第四十八話
ここは……どこだろう。まるで綿で包まれたように一面真っ白な世界、その中心には遥か高く何処までも続いてそうな桜の大樹。
唐突に思い出した。
「………私、死んじゃったのかなぁ………」
呟きは誰の元へも届かずに消えた。あの小学生は無事だったかとかケーキ絶対崩れちゃったとか………陽さん、何してるかなとか。あ〜もう、頭の中に浮かぶのは陽さんの顔ばかり。普段のクールな顔とか、たまに笑うときの可愛い顔とか、めちゃくちゃたまに怒った時の顔とか……エトセトラ。
いつの間にか私の眼には涙が。
「………陽さんに……逢いたいよぉ………」
うずくまりながらすすり泣いていると不意に何かの気配がした。
「………中元……………咲羅さんよね?」
『第四十八話:愛する人への想い side S』
顔を上げてみると真っ白なワンピースを着た綺麗な人が立っていた。誰だろう………どこかで逢ったことがあるような………
「はじめまして……じゃないけどこうして話をするのは初めてね。まぁあの時は私が寝てたからしょうがないけど。」
クスクス笑いながらこちらに来る。腰まで伸びた黒髪がとても綺麗だった。
私は思い出していた。この人の事を。
「………唯……さん……?」
「せいかーい。」
唯さんは私の隣に座った。私はどうしたらいいかわからずに戸惑っていた。
「どうしたの?そんなにビクビクしちゃって。」
「えっと………だって……その……私……」
「?……ああ、陽と付き合ってるから?」
言われた瞬間にビクッと心臓が跳ねた気がした。
「そんなに元カノと話すのは嫌なの?」
「だって……元カノって言っても……別れたわけじゃないし……」
「まぁそうだけど……まさか私が『このドロボウ猫め!!』ってキレるって思ってるの?」
「いや、流石にドロボウ猫は考えてなかったですけど。」
「大丈夫よ。別に怒ったりしてないわ。むしろ感謝してる。」
「………え?」
「もしあのまま貴方と出逢わなくて、あのままの陽だったら私が困るもの。なんか私が陽を縛ってるみたいじゃない?」
「いや、でも陽さんは……」
「私は陽が幸せなら構わないのよ。でもあのままだったら確実に不幸になるもの。」
「………」
「それにしても……」
唯さんは私の顔とか体とか隅々まで見ている。
「………確かに陽が好きそうな子だわ。よく陽を落とせたわね、私も苦労したのに。」
「私もめちゃくちゃ苦労しました。」
「アイツ恋愛だけは苦手だったのよねぇ。」
「ホント、他の事は何でも出来るのに。」
どちらからでもなく、笑いがこみあげてきた。気付けば二人して笑っていた。唯さんって凄くいい人だなぁ。でも私が同じ立場ならやっぱり陽さんの幸せを祈ってると思う。たとえ私と幸せにならなくてもね。
「ところで……ここはどこですか?」
「ここ?う〜ん、説明が難しいわね。」
ちょっと考え込む唯さん。
「………まぁすごく簡単に言ったら普通の世界と死んだ後の世界の『間』くらいかな?」
「『間』……ですか。じゃあ私も……」
「……大丈夫、貴方は死なせないわ。」
「………え?」
「私ね、実はそこまで長くなかったの。もって5、6年くらいだったわ。でも……」
一呼吸置いてから唯さんはまた喋りだす。
「これからは貴方の中で生きることにするわ。」
「?」
「フフッ、今はわからなくてもいいわ。それとね……」
「なんですか?」
「……陽をよろしくね。」
「………はい。」
「うん、じゃあお別れね。」
すると空からガラスの階段がゆっくりと私の目の前に降りてきた。
「行ってらっしゃい。」
「え……でも唯さん……」
「定員は一名よ。ほら、愛しい彼が待ってるわよ。」
「………はい。」
私は階段を駆け上がる。どこまでも続く階段を。
やれやれ、やっと行ったか。全く世話がやけるわ。咲羅が駆け上がった階段は徐々に消える。私は駆けだしたい衝動を抑えた。
『中谷さん、中谷唯さん。そろそろ戻ってきて頂けませんか?』
「はいはい、今戻りますよ。」
「咲羅ちゃん………陽……元気でね。直ぐに私も生まれ変わるから。」
先程までの真っ白な空間には誰もいなくなり、桜の大樹だけが静かに揺れていた。
次回、最終回です。明日の午後に更新予定ですので最後までお付き合い願います。




