第三話 其ノ一
咲羅はなかなかおてんばな女の子らしい。いろんなことに対してコロコロと表情を変え、でもいつも笑ってる。そんな姿は『アイツ』に似ていた。
『第三話:最初の朝 side Y』
「お先で〜す。」
お風呂から上がってきた咲羅の姿は『女性』を意識させられてしまう。先程までの『可愛い』が、髪がしっとりと濡れ、艶があり『美しい』に変わっていた。冷静に努めながらパソコンに目をやる。するとモニターを覗きこんできた。いつも使っているボディーソープやシャンプーの香りではない匂いが俺の鼻をくすぐる。会話をしながら俺は般若心経を唱えていた。理性をなんとか蘇らせないと……俺だって男だ。
そしたら油断した。勝手に俺のビールを飲んでいるのだ。
……いや勝手にではないな、流れで許可してしまった俺が悪い。とりあえず没収したのだが、咲羅の上目使いは予想以上にパワーがあり、俺が折れてしまった。なんか調子が狂うな………。
時計は深夜に差し掛かろうとしていた。咲羅も俺も学校がある。その晩はとりあえずベットを明け渡し、ソファで寝る。そこまで硬いわけではないソファに横になりブランケットを掛けて意識がフェードアウトしていった。
誰かが俺の頬に触れている。誰だ?意識が少しずつ戻ってくる。ボンヤリとした視界には、いるはずのない人。
「………唯?」
また意識は消えてゆく。
………夢を見たようだ。内容はよく覚えてないけれど懐かしい気がした。意識が戻ってきたのは懐かしい匂いがするからだ。ゆっくりと目を開いて体を起こす。カウンターの向こうには咲羅がいた。
「あっ、おはようございます、陽さん。」
「………おはよう。」
ゆっくりと近付く。小さな鍋の中には……
「………味噌汁?」
「あっ、もしかしてお嫌いですか?」
「……いや、懐かしいなと思って。最近はトーストとコーヒーだけだったからな。」
「やっぱり朝はご飯と味噌汁、純和食じゃないと!!」
「………珍しいな。」
「何がですか?」
「………普通逆な気がするんだけど。」
「あ〜っ!!それって偏見ってやつですよ!!仮にも教師目指してるんでしょ?」
「………はいはい。」
「……ホントに嫌いならパン焼きましょうか?」
「………いや、頂くよ。」
その台詞を待ってたかのように一面に笑顔が咲く。
そういや『アイツ』も和食が好きだったな。
「……どうかしましたか?」
「? いや。何でもないよ。シャワー浴びてくるよ。」
立ち上がりバスルームに向かった。
戻ってくるとカウンターの上には朝食が並んでいた。白いご飯、味噌汁、だし巻き玉子、焼き鮭、海苔。まさしく純和食である。
「いただきます!!」
「……いただきます。」
まず味噌汁を一口すする。
「……美味い。」
「ホントですか!?」
「………あぁ。」
「良かった〜。」
緊張が解けたかのように表情が明るくなる。朝から元気だ。
「ところで学校は何時から?」
「えっと、八時半ですね。」
「……今七時だけど?」
「早起きは三文の得ってやつですよ。」
「………なるほどね。」
ホントに今の子じゃないみたいだな……。
食後にはコーヒーを飲む。日課みたいなものだ。頭が働きにくい朝は糖分を多めにして飲むようにしている。
朝から俺のコーヒーを美味しいと飲んでくれる咲羅。気付けば俺の口許も自然と緩んでいた。
「じゃあいってきま〜す。」
「……あっ、ちょっと待って。」
「?」
カウンターの脇の引き出しから鍵を取りだし咲羅の手に渡す。
「………もしかしたら俺の方が遅いかもしれないから合鍵渡しておくよ。」
「わかりました。じゃあ改めましていってきま〜す。」
「……いってらっしゃい。」
いってきます、いってらっしゃいの会話も久しぶりだった。
懐かしさを覚えながらも俺も学校へ行く支度を始めた。