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最弱のスキルマスター  作者: 白樺 希連音
出会いは赤と白
10/33

気づかぬ焦り

 重く、木が軋むような音を無視して、銀狐たちは扉を開けるなり、光の届かない暗闇に向かってすぐさま駆け出す。全員が入ったと同時に背後で扉が再び音を出しながら閉まる。


「《歯車の壁(ギアーズ・ウォール)》」


 グラサンダーが前に飛び出て合掌した瞬間、彼らの前にそれぞれ金属の歯車が現れ、暗闇の向こうから高速で飛翔してきた何かにぶつかると、甲高い音と共に威力を相殺して消えた。


「はは! アレを無効化するとか流石グラサンダー。重戦士(タンク)の鏡だな!」

「茶化すな狐殿。情報を知っていればこそ、だ」


 笑いながら、銀狐は太ももに巻きつけているポーチから、銀狐の身長と同じくらいの杖を取り出して構え、同じ言葉を三度呟く。


「《光付与(エンチャント・ライト)》」


 すると、言葉に合わせてグラサンダーの両腕と、シューの構える剣、そして刃の持つ三又剣がそれぞれ光を放ち、彼らの足元を照らし始めた。


「これがエンチャントか……」

「付与スキル自体は割と簡単に取れる。明日にでも調べてみなよ」


 刃の呟きに銀狐が応じたのが引き金になったかのように、突如目の前の暗闇がさらに濃くなった。


『先の慈悲を避けたか生贄よ。痛みなく葬られる幸福を得なかったことを、後悔するがいい』

「《毒の吐息(ポイズンブレス)》、来るぞ!」

「《風壁(エア・ウォール)》っ」


 一層濃くなった闇から吐き出されたブレスは、しかしテディ☆ベアを中心とした見えない壁によって霧散していく。

 しかしそれでも防ぎきれなかったのか、グラサンダーと銀狐の顔色が突如青ざめる。

 だが、この程度は銀狐にとっては予想の範囲内だ。


「毒消し頼む!」

「投げるよっ」

「《毒の治癒(キュア・ポイズン)》!」


 多少体力を減らしたものの、シューが投げた毒消し薬(アンチポイズン)と、刃が唱えた魔法によって顔色を戻した銀狐が、笑いながら杖をバトンのように回し、


「《光の槍(ライトジャベリン)》、《炎の弾丸(フレイムバレット)》!」


 ほとんど重なっているほどの速さで光と炎が放つ。

 光が貫き、炎が中から焼き払ったところで、闇の中に隠れていた姿が見えた。


 五人の中で最も背が高いグラサンダーよりもさらに高い。おそらく三メートルは悠にあるだろう、毒々しい色にコウモリの羽を生やしている大きな蛙だ。

 姿を見られた事に驚いた様子を見せるバアルに、同じく毒から回復したグラサンダーが肉薄し、殴打する。

 そうしてバアルの注意が彼に向かったところで、刃が戦線から少しずつ離れていき、


「……《隠れ身(ハイド)》」


 呟きと同時に刃の姿が消え、それと同時にシューが駆け出した。


「《瞬間創造》!」


 地面に手を当てると同時に、土が突如変化してバアルの四方から、その巨体を押しつぶさんと巨大な手の平が襲いかかる。

 それを跳躍して躱したバアルに、追従するようにグラサンダーが地面を、そして中途半端に止まった土の手を蹴り砕いて跳躍する。


「《アイアン・フィスト》!」


 虚空に拳を振り下ろすと共に、今にも天井につきそうなほどの位置にいるバアルの頭上から、突如鉄の拳がその脳天を撃ち貫く。

 かなりの威力だったのか、ゴムボールのように地上と天井を何度か往復する。そこにさらに追撃を加えようとしたグラサンダーが、突如駆け出した足を無理やり止めてその場で腕を重ねて防御する。

 それは正しい判断だったのだろう、跳ねているバアルから何かが放たれたのは防御の姿勢をとった瞬間だった。


「ぐぅ!?」


 グラサンダーの体力が七割も削れ、その体が壁まで吹き飛び、めり込んだ。


「《ミドルヒール》!」


 即座にテディ☆ベアが回復魔法を放ち、銀狐がテディ☆ベアとバアルの射線上に走り込む。と、


「《瞬間創造》!」


 シューが再び手を当てると、土でできた巨大な柱が天井に向かって伸び、バアルの動きを無理やり止めた。

 そして舌を伸ばしているのが確認できたバアルの体力は、


「凄まじい、な」

『スノードラゴンとほぼ変わらねぇぞ……』


 一割も減っていなかった。


「コイツはこんなものよ。火力も足りてないし、仕方ないわ」


 そう言いながら、炎と雷の魔法を放つテディ☆ベアの横で、土の柱を砕いて着地したバアルの後ろに少しだけ目を向けながら銀狐が相変わらず杖を回転させ、


「まぁこれで多少は変わるさ。《雷の嵐(サンダーストーム)》!」


 バアルごと、空間を焦がし尽くした。


『おわああああ!? い、いくらPTだからってダメージはゼロじゃないんだぞ!』

「あ、悪い。近くにいたのか。気づかなかった(笑)」

『カッコ笑い、とか口に出してごまかすんじゃねぇ! というかてめぇ、さっき俺の方見てたよな、位置わかった上で撃ったよな!?』


 銀狐の視界にある刃のHPバーが八割ほど削れたのを、銀狐は軽く片手を顔の前に上げながら謝るが、バアルの背後で見ている刃としてはそれどころではない。


 より近くで動きを観察し、場合によっては倍加カウンターを当てるつもりだったのだが、しかし味方だろうが敵だろうが範囲攻撃があるのならば、それは難しい。

 《パラレル・ユニバース》では、たとえPTを組んでいてもダメージを受け、死ぬ可能性もある。もっとも現実と違い、プレイヤー同士のダメージはある程度減少される……が、刃の体力からすれば、それでもかなり凶悪なダメージになる。


「うわー、さすが銀狐。現状最高魔法持ってるなんてすごいわー」

「だろ? けど取得方法出してるけど、なかなか取得者が増えないんだよ」

『おい、無視すんな!』


 そんな彼の叫びを無視するかのように、棒読みで銀狐を褒めるテディ☆ベアと悪ノリする銀狐。それでも彼らはそれぞれの適した位置に動く。

 刃はバアルの後方で何かをした後にグラサンダーの近くに向かって走り、銀狐とテディ☆ベアは刃が離れたのを確認してから範囲魔法を叩き込む。

 しかし特別接近してるわけではなく、しかもどちらかといえば気負うことのないシューはなぜか息を切らせ、喋る余裕もなかった。


 ――こんな戦闘の中でのんきに会話してるなんて!


 三割ほど体力を減らしていたバアルは、先ほどのようにバウンドすることはなかったが、それでもその巨体に見合わない速度で動き、広い空間全てが射程範囲になる長い舌を高速で伸ばしていた。

 それらに気を使いながら忘れた頃にくる《毒の吐息》や、物理攻撃判定の《怪音波》を警戒するのだ。

 レイド戦をしたことがない、というわけではないが、それでも一定以上の緊張を常に強いられる状況に、シューの心臓は早鐘のように鳴っていた。


 ――まずいまずいまずい!


 魔法を放つ際、ほとんどのプレイヤーは放つ角度や速度の設定、場合によっては魔法そのものを操作するなど、足を止めて集中することが前提の動きをする。

 現に、テディ☆ベアは全体を俯瞰(ふかん)するように動きつつも、魔法を放つ際は安全なタイミングで足を止めてから放っている。

 だが、銀狐はバアルの周囲を走りながら、様々な角度から魔法を放っていく。それだけでなく、短剣も投げつつ、だ。

 さらに、種族は違えど同じ中距離戦闘であるグラサンダーの動きも、シューが速度に任せて攻めるような動きとはまた違う、堅実に、そして隙あらば大胆に攻めるというスタイルだ。リスクもそこそこにあるが、それ以上に戦果を上げているのは間違いないだろう。


 トリックスターと変幻自在。それら二つ名を持つ銀狐にグラサンダー、そしてPvP現三位の魔法裁縫師ことテディ☆ベア。


 自分と比べて遥かにレベルの高い動きは、シューを気づかない内に焦らせる。


 ――もっと、もっと速く。もっと強く!


「こ、のぉ!」


 慣れ親しみ、詠唱を省ける程に体に馴染んだ動き。

 無音のままバアルに放たれる土の杭は、しかしスノードラゴンの時と比べて小さく、そして止まっているバアルには驚異にすらならない。


「馬鹿! 焦るな!」

「シュー!」


 銀狐とテディ☆ベアがシューの異常に気づくが、シューは構うことなく走り出した。

 剣を強く握り込み、バアルの懐に飛び込む。


「はあああっ!」


 《スラッシュ》の連続攻撃。

 しかしその動きは荒く、技後硬直はなくとも隙だらけだった。


「……あっ?」


 いつの間にか、シューは天井を向いていた。

 叩きつけられた、ということに気づいたときにはすでに二回目の舌が迫っており、呆然と見ているしかないシューの目の前に、横から影が飛び込んできた。

「くぉの、馬鹿シュー!」

 倍加カウンター。

 三又剣によって舌が切断され、バアルが今までにない程に仰け反り、カウンターによって《隠れ見》の効果が切れ、姿を現した刃たちから大きく距離をとった。


「え……」

「呆けてる暇があったら走れ! あいつらんとこに一回戻るぞ!」

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