言いたがり、聞きたがり
「ごめん、お待たせ!」
酒場の門戸を潜り、酒場に現れた少女を見て、テディ☆ベアは席を立って詰め寄った。
「あ、クマさん。なんとか間に合ったよー」
「シュー、ちょっと質問があるんだけど……とりあえずこっちに来て」
シューの後ろからゆっくり入ってきた少年に気づくことなく、テディ☆ベアは笑顔で片手を挙げるシューの手をとって、隅の目立たない席に連れて行く。
近づくと、席に座っている先客が二人、手を振って彼女たちを迎えた。
「おー、お前がテディの言ってた奴か。オレは銀狐、よろしくなー」
「己はグラサンダーという。今日はよろしく頼む」
「あ、シュー・クリームと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言ってピョコン、と頭を下げる彼女に、銀狐はそれで、とエールの入ったジョッキを手に取った。
「テディに聞いたけど、グリーズの雪山から直接ここに飛んだらしいな。一体どういうことなんだ?」
脅すような言い方をしながらも彼の目は笑っており、どことなく子供のような好奇心が垣間見える。
おい、と諌めるグラサンダーに、銀狐は同じように笑いかけた。
「お前もなんだかんだ言って気になるだろ? それに、今から一緒に組むんだ。初対面の相手にいろいろと気を使うよりも、こういうことは早めに終わらせた方がいい。違うか?」
「一理ある。が、それにしても聞き方というものがあるだろう」
「で、どうなんだ? あれか、新スキルか?」
苦い顔をするグラサンダーと、先ほどと同じように食いつくように質問してくる銀狐に、シューは困ったように後ろを向いて、手招きをした。
すると、二人も気づいていなかったのか、手招きに応じて現れた刃に少しばかり意外そうな顔を向けた。
「あ? 誰だお前。ていうかいつの間にそこにいた?」
「むぅ、己ともあろう者が気づかぬとは……不覚」
そういう彼らとは対象に、刃に気づいたテディ☆ベアは、嫌そうな顔を彼に向けた。
「最弱カウンター馬鹿じゃない。一体何しに来たのよ」
「テディ☆ベア……なんでお前がココにいるんだ?」
「スターじゃなくて、ほし!」
ほしの部分を強調しながら憤る彼女を無視して、刃はやれやれといった感じで手を挙げる。
「久しぶりだってのにツレないな……ま、要件としちゃコイツを助けた代わりに、ちょいとボス戦を見学させてもらおう、って思っただけさ」
「助けた? アナタが、誰を」
「俺がこいつ、シューを助けたんだって」
「ハァ? ふざけないでちょうだい。アナタと違ってランキング十位までいってる創造者が、アナタ如きに助けられることがあるって言うの? なんの冗談よ」
「シューがランカーなのは驚いたな……けど冗談じゃないんだなぁ、これが」
喚くテディ☆ベアとそれを適度に流す刃に、残された三人は呆気に取られながらも、互いの顔を見る。
――あいつら、知り合いだったのか。それにしては剣呑な雰囲気だけど……主にテディが。
――シュー殿、なんとかしてはくれまいか。
――無理! 私じゃ無理!
アイコンタクトで会話をしつつも、結局シューが諦めて仲裁に入った。
「二人とも、そこまでにしてもらっていいかな?」
「何よシュー! こいつの肩を持つの!?」
「クマさん落ち着いて! あと、助けてもらったのは本当だから」
納得仕切れない顔でテディ☆ベアが刃を見るが、彼は気にしてないかのように片手を挙げた。
「んで、さっきの疑問について答えたいんだけど、いいか」
「――つまり、今回の件はお前が持つ《転移術》ってスキルのお陰なんだな」
興味深そうに尻尾を振りながら話を聞いていた銀狐は、その目を刃に向ける。
「ああそうだ。取得条件はおそらく《旗指定》と《旗転移》を何度も使用すること。ただ、これら前提スキルの取得条件は不明だ」
普段ソロ活動が多いことが反動になったのか、刃はついついしなくても良い新スキルについても説明していた。もっとも、自分が情報源だということは伏せてもらうことを約束してもらったが。
「己も機械人固有の新スキルをいくつか持っているが、本当に条件が不確かなものが多いな」
隣で説明を聞いていたグラサンダーが、納得と言わんばかりに頷いて同意する。
立っている刃に向かい合って座っている銀狐はというと、口の中でそれぞれのスキル名を何度か反芻し、
「ま、字面からおおよそいくつか推測はできるが……一部は進んで試してみたいとは思わない内容だな」
「は? たったこんだけの情報で推測できるのか?」
驚く刃とシューと異なり、テディ☆ベアもグラサンダーも、何故かわかっていたと言わんばかりに苦笑していた。
「一応、スキル取得の考察は結構やってる方だからな。ほら、外部にあるスキル情報サイトあるだろ? あれの取得方法欄、大半のものは俺が推測して、実際に試してもらって取得できたやつが書いてある」
「マジか……じゃあもし他に新スキルがあれば、結構簡単に推測できんのかな……」
「お、その口ぶりだと他にも新スキルを持ってるのか? 今度時間があるときに教えてくれよ。礼は弾むぜ?」
「お、おお。そんときは、な」
思わず口に出した自分を責めたいと思った刃だが、吐き出したいという気持ちがなかったというわけではない。
誰も知らない、自分だけが知っているというものは、得てして喋りたくなってしまうものだ。
そんな彼の気持ちを知ってか、銀狐はその気持ちはわかる、と笑う。
「ま、オレのことは信用するもしないも自由にするといいさ。お前の名前を出さないって言っても、口約束だからな」
そんなことを言う彼に、しかし刃は特に嫌な気持ちになることはなかった。
信用していい。何故か自然とそう思ってしまうような、そんな雰囲気を感じたのだ。
「己から一言、狐殿について言わせてもらえるなら、口の硬さには信用して良い。己も初期の頃から手伝ってはいるが、己の情報がスキル関連と共に出たことは未だなし、だ」
隣にいるグラサンダーも、腕を組んで頷いている。
彼も彼で、良い奴なのだろう、と刃はなんとなく思う。
実際に銀狐もグラサンダーも、そしてテディ☆ベアもそんなことを考える輩ではなかった。
「おいおい、なんか簡単に信じてるみたいだな」
「いいんだよ。もしお前らに騙されたのがわかったら、そんときゃ多分未見だと思うスキルも説明しないし、他のゲームに逃げたりすればいい話だ。ただでさえスキル名もスキル効果もよく分からないのが多い。情報って意味で困るのはお前らだけだ」
苦笑しながら言う刃に、心配する必要がなかったなと銀狐は釣られたように再び笑った。
「んで、そろそろ元の目的に戻ろうか。まだ少し早いけど、もう行っちまうか? ああ、オレは刃のPT入りはオッケーだぜ。ただし、死に戻りは自己責任な」
「己も同じである」
「二人がそういうなら私も頷くしかないじゃない……」
「ありがとよ。それにしてもお前って、実は結構苦労してる?」
「今回はアナタのせいよ!」
「ま、まぁまぁクマさん、落ち着いて。ね?」
一人だけ比較的暗いため息をついているテディ☆ベアに、そういえばと銀狐は酒場を出ながら顔だけ後ろを向いた。
「テディ、お前刃のこと最弱カウンター馬鹿、って呼んでたけど、なにがあったんだ?」
「ああ……前に私がPvPランク五位から一気にランク外まで転落した時期があったでしょ」
「あったなぁそういえば」
「あれ、その時私がランダムマッチやって、その時当たった初心者装備のこいつに剣技の《破断》使って、それに倍加カウンター喰らって即死したのよ」
「……なるほど」
確かにそれは納得だ、と銀狐が苦笑するのに、テディ☆ベアは刃を思いっきり睨んだ。
「あーもー思い出しただけで腹が立つ! しかもそのあと、アナタ一回もPvPに参加しなかったし!」
「お前と当たらなかっただけだよ。しかもあの試合見られてたみたいで、俺の相手みんな魔法か遠距離攻撃しかしなくなったんだぞ……」
「そんなこと知らないわよ! そもそもあの時、《破断》自体まだ取得条件不明のスキルだったのよ。なんでそれをカウンターできたのよ!」
「え、そん時だったら俺すでに持ってたからな。開始タイミングも軌道も同じみたいだったし、あとは勘だよ、勘」
あっけらかんという彼に、テディ☆ベアは理不尽だわああああ! と往来にも関わらず叫んでいた。
読んでいってくださる方が増えて嬉しいです、ありがとうございます!
拙いですが、面白いと思ってもらえるように精進します。