第四十二話 ポータル港でいつもの朝食
よろしくお願いします
「ゴァォ。」
思考がぼんやりとしている。パツキン巨乳エルフを侍らせていて……世界を救うためにワニの背中に乗りながらエクスカリバーっぽい何かを振り回して……夢か。カチャカチャという機械音が俺に近づいてくるのが聞こえた。
「ゴァォ。」
クレープ(イリエワニ)の鳴き声も聞こえた。あー、クレープの背中に乗って騎鰐兵と化した俺が戦っている夢か。なんだこれ。そんな願望あるのか。
炊飯器に雑な金属片をつけたような足をカチャカチャと鳴らし、炊飯器型の警備ロボット[ジャー]がポータル港内にある俺のオフィスを移動している。ジャーはカウチの上で毛布を被ってうとうとしていた俺の目の前を通り過ぎて行き、大きな冷蔵庫のドアを開けた。冷凍室すらない冷蔵庫の中にはマッコウクジラのXBOX36●並の大きさの切り身が5枚入っている。ジャーはその1枚を取り出して引っ張っていき、クレープの餌として与えた。
「ゴァォ♪」
むしゃむしゃとイリエワニは本日の朝食を楽しく食べはじめ、生臭い匂いがこちらにも伝わってくる。
「今何時……。」
\朝 9:00/という表示がジャーの上に展開された。あークレープの飯の時間かー……もうジャーが与えたな。昨日は……取引先でトラブったんだった。取引自体は滞り無く行われたが、いざ帰ろうとしたら原住民に襲われ格闘戦を強いられ、ボッコボコに殴られてひどい目にあって……ポータル港に戻って治療して……あぁ、深夜1時になってたから家に帰らずオフィスで寝たんだ。
俺はカウチの上で毛布を被ったままグッと体を伸ばした。少し体が痛む。やっぱり自宅のベッドで寝るのが一番だよなぁ……。固まった首をほぐし、肩を回して血行の促進を図る。もう一度体を伸ばし、腹筋と背筋、そして内蔵全体に起床したことを伝え、股関節を軽く回した後、ようやく俺はカウチに座った。
「朝飯食うふわぁ……。」
異世界のグルメ 第四十二話 -いつもの朝食 パン編-
冷蔵庫の扉を開き──マッコウクジラの切り身は目もくれず──500mlのミネラルウォーターを1本取り出して扉を閉めた。そしてキャップをこじ開け、一口目は口の中に潤いをもたらすように浸透させ、二口目はおもいっきりグイッと飲んで本格的に内蔵を動かすのだ。
「あー……おっ、きたきた。」
ミネラルウォーターのボトルをカウチの前にあるコーヒーテーブルに置き、即座にトイレへと直行。
本日も元気である。内蔵の体操も終わり手洗いも済ませたので、朝飯を食いに行くとしよう。
灰色で敷き詰められたポータル港には屋台がかなりあるが、そこで金をきっちり稼いだものはステップアップをすることになる。部屋のレンタルだ。俺が今から向かう飲食店のテナントが大量に入っているエリアはやはり激戦区。ワンルームサイズの立ち食い蕎麦屋から大きなファミリーレストランまで様々なテナントが存在する。
そして、朝食といえばその日一日を決定づける大事な時間だ。出張中は自分でやるが、ポータル港の店を使える時は基本、店で朝食を食べている。
俺は巨大な地下街のような場所を歩き、いくつかのテナント、マクド●ルドとか博多ラーメンやらフレッシュサラダ等を出す店を素通りしていき、特に目立つようなところもない、「定食屋:石田」という名前の飲食店ののれんをくぐった。
定食屋のサイズは見える範囲だけでワンルームマンション1部屋分、カウンター席が8つに対面式のテーブル席が4つ。入り口から見える位置、部屋の斜め上には液晶テレビが置かれており、2016年の俺の母世界で放送されているテニスの試合が流れていた。カウンターの裏にはほとんどスキンヘッド、少々白髪の老人が1名、そして看板娘とも言うべきお孫さんがYシャツ姿にジーンズ、その上から紅色のエプロンを羽織っていた。髪の毛は黒く、好感の持てる笑顔を見せている。少々膨らみ突っ張っているエプロンの胸部には大きく白い文字で石田と描かれていた。
「あ、源太郎さんいらっしゃーい。」
「どうも、マコちゃん。煎茶頂戴、本山茶ね。おっちゃん、チーズ入りのオムレツと、両面蒸し焼きの半熟目玉焼き1つ塩濃い目ね、それとミックスベジタブルをバターと濃い目の塩コショウで炒めたやつに茹でソーセージ2本。それとトースト2枚にコーンスープ。トーストは──。」
「6枚切りの分厚いやつで、先にバターを乗っけてから焼け、片方にはバター無しでさっきの目玉焼きを乗せろだろ。知っとるわい。*パンのやつ*で通じるだろうが。」
「注文の途中で気分が変わるかもしれないだろ。」
「この6年、お前さんが途中で変えたことなんざ一度も無いじゃろうが。ったく。米の時も含めてたまには別の物を注文しろってんだ……そもそもうちは元々蕎麦屋でな……。」
「はい、料金3クレジット。」
「あぁ、おう。座って待ってろ。すぐ出来る。」
ぐちぐち文句を言い始めるとこうるさいのでさっさと金を払って作らせるに限る。
「はい、お茶でーす。」
・煎茶 -全部まとめて3クレジット-
いわゆる緑茶。お茶の新芽を手摘みし、それを蒸して加工したのが煎茶である。茎や大きな葉などは入っていないため繊細な味になる。本山茶は川根茶や井川茶などと比べるとグレードは劣るかもしれないが、親しみ深い味だ。
小さな湯のみに入った緑茶を前に、正座したりとかはしない。片手でガッと掴み軽く傾けて口の中へと迎え入れるのだ。強烈な苦味があるわけでもないし、新茶特有のほんのりとした甘みも感じられるわけじゃない。ただ、温かいお茶というのはとにかくほっとする味だ。口に当たるのが陶器というのも重要である。これが紙だったり、プラスチックだったりすると不思議なもので風味が変化してしまうのだ。
もう一口、今度は苦味が強まって未だに寝ている体を太陽の光があたった時のように起こしてくれる。ポータル港ではそういう起き方はちょっと無理なので重要だ。今日一日のリズムを組み立ててくれる。
「あ、マコちゃん。そういえば頼まれてたアクセサリーさ、見つかったよ。後で持ってくるよ。」
「わ、ほんとですか!じゃ、お金用意しとかないと。」
「うん、あれ、エルフ製って言ってたけど実はドワーフ製だったよ。確認取ったらエルフの里で修行を積んだドワーフでさ。」
「へー、そうだったんですかー。」
くだらない雑談をしている中、俺の飯のほうは調理が進んでいき……もう出てきた。
「ほら、出来たぞ。マコ、お客さん来とる。」
「あ、はーい。ご注文はお決まりですかー?ドラゴンベーコンにアルビノ洞窟小麦のロールパン、それと虹の根元イモの蒸かしにすみれのスープですねー。」
お孫さんが注文をとっている中、俺の前に4つの皿が置かれていった。
・チーズオムレツ -全部まとめて3クレジット-
卵を2つ使ったチーズinオムレツ。表面はパリッと、中はふわりととろりでお手本中のお手本とも言えるシンプルながらも難しい、爺さんになるまで料理をしているからこそ出来る一品。バターと塩コショウのバランスが良く何もつけずに食べられるけどケチャップをしっかりかけて頂く。
・ミックスベジタブル -全部まとめて3クレジット-
とうもろこし、整形された人参、グリーンピースが入った冷凍食品。それをバターを落としたフライパンでただ炒めて解凍しただけの物。塩コショウが少々キツ目になっているのは俺好みの味である。
・茹でたソーセージ -全部まとめて3クレジット-
特に変哲も無いシャウ●ッセンを2本、熱湯で数分茹でた物。茹でると肉汁が外に漏れて風味が落ちると言われるが、水分が浸透してパリっとした食感になるので俺は茹でるほうが好み。
・コーンスープ -全部まとめて3クレジット-
クルトンが少々と軽く炒めたとうろもこしの粒が入っているコーンスープ。この店はちゃんととうもろこしをミキサーで粉砕して作った自家製コーンスープを提供している。昔は蕎麦屋だったのに……。ミックスベジは冷凍なのに何故これは真面目に作っているのか今でも謎である。
・目玉焼き載せトースト -全部まとめて3クレジット-
ラピュ●パン、目玉焼きは油を敷いたフライパンに卵を落とした後、卵の周囲に大さじ2、3杯程度の水を垂らしたらすぐ蓋をして蒸し焼きにする。そうすることで両面に火が通りつつ、かつ黄身が半熟で全体的に熱が通っているのでトロリとした物を味わえる。ただし、ラ●ュタパンは全体的に味が薄くなりがちなので、適度に醤油をかけながら頂く。
・何も載っていないトースト -全部まとめて3クレジット-
オーブントースターできつね色にこんがりパリパリになるまで焼いたトースト。先にバターを載せることでバタークレーターがトーストに出来る。バタークレーターは非常にジューシーで独特の味であり、溶かしバターを食べている気分であるがこれが良い。
「いただきます。」
「おう。」
マコちゃんは別の接客をしているので、俺はいつも通り食べることが出来る。まずは、オムレツのどまんなかにステンレス製のスプーンを突っ込み、割った。中からトロンとチーズがこぼれでてきた。そして加熱されたと思われるふわふわ溶き卵。完璧だ。ど真ん中に2、3度スプーンで切り込みを入れすくいやすくした後に掬い上げ、何もつけない状態でチーズと卵を頂いた。
まず、溶けたチーズの味がする。濃厚で朝食べるにはちょっと濃いんじゃないか。という味だ。続いて、卵の優しい甘い味。チーズと絡まって調度良い塩梅となり、朝食のオムレツが完成である。うん、美味い。
その一口で満足したのですぐそこの調味料入れからケチャップを取り出し、オムレツへ波線を書くようにかけ、そのままソーセージの真横にちょっと塊を置いた。
で、目玉焼き載せトーストを手にとって顔の前へ持ち上げた。本当はこれ、完熟になるまできっちり焼いたほうが食べやすいのだが、それぐらい火を入れた目玉焼きはあんまり好きじゃないので必ず半熟で頼むことにしている。
それではまず、パンを噛まずに目玉焼きの白身だけをカプリ。うん、注文通りややしょっぱい。そのまま咀嚼せず、パンの耳を含めてパクリ。これぐらいがちょうどいいんだ。だけど、ここで調味料入れから醤油差しを手に取り数滴垂らした。目玉焼きの熱で醤油が少し蒸発したのか、醤油特有の香りが鼻腔をくすぐって食欲を増進させてくれる。
パクリ、パクリとトーストと目玉焼きを食べ進めていき黄身を割った。舌の上でトロリと温泉玉子のそれより柔らかい黄身が絡みつく。面白いもので、これにパンをまたパクリパクリと食べていくと醤油が欲しくなるんだ。まるで卵かけご飯醤油無しを食べているかのように錯覚する。それにしても良いしょっぱさである。トーストが進むぜ。
きっちり目玉焼き載せトーストを食べきった俺はコーンスープで乾いた口を癒やし、ソーセージを一本フォークで突き刺した。ケチャップはつけない。そのまま口に近づけ、かぶりついた。
パリッ。
そんな小気味良い音としょっぱい肉の味。残り半分はケチャップをべたべたとつけ、口の中の物を飲み込んだらまた一口。
パリッ。
うん、うまい。特別ってわけじゃないんだが美味い。スプーンでミックスベジを大盛りにすくい取り、もっしゃもっしゃと食べる。昔から何故かこれが大好き。もっしゃもっしゃと食べ、飲み込み、また大盛りですくい取ってもっしゃもっしゃと噛み、飲み込んだ。
今度はケチャップのついたオムレツの端をスプーンで一口大に切り取って口の中へぽいっと放り込む。端っこはパリパリしていて、美味しい。
スプーンはオムレツとソーセージの皿に置き、今度はバターでクレーターが出来ているトーストを手にとった。バターを先に載せて焼いたトーストはバターの部分だけが黄色がかった白のままで、ほかは小麦色にきっちり焼けている。俺はトーストを半回転させ、トーストの角から一気に噛み付いてバタークレーターまで齧りついた。
バタークレーターの部分は熱っぽく、油っぽい。それでいて溶けたバターに包まれていたせいで食パンに残っていた水分は蒸発しないため、とてもしっとりしている。焼いた後にバターを塗るよりも溶けたバターを口に含んで混ぜるのが好きなんだ。
一度皿にトーストを戻し、オムレツとケチャップを二口分食べる。そうして今度はミックスベジタブルをまた大盛りですくい取ってむしゃりむしゃりと俺の栄養になる栄誉を与えてやった。小皿の端に残ったグリーンピース1粒も残すことなく、スプーンにフォークで載せていき完食である。
コーンスープの……コップ?スープ皿?取っ手付きの深い陶器の器を手にとって、流し込んでいく。粒々クルトンが口の中に迷い込んできたら奥歯へと誘いこみ、きっちり潰して風味を楽しんだ。
そうしてスプーンを手に取りオムレツを掬い上げて食べていく。オムレツの残りが半分になったら今度はトーストをかじり、ラスト1になったソーセージにベタベタとケチャップを塗りたくり小気味良い音を立てながら食べるのだ。子供の頃のように。
俺が子供の頃はこれらのおかずをローテーションで朝食として食べていた。それはもう物心着いた時からずっとである。おかげでオムレツとかスクランブルエッグとかベーコンやソーセージなんかを毎朝食べないと調子が出ないんだ。ローテの中に保存の効く卵があって良かったよ、ソーセージすら持ち込むのが怪しい文化レベルの異世界であっても卵ぐらいは持ち込めるからな。そしてゆでたまごを量産するのだ。
もしゃもしゃとトーストを食べ、オムレツを完食し、最後にコーンスープ飲み干し……底に沈んでいたとうもろこしをスプーンで掬い上げ、ぷちぷちと潰して食べることで完食だ。
「ごちそうさま。」
「はいどーも。次はもっと別のを食いやがれや、ドラゴン蕎麦とか、ベルゼブブハンバーグに、無重力蕎麦がき、一角クジラのベーコン、俺に注文すりゃ大体出るんだぞ?せめて孫の作ってる世界樹のプリンやユグドラシルのフルーツケーキにフェニックスのマカロンぐらいは注文しようや。何でポータル港に来といてそんな無難な物しか食べないんだよ。これだから最近の若いもんは冒険心がない……。」
「まぁ、気が向いたら。」
「あぁ、そうしてくれよ。お前は食ってて楽しそうだからこっちも気分が良い。」
「はぁ…………美味しそう、じゃなくて?」
「そうじゃねえな、どうみても楽しそうって顔してるよ、源太郎。」
「そう、じゃ、また……あ、マコちゃんに指輪持ってくるんだからすぐだな。」
指輪、と聞いて爺さんが眼の色を変えた。
「おい、ちょっと待て。指輪だと?うちの孫に気があるのか?えぇ?」
「いや、頼まれたんだよ。賢者の石を埋め込んだ指輪がほしいって。」
「マコォー!!!おじいちゃんに内緒でなんちゅうもんを買おうとしてるんじゃあ!大魔法でも使う気かァー!許さんぞ!そんなことは絶対に許さんぞ!」
「源太郎さんにもう前金払っちゃってあるもーん。」
「もーん、じゃないわ!なんでそんな爆弾のほうがマシな代物を欲しがって……。」
面倒くさくなりそうだ。おれは苦笑いしながらさっさと席を立ち、退散することにした。やっぱなしで、前金返却ってなったら嫌だなぁ。
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