第八話 其ノ一
「ごめんなさい。」
そう言った咲羅の頭を気が付けば俺は撫でていた。さらさらな髪の感触はまだ残ってる気がした。少し変だな、俺。いや、変なのは咲羅か?
『第八話:未だに晴れない天気と教育実習 side Y』
教育実習も既に二週間が経過した。未だに女生徒からの質問は止まない。逃げるのも一苦労である。
なんとか職員室に辿り着き、扉をスライドさせる。すると俺の目に奇妙な光景が広がる。
………なぜ栞と咲羅が談笑しているのか?何か嫌な予感がした。世間でいう第六感とかそんな類だ。俺はスライドさせた扉をもう一度戻そうとしたが栞に見つかってしまった。
「あら、陽君。そんなとこでつったってたら他の人の邪魔よ?」
「…………そうだな。」
恐る恐る自分の席に戻る。しかしそこは栞の隣の席でもある。
「………何を話してた?」
「あら、女性同士の話を聞きたいなんて野暮な人ね。そう思わない、咲羅ちゃん?」
「そうですよ。佐倉センセのエッチ!!」
「………はぁ。」
………なぜそれだけで人をエッチ呼ばわりするのかは謎だ。
「あら?お疲れね。」
「………女生徒に追われた。」
「まぁ、予想してた通りね。」
「栞さんは男子生徒に追われないんですか?」
「最初に公言したもの。『私の彼は空手の有段者だから気を付けた方がいいわよ』ってね。」
「翔太郎君もたまには役立つんですね。」
「そうね。便利よね。」
女性の会話とは怖いものだ。知らぬが仏という諺は正しいことが立証されたな。
「さて、と。私は授業に行かなきゃ。」
「あっ、私もです。じゃあね、佐倉センセ♪」
「………はぁ。」
………やたら疲れるな。
授業が終わり職員室に戻ったが、忘れ物をしたことに気付いた俺は教室まで戻った。その途中の踊り場。女子が数名半円を描くように壁際を向いて立っている。中央には………咲羅。
「アンタ何様のつもりなのよ?」
………今時そんな台詞を使うのか?しかし今の俺にはそんなことなど考えてる余裕なんて無かった。沸々と腹の奥底から沸き上がる怒り。
「何で黙ってんのよ!!ウザいんだけど!!」
そういって振り下ろそうとした手を掴む。
「ちょっ何………先生……!!」
「………おい。」
自分でも驚いた。こんなにドスの利いた声を出したのは久しぶりだった。本気でキレた時にしかださないような声だ。女生徒は固まっている。
「………次、こんなことをしてみろ。………どうなるかはわかるよな?」
俺が握っている手首が軋む。うっすらと赤みがかっている。女生徒は涙を浮かべながら頷く。
「………行け。」
女生徒とその仲間は走り去っていった。
「………大丈夫か?」
声をかけても心ここに在らずといったところである。咲羅は未だに固まったままの状態である。………どうしよう。とりあえず頭でも撫でとくか。咲羅の頭にポンと手を置く。すると固まったままの咲羅の瞳からぽろぽろと涙が溢れた。俺は………思わず咲羅を抱き締めていた。
事の重大さに気付いたのは数秒後。俺は咲羅の両肩を持ち、引き離す。とりあえず左右の確認。幸いにも人はいなかった。とりあえず安堵する。咲羅は驚きの表情でまた固まったままだ。涙も止まってる。
さてどうしよう。少し考えてると時間差攻撃のように咲羅の顔が赤くなる。擬音をつけると『ボンッ』といった感じだ。
「私、陽さんに抱かれた!!」
「………誤解を招くような発言はやめてくれ。」
こりゃ助けない方がよかったのか?
「…………とりあえず大丈夫そうだな。」
「はっ、はい!!ピンピンしております!!」
「………すまない。」
「えっ!?何で陽さんが謝るんですか?」
「…………多分原因は俺だろう?」
「………多分。」
「………だから迷惑かけたな。………これからは何かあったら俺に言えよ。」
「わっ、わかりました!!」
「………じゃあ店の開店準備をしておいてくれ。」
「オッケーです!!」
そういって走り去る咲羅。あんなに走んなくてもいいのに………廊下滑ってるし。