第三十三話 其ノ一
やっぱり連れて行かなければよかった。なぜ咲羅が俺の昔の事を知ってるのか、答えは言わずもがな。どうして俺の周りにはお喋りな奴が多いのだろうか。そしてまた一人お喋りな人物が増えることになるのも知らずに俺はいつもと同じ生活をしていた。
『第三十三話:帰国 side Y』
手紙が来たのはつい一週間程前だ。差出人は夏からヨーロッパへ飛んでいた龍太。
『佐倉 陽様
お元気ですか?まぁ当然元気なんだろうけど。咲羅ちゃんはどうした?確か大学受験は終わっただろ?ウチの大学来れるといいな。
あっ、そうそう。俺は来週に帰国することになったんだ。会いたいだろ?……そうか、そんなに会いたいか。安心しろ、ちゃんと店に顔出すからさ。
PS.なんと俺に彼女が出来た!!帰国の時一緒に連れてくからよろしく!!ちゃんと日本人だから安心しな。んじゃな!! 龍太 』
龍太の手紙を見て、咲羅にも渡す。
「へぇー、龍太さん彼女出来たんだぁ。」
「………珍しいな。」
「何がですか?龍太さんかっこいいから彼女くらい……」
「………アイツなんかいつも告白されても断ってたし……」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ楽しみですね。」
「………そうだな。」
果たしてどんな人物なのか。少しだけ胸をふくらませながら待っていた。
そして今日、龍太の帰国の日。いつもの様にコーヒーを飲みながらのほほんと過ごす。
ガチャ!!カランカラーン。
「たっだ今ー!!」
勢いよく扉を開けて入ってきた龍太は少し髪を染めていた。髪の長さも以前より長くなった気がする。でもいつもの表情は全く変わっていなかった。
「おかえりなさい、龍太さん!!」
「……久しぶり。」
「おー、陽も咲羅ちゃんも元気そうだなー!!」
「あれ?噂の彼女さんは?」
確かに今は龍太しかいない。
「なになに、そんなに興味深々なの?」
「……まぁ多少は。」
「しょうがないなぁ、実は今外にいるから呼んでくるよ。」
龍太はそう言ってまた階段を昇った。
「はーい、紹介しまーす。こちらが俺の彼女の桃華さんでーす。」
「初めまして、桃華でーす。」
現れた女性はセミロングの茶髪がよく似合う綺麗な人だった。ふと、咲羅が固まっているのが見えた。そして桃華も固まっていた。
「?咲羅、どうし」
「お姉ちゃん!?」
「咲羅!?」
「「………はぁ!?」」
「………で、つまりこうか。咲羅には姉がいてその姉が龍太の彼女……わかりにくいな。」
「まぁまぁ陽さん、そんなこと言わないで。」
「そうだよ、陽。」
「………てか龍太は知らなかったのか?」
「だって聞いてないし。」
「言ってないし。」
「………はぁ。」
「ところで咲羅。」
「なに?」
「アンタいい男捕まえたわね〜。結構私もタイプよ。」
「桃華!?もう俺を捨てるの!?」
「やぁね、冗談よ。私には龍太がいるもんねー!!」
確かに咲羅の姉らしい。雰囲気が。聞けば俺達と同年齢らしい。高校は私立だったから俺達と面識は無かったが。
「ところで陽。」
「……なんだ?」
「お前いつから咲羅ちゃんを呼び捨てにしてるんだ?」
「………あ」
随分前に指摘されてから忘れていた。やたら咲羅は嬉しそうだ。俺は恥ずかしいが。
「咲羅もにやけっぱなしね。さっきから陽君ばっかり見て。」
「えっ!?そっ、そんなこと……」
今度は咲羅が赤くなる番だ。
「そっ、そんなことよりお姉ちゃん。パティシエ修業はどうしたの?」
「私?もちろん修業しまくったわよ。ほら、見て。」
桃華が鞄から取り出した雑誌。ページを捲ると桃華の写真。ケーキを作る時の真剣な眼差しが咲羅とよく似ている。
「むこうでは少しは有名になれたのよ〜。」
鼻高々に説明する桃華。確かに他の写真にも賞状を持った彼女が写っている。
「良かったね、お姉ちゃん。」
「ありがとう、咲羅。」
しばらくウチにいたのだが、時間が経ってから龍太の携帯が鳴った。相手は家族らしい。
「いや、実は家族に会う前にこっち来ちゃったからさ〜」
とおどけていた龍太。俺は少し嬉しかった。
帰り際、桃華は
「もう少し名前が売れたらここの喫茶店専属パティシエになってあげるわ。」
と言っていた。それまでこの店、潰さないようにしなければ………。