第二話 其ノ一
驚いている。当然だ。いきなり見ず知らずの人物と一つ屋根の下で暮らすのだから。でも咲羅は了承した。彼女にも彼女なりの理由があるのだろう。最近の高校生も大変だな……。
『第二話:同居人 side Y 』
彼女は朗らかな性格らしい。そんな雰囲気が漂っている。とりあえずコーヒーを注いで目の前に置いてやる。
「えっ!?私にですか?」
面白いことを言う娘だ。彼女の目の前に置いたのに他に誰に飲めというのか……まさか天然か?
「おいしい!!」
彼女の素直な反応に少し口許が緩む。いつ言われても嬉しい台詞だ。最初の頃にはコールタールみたいなのしか出来なくて苛ついて夢中で練習した。今ではそこらの喫茶店には出せないような味までに辿り着いた。
「咲羅ちゃんさぁ、ここでウェイトレスやらない?」
いきなり翔太郎がバイト勧誘を始めた。確かに人手不足だし俺は愛想笑いが苦手だし働いてくれるなら助かる。
咲羅は快く引き受けてくれた。でも俺が話しかけたら、少しびくついた。やはり俺は怖い人間と思われているのだろうか……。
確かに目つきが悪いとかで高校の頃はは喧嘩を売られたりもした。こんな俺でもずっと昔はやさしい目をしていたらしい。本当かどうかは定かではないが。
とりあえずカウンターを挟んで仕事の内容を説明する。とはいっても注文をとって俺に報告するだけ、あとは注文の品を運ぶくらいか。それでも熱心にメモをとっている。時刻は八時。翔太郎は帰りやがった。今日は用事があるんだと。しかしそろそろ『ヤツ』がやってくる。
「チーッス!!邪魔するぜ〜!!」
「……邪魔するなら帰れ。」
「冗談、冗談、そんなに嫌味ばっか言うなよ。」
ゆっくりと階段を降りてくる。そしていきなり大声で叫ぶ。
「うぉっ!!陽が女子高生連れこんでる!!」
「………うるさい。」
「やっべ!!一大事だ!!とりあえず写メ撮んなきゃ!!」
「………血祭りにあげるぞ。」
「冗談だって!!頼むから殴らないでって!!」
「………はぁ。」
ふと、俺の肩にツンツンとした軽い振動が起きた。咲羅がつっついつるのだ。
「………何?」
「あの人……誰ですか?」
「……あぁ、……無視した方がいいよ。」
「おいおいおいおい!!親友に向かって何だその態度は!!」
「………別に。」
「ま〜たそれだよ!!……まぁいいか。俺は沢渡 龍太。コイツの友人さ。」
「初めまして。中元 咲羅っていいます。」
「………翔太郎の従姉妹だってさ。」
「へぇ〜、アイツにこんな可愛い従姉妹がいたとはね。」
「……それで……またタダ飲みか?」
「もっちろんさぁ。ブラック一つね〜。」
「……はいはい。」
カウンターの向こう側でコーヒーを注ぐ。龍太は咲羅と何かを話している。変なことを吹き込まなければいいが……
「……ほら。」
「おっ、サンキュ。」
ゆっくりと味わってから奴は直ぐに帰る。これもいつものこと。ただいつもと違うのは帰りの一言。
「咲羅ちゃんに手をだすなよ。」
だった。………俺の周りには変な奴しかいないみたいだな。
九時になったので店を閉める。とはいっても鍵を閉めるだけである。
「………お腹すいた?」
「えっ?……はい、結構……。」
「……だよな、もう九時だし。……スパゲッティでいいかな?」
「えっ!?もしかして作ってくれるんですか?」
「……まぁ味は保証しないけど……」
「じゃあお言葉に甘えちゃいますね。」
一人分が二人分に増えただけだ。大した労力ではない。とりあえず鍋に水を入れて沸騰させる。
「私、何か手伝いましょうか?家事全般は得意ですから。」
「……じゃあ冷蔵庫から、しめじとエリンギ、キャベツにガーリック持って来て。」
「わかりました〜。」
沸騰した湯に塩を一つまみ、そしてパスタの束をゆっくりと散らばせる。鍋の中ではパスタがゆらりゆらりと踊っている。
しばらくしてからパスタを一本つまみ、芯が残っているかを確認。
一度取り出してからすでにガーリックと野菜、茸類を炒めてあるフライパン(炒めてくれたのは咲羅である。中々の手際だった。)にパスタを混ぜて、醤油ベースで味付けをする。味が絡まったのを見計らい皿に盛り付ける。
テーブルにはパスタとサラダ。サラダは咲羅が作ったらしい。こうして考えてみると誰かと二人で食事を食べるなんて久しぶりだ。
「いただきます!!」
「……いただきます。」
「んっ、スッゴク美味しいですよ。」
「………そりゃ良かった。」
食事中。
「……なぁ。」
「はい?」
「………さっき龍太に何を聞いたの?」
「いっ、いやっ、大したことじゃないですよ!!」
「……そう?」
「そっそうですよ!!」
「………ふ〜ん。」
……今度龍太から聞き出そう。
食後。
「……さて、部屋を決めるか。」
「そ〜ですね。」
「ちなみに……荷物はそれだけか?」
「えっ?後は明後日くらいに引っ越し屋が来るんで、全部まとめちゃいました。」
「……じゃあ寝床か。まぁいいや、今日は俺のベット使っていいよ。」
「えっ!?そっ、そんな、悪いですよ!!私はどこでも大丈夫ですから!!」
「……生憎女性にソファで寝かせるほど落ちぶれてはいないよ。」
「………良いんですか?」
「………別に。」
するとクスクス笑い始めた。
「……どうした?」
「へっ?いや、翔太郎君も龍太さんも陽さんの口癖は『別に』だからよ〜く覚えといてって言ってたんでつい……」
………余計な事ばかり喋る奴らだ。