高くファッキンホットな日本の雨上がりの翌日と大差ない。ここは巨大な屋根のせいで日陰になっているというのに、熱い。前回来た時も思ったが、やはり冷蔵懐炉でも持って来るべきだったか。もしくは体温調節インプラントを埋め込むべきだったか……。


 ふらりと足がもつれ、思わずすぐそこにあった緑の壁によりかかって手をついた。緑の壁はゆさりと揺れた。


「水分補給しないとやばいか。」


 懐から水筒を取り出そうとしたところ。ドスンと重量感のある何かがつま先5cm先に落ちてきた。サイズは、ココナッツ。反射的に空を見上げるとココナッツのようなものが更に落ちてきていたのが見えた、それも、空が見えないぐらい。これ──。


「おわあァー!!!!!」


 ──死んだァ!死ぬところだったァ!俺の周囲には緊急時にのみ発動する魔導バリアが展開し、半透明の緑の薄い膜が張られたが、DOMDOMDDOM!!という25mm機関砲がバリアに着弾した時と同等のドラム音が響いてくる。


 俺は恐怖のあまり思わず地面に伏せ、丸まった。上空からはDOMDOMDOMと絨毯爆撃が続いている。

 

「おうちかえりたい。」


 いつこの攻撃が止むのかと上を見上げると、青い空が見えた。見えちゃいけない青い空。あまりの猛攻に魔導バリアが破られかけているのだ。大急ぎで懐から手帳を取り出して真面目に詠唱をして、対応する。


「泥の魚、緑の猫、青く広がる石のへそ!!俺を守ってくれぇ!」


 バリアは二重になり、今度こそ安全になった。DOMDOMDOMと頭上で今だ鳴り響いてはいるが、ひまわりの種に殺されたなんていう死に様はこれで回避だ。




 第四十三話 シードステーキ




 先ほど触れた壁のようなものは、超巨大なひまわり。上から降ってくるラグビーボールサイズの物はひまわりの種なんだ。しかし、俺が小人になったわけじゃあない。ひまわりが、いや、植物が超巨大に成長したのだ。


 このジャングルと見間違える風景を持つ世界は2173年の日本、東京である。昔、この世界では俺の母世界と同じく世界の砂漠化が進行していた。それに加えて塩害も増えており、人々の農地は大森林を切り拓くのみとなっていた。


 ただ、ある研究者がこう考えた。既存の植物にウィルスを埋め込み、既存の植物を塩生植物として、さらに乾燥にも耐える強力な耐性を持たせる事ができれば砂漠の緑化、ひいては塩害も克服出来るのではないかと。


 その試みは結論から言えば、成功した。サハラ砂漠やゴビ砂漠には日本の厳正植物である葛が超強力な耐性を引っさげて登場し、大地を築き上げていった。有害植物ならびに侵略的外来種をはびこらせるのか、という批判は大きかったが、それ以上に砂漠が農地に生まれ変わった、そしてバイオエタノールの生産地として変化していったため、人々はこのSTRONG KUZUを受け入れていった。


 だが、ウィルスが変化した。最初は人工的に遺伝子を組み替えられた葛にのみ感染するはずが、葛が絡みついた先から感染していくようになった。塩害を物ともせず、乾燥地帯も何のその。ついでにとばかりに巨大化するようになっちまった植物達は人類の文明的な建造物をひっくり返していった。家は根本からひっくり返され、高層ビルは巻き付いた葛がじわりじわりと鉄筋コンクリートを粉砕し、道路はガタボコ。様々な事故が発生し、ナパームすら物ともしない植物相手の対処法は核兵器ですら力不足、文明は崩壊していった。


 ただ、人間を襲う食人植物はあっても虫とかが巨大化したわけではない。緑の星と化した地球は植物が生えすぎて人類が住みづらくなっただけだ。その住みづらさから発生した人類同士のいざこざで全人口が0.01%にまで減ったとか言われているぐらいだ。


 ここに来る時はそういう触れ込みだったが、人類の数が減ったのは絶対こういうひまわりの種が降ってくる事故が原因だと思う。こんなの絶対死ぬ。ココナッツが1つ頭の上に落ちるだけで死ぬこともあるというのに、ひまわりの種の雪崩なんぞ食らったら絶対死ぬ。というか魔導バリアが破られかけるようなダメージを受けるなんて思いもしなかった。


 DOMDOMと頭上で響く音も減ってきた。空を見上げると、中央に虚空が開き、真っ黒になったひまわりの花が見えた。恐ろしい。直径は一体何m……ヘタすれば直径が1キロメートルはありそうなひまわりだ。この辺り一帯は他のひまわりも生えているひまわり畑だ、いや、ひまわりの*森*か。これだけ大きいと植物というかもう樹木である。


 まったく、これだけ大きければ栄養の取り合いになりそうなものなのに、光合成で強烈に栄養を合成するから手に負えない。砂漠化対策とはいえやりすぎだろう……。


 ようやく、頭上から殺人ひまわりの種が降り注がなくなった。防護魔法を解除すると、ガラガラと防護魔法によりかかってドーム状になっていた種が崩れ落ちてくる。周りを見回すと地面には大量の種が埋まり、5m先まで白に黒い線の入った凸凹道が出来上がり。ただでさえ獣道で木、じゃない植物の根っこ浮き上がっているせいで躓きそうだというのに悪化しやがった……。




 ──30分後、俺は全力疾走を強いられていた。


「Bow-Wow!Bow-Wow!」

「うるせー!肉なんて食わずに野菜を食え!野菜を!その辺に文字通り山ほどあるじゃねーか!!」


 野犬の群れである。このポストアポカリプス世界は食料に恵まれているため、動物が多すぎる。だが、もうそろそろだ。


「おい!あんた!伏せろ!」


 言われた通り思いっきり地面にヘッドスライディングを決めた。このスーツお気に入りなんだけどクリーニングでどうにかなるかなぁ。


「ホーセンカ!投げるぞ!」


 俺の正面に居た男性がソフトボールサイズの丸い物をビニールから取り出し、放り投げた。放物線を描きながらエタノール臭のするそれは俺の後方の地面へと落ちたようで、破裂音がした。


 恐る恐る後ろを振り向くと、周囲の緑色の柱に黒茶色の粒が小さなクレーターを残して突き刺さっており、野犬も何匹かが頭部に直撃を受けたのか、血を流して地面に倒れていた。無傷の犬はどうやら逃げていったらしく、すでに森のなかへ消えていき足音以外には何も無い。


 ここの住人達は進化したほうせんかの種を手榴弾代わりに使っているのだ。植物に感染したウィルスはエタノールに弱く、エタノールにほうせんかの種の袋をつけておくと不活性化し、炸裂することなく長期保存可能である。


「ありがとう、おかげで助かったよ。えーと……。」

「サザンカだ。初めまして、そしてどういたしまして、確か源太郎だっけ。交易商人やってるっていう。」

「そ、源太郎。今日は食堂の人に皿をね。」


 膝と胸についた土をパッパと払った。リュックサックの中に入っている陶器の皿が心配だったが、まぁ強烈な緩衝材を使っているし大丈夫だろう。


「皿ね、ひまわりの種の殻で十分だと思うんだけど。」

「使ってみれば陶器の良さがわかるさ。」


 軽く手を振って、俺は先に進んだ。野犬に襲われたり、陶器製の良さがわからない人が居るのは珍しいことじゃない。文明が崩壊してから100年も経つこの世界。食料が増えて激増した野生動物に人類は追いやられたりしたが──葛をかじって増えたドブネズミが新型ペストを運んできた説もある──地上では100年経ってようやく文化的な生活を享受出来るようになったんだ。




 歩いて5分、俺はようやく集落[ほうせんか]にたどり着いた。ここは自然手榴弾の*ホーセンカ*の栽培と作成で有名だ。人口はおよそ800名ほど。食料と水に困らないからすぐに人口が戻っていくポストアポカリプス世界というのも珍しい。


 集落の周囲は俺が見上げるほどの大きさの柵で囲まれ、外堀には水が張られている。門も木製……草製?で出来ており、その上には消防用ホースのような物と、松明が置かれていた。あれは火炎放射器だ。バイオエタノールが湯水のように手に入るので火炎放射器がこの世界のメイン武装である。えぐい。


「ようこそー!」

「どうもー!開けてもらっていいか?」

「あぁ!すぐ開けるよ!」


 何らかのエンジン音と共に門が持ち上がっていった。観音開きかと思いきや釣り上げ式だ。火炎放射器持ちの見張りに軽く手を振り、中へと入っていった。


 集落の内側にはやはり内堀が掘られており、外堀と同じように水がたっぷり張られていて底は見えない。そして、柵の内側には家屋が所狭しと敷き詰められていた。ただし全て平屋であり、掘っ立て小屋だったり簡素なシェルターのようにも見える。そして俺が歩き出そうとすると、地面が盛り上がり、何らかの植物の芽が地表に現れた。地下がこんなだからまともな家が作れないんだ。


 集落の中は比較的踏み固められているとはいえ、高層ビルすら貫いて育つ感染植物達が相手では分が悪い。通路らしきところにもちょいちょい花が咲き乱れ、歩きにくくてしょうがない。年中こんな調子じゃあ雨風を凌ぐ場所を維持するのも大変だ。


 何度か草の根に躓いて転けそうになりつつ集落の大通りを歩いて行き目的地である大食堂[ラフレシア]へと辿り着いた。


「いらっしゃー源太郎か。」

「こんにちは、トケイソウ。頼まれていたやつ持ってきたよ。」


 名前は時計草だが、すみれ色に染めた薄いワンピースを着た女性に促され、食堂の奥へと招かれた。


「頼まれていた物です。」


 俺は彼女の私室のキッチンで、湯のみと茶碗、そして陶器の皿を披露していた。どれも花や植物の意匠が描かれたものである。綺羅びやかすぎず、日常生活の使用に足る頑丈な物。


「うん、頼んだ通りの物ね、残金を払うわ。それにしても助かったわ、娘の嫁入り道具ともなるとやっぱり気合を入れたものじゃないとね。」


 そう言いながら嫁入り道具を撫でる彼女の目は少し寂しそうであった。




 無事取引は終わった。俺はこの辺りの通貨であるたんぽぽが刻印されたポポ銀貨とポポ金貨を巾着に仕舞いこむ。


「では、また他に何か必要なものがありましたらご連絡ください。」

「えぇ、飛脚を飛ばすわ。あなたこそ、何か必要なものがあったら言ってね。」

「じゃあ……ラフレシアって今営業中ですか?」

「あら、じゃあちょっと早いけど、お腹が空いているなら火を入れるわ。」

「すいません、お願いします。」


 俺達は笑いながら食堂へと戻った。店主はかまどに薪をくべるため、裏へ回った。俺はというとカウンター席に座ってメニューを眺める。この文明が崩壊した日本には肉食という概念が薄くなってきていた。今の人類は手軽に手に入る巨大な野菜、果物、そして種子や豆を食べる草食系になっている。


 といってもあのひまわりの種を収穫するときって相当命がけだよな……。


 さて、メニューといえばソイハンバーグ、各種温野菜にドレッシング、パンに米、コンソメスープ等割りと種類が豊富だ。デザートまで、果物オンリーではあるが結構な種類がある。それでいてどれも……安いんだ。種を放置しときゃグングン伸びる世界なのでこれは当然か。そして残念なことに保存食が必要ではない世界のため、味噌やピクルス、漬物の類が存在しない。


「源太郎、何を食べるか決まったかしら。」

「えぇじゃあ……。」




・シードステーキ -ポポ銀貨1枚-

 ひまわりの種の殻を剥き、それでも500gはある中身を100g程度に切り分けた後オリーブオイルと塩コショウで焼いた物。ステーキソースとしてトマトケチャップだけが用意されている。といっても要は炒めたひまわりの種だ。


・野菜サラダ -ポポ銀貨1枚-

 ジャガイモ並の大きさになった大豆1粒を茹でて、潰した作ったマッシュビーンズとキャベツの千切りに茹でた巨大ブロッコリーのつぼみ1つがどでんと乗っかったサラダ。全てにドレッシングがかかっており、味のほうは醤油にただの大根と化したかいわれ大根をすりおろし、レモン汁で味を整えた和風ドレッシング。なお、この世界には保存食という概念が消え去っており、酢が無い。酢が無いのでマヨネーズも無い。冗談じゃない。


・かぼちゃスープ -ポポ銀貨1枚-

 玉ねぎと南瓜をクタクタになるまで煮込んで潰して煮込んで潰して濾した後、豆乳を投入してコクをつけて塩コショウで味付けした物。牛乳も無いって何の冗談だ。


・プッシーキャット -ポポ銀貨1枚-

 オレンジジュースとパイナップルジュースとグレープフルーツジュースを2:2:1の割合で混ぜたミックスジュース。何故か同名のノンアルコールカクテルと同等の配合になったらしく、魔導翻訳回路が意訳しやがった。味のほうは爽やかで飲みやすい南国の味。300mlほど入るガラス製のコップに氷と共に給仕された。なお、保存食という概念が無いため酒も無い、この世界のおっさんたちは仕事上がりに炭酸入りの様々なフルーツジュースを飲んで会話する。ポストアポカリプス世界では割りと信じられないが、俺の母世界にもそういう酒を飲まない地域はあったな。


・ストロベリークラッシュ -ポポ銀貨1枚-

 冷凍苺をハンマーで砕いただけ。しかし俺は何故苺を頼んだのか。う……頭が痛い。




 飲み物以外は全てひまわりの種の殻で作られた食器に入れられて現れた。


「いただきます。」

「はい、どうぞお召し上がりください。」


 思わぬ返答につい、軽く笑ってしまった。ソレにつられてかトケイソウさんも軽く笑った。笑顔を覗かせた彼女の口元にあるほくろがちょっとセクシーだがそんなことより目の前の飯が重要である。


 出された食器の中にスプーンは無い、ということで俺はかぼちゃスープの器を手に持った。といってもこれ、取っ手があるわけじゃないのでとことん持ち難い。両手でひまわりの種の器を持ち上げ、口元で器を傾けて黄色いとろみの有るスープを口内へ迎え入れる。

 

 かぼちゃだ。かぼちゃの味がする。とろっとしていて、やや香ばしい。まだ飲み込んでいないというのに口の中から体の中へと浸透して全身に広がっていきそうな優しい味がする。普段はかぼちゃの煮物や天ぷら、味噌汁の具とかに入っている形と皮が残ったものが好きではあるが、こういうのも良いもんだ。こくん、と喉を鳴らして小さく飲み込んだ。意外と熱くはない。


 かぼちゃスープを置き、ミックスジュースを持ち、軽く飲む。やっぱりミスマッチ。しかしながら、パイナップルが顔面シュートしてきたと思ったらオレンジとグレープフルーツが膝かっくんをしてくる流れるようなコンビプレーをかましてくるようなこのジュースは結構うまい。


 口も潤ったことだ。俺は左手にフォーク、そして右手でナイフを手にとった。ナイフは刃のギザギザが心なしか少々キツ目に作られているように感じたが、理由もすぐにわかった。肉に突き刺すつもりでフォークをシードステーキに突き刺したところ、カツン、と弾かれた。おう、マジか。シードステーキなんてあったからてっきり俺は肉に種で隠し味でもつけたのかと思ったが……。


 もう一度力を入れてフォークでステーキを刺し、ナイフでゴリゴリとステーキを一口大に切っていく。ナイフから伝わってくる振動はステーキが硬いことをよく教えてくれた。これ、失敗したかも。とりあえず切ることに成功したので、まずは何もつけずに一口目。


 ボリッゴリッ。うむ、いい音がした。不思議なもので塩コショウで味付けされたこれは歯ごたえ以外は悪く無い味だ。口の中で何十回も噛み続けてペースト状になってから飲み込む。……うん、焼いたナッツな味。何度も噛む必要があるから色んな意味で健康には良さそうね。


 もう一度ステーキを切り取り、今度はケチャップをつけて口の中へ放り込んだ。ゴリボリ……ステーキ関係なく顎が疲れる食い物だ。げっ歯類なら良いかもしれないが、哺乳類にはちときつい。


 ナイフを置き、野菜サラダへと逃げることにした。とりあえずこのポテトサラダをフォークで掬い上げ……なんか白くないな?ドレッシングだろうか、とりあえず口の中へ一口分置いた。


 ポテトサラダだと思ったら豆の味がするぅ……。これはこれで悪くないので別に問題は無いのだけど、想定していたものと味が違うと脳みそが理解を拒む。まぁ、美味い方だ。一通り味を楽しんでからマッシュビーンズを胃袋へと送った。


 そしてドレッシングのかかったキャベツを口の中へ放り込み──こんなにホッとするキャベツの千切りが未だかつてあっただろうか──緑の塊に目を向ける。なんだろうなぁ、これ。フォークを突き刺してみるとぷっすり簡単に刺さった。そのまま固定してナイフで切ってみると、中もやはり緑色だが年輪のようなものが見える。これ見たこと有るやつだ、深夜アニメのキャベツがおかしいと一昔話題になったのとそっくりだった。


 どうなの、これ?と苦笑いしながら切れっ端を一口かじりつく。まずはお湯の味。ついで青い味。青臭くないのだ。……茹でたブロッコリーってこんな味だった気がする。そういえば、ブロッコリーって茎以外は全部つぼみで、時間が経つと花が咲くんだよな……ってことはこれは、ブロッコリー?大きいだけならともかく……まぁ変なブロッコリーもあったものだ。


 ただ、先ほど食べた三種にはどれも和風ドレッシングがかかっていた。もう一度味を確かめながら食べるが、大根おろし+醤油+レモン汁という組み合わせは万能調味料にもほどがあるだろう。


 そして、その後体調を整えるかのようにかぼちゃスープを一口頂いた。この中で一番美味しい、ほっとする味だ。そして俺はシードステーキ、サラダ、かぼちゃスープというローテーションで今日の食事を平らげていった。


 そして残ったのはミックスジュースと麗しき苺……麗しきって何だ俺。ソーダの缶ほどの量はある細かく切られた冷凍いちごのてっぺんに、爪楊枝が刺さっていた。そのうっとりしそうなオブジェを……いや、ただの苺だ。爪楊枝を手に取り、サイコロのように切られた苺を1つ口の中に放り込んだ。ひやりとした冷気と舌に当たる硬い、氷。冷凍いちごだもんな。そして俺は愛しい……ふっつーの苺を噛み砕いた。体温で苺は溶け、噛む度に果汁が口内に溢れ恍惚すら……そこまではないな、うん。美味しい苺だ。


 メニュー表の苺という文字を見た瞬間からなんだか背筋に悪寒が走っていたが、どうやらまだ中毒は治っていなかったようだ。俺はミックスジュースを飲みながら悪化しないように苺の山を慎重に崩しながら食べていった……なんて素晴らしい苺だろう。




「ごちそうさまでした。」

「はいどーも、食器はそこに置いといたままでいいわよ。」

「あぁ、はい。美味しかったです。主にかぼちゃスープが。」

「そう?ありがとうね。」


 俺はトケイソウさんに軽く会釈をして、店の外へ出た。家屋の向こう側にはジャングルのような花畑が広がっており、空を見上げれば太陽と気球と飛行船が複数飛び回っていた。そしてそこに浮遊大陸が1つ現れた。


 あれは空中機動要塞たんぽぽ、相変わらず巨大なたんぽぽの綿毛を蓄えたまま空に浮かんでいるのだ……。青い空に抱かれ緑の大地を見下ろす彼ら、たんぽぽ人達は選ばれた、という程でもないが比較的裕福な暮らしをしているそうだ。


 ここ、ホーセンカは自然手榴弾を気球に載せて輸出する町で、あの空中機動要塞たんぽぽとの交流がかなり多い町なのだ。地道に信用を築きあげてあそこに登れるように頑張ろう。俺は背伸びをしながら改めて決意し、帰るために人目の少ないジャングル花畑へと歩み始めたのだった。

閲覧していただきありがとうございました

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