第三十二話 其ノ一
本日更新二度目です。
朝食の中で咲羅が言った言葉、それはある種予想でき、また予想外な発言だった。
『唯に会いたい』
俺は少し悩んだ。というより戸惑った。連れていった所でどうなるというわけでもないが、俺は躊躇した。
しかし咲羅の眼差しに負けた。結局男は女には敵わない、改めて実感した。
『第三十二話:病院 side Y』
車に乗り込み、車を走らせる。咲羅は窓の外をぼーっと眺めていた。途中で花を買ってしばらく運転したらもう病院だ。
そういえば先月は咲羅の受験でこれなかったな。俺達は正面玄関に向かって歩き始めた。
何年も通えば看護婦さんとも顔見知りになる。通り過ぎる看護婦さん達に軽く会釈する。看護婦さん達はびっくりしているようだ。確かに俺が女の子と一緒に来たのなんて初めてだ。………何か心外だが。
病室の前に着いた。軽くノックする。
『はい、ど〜ぞ〜』
中に入ると変わらぬ光景。ベッドの隣で座っている唯のおばさん、そして………
「あら、陽じゃない。あんた先月サボって!!」
「……すいません歩さん。ちょっと野暮用がありまして。」
「陽に用事なんて珍し……あら、そちらの方は?」
「あっ、あの、初めまして!!私、中元咲羅って言います!!」
「………あ〜、あなたが噂の咲羅ちゃんね!!」
………ん?噂?
「……歩さん、俺話してないと思うんですけど。」
「あぁ、結構前に翔太郎が来たときに言ってたのよ。」
………あの野郎。
「まぁまぁそんなところで立ち話もなんだから、咲羅ちゃんはこっちに座りなさい。」
「はっ、はい。」
「……俺は?」
「あんたは立ってなさい。」
「……はい。」
俺は立ちながら視線をベッドにずらす。あの頃と変わらない唯がそこにはいる。心地良さそうに寝ているみたいだ。
「おー陽!!来てたのか!!」
「……誠さんも来てたんですか、珍しい。」
「こら、人を珍獣扱いするな!!……ん?そちらの方は?」
咲羅、本日二度目の自己紹介。
「いやー翔太郎が言ってたのは知ってたけどこんな可愛い娘だったなんてなぁ。」
「そっ、そんな、全然可愛くなんて……」
顔を真っ赤にしながら首をブンブン振る咲羅。
「ハッハッハ!!可愛いなぁ。おっと、そうだ。陽、悪いが煙草買ってきてくれ。」
「……自分で……わ、わかったから殴るのは止めて下さい!!」
誠さんの拳ほど世の中で怖いものは無いな。金はもちろん俺持ちで少し遠いコンビニまで歩いて行った。………咲羅置いてきたけど大丈夫か?
煙草を買って戻って来たらそんな心配も吹き飛ばされた。会話に花を咲かせている。
「それで〜陽さんったら……」
「ホントに?陽ったらもう。」
………しかも俺が話題らしい。少しムカついた。
「あっ、おかえりなさい。」
「………おぅ。」
何故か誠さんも歩さんも笑っている。
「………どーかしました?」
「なぁ、陽。」
「……なんすか?」
「俺も陽のファンクラブに入りたいんだが……」
その瞬間三人同時に笑っている。とりあえず笑っている咲羅の前に行き、両頬を引っ張る。
「………お前は何しに来たんだ?」
「ふぉ、ふぉふぃふぁひへふ!!(おっ、お見舞いです!!)」
後ろから蹴られた。
「コラ、陽!!女の子に暴力を使ったら駄目だって言ったでしょ!!」
「………すんません。」
「陽さん可愛〜い。」
「『陽さん可愛〜い。』」
「………誠さん、そんな野太い声で言われても………」
「おいおい、そりゃ咲羅ちゃんびいきだろ!!」
「やったー、ひいきされちゃったぁ!!」
………頭が痛い。
それから一時間近くいじられた俺。もう咲羅を連れてくのはよそう。
「陽、次来る時も咲羅ちゃん連れて来なさいよ〜」
「お前一人だけ来たってつまらないからな!!」
「またきまーす!!」
………疲れた。病室で疲れるなんてあってはならない事なのだが。
「………なぁ。」
「なんですか?」
「………何を話してたんだ?」
「秘密です。」
………俺が知らない所でなにをやっているんだか………。