第四話 其ノ一
外に出て鍵を閉める。今日は快晴。さしずめ春の陽気、といったところか。桜が少しずつ葉桜に変わりかけている。そんな木々の下を耳にイヤホンをつけてゆっくりと歩く。
『第四話:それぞれの学校生活にて side Y』
××大学。いわゆる一流大学である。俺はそこの教育学部の三年。
自慢しているわけではない。俺はどちらかと言うと『学歴よりも実力』の考えの男だ。ただ誘われて受けたら受かっただけ、ただそれだけだ。誘った人物は想像つくであろう。そう、前方で他人の迷惑も気にせずに大声で人を呼ぶ非常識なアイツだ。
「おぉ〜い!!よ〜!!」
「………はぁ。」
イヤホンを外す。アイツの為に走るのも勿体ないので歩きながら近付く。
「早く早く〜!!」
やかましい奴だ。やっと目の前に到着した。
「陽、おはよう。…ぷぷっ!!」
「………何年も同じオヤジギャグの挨拶でよく飽きないな、翔太郎。」
「いやいや、これほど面白い挨拶はねぇよ。なぁ栞。」
「……つまんないわよ。おはよう、陽くん。」
「………あぁ、おはよう。」
天海 栞。同じ大学の三年。翔太郎と同じ文学部で翔太郎の彼女。性格を一言で表せば冷静沈着。なぜ翔太郎の彼女なのかは不思議なところである。以前理由を聞いたところ
『飽きないから。』と言われた。しかしそれだけで三年も付き合っているのだから凄い。
「……あの『女性撃墜王』の異名を持つ陽くんが女子高生と同棲ねぇ。ネタになるわね。」
いきなりの栞の発言に思わず歩いている足が止まる。
「………翔太郎。」
「まっ、待て、落ち着け!!ってか落ち着いて!!とりあえず落ち着いて下さい!!頼むから背中から負のオーラを出すのだけは止めてくれ!!」
「………はぁ。」
……大体予測は出来たさ。アイツが秘密を守るなんて奇跡でも起こらない限りあり得ないのだから。
「……で、女子高生の抱き心地は如何だった?」
「しっ、栞!!これ以上陽をキレさせるな!!血をみるぞ!!………で、実際どうだっ『ゴキッ!!』」
とりあえず裏拳を顔面に振り抜いた。手の甲には翔太郎の鼻血が付着した。翔太郎はのたうちまわっていた。
「………さて、行くか。」
「……そうね。講義が始まっちゃうもんね。」
翔太郎は放置して校舎に向かった。後ろから
『お前の……裏拳は……須○元気に負けて無い……ぞ』
と聞こえたが面倒なので無視をしておこう。
校舎に入って階段を上がりいつもの馴れ親しんだ教室の扉を開く。
毎度のことながら俺が入ってきただけで騒がないでほしい。新一年が入ってきたせいか更にうるさい。
いつもの席に座る。窓際の一番後ろ。隣はまだ来てないようだ。席に座りとりあえずパソコンを起動させる。とりあえず株式市場を見てみる。
「おはよ〜さ〜ん。」
「………おぉ。」
「ふわぁ〜あ。」
「…………寝不足か?」
「昨日はバイトが深夜だったからな〜。だからまたノートよろしく〜。」
「…………昼飯な。」
「はいよ〜。じゃ〜おやすみぃ。」
今、隣で睡眠中の奴。こいつは冴木 愁。同大学、同学部の三年。中学からの友人で寝ることと働くことを生き甲斐にしている奴である。それでも成績が落ちないのは不思議な所だ。
と、少し髪が薄い教授が入ってきた。ICレコーダーを用意して、パソコンに目を移す。授業と平行しながら株取引をこなす。ほとんど授業は聞いていないが、まぁ大丈夫だろう。
お昼。校内の食堂で約束通り愁に奢らせる。今日はA定食にした。ご飯、味噌汁、豚肉の生姜焼き、ヒレカツもついていた。和食である。
「お前が和食って珍しいな〜。」
「………たまには、な。」
「まぁど〜せ俺の奢りだし〜ってか?じゃあ俺は塩ラーメンにしよ〜。」
食堂のおばさんに定食をもらって、空いている席を探す。
「空いてるよ〜。」
声がした先にはカレーを食べてる龍太がいた。龍太は経営学部の三年である。皆頭が悪そうに見えて意外と頭は良い。ただぬけているだけ。俺と愁は席に着いた。
「なぁなぁ、昨日はどうだった?めくるめく一夜を過ごした感想は?」
「………お前らはそれしか言えないのか?」
「なになに〜?なんの話〜?」
「実はな……(ゴニョゴニョ)」
「えぇ〜!!どうせ『バキッ』」
「………少し黙れ。」
勢い余り箸が折れてしまった。
「(で、どうなったんだろ〜)」
「(そりゃあお前、男女が一晩一緒にいたんだぞ。ナニがあっても……)」
「………チラチラ俺の方を見て話すな。」
「「で、何かあった?」」
「…………別に。」
「(またお決まりパターンですぜ、愁さん。)」
「(そうですな、龍太さん。)」
とりあえず無視の方向で揚げたてのカツを食べる。中々の味だ。
そこに更に厄介な野郎がやって来た。
「よっ、陽!!昨日使いすぎた腰は痛くないか?オジさんが揉んでやるぞ!!」
「………死にたいのか?」
「いやいや、さっきの裏拳で一度意識を失いかけてたし。」
「………次は永遠に意識が戻らないようにしてやるよ。」
「……あら、楽しそうね。」
「栞〜、俺殺されるよ〜!!」
「あら大変。新しい彼氏探さなきゃ。」
「そっそんな〜」
「俺達は被害を受けないようにしなきゃな。カレーも食い終わったし。行こうぜ、栞、愁。」
「そうね。サンドイッチは何処でも食べれるし。」
「俺ラーメンなのに〜。まぁ死ぬよりいいよね〜。」
「まっ、待て、皆、見捨てないでくれ………ギャー!!」
その日、食堂から大きな断末魔が聞こえたと学校中が騒ぎになったらしい。
食器を片付け、午後の講義に向かう俺。後ろには痙攣を起こしている『元は人間だった男』が一名、いや一つ残っていた。