瓦解は一瞬
半ば刃に引きずられるように走るシューを援護するように、テディ☆ベアが矢継ぎ早に魔法を放ち、銀狐が走り回りながら短剣を投げつける。
「ちっ、やっぱりこの程度じゃ止まらないかっ」
「任せろ。《歯車の壁》!」
四人の中でもっとも遅いグラサンダーと比べてもさらに遅い刃に、バアルは一瞬で再生した舌を伸ばす。が、駆け出したグラサンダーの合掌と共に、刃の背後に出現した歯車がそれを防いだ。
「《アイアン・フィスト》ォ!」
歯車が砕けたのを確認すると、彼はそのまま腰を落として正拳突きを放った。
上、それとも下か?
否、正面の虚空から鉄の拳が出現し、勢いよくバアルの体を吹き飛ばして距離を作る。
「ナイスよグラ! 《ミドルヒール》!」
「体力残り五割とちょっと……ギリギリ削れてくれるなよ! 《陽の光》、《影縫い》っ」
テディ☆ベアがようやく合流したシューに回復魔法をかける横で、銀狐が杖を掲げた先から光の玉が飛び出て、まるで地上にいるかのように洞窟内を照らす。
急な明るさの変化にバアルが目を瞑ると、銀狐は計八本もの短剣をバアルの影に投げつける。
影の端を片っ端から地面に縫いとめるかのように、短剣は正確に刺さる、と同時に微量のダメージがバアルに与えられた。
「変化は……なし! 時間は少ししかないけど、充分でしょう。銀狐、しばらくお願いねっ」
「そっちも頼むぞ、テディっ」
着地と同時にその場に留まり、銀狐は手の平を合わせてバアルの前に立つ。
その様子を前線から離れた位置で見ながら、シューはようやく自分が引っ張られていたことに気づいた。
「は、離して! まだ私は戦えるよっ」
「あ、おいっ」
そう言ってあっけなく刃の手を振りほどき、シューはバアルに向かって駆け出した。
どうあがいても刃では追いつけない速度に、彼はテディ☆ベアたちを見るが、彼らはすでにシューに並ぼうと走っており、動いていないのは自分だけだと気づく。
「あー……こりゃダメだな。クソッ」
悪態をつきながらも、刃はできる限り「勝つ」ための策を考える。
……銀狐ははっきり言って俺程度が心配するレベルじゃない。
テディ☆ベアはシューと話をしようとして少し危なそうだけど、グラサンダーがなんとかするはずだ。
で、シューは焦ってんのか状況把握ができていない、と。
ならシューをメインで見るべき、なんだろなぁ。
そんなことを思いながら、刃はできる限りの最高速で走る。
目の前では、テディ☆ベアが耳に手を当て、がむしゃらに走るシューに音声通信で何かを話しかけているのが見える。
が、説得の時間は決して間に合わない。
なぜならシューはテディ☆ベアや銀狐たちの制止を振り切って、そのままバアルに《スラッシュ》の連続攻撃を放っていたからだ。
『生贄どもが揃って調子に乗りよって……楽に殺してやろうと思っていたが、もう良い』
バアルの体力バーが五割を下回った瞬間、洞窟内に暗い、霧のような瘴気が放たれた。
ただでさえ付与魔法と、銀狐の使った《陽の光》による明かりでしか視界が確保できていなかったのが、光すら飲み込む闇に襲われ、何も見えなくなる。
空間の変化にシューが驚く中、銀狐は舌打ちと共に大きく後ろに下がり、テディ☆ベアは《風壁》を放っていた。
「シュー殿、下がれっ」
「え?」
グラサンダーが声を上げるがそれは少しばかり遅く、《風壁》が瘴気を払う音に混じって、鈍い打撃音が聞こえた。
「テディ! シューが見え次第もう一度回復!」
「え、あっ、了解!」
シューの体力が六割ほど削られたのを視界端に見て、銀狐が先ほどの威力をおおよそ弾き出す。
――事前に聞いてたシューの防御力と体力的に六割だと……スノードラゴンとほぼ同じか。それにしても、遠くから見れば物理か魔法かわかるかと思ったが、そもそも暗くて見えないな!
「グラサンダー、全員の位置は?」
「把握している。もっとも、動いていなければの話だが」
「範囲内には?」
「入っていない」
「ならよし。じゃあいきますか。《陽の光》っ」
瘴気が晴れた場所が、再び地上のように照らされる。
それによって少しだけ見えたバアルの羽を見て、銀狐は薄く笑った。
「いくぜ……《光の爆発》!」
その言葉に呼応するかのように光が瞬き、かと思えば縮小し、そして大きな爆発を巻き起こした。
《光の爆発》はエフェクトが派手な割に、威力が低いことで有名な魔法だ。
使いどころとしては不意打ちや、相手の光魔法に対する迎撃が主だと言われているが、爆風を利用して大きな風を巻き起こすこともできる。
銀狐としては風魔法より有用だと思っており、現に《風壁》以上の威力を持って、瘴気を一気に払っている。
そうして見えたシューは壁にめり込んではいるものの、壁から抜け出して、すぐにでも攻撃に入ろうとしていた。
「見えた! 《ミドルヒール》!」
テディ☆ベアの魔法で全回復するものの、瘴気が一時的に払われて見えたバアルは、すでに何かの攻撃準備に入っている。
「もう一回っ」
それを確認したテディ☆ベアが再び魔法を使う準備をした、と思った瞬間だった。
【Your Dead】
『……え?』
何かに貫かれたテディ☆ベアの視界が若干暗くなると同時に、文字が現れていた。
「一撃だと!?」
驚くグラサンダーとは対照的に、銀狐は何かを確信したように唸った。
「回復役狙い、ってか。チッ、前回の回復役四人の場合の差を考えるなら、回復量が高いやつが狙い目か?」
そう言いながら、銀狐はグラサンダーに駆け寄る。
「グラサンダー! 《歯車の壁》をオレの周囲に展開! シュー、お前が攻撃役をやれっ」
「応っ」
「言われなくても!」
歯車の壁に囲まれたのを確認し、銀狐はバアルとシューがいると思われる方向を見る。
「これで見えるとありがたいんだけどな……《暗視》っ」
――さてどうなるか……っと。
そうして少しずつ銀狐の視界に見える闇が薄くなっていくと、バアルの舌を避けつつ、《スラッシュ》でダメージを与え続けていくシューが見えた。
――たまに舌の一撃が入るけどダメージは微量。それよりも、何もしてない時ですらダメージを受けているのは……まさか。
「シュー、一旦バアルから離れろ!」
「なんで!」
「回復だ、急げっ」
悔しそうに飛び退いたシューを舌が掠める。が、それでも距離をとった途端に体力の減りがなくなった。
「予想通りか……《ミド――》!?」
シューの体力を回復しようとした瞬間、銀狐は鋭い殺気のようなものを感じた。
詠唱を中断し、間髪入れずに飛び退くと同時に、銀狐は何かに貫かれた。
――《歯車の壁》をすり抜けた……ってことは魔法か。それでいて飛び退くことで威力減衰、オレは生き残っていることから即死攻撃じゃないっ。
そう思い、銀狐は貫かれた勢いに任せて後方に退く。
そしてバアルから充分に離れた位置で自身に《ミドルヒール》を発動させる。
――回復魔法に対する反応範囲は最大でもおおよそ五十メートル未満。《ミドルヒール》が射程二十メートルほどが限界。だったら後方支援に徹する人間は、最低でも魔法攻撃に対する対策が必須か。
そこまで思考し、銀狐は体を動かそうとして気づいた。
体が、重い。