失敗と心配
眩しい光が、閉じた瞼の裏側に広がる。
思わず、といった様子で布団を被ろうと手を伸ばしたところで、少女は手を止めた。
――今何時だろう……。
眠い目を無理やり開け、見えた時計の時間は午前十一時。
寝すぎたか、と思いはするが、昨日深夜まで起きていたのを考えると、仕方ないとも思う。
シュー・クリームこと、飯田舞知はぼんやりとした頭を軽く振りながら、上半身を起こして腕を伸ばした。
――反省会、か。
ベッドから出て着替えながら、舞知は昨日の事を思い出していた。
――負けた原因はどう考えても私だ。
周囲の動きを見ていれば、もっと戦えたのではないか、大きなダメージを受けることはなかったのでは? そもそも作戦で、バアルの体力を確認しながら戦うと言っていたのを忘れていたことが、大きな敗因だろう。
何も考えずに攻撃し、準備もままならない状態で後半戦に入ってしまった。不可視の攻撃についても言われていたし、途中まで気づかなかったけれど、接近戦で体力が削られていたのはすぐに気づくべきだった。
「でも、焦っちゃうよ。やっぱりさ」
小さく呟く。
ステータスの差かもしれない、装備の性能差かもしれない。プレイ時間による実力差なんて当然だろう。けれども、実際に目の当たりにしてみると、その差は予想以上のものだった。
「はぁ……」
テレビを点けて、遅めの朝食兼昼食の冷凍スパゲティにフォークを突き刺す。
一人暮らしの家は、気が楽だ。
夜遅くまで起きていても怒られはしないし、こうやって昼頃に起きても何かを言う人もいない。一人になりたいときは、なおさらだ。
「会いたく、ないなぁ……」
テレビの中でニュース番組のレポーターが最近の話題を取り上げているが、特に気になったものはない。かといって、パソコンからネットを開いたところで昨日の事を思い出して、憂鬱になるだけだ。
さてどうしようか、とぼんやり考えていると、
「わひゃあ!?」
突如鳴り響いた電子音に、シューは思わず飛び上がった。
「うわっとっと」
音の出所は、枕元に置いてあったヘルメット型のゲーム機、VRギアだ。
ゲーム内のプレイヤーからのメールが届くと、こうやって音を鳴らして知らせる。
だが、シューは十中八九昨日組んだPTの誰かからだろうなと思い、あえて無視する。
正直に言うと、怖いのだ。
ネット上のドライな関係とはいえ、わざわざ手伝ってもらった。しかも友人が声をかけてくれた上に、その相手は攻略組トップクラスときたもんだ。
――絶対怒ってるよね……。
もしかしたら掲示板に名前が挙がってるかもしれない、今後変な噂が流れるかもしれない。
そう思うと、とてもではないけれどもネットに関わる気にはなれなかった。
なんとなく雑誌を読みふけっていると、ふと携帯電話が鳴った。
着信相手の名前を見てみると、『クマさん』。
「もしもし……」
『あ、繋がった! 大丈夫? 早まった真似しようなんて考えてないよね舞知!?』
「ちょ、ちょっと待ってよきーちゃん、落ち着いて。一体どうしたの?」
大きな声がスピーカーから聞こえて来るのに顔をしかめながら、舞知はきーちゃんことテディ☆ベア、熊星桐子の様子を確認する。
すると舞知の普段通りの声を聞いて安心したのか、彼女は深呼吸をしてから、
『あのバカから、シューにメールを送っても全然返事が来ないし、昨日負けたあとの様子も変だったしで、もしかしたらリアルで何かあったのかもしれない、って連絡があったのよ』
「あー……」
バカとは刃のことだろう。確かに、昨日はちょっとおかしかったかもしれないと舞知は思う。だが、彼女としてはここまで心配されるのは予想外でもあった。
「ごめんね、心配させちゃったみたいで」
『ホントよ、まったく……あのバカもなんか慌てているみたいな文面だったし、ちゃんと連絡くらいしておきなさいよ?』
そう電話越しにため息をつく桐子の声を聞いて、舞知も安心する。
――よかった、普段通りだ。
「うん、わかった。とりあえず連絡しておくよ」
『はいはい、いいから早くしてね。反省会もあるのに、催促メールが途切れないのよ。あのバカから!』
「う、うん。それはわかったけど……多分刃のことだよね? あまりバカって言い過ぎるのはよくないかなぁ、なんて――」
『バカはバカ呼ばわりでいいのよ』
必死になっているようにも聞こえるその声に、シューは思わず苦笑する。
『ま、連絡はとれたし、そろそろ片付けの続きでもするわ。それじゃあね』
「うん、心配してくれてありがと。またね」
電話を切って、ベッドにあるVRギアを手に取る。
ボクシングに使われるようなヘッドギアほどの大きさに対して比較的重いそれは、《パラレル・ユニバース》と一緒に買ったものだ。
それを頭から被ろうとして、手が止まった。
やっぱり、怖い。
「……どうしようかな……」
思わず呟くが、しかし心配をかけ続けるのもどうかと思う。
――……迷っても仕方ないし、行くだけ、行ってみよう。
掲示板に乗ったらそのときはそのときだ。
そう思い切ってギアを被り、側頭部付近にあるログインスイッチを押してベッドに仰向けに寝転がる。
徐々に眠るような感覚の中、舞知はふと疑問を抱いた。
そういえば、なぜ刃は私を心配したのだろうか、と。
しかしその疑問の答えを見つける前に、舞知はシュー・クリームとして《パラレル・ユニバース》にログインしたのだった。
次回からはまた週2回ずつ更新できれば、と思います。