銀世界の思い出
初投稿でよく分からないことが多々ありますが、生暖かく見ていただければ幸いです。
2015/6/21 一部修正しました
吹雪く銀世界を、赤色が駆けていく。
険しい山道であるにも関わらず、ただまっすぐに駆けるそれに注意深く目を凝らせば、それが赤い外套を纏った少女だということがわかるだろう。
火炎猪の皮を使った茶色の服は、ぱっと見ただけではおよそこの雪山にそぐわない、見た目重視の軽装に見える。
しかし少女が知る限りの最高の職人の腕により、耐寒性能は元より、防具としての能力も妥当、どころかオーバーなくらいだ。同じ素材でできたブーツで固く積もった雪を蹴り、静かに、しかし迅速に頂上へと押し進む。
すると、あまりに目立つその色に惹かれたのか、不思議な光と共にどこからともなく現れた白い怪物たちが、それぞれの力を使って追いかけていく。
狼に銀色の装甲を纏わせたような、一角を生やした狼――霊銀狼はその四肢を用いて一気に迫り、薄灰色の長い毛を全身に纏わせた巨漢――雪男はいつの間に作り出したのか、大きな雪玉を丸太のような太い腕で持ち上げ、投げつける。中には雪玉ではなく、雪の結晶のようなモノ――雪精霊をブーメランのように投げる個体もいた。
しかし赤色の少女はそれらを気にすることなく走る。
後ろから飛んでくる雪玉は届かず、雪精霊が着弾点から放つ氷の槍は後ろに目が付いているかの如く避け、霊銀狼はその距離を中々縮められない。
しばらくして追いかけてくるのが霊銀狼だけになった頃、少女は不自然に広く、大きな祠がある高台に到着した、と同時に足を止めて振り返る。その瞬間、それまで諦めることなく追いかけていた霊銀狼たちは悔しそうに頭を垂れ、その姿を光と共に消す。
その様子を見てか、それとも高台にある建造物を見てか、少女はため息を付いて、片手で祠の扉を開け、中に入った。
簡素なベッドと老朽化が進んだ丸机の上に、魔法石によるランプがあるだけの部屋だが、不思議と温かみがある。外套を外して軽装になった少女はベッドに腰掛けると、ベルトにつけているポーチに手を入れる。
するとどうだろう、少女の眼前に突如装飾が入った平らな画面が現れ、その中身を少女に示したではないか。その中は格子で区切られており、その格子の中に様々な絵があった。
その絵の一つ、青い液体の入った小瓶に少女は意識を向ける、と同時に鈴のような音が鳴り、ポーチから出した彼女の手に小瓶が出現した。
中級回復薬――飲むだけで少女の傷を一気に癒すそれを、しかしそのままポーチに入れる。その作業を五回ほど繰り返したあたりで、今度は腰に帯びている長剣を抜き、その刀身の腹に手を当てて集中する。
――耐久値は残り七割ほど……いけるかな。
頭の中に浮かぶ数値を見て、少女は一人頷く。防具や外套も、おおよそ同じくらいだ。ならば、大丈夫だろう。
そう思った少女は入ってきた扉の前に立ち、ある一人の人物の名前を思い浮かべながら、耳に手を当てた。
「クマさん、いる?」
『テディ☆ベア! ちゃんと名前で呼んで、って何回言わせるのっ』
途端、少女の耳に女の声が響く。それは周囲には決して聞こえない、個人通信だ。
『ってそんなことよりシュー、あなたどこにいるのよ……ってグリーズの雪山ぁ!?』
「聞きたいことがあるの。VIT199でスノードラゴンの一撃、どれくらい入りそうかな?」
『スノードラゴン相手にそれなら大体600くらい……って、まさかっ』
「うん、ソロで狩ってみようと思うの」
『シュー、あなた馬鹿じゃないの。っていうか馬鹿よ、大馬鹿』
そこまで言われて少女、シュー・クリームはムッとした顔になった。
「何もそこまで言わなくてもいいじゃない」
『だって、スノードラゴンってついこの前にレイド組まれて、ようやく討伐した現状最難関ボスじゃない。レイドならともかくソロだなんて……そもそも道中はどうしたの』
「事前情報で調べた通り、AGI400超えたら攻撃一つ届かなかったから大丈夫。ボスもレイド戦の動画なら見たし、スノードラゴン一体だけだからなんとかなる」
『いや、なんとかなるって……別に挑戦するのはいいんだけどね』
テディ☆ベアは呆れたようなため息と同時にあのね、と切り出す。
『今日別のボスを相手する、って言ってたの、シューでしょ。スノードラゴンをソロで相手にするとしてデスペナもそうだけど、約束してた時間に間に合うの?』
その言葉に彼女は時間を見て、
「……デスペナルティは大丈夫」
『時間は』
「行ってきます!」
諦めたような声で「できる限り急いでよ」と言うテディ☆ベアの声を最後に、少女は耳から手を離し、扉を開ける。
周囲を確認してからシューは祠の裏に周り、その速度をもって雪山に駆け出した。
雪が積もった険しい山道を駆け抜け、そして着いた頂上には――
「……先客」
大きな咆哮と響く戦闘音に、シューは思わず顔をしかめた。
仕方がない、時間的にも能力的にも挑戦する人が少ないとはいえ、ゼロではないのだ。
戦っている時間が長いのであれば、勝敗に関わらず挑む時間があるかもしれない――そう思いながら、彼女は途切れながらも聞こえてくる音の場所へ向かった。