第三話 其ノ二
私、今ドキドキしてる。男の人の部屋に入るなんて初めてで、しかも陽さんの部屋だし……いやいや、何を考えてるんだ私。ただ寝るだけ、そう、ただベットを借りただけなのだ。そう自分にいい聞かせながら部屋の扉を開いた。
『第三話:最初の朝 side S』
とりあえず手探りに電気のスイッチを探す。と、指先に確かな手応えを見つけた。押した瞬間、部屋は蛍光灯によって照らされた。
部屋の中はシンプルに黒で統一されている。家具はあまり無いんだ。左にベットと脇に収納ケースと小型の冷蔵庫、右に埋め込まれているクローゼットとラック。キチンと整頓されていて、だけど生活感は多少残ってて。
とりあえずベットに腰かける。ふとラックの上に置かれた二つの写真立て。立ち上がり、手にとってみる。片方に写っていたのは綺麗な女性、もう一方は4人の写真。もしかして陽さんの家族写真?
お父さんらしき人物もお母さんらしき人物も若々しくてお似合いの夫婦だ。セーラー服を身に纏うお姉さんらしき人物も綺麗な人だ。陽さんはワイシャツにまだ着られてる状態でいる。背もそこまで高くないし、なにより瞳が綺麗だった。今でも綺麗だけどこの時はなんか屈託のない感じがした。ラックに戻そうとしたら、奥に位牌があることに気付いた。位牌は三つ、名前が書いてあるがかすれてしまいよく見えない。
瞬時に思いだす。龍太さんが言っていたこと。これが重い過去に関係してるのかも……
そこまで考えて、思考を止めた。私が簡単に入っていってはいけないんだと思ったから。
喉が渇いたので地下の店内まで降りて水道を捻り水を飲む。カウンターから、陽さんが見えた。空になったコップを流しに戻してそっと近付く。
整った顔立ち、長い睫、静かに寝息を立てている。私は気付いたら頬に手を当てていた。
そしたら陽さんがうっすら目を開いた。マズイ、この状況すごくマズイんじゃないの?頭の中では慌てて、手は一ミリも動かなかった。
「……………唯?」
陽さんはそう言ってまた目を閉じた。
『唯』
確かにそう聞こえた。もしかしたらさっきの女性のこと?答えは出ないまま部屋に戻ってベットに横になる。陽さんの匂いがする。いい匂い………。
朝から携帯のアラームが鳴り響く。私の好きなバンドの曲。手探りでアラームを止める。時刻は六時。普通女子高生が起きる時間ではないけど、私はいつもこの時間に起きてる。
健康ですから。
動きやすいTシャツとジーンズに着替えて、持参したエプロンを用意してキッチンに立つ。昨日は夕食を作ってもらったんだから朝御飯くらい作らないとね。
とりあえず戸棚を開けて炊飯器を発見する。お米をといで早炊きにセットして味噌汁を作る。
私は洋食も好きだけど和食が大好きで、特に朝御飯は必ず和食を食べていた。お母さんが朝は弱くて大体私が作ってた。お父さんの和食好きが影響されたのかもしれないけど……
しばらく料理していると後ろで音がした。陽さんが起きたみたいだ。
「あっ、おはようございます。」
「………おはよう。」
陽さんは少しぼんやりしながら返事をした。私はまた振り返り料理に没頭した。
「………味噌汁?」
ドキッとした。背後からいきなり陽さんの声が聞こえたのだ。落ち着きながら返事をする。
味噌汁を珍しげに見ている陽さんに聞いたところ和食は久しぶりらしい。しかも朝から偏見されたし。確かに普通は逆だろうけどね。
「和食が懐かしい。」
そう言った時の陽さんの目は優しく、そして悲しそうだった。理由は分からないけど、多分あの人達が関わってるんだと思う。今の私は陽さんに笑顔を振り撒くくらいしか出来ないと思うと少し悲しくなった。まだ会って一日も経ってないのに、なぜかそんな気持ちにさせられてしまう。
シャワーから出てきた陽さんはやたら色っぽかった。そこらへんのアイドル顔負けと言ったところである。
「いただきます!!」
「……いただきます。」
私は陽さんを見ていた。そりゃあ美味しいかどうかは気になるし……
「………美味い。」
この一言がたまらなく嬉しかった。今は小学生の作文みたいに嬉しかったを連呼したい気分。人に美味しいって言われるのって嬉しいよね。しかも陽さんが少し穏やかな顔をしてたし。
制服に着替えて学校に行こうとしたときに陽さんに呼び止められた。私に近付くと左手で私の右手首を掴み、右手で掌に何かをのっけた。ヒンヤリとした感覚。鍵だった。私が先に帰ってきた時用だと言われた。
鍵をもらって少し嬉しかった。私もこの家の一員になれた気がして。
「いってきます!!」
と元気に言うと、
「……いってらっしゃい。」
と返してくれた。
今朝は少しテンションが上がったまま学校に行った。良いことがありそうだ。