なまはげの異文化交流
11月1日もハロウィンらしいです
短いノックの音が玄関から聞こえる。午後7時を回ったころだ。
「子どもたちが来たのかしら」
10月31日。この日はハロウィンである。
大西美恵は、キャンディーやチョコレートなどがたくさん詰まったカゴを手に、玄関へと向かう。
そろそろ近所の子どもたちが、魔女やモンスターに仮装してやって来てもおかしくない。
今ごろ自身の娘も、持たせたカゴに入りきれないほどのお菓子をもらっていることであろう。
笑顔を満開にしてドアノブをひねる。
「悪い子はいねぇーがー、泣ぐコはいねがー!」
ケラミノとハバキを着けた赤い顔の鬼が、包丁片手にそこにいた。
* * *
「なんでこんなことをしようと思ったの?」
美恵がなまはげに詰問している。なまはげは正座させられ、床を見つめていた。
「自分の地域ではこうだったので……」
くぐもった弱々しい返答に、美恵の眉間にしわが寄った。
「はい? 神聖なハロウィンでこんな格好……もしかしてふざけてます?」
「そんなことは決してないんですけども……」
「だったら、その鬼のお面を取りなさいよ」
「いえ、それは」
顔に手をやるなまはげ。
「警察呼ぶわよ」
「今取ります!」
お面を一気に取り去ると、困惑した女の顔を出てきた。
「あなた、女性だったの!? 声で勝手に男だと思ってたわ」
美恵は驚愕する。女は苦笑した。
「声がハスキーなので、よく間違われるんです」
「顔もキリッとしてるしね」
「あはは、ありがとうございます」
少しの間、ふたりはとりとめのない話を交わす。
新しくお茶を淹れたとき、美恵はこんなことを言い出した。
「でも、異文化を取り入れるのも悪くないわね」
「え?」
「どうも年を重ねると頭が固くなってしまって困るわ。あなたの行いはいい行いだと思えたの」
「美恵さんっ」
女は顔を輝かせて立ち上がる。
「そうよ、行きなさい。あなたには異文化を広める役目がある人なのよ!」
「はい! 私、がんばります!」
女は一陣の風のごとく、出て行った。
翌朝。
朝のニュースを観ながら美恵と娘は朝食を食べていた。
「あー、この鬼さん見たよー」
「そうなの。包丁持ってたし、怖くなかった?」
「お顔は怖いけど、キャンディー持ってたし、お菓子たくさんくれたよ」
「あらあら」
テレビ画面では地元テレビ局のアナウンサーが、子どもたちにもみくちゃにされているなまはげにインタビューしていた。
『秋田からわざわざいらしたんですか?』
『そうだァー。おまえにもキャンディーをくれてやろう』
『あ、ありがとうございます。でもなまはげさん。あなたはハロウィンとは関係ないじゃないですか』
『異文化交流だァー。あんまりつべこべ言うと、おまえを連れ去るぞー!』
『すいませんでした。ハロウィンとなまはげ……さん。何か惹かれあうものがあったのでしょう。以上、現場から――』
美恵がチャンネルを変える。
「ねえ、ママ。また、鬼さん来る?」
本来のなまはげを知らない娘のうきうきとした声だ。
「そうね。また来年来るわよ」
「へぇー。まるでサンタさんみたいだね」
「ふふ、そうかもね」
なまはげのサンタ姿も案外似合いそうだと思った美恵であった。