第十話 其ノ一
この五年間俺は『アイツ』を一時も忘れなかった。そして他の女性に対して興味を抱かなかった。それがたった三ヶ月程で俺の興味を根こそぎ持っていったのが………咲羅だった。変わった奴だけど。
『第十話:夏だ、海だ、その前に受験だ!! side Y』
大学は夏期休校中。つまり夏休み。通常の大学生ならやれバイトだ、やれ合コンだ、だの(休みでなくてもやってるのだが)盛り上がるものだ。俺もバイト等に明け暮れた。去年までは………
「陽さ〜ん!!ここ分かんないってば!!」
「………ここはこうで、この文章を根拠に……」
「愁さん!!お願いします!!」
「ここはね〜、こ〜だよ。うん、そうそう。絵美ちゃんは優秀だねぇ。」
「ちょっと愁さん!!それじゃ私が馬鹿みたいじゃないですか!!『は』じゃなくて『も』にして下さいよ!!」
「………細かいな。」
「細かくない!!」
……なぜか四人で勉強会。絵美は予備校よりこっちで家庭教師を頼んだ方が集中できるらしい。本格的に愁に頼んだらしい。愁は元々働くのは好きだから大丈夫だろう。もっとも、理由は他にもありそうだが……
「ほら、陽さん!!ボケッと煙草ばっか吸ってないで教えて下さいよ!!」
「………はいはい。」
まるで夏の太陽のように眩しい。桜とは大違いではないか。最近では俺に馴れたのか更に騒がしい。………まぁ、嫌ではないが。
「午前の部、しゅ〜りょ〜!!」
「「わ〜!!」」
「………ふぅ。」
やっとお昼だ。流石に朝九時から一時まで頭を働かせてたら腹も減る。本日もまたそうめんだが……。
最近はそうめんもバリエーションを増やして食べる。昨日はイタリアン風にパスタっぽく炒め、一昨日はねばねば食材(オクラ、納豆、なめこ、モロヘイヤ、山芋等)で頂いた。今日は梅肉を叩き、大葉を刻み、爽やかに頂く。
「てか毎日そうめんって……」
「うちの実家からの差し入れなんだけど〜、我が家じゃ食べきれないからお裾分け〜。咲羅ちゃんはそうめん嫌い?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「………毎度のことだがお裾分けの量じゃないだろ。」
「まぁまぁ、細かいこと気にしない、気にしない。ねぇ、絵美ちゃん?」
「そうそう。気にしない、気にしない。」
ちなみにそうめんの量は一日三食そうめんでも十日は過ごせる代物。
「……海行きたいなぁ。」
ポツリと言った咲羅の台詞に食い付く二人(俺以外)。
「い〜ね〜海!!」
「受験生も息抜きは必要よね?」
二人の食い付きを待ってましたと言わんばかりに笑顔になりこちらを向く。…………いやな予感。
「あ〜あ、誰か連れてってくれないかな〜?」
………無
「今無視しようとか思ってませんでしたか?」
「!!…………まさか。」
「じゃあ何で今一瞬『ビクッ』ってなったんですか?」
「…………発作だ。」
「何の発作ですか!!………全くも〜!!」
両腕をブンブン振り回して抗議している咲羅。
「しょ〜がないよ〜、だって陽はか『ギロリ』」
「『か』ってなんですか?」
「えっ、えっと……」
俺の睨みに愁は冷や汗を流している。
「ねぇ、『か』の続きは?気になるよね、絵美?」
「めちゃめちゃ気になる!!」
おいおい、気にするなよ。
「陽、ごめん。たまには革命も必要だよね〜。」
「そうそう、いつまでも睨んだだけで済ませようなんて甘い考えでは困りますからな。」
………まだ三ヶ月程しか一緒に暮らしてないくせに。てか愁の奴言う気満々じゃねぇか。
「陽は実は………」
「「実は?」」
「カナヅチでした〜!!」
「「………ウッソー!!」」
嘘って………てか誰にだって苦手なことが一つ二つはあるもんだろ?俺を超人か何かと勘違いしてんじゃないのか?
「でも海は泳ぐだけじゃないし〜。やっぱり行きたいよね、咲羅?」
「うんうん!!」
「じゃあ決定〜!!」
「「わ〜!!」」
「…………はぁ。」
………よくよく考えると俺の意見なんて聞いちゃいないな、コイツ等。