第十九話 ファンタジー世界でネズミのフライ
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ガタゴトと揺れるロバの二頭立て馬車に寝転がりながら俺は山道を進んでいる。この道は主要な街道から外れた道。俺はガタゴト音を聞きながら斜めに傾く体を直しつつ青空を見つめていた。
「空はこんなに綺麗なのに戦争中と来たもんだ。」
俺の目線の端には1枚の旗。こいつが無いとすぐ襲われてしまう。ここはそんな戦闘区域の真っ只中。それも元凶のど真ん中だ。今回の行き先は元ドワーフ要塞のゴブリン要塞だ。
第十九話 -ネズミのフライ-
ゴブリンって奴はほとんど知能が低い。たまに臆病者のグエンみたいに賢く立ちまわるのも居るが、ほとんどは洞窟で暮らし、木製の粗雑な槍で狩りをするような輩だ。
しかし、このヤシゾ大陸に居る臆病者のグエンは食わせ物だった。平均寿命15歳の早熟なゴブリン達の中で50歳まで生きており、知恵を蓄えた彼は茂みから襲撃するゲリラ戦術を確立し、人同士の戦いからで戦闘の技術を学び、とうとうゴブリン200名を扇動してドワーフの要塞を開城させるに至ってしまった。
そうやって強力な拠点を手に入れた四人の長が居たゴブリン達、レッドスカル族、イエロースピア族、グリーンレフトハンド族、ブルーフットステップ族が団結し、俺の目の前にある旗と同じ名前を名乗っているのだ。
その名前は*しましまおぱんつ族*。ゴブリンって奴はやっぱり知能が低い。
水色と白のストライプの三角形を高々と掲げた俺のレンタル馬車はゆるい山道を登り切り、目的地のゴブリン要塞へ。
要塞は元々ドワーフの物である、そのため城壁はおよそ3mほどの高さで作られた石製、城壁の下には水が張った堀、外側には騎兵対策の丸太の杭がいくつも植えられている。その全てを台無しにしてくれるしましまぱんつの旗が大量に掲げられていた。
「ほんと台無しだよなぁ……。」
そんなことをつぶやいていると周囲の森から何かが武器をそれぞれ持って現れた。
「お前誰だ!」
「誰だお前!」
「何でお前が言うんだよ!部隊長は俺だぞ!」
「お前馬鹿だろ!だから今は俺が部隊長だ!」
要領を得ない声が俺の左右から聞こえてくる。甲高いしゃがれ声はゴブリン特有の声だが……なんだってんだ。
「あのー、俺、仲間、旗、ある。」
「……本当だ!?」
「誰だ敵って言ったの!」
「お前だろ!お前部隊長!」
「いや、今はもう部隊長じゃない!」
見張りか、それとも歩哨か。森に隠れる手法は上手く、確かにこれならドワーフ達も負けたに違いない。しかしこんな馬鹿連中にどうやって負けたんだか。
「行っていいか?商品を運んできたんだ。」
「いい!」
「いい!」
「いい!」
「いい!」
そう4人のゴブリン達はそれぞれ口をそろえて叫んだ。あまりにも馬鹿っぽい応答があるとたまに俺のPDAの翻訳回路がちゃんと作動しているのか悩む時があるんだ。
しまぱんの旗を掲げた馬車はゴブリン達に門の尊大な扉を開かせ、俺達は要塞の中へと受け入れられた。
要塞の中はゴブリンだらけだ。中には奴隷のように捕まっている人間や亜人達、さらには太鼓の練習をしている者。木製の柄に先端は金属の槍を持った皮製の防具で身を包んだゴブリン兵士。さらにはゴブリン達が各々スリングを手に持ち、10mぐらい先の的に当てる練習もしていた。
「ねぇ、父ちゃん。ここドワーフ達の城じゃなかった?」
「ゴブリンが勝ったのさ、ほら、降りろ!グエンに挨拶しなきゃな!」
先に止まっていた二頭立てのロバの馬車からそう言いながら降りてきたのは2人の親子。俺とは違う現地の交易商人だろう。
「よー!スチュアート!よく来たなぁ!見ろよ!おかげで俺たちゃ家持ちだぜ!」
「あぁ、やったなグエン!俺も戦術書を運んできたかいがあったよ、それでな……。」
「見慣れない奴が居るな?あんたの子か?」
「あぁ、ブライアンだ。ブライアン、こっちはここの代表のグエンさんだ。俺のお得意様だよ。」
「はじめましてグエンさん。」
「よろしくブライアン、俺ぁ臆病者のグエンだ。よろしくな。」
彼らはハグをして世間話をし、奥へと馬車を動かしていった。俺以外にも誰か支援者が居るとは思ったがとんだヒューマンの裏切り者だな。
「ゲンタロ!よく来てくれたな!あんたのおかげでこの城が取れてみんな感謝してるよ!」
「やぁグエン、君たちが城を取れて俺も嬉しいよ。」
俺達の挨拶は握手だ。好感度はまだまだだな。
「世間話はともかくとりあえず物が物だから馬車を動かすか──。」
「人手を用意するよ。俺達で倉庫に運びこむさ。確認させてもらっても?」
「もちろん。見てくれ。」
そういって俺が指し示した先の木箱にはこことは別の世界、フェスタリット大陸のドワーフ達に鍛造させて作らせたスリング用の鉛弾4000個。
「ありがたいね、何度言ってもあの馬鹿共は投げた弾を回収しようとしないんだ。」
「俺としちゃ回収しないままのほうがありがたい。」
「そりゃそうだ!で、別のはどうだい?」
「そっちも完璧だ。」
鉛弾の物とは別の木箱、そこにはゴブリン達には似つかわしくないいくつかの絹織物と楽器が入っている。
「あぁ……俺にゃよくわからんがきっとこれで女王様も満足してくれるだろうよ。」
「要求にはピッタリのはずだが、女王様?奥さんはよっぽど気難しいんだな。」
「いやー、妻じゃないんだよ。どうせなら貰ってってくれねえかなァ……。あ、奴隷は扱わないんだっけ?」
「さすがに奴隷は捌くルートが無くてね……。ドラゴンすら恐れないゴブリンにそんなことを言わせるなんてどんな女なんだ?」
「ただのヒューマンだよォ、ちょっと前に襲撃した馬車で拾った高慢ちきな女なんだがどうも皆逆らえねえんだ。食堂でウェイトレスやってるから見に行くといいさ。」
8歳で成人の儀式を迎えて命知らずの兵士や強盗になるゴブリン相手にそう立ち回れるとは、よっぽど肝の座った女だな。
臆病者のグエンから代金となる大量の銅貨と銀貨、そして少量の金貨を受け取り、俺は御者の女っぽい何かに後を任せると元ドワーフ達の食堂へ足を運んだ。これから帰るにしてもゴブリンの見張りが確実に消えるところまで移動するには馬車で3時間かかる。はぁ、腹が減ったよ。
門前広場から数分歩くと、ドワーフ達が使っていた食堂が見えてきた。建物は丸太で作られており、窓には色付きのガラス、扉には銀の意匠が施されているが特に手入れもされず銀のトカゲは曇っている。俺は扉を押し、食堂へと入った。
「いらっしゃー……お前!タベタ・ゲタロ!?」
「……テ、テナシオ王女……。」
「貴様!やっぱりヒューマンの裏切り者だったか!脱走さえされなければこんなことにはならなかったわ!」
嘘だろおい、オトラ女王国の女王の長女、テナシア王女様が綺羅びやかで威厳ある姿から、たわわな胸部がよく目立つディアンドルを着込んだただの町娘になっちまってる。グレープフルーツよりはあるな。
「いや、俺、私の指図では──。」
「それにゴブリン達の武具の急な向上に合点がいったわ。原因はあなたね、タベタ・ゲタロ。金属製品の供給に関してはピカイチ、鉛弾の調達ぐらい簡単でしょう。」
あー……鉛弾以外にも結構やったからなぁ……ってことは、彼女は俺が供給した武具を着込んだゴブリン達の襲撃を受け、奴隷……奴隷かなぁ?捕虜になったわけだ。間違いなく俺はヒューマンの裏切り者である。
「それで、何入り口にぼさっと突っ立ってるのよゲタロ!客の邪魔だからさっさとカウンター席に座りなさい!」
「……は?」
「は?じゃないでしょう?ここは食堂よ?それともあなたは案内をする宮殿兵が居なければ動けないとでも言うのかしら?」
店の中のゴブリン達がこちらをのぞき見、くすくすと笑っている。やれやっぱりヒューマン相手にもあんな調子だだの、やっぱ女王はこえぇや、だの声が聞こえてくる。
俺はすごすごと狐につままれたような顔でカウンター席に座るとテナシア王女様がメニューを渡してくる。これは没落でいいんだろうか。
「メニューって言っても王都と比べると気休め程度よ。フライと豆しか無いわ。フライに豆、水で良いわよね?」
「あ、はい。」
なんかもう、勝てそうにない。テナシア王女が厨房に引っ込んだ後、大人しく周囲を見回すとニヤニヤ顔で酒を飲むゴブリン達と目があった。
「にーちゃん!あの女王様持って帰ってよ!」
無理言うなよ、と手を振ると彼らは笑いながら自分達の世界に戻っていった。
・ネズミのフライ
兎ほどのサイズがあるネズミの内蔵を抜き取り、頭と四肢を切り取った後、骨ごと揚げた物。衣は穀物粉を水で溶かした物なので見た目は天ぷらっぽい。肉の形はネズミそのままを保っており、楕円形の物が給仕された。ネズミとは一言も言わなかったな……。
・茹で豆のサラダ
枝豆のような何かの豆と蜂の子を茹でてチリソースっぽい何かで和えたもの。お椀に山盛りで給仕された。しかもちょっと臭う。
・水
井戸水。溶岩石などで濾過されて綺麗な水。
「いただきます。」
食堂に入った後の寸劇はともかく、カロリー補給だ。まずは豆のサラダから。ちょっと臭いが、良い臭いだ。スプーンで豆と……虫っぽい何かをすくうと口の中へ突っ込んだ。豆の味、続いて……汗みたいな味?臭いもどことなくそれっぽい……。
しかし赤いチリソースのようなもので辛味があり、食えないことは無い。ぷちゅりと潰れた虫は蜂蜜のような香ばしさと甘みがあり、悪くない。生のサソリよりはよっぽど美味い。
豆をもう一口、やっぱり臭いな。臭いが、なんか……もう一口。こりゃ、クセになる臭さだな。豆自体の味は悪く無い。
豆はともかく、フライのほうにも手をつけよう。据え付けの瓶からソースをフライにかける。多分トマトか何かを煮詰めた物だろう。フォークをフライに突き刺したが、何かにぶつかった。
……骨かこれ。二、三回フォークで突き刺し、肉の部分にひっかかったのを確認すると持ち上げ、骨付き肉に齧りついた。
うん……肉の味と獣臭。もう一度噛みつくと、肉とは思えないポリポリとした食感が現れた。食いちぎれるし、香ばしくはあるがどうも味らしい味が無い。何かを飲み込んでから噛み付いた部分を確認すると、白い。
「骨か、丸ごといけるのか。」
骨髄を食べたり、十時間以上蒸して食べられるという手法は見たことあるが、油で揚げて骨ごとは初めてだ。しかし骨の味って無いんだな……。
骨つき肉を置き、豆を食べるとより臭みが増した気分になる。これくっせぇな。だけど意外とイケる。チリソースも手伝ってか、俺はガツガツと豆を貪っていく。ニオイ以外は結構イケるんだけどな。
もう一度トマトソースをフライにかけ、ネズミのフライにかぶりつく。骨ごといけるのはいいんだが、ここのドワーフの連中はニワトリに近い鳥と豚という家畜をちゃんと育てていたはずなんだが、どうしてゴブリンの家畜であるネズミをこっちに持ってきてしまったのかな……。
水を流し込むと、地下洞窟の泉のように透き通った味。底まできっちり見える良い水だ。
俺がむしゃむしゃと肉と豆を食べていると、暇になったのかウェイトレスのテナシアが近くによってきて、隣の席に座った。
「あなたのおかげで私はここに来る羽目になったのよ。」
「ゴホッゲホッ!?」
「まぁでも、意外と楽しいから感謝はしてるのよ?ゴブリン達も掌握出来ましたしね。だからあなたに服を持ってこさせることが出来たのですわ。」
「いや、あー……王宮に収めていたものと変わりない良いものですよ。」
「ふん、まぁいいわ。あなたからまた品物を買うためにゴブリン達を動かして付近を襲撃させ、ついでにオトラ王国もゴブリン達に乗っ取らせますから。」
「ゲホッ!?」
「ここのゴブリン達は素晴らしいですわ、オトラの人より純粋に生きていますもの。彼らに引きあわせてくれて感謝しておりますわ。ゲタロ。」
「あ、あぁどういたしまして、テナシア王女。」
「今の私はゴブリンクイーンのテナシアよ。覚えておきなさい。」
俺は周囲をそれでいいの?という目で見回すと店内に居た20名ほどのゴブリンはジョッキを掲げ、叫んだ。
「俺達の女王に乾杯ッ!!!」
ゴブリンってほんと知能が低い……。
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