元気そうな顔が見たくて
『《パラレル・ユニバース》へ、ようこそ!』
ログインアナウンスが聞こえる。ゆっくり目を開けると、そこは昨日ログアウトしたフィルギャの街の噴水前だった。
昼間とはいえさすが休日というべきか、周囲には比較的多くのプレイヤーが見える。彼らは突然現れたシューを気にすることなく、それぞれが好きな行動をとっている。
NPCからアイテムを購入する猫耳獣人や、同じギルドメンバーで話しているのだろう機械人の集団、座り込んで露天を開いているだろう人間……。
――き、気のせいだってわかってるけど……。
シューはそんな、自分には決して向いていないはずの彼らの視線を感じてしまう。違うとわかっていても心配は収まらない。
どこかゆっくりできる場所は、と視線を動かしていると、
『ったく心配させやがってこんのバカシュー! 生きてんならせめてメールに返事くらい寄越しやがれっ』
「ひゃう!?」
道のど真ん中で突如悲鳴を上げた少女に、周囲が一瞬何事かと視線を集めるが、彼女が耳に手を当てながら走っていくのを確認すると、何事もなかったかのようにスルーした。
「ちょ、刃、いきなり音声通信で大声はやめて!」
『うっせぇバカ! 人を無駄に心配させた罰だ、ありがたく受け取りやがれっ』
走りながら小声で反論するシューに、しかし刃は反論を許さない。
『そもそもシュー、お前がとっとと俺にメッセ返せばよかった話だろうが』
「うぐっ!」
『テディ☆ベアに連絡入れてもらった後も、お前からはやっぱり連絡なかったし』
「はう……!」
『どうせその調子だと、俺が送ったメッセもまだ見てねぇんだろ』
「ごふっ……そ、その通りでございます……」
心に次々と刺さる口撃にシューの脳内体力が順調に削られていく中、刃は思わずため息をついた。
『Exactly(その通りでございます)、じゃねぇよ! ったく、あの程度のミスで簡単に折れるんじゃねぇよ……』
「だ、だって!」
それまで駆けていた足を止めて、シューは俯く。
「だって……手伝ってもらったのにあんな失敗して、迷惑かけて……それに、晒されないか心配で……」
『心配性乙』
「なっ」
そんなシューに、刃はアホらしいと再びため息をついた。
『お前、それを言ったら俺なんかどうなるよ? 参加したいって言うだけで晒されるぞ』
「え」
『雑魚敵と戦ってても晒されることあるし、迷惑かけないようにって思って、ソロでボス戦してても晒されるんだぞ』
「そんな程度で……?」
唖然とするシューに、刃はそんなもんだと苦笑する。
『だから、んなこと気にするよりも、とっととこっちに来いよ。場所はメッセで送ってるだろ』
「……うん、わかった」
そして耳から手を離して、受信した刃からのメッセージを開く。
「場所は……え?」
「やっと、来た、か!」
目の前で大きな熊の爪を全てカウンターで返す刃に、シューは半ば飽きれた顔になった。
「一応、ここって最低でも能力値の平均が100はないと無理って言われてる狩り場だよね……」
「それが、どうしたっ……うお!?」
急に放たれた足払いをジャンプで避けた、直後に再び爪が振るわれる。それを三つ又剣で受け止め、しかし勢いを殺せずに距離をおかれてしまう。
「しかも銀熊なんて相手に、なんで戦えてるの……」
「動きは比較的単純だからな。こっの、《火の矢》!」
突き出された左手から放たれた小さな火矢は、しかしさほどダメージを与えることはない。
目くらましにすらならないその魔法を、刃は何度も放っていく。
「《火の矢》! おいシュー、PT組んでこいつ抑えててくれ!」
「来て早々にいきなりねっ」
片手で《火の矢》を放ちながら、刃は器用にシューへPT申請を飛ばす。
若干怒りながらも申請を許諾したシューは、今にも刃に爪を当てようとしていた銀熊の爪を、一瞬で抜いた長剣で受け止める。
そうして動きが止まった銀熊に、刃はしつこい程に《火の矢》を放ち続け、
「お、来た! 《炎の弾丸》っ」
突如、それまでの小さな矢と違う、勢いがついた炎が放たれた。
《炎の弾丸》――銀狐が牽制代わりによく使う魔法の一つで、文字通り大きめの炎が弾丸のように対象に飛び、燃え上がらせるものだ。
PvPにおいてはほぼ避けることができない程の速度を誇るが、威力自体はそれほどでもない、いわば単体ではあまり意味がないものと言われている。
そんな《炎の弾丸》を、しかし刃は何度も詠唱しては放っていく。
「刃、炎が怖いからそろそろトドメ刺していいかな!?」
「いいぞ……なぁんて言うとでも思ったか? まだだ、多分後少しっ」
「ひどっ!」
刃に向かおうとする銀熊の爪を受け止め、流し、勢いをつけられないように距離を保ったまま、シューは周囲の状況を確認する。
――他に敵影はなし、刃は無傷で私も大したダメージはなし、と。
バアルの時と違って冷静に状況を見ながら、銀熊の攻撃を確実に捌いていく。
そして、
「あれ、予想外のもんが……ま、いっか」
唐突に刃が手の平を無言のまま銀熊に向けた、と同時に《炎の弾丸》らしきものが放たれた。
そのとき、刃がしまった、と顔を歪ませるがそれも遅く、魔法を受けた銀熊の体力がゼロになり、その姿を粒子に変えていった。
「ああ! まだ付与系スキル解放されてねぇのに!?」
銀熊の残した毛皮を手に取りながら、刃はなんで発動ミスったよ、と嘆きながら心底残念そうに肩を落とした。
そんな様子を見ながら、シューは何となく笑ってしまった。
「……なんだよ?」
「ううん、なんでもない。それよりも、昨日言ってた、行きたい場所ってここなの?」
「おう。この熊の森で会ってるぞ」
そう言って、刃は三つ又剣を肩に担ぐ。
「まぁ要件としちゃ、なんだ……昨日のお前の様子を見てて心配になってさ」
そう言って刃はそっぽを向いた。
「スノードラゴン相手にしてる時とかすっげぇ楽しそうだったのにさ、悪魔の森に挑み始めてからずっと辛そうにしてて……なんていうか、変に気負ってんじゃないかなって、思ったんだよ」
「それはまぁ……」
わかるけれど、といった顔のシューに、刃は少しばつが悪そうに頭を掻いた。
「昔、ちょっとあってから、変に意識しちまうんだ。結果的にはおせっかいになっちまったみたいで、悪かったな」
そう言う刃に、シューはなんとも言えないでいた。
心配してくれてありがとう? 気にしないでいいよ?
なんて返せばいいのだろう。
黙り込んだシューを見て、刃はもう一度悪かったなと言いながら、頭を下げた。
「そ、そこまでしなくてもいいよ!」
「ん……でも見た感じ最初に戻ったみたいで、本当に良かった」
そう言って顔を上げて笑った刃は、本当に嬉しそうだった。