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― 和弘 ―

  あれから20年が過ぎ、今私はホテルのラウンジで待ち合わせをしていた。


「おい、久しぶり」


  話し掛けられていると思わなかった私が反応せずにいると「無視してんじゃねーよ」と再度声を掛けられた。


「お前なんでこんな高級ホテルにいるんだよ。似合わないだろうが」


  そこに立っていたのは頭を禿げ散らかし、腹をポッテリさせた男だった。


「待ち合わせです。貴方は?」


「俺も待ち合わせてるんだ。ある女優とお忍びで会うためにね」


  男は油でテカテカしている鼻を自慢げに鳴らし、ホットコーヒーを注文する。隣に座った男からは体臭をごまかしているであろうキツイ香水が漂ってきた。


「アイツは俺が居ないと駄目だから…お、ようやく来たか」


  男の視線の先を追うと、黒いサングラスに帽子を目深にかぶった女性がいた。 


「おせーよ」


  巨体を揺らしながら男は女性に近づき、細い腕をとらえた。腕を掴まれた女性は驚いて立ち止まる。


「…は?なんだアンタか」


「なんだ、じゃねーよ。ずっと待ってたんだぞ」


「何言ってんの?キモチワル!待ってたって、ストーカーしてただけでしょう!私達付き合ってるわけじゃないのに。あ~あ昔は格好よかったのに、なんでこうなっちゃったかな~?彼女に嫉妬してた私がバカだったわ~てか、酒臭いっっ」


  はっきりとした女性の声はホテルの広いホールに響き、ラウンジに居た人やチェックインしていた人が何事かと視線を向けた。


「彼女?あぁ、アイツならあそこにいるぞ」


  男が私を指差す。鼻をつまみフゴフゴ言っていた女性が私を見た。


「え?…あの人?」


  女性は私を見て首を傾げる。そして何かを思い出し青褪めた。


「昔と変わってないだろ…ん?お前嫉妬してたのか可愛い奴め」


「近づくな!変わってないって、アンタ彼女が今誰だか知らないの?」


「?言ってる意味がわからんが」


  呑気な男の台詞に女性は溜息を吐く。


「少しは世の中の事勉強したほうがいいんじゃない?ハッ、てか私もここに居たらヤバイ!過去の事ばれたら―――」


  プルプル震えだした彼女の肩を男がそっと抱く。


「どうした?寒いのか??温めてやろう」


「バッカじゃないの!…これ以上近づかないでくれる?ストーカーとして警察に訴えるから!!」


  捨て台詞を吐いた後「ヤバイヤバイ!触らぬ神に祟りなしよ」と呟いた女性は男の手を振り払い颯爽とホテルを後にした。


「……」


  男は茫然としていたが、ホールに居る人達の注目を一斉に浴びて居たたまれなくなったのか、顔を真っ赤にして怒り出した。


「彼女恥ずかしがり屋なんだよ、いつもこんな感じで…」


  ラウンジに戻ってきた男はおしぼりで火照った顔を拭き、ぬるいコーヒーを流し込む。


「はぁ…」


「ところでお前の相手はいつ来るんだ。どうせどっかのジジイなんだろ?」


  男が話題を振ってきたのを横目に、振られたのに復活早いな~なんてポジティブ思考――そういえば、この人やたら親しげに声かけてくるな~知り合いかな?仕事であった人は忘れないんだけどな――あれ?でもさっきの女性は私を知ってたみたいだし、この人の知り合いで…と思考の無限ループに陥っていた私に待ち望んでいた朗報がもたらされた。


「奥様、旦那様が到着されました」


  近くに控えていた私の秘書がそっと告げる。エントランスに顔を向けるとホテルの支配人と会社の秘書、そして私の夫である草薙一哉がこちらに歩いてくるのが見えた。


「お疲れさまでした」


「待たせたね、瑠璃子。遅れてすまなかった」


  一哉は心地よい低音ボイスで謝罪を述べ、私の頬にそっと口付けた。今日の一哉はオーダーメイドのスーツを優雅に着こなし少し長めの黒髪を後ろに撫でつけている。母親譲りの碧玉の瞳は少し垂れ気味だが、それが甘いマスクとなり色気を存分に振り撒いていた。


「旦那様―――――」


  私の秘書が今日の出来事を一哉に報告する。途中、一哉の眉間に皺が出来たがそれは一瞬の出来事ですぐにいつもの顔に戻った。


「わかった、後の事は任せる。今日はもう下がっていいぞ」


「御意」


  支配人と秘書を下がらせた一哉は、私の隣に座っている男を見て礼を述べた。


「妻の話し相手になっていてくれたようで…ありがとうございます」


「へあ?」


  話し掛けられた男は間抜けな声を出したが、一哉は構わず私に極上の笑顔を向け手を差し出した。


「では行こうか」


「はい」


  男に一礼した後、一哉の手に私の手をそっと重ねラウンジを後にする。事の成り行きを見ていた男は終始口をぽかんと開けたまま私達を見ていた。

  瑠璃子は気付かなかった。このダメ男が、かつての初恋相手である和弘だったなんて。

  そして一哉に命じられた支配人と秘書が、和弘をホテルから引き摺り出し”クサナギグループ全ての建物への出入り禁止”にしていたなんて。

  和弘は知らなかった。かつての同級生がいつのまにか結婚していたなんて。

  そしてその相手が、妻を溺愛する傍らで素晴らしい手腕を発揮し高級ホテル事業や世界中のリゾート開発で巨万の富を築いている人物だなんて。




なんてこったい。

サブタイトルがネタバレとか…

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