第四十三話 其ノ二
温泉からあがった私は部屋でくつろいでいた。そんな時、扉の開く音が聞こえた。私はベッドから腰をあげ、扉の前で仁王立ち。入ってきた翔太郎は苦笑いだった。
覗きをしようとしたのか咎めても翔太郎は平謝り。まぁいつものこと。大抵自分の感情なんて隠しちゃうんだから。
ふぅと一つ溜め息を吐き、私は冷蔵庫に向かう。開けると中には先程買っておいた缶ビールが既に冷えていた。
『第四十三話:温泉旅行と各々の想い 其ノ五 side W』
取り出してからふわりと翔太郎の手に投げる。投げた後で私も一つ取り出す。カシュッ、と小気味良い音が鳴り、そのまま流しこむ。
翔太郎と付き合ってから既に三年、翔太郎が考えてる事は大体わかるようになった。思えば高校生の時からやたら目についていた。
毎日の様に馬鹿やって、みんなに親しまれて。口数の少ない私は羨望の眼差しで見ていたのかもしれない。
だけど付き合い始めてからわかったことは沢山ある。私にも隠してるけど大分前からわかってた。
いつかの夜中、まだ同棲してから少ししか経ってなかった頃。
私は翔太郎の実家に遊びに来ていた。翔太郎のお母さんはやたらと私を可愛がってくれた。だから私もちょくちょくお邪魔させてもらってた。その日もいつもの様にお母さんと雑談をしていた。そんななかふと思った。私は翔太郎の部屋に入った事がない。お母さんは快諾してくれた。むしろ掃除してだって。
部屋は綺麗に整頓されていた。家具が少ないのは新しい部屋に運んでしまったからかな。
ふと、本棚に目が行く。何冊かまとまっていたノートは日記帳だった。誘惑にやられた私はページをめくる。
4月×日 晴れ
陽の親父さんとお袋さんが死んだ。あいつの目には以前の様な明るさがなくなっていた。未だに信じられない。俺も随分とお世話になったから……。ただ陽には早く元気になってもらいたいと切に願う。
7月×日 曇り
誠治がインターハイの短距離で5位だった。怪我をおしての出場。勝てなかった事、怪我をしてしまった事を誠治は後悔した。俺はどう声をかければいいかわからなかった。
11月×日 雨
龍太がフラれた。原因は彼女の浮気。いつもの龍太はこの日、学校には居なかった。俺に出来た事は彼女の男を殴り倒す事だけだった。
2月×日 晴れ
最近愁が休みがちだ。お袋さんの体調があまり良くないみたいだ。愁自身もバイトばかりで辛いはず。俺に出来るのは愁のお袋さんにみんなの話をして笑わせる事くらい。良くなってもらいたい。
4月×日 晴れ
唯が死んだ。どうして、どうして陽にばかり不幸が訪れるんだ!!アイツが……アイツが何をしたって言うんだよ………。
7月×日 晴れ
気になる人が最近出来た。今は見守るくらいしか出来ない。幸せになってくれればいい。相手が俺だったらもっとかな?
高校三年間の日記に自分のことはほとんど書かれていなかった。
「……日記じゃないじゃん……。」
涙を抑えながら呟いたのを今も覚えている。
そして今、やっぱり翔太郎は人の為に生きてる。だったら私は……私はあなたの為に生きよう。そう思いながら口づけを交した。
連絡は突然だった。携帯に入っていた留守電は龍太ママからだった。確か向こうを離れる時に龍太家の番号を教えたような……。って今はそれどころじゃなくて。
一人悶々と悩んでいたら龍太が戻ってきた。龍太は直ぐに私の異変に気づいたらしく私も言うしかなかった。
ホントは行きたい。でも離れたくない、妹と、新しい家族と、何より龍太と。こんなに人を好きになったのは初めてだった。一日一日が楽しくて嬉しくて。
でも夢が叶うかもしれない。そう思えば思うほど苦しくなる。そんな時に龍太が言った一言。
……俺も……行く?
なっ、何を言ってるの!!と突っ込みたかったけど上手く喋れない。龍太の目は真剣だった。
龍太はいつも私の為に色々してくれたね。私も多少我儘な所があるし。ねぇ、私甘えてもいいのかなぁ?多分これが最後の我儘になる……かもしんないけど。
龍太は私の涙を吹いて、私達はそのまま抱き締めあった。
優しい龍太、私の最愛の人。