疑念と信用
「……勝った、のか」
「……そうみたい」
後に残ったのは大きな岩槍と、拘束具、そして氷が付着する魔石が二つ。それを見て、二人は安堵の息をついた。
「正直どうなるかと思ったけど……時間もギリギリ間に合ったわね」
シューが魔石を拾いながら左上に視線を向けて時間を確認すると、予定まであと三分ほど。
――倍加カウンターに感謝、ね。
あれがなければ、おそらく長期戦になって間に合うことはなかっただろう。
そういう意味では、彼に感謝したい。
もっとも、復活アイテムを無駄にしてしまったので、その分を後ほど返さなければならないが。
「刃、本当に助かったわ。ありがとう。それと、横取りになってごめんなさい」
そう言って頭を下げるシューに、刃は頭痛を抑えるかのようにしながら、
「色々と言いたいことがあるけど、今はそれより聞きたいことがある」
「えっと、なに?」
「《スラッシュ》もそうだけど……《瞬間想像》についてだ。規模、範囲、威力、イメージの実現性……俺も持っているけど、なにもかも桁違いだ。一体、どういう仕掛けなんだ?」
睨みつけるかのように見る彼に、シューは言葉を濁す。
「えっと、説明してもいいけど……」
「いいけど、なんだ」
「後日でいいかな?」
その言葉を聞いた瞬間に、わかっていたとばかりに刃はため息を吐いた。
「そう言って教える気はないんだろ、わかってる。ならいいや、自力で見つけるさ」
そうして背を向けた彼の肩をがっしりと掴んで、シューは自分の方を向けさせて顔を近づけた。まるで姉が弟を叱るような構図に、刃は狼狽えながらその大人びたような、けれどまだ幼さの残る顔を見て、
――あ、俺より背が高い。でもその割に胸は……って違うだろおい!?
視線が上から下に行った直後に思わず顔を背けた刃を気にすることなく、シューはニコリと笑いながら、青筋を立てた。
「さっきもそうだけど、なんでそんな風に捉えるのかな君は? そんなに私が信用ならないのかなぁ!?」
「だぁ!? 近い、近いって!」
そう言って、顔を赤くしながら離れようとするが、刃がどれだけ力を入れても抜け出せない。
「いい? 今からフレンド登録するから。それでも文句ある!?」
「ない、ないから離れてくれ!」
そんな彼を無視して、シューは不満げにフレンド申請、と小声で呟き、目の前の少年を見る。
「さぁ、早く。早く許諾しなさい……今すぐ。ハリー!」
「わ、わかった! わかったから!」
半ば強引に許諾されたのを確認して、シューはようやく彼から手を離す。
解放された刃は若干ながら痛むのか、肩を抑えて後ずさりした。
「こ、これでいいか?」
「いいわよ。それにしてもまったく、最初から素直に信じればよかったの……」
妙なところで言葉を区切り、固まってしまったシューを見て、刃は再び何かされるのではと警戒しながらも、一応声をかけようとした。が、
「わぁあああ!? 急がないと間に合わない!」
言うなり、シューは剣を腰に帯びている鞘に戻し、地面に落ちた拘束具を拾ってから、他に忘れ物がないか確認する。
その様子を見て、刃は思い出したかのように手を打つ。
「ああ、そういや時間がないんだったか」
「そうなの! えぇっと、ボス討伐後のポータルで麓まで降りて、そこからヴィーザルまで最短で三十分……少しだけ遅刻だぁ……」
肩を落とし、表情を暗くしながらも中級回復薬を飲み、ポーチから羽の装飾がついた靴を取り出す作業は、流れるように早い。
「っと、刃。 繰り返すようだけど、本当にありがとね。あと、ごめん。とりあえずこの話は後じちゅっ!」
「まぁ待てよ」
靴を履きかえ、PT解散の画面を出しながら走り出そうとしたシューは、いつの間にか外套の首元を持った刃によって、その勢いを無理やり止められ尻餅をついた。
「な、なにするのよ!」
「いや、ヴィーザルに行くってことは、どっかに転移するんだろ? どこに行くんだ?」
「ふぃ、フィルギャの街よ! それがどうしたのっ」
咳き込む彼女に、刃は少しだけ考える様子を見せ、
「いやなに、今後俺の方で何かあった時に色々と都合をつけてくれるんなら、助けてもいいぜ」
「助けるって、具体的にどうするの」
今にも走りだそうとするシューの言葉に、刃は苦笑した。
「フィルギャまで転移する」
「…………はぁ」
ため息と同時に、シューは無意識に拳を握り込む。
「刃、君は、そんな無茶苦茶なこと言って私を引き止めて、何がしたいの?」
「いや、待て落ちつけ。嘘でもなんでもねぇから! 違うからその拳を納めてくださいっ」
風景が揺らいで見えるような錯覚を受けて、刃は後ろに下がりながらも言葉を続ける。
「てかお前、俺に信じろって言っておいて俺の言葉は信じねぇのかよ!」
「むぅ……」
若干冷静さを取り戻したシューは、しかしそれでも信じられないという表情で刃を睨む。
なんとも言えないプレッシャーに押されながらも、刃は深呼吸。
「あー……っと。転移については、本当だ。信じるか信じないかはお前……えっと、シュー次第だ」
そこで一旦、区切る。
確かに真実なら、シューにとってありがたい話だ。もちろん、遅刻したからと言って死ぬわけではないし、精々が弄られて終わりだろう。
だが、
「わかった、信じる」
事故があったとはいえ、時間までに終わると高を括っていたのは彼女の落ち度だ。挽回できるのであれば、一応しておきたい。
「それで、転移してもらうとして、私は今後何をすればいいの?」
「そうだな……護衛やボス戦の手伝い、あとは素材集めとかだな」
「そんなことでいいの? お金じゃなくて?」
キョトン、としているシューを見ながら、刃は頷く。
「あとは、俺のスキルをあまり言い触らさなきゃオッケーさ」
「それくらい、どうってことはないわよ」
「契約成立だなっ! それじゃ早速、転移しますか!」
満面の笑顔でそう言うなり、彼は三又の剣を逆手に持ち、周囲を見回した。
「PTは……まだ解除されてないな。忘れ物とかないか? あの金属とか」
「大丈夫よ」
「ならいくぜ……《転移術》!」
その言葉と同時に彼らの姿は突如消え、銀世界に再び静寂が戻った。