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第四十七話

聞いた瞬間に俺は受話器を放り出して店を出た。綾子や絵美に一言も残さずに。外はすっかり暗くなっていた。昼間あれだけ晴れていた空も今は雨がパラつく。


俺は走っていた、多分、今までで一番早く。噛み締めすぎた唇からは鉄の味がした。痛みを感じることで忘れようとしていた。あの悪夢を………



『第四十七話:ドナー side Y』




咲羅が運ばれた病院は俺も良く知っている病院、そう、唯が入院している病院だ。

フロントで聞いた場所、集中治療室へ行く。外には白衣を着た院長先生がいた。


「……先生!!」

「佐倉君……」


院長先生は日本でも屈指の外科医で、親父達の時も唯の時も担当でよく話すことがあった。

あの時は運ばれてきた時、既に手遅れな状態だったことも教えてもらった。


「先生!!咲羅は、咲羅は!?」


俺は先生の肩を掴んで揺すっていた。


「わかった、わかったから落ち着け!!」


先生に言われて俺は糸が切れたかのように近くのソファにへたりこんだ。俺の横に先生も座る。


「………患者の容態はあまり良くない。臓器を損傷している。」

「咲羅は………大丈夫なんですか?」

「臓器移植の必要があるんだ。」


先生は臓器移植を成功させたこともあるらしい。医学に精通していない俺でも、その難しさ位は察しがつく。


「今、総力をあげてドナーを探しているが……果たして間に合うかどうか。」

「先生………」


俺は既に決めていた。


「………俺をドナーに使って下さい。」

「………本気か?下手すれば君が……」

「覚悟の上です。」


先生の言葉を遮るように答えた。


「………わかった、だがそれも最終手段だ。わかったな?」


「………はい。」




「先生ー!!」


その時、看護婦が此方に向かって走ってきた。


「み、見つかりました!!」

「どこでだ!!」

「ここでです!!」

「奇跡だ……早くドナーを!!」

「はっ、はい!!」


看護婦はまた駆け出した。


「執刀は私がする。」

「………頼みます。」

「ああ、君に悲しい思いはもうさせん!!」


威風堂々とした態度で手術室へ走って行く先生。俺もそっちに向かった。




手術室に今、咲羅が入っていった。俺はほんの少しだけ手を握り見送った。

続いてドナーが運ばれた。ドナーには悪いが、助かる可能性を見い出してくれて感謝している。しかしその顔を見た時、俺の心臓は止まりそうになった。




「………唯……」




そう、俺の目の前を通り過ぎていったのは間違いなく唯なのだ。俺はどうすることも出来ずに立ち尽くしたまま唯を見送った。



「陽!!」

「………歩さん。」


後から歩さんが駆け寄ってきた。


「患者さんって………咲羅ちゃんだったのね……」

「………はい。」


歩さんはソファにゆっくりと座った。俺もその隣に座る。


「最近ね……脳波が乱れることが結構あったの。それでついさっき………」

「……そうだったん……ですか……」

「覚悟はしていたんだけどね……やっぱり辛いわね。」


歩さんは肩を震わせていた、が俺にはどうすることも出来ない。


「でもね……」


俺が黙ったままでいると歩さんは顔を上げてこちらを見た。


「もしかしてあの子、こうなることがわかってたのかもしれないわ。」

「………え?」

「あの子もきっと願ってるはずよ、貴方の幸せを。」


歩さんの顔がぼやけてきたのは俺の瞳に涙が溜っているからだろう。それは一筋の線となり俺の頬を伝わる。


「………俺は今まで不幸だと思ってたけど………幸せ者なんですね。」

「………そうね。」



窓の外では、いつしか雨は上がり、綺麗な満月が照らしていた。






ランプが消えた時は既に夜が明けるかどうか位だった。中から出てきた先生に俺は目で問い掛けた。


「手術は成功した。だが……」

「………だが?」

「意識が戻るかどうかはまだわからない。」

「そうですか。」

「あとは……信じて待つだけだ。」

「………はい。」



携帯には何十件もの連絡が入っていた。とりあえず皆に電話して全てを話した。


電話を切った後はベッドに横たわる咲羅の側にいた。咲羅の小さな手を握りしめて。

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