第一話 其ノ一
長篇第二弾です。楽しんでいただければ幸いです。
俺は強い人間ではない。力がどうとか喧嘩がどうとかそういった類のものではない。
いつだって弱いんだ。強がっているだけなんだ。そう、弱い。人一人助けられない弱い人間なんだ………
『第一話:出逢い side Y』
この日、俺はいつものようにカップを磨いていた。そう、いつものように……。
今日も喫茶『frontier』には多くもなく少なくもない客が入っている。そしていつものように午後五時、勢い良く扉が開く。
「ち〜っす!!」
「……遅いぞ、翔太郎。」
「ハイハイ、次からは気を付けるよ。」
この会話も既に三年目。ほぼ毎日このやりとりは続いている。翔太郎、もとい榮井 翔太郎はこの店のオーナーである。俺と同じ大学三年でどうしてオーナーであるかというと、翔太郎の伯父さんに不幸があったらしく、ここの営業をどうするかというときに翔太郎が引き受けたというわけである。
俺と翔太郎の二人でやりくり(とは言っても殆んど俺が仕事をしているのが現状である。)しているのだが、夕方前からの開店、しかも夜九時には閉まるこの店だけの収益では経営は困難である。それがなぜ三年も続いているのかというと、俺が朝から大学の講義を聞きながら株取引をしているからだろう。収益は口に出せるような額ではないが議員並の月給は稼ぎ出している。
普通の公立高校から一流の大学へ行った俺は周りからはあまり良いように思われてなかっただろう。それでも数少ない友人は今でも俺の親友である。『あの時』も翔太郎が居なかったら俺は今こうしてカップを磨いていないだろう……。
「何ボ〜ッとしてんだよ、珍しいな。」
「……別に。」
「出たよ、出たよ!!またいつもの『別に』が!!流石クールボーイ、かっこいいねぇ。」
「………はぁ。」
「あっ!!ため息吐くな!!幸せが逃げるぞ!!」
「………はいはい。」
周りから見ると、俺は美形だが寡黙な気取り屋らしい。中には俺目当てでくる客もいるらしい。が俺にはそんな自覚はない。自分の顔がいいなんて一度も思ったことはないし寡黙なのは喋るのが苦手なだけだ。気取っているわけでもない。
「で、話を聞いてたのか?」
「……何の?」
「だから、今日から俺のいとこがここで暮らすからって話だよ。」
「………はぁ?」
「なんだ?その間抜けな返事は。」
「ここって……ここか?」
「だからここだって!!」
「……俺はどうなる。」
「まぁ、一緒に住めばいいじゃん。」
そう言ってケラケラ笑う。俺にも色々と事情があって今はここで寝泊まりをしている。ちなみに翔太郎は一人暮らしをしているのでここにはたまにしか泊まらない。
その時扉がゆっくりと開き、上に付けてあるベルが小気味良い音を響かせた。扉が開き終わり影から出てきたのは………女子高生?
現れた女子高生は膝より上のグレーのチェックのスカート、ブラウスの上にはオフホワイトのカーディガン、胸元には学校のリボンが付いていた。
髪は肩よりも長く栗色をして、顔は一般に可愛いと言われてもおかしくないレベルである。そして手にはキャリーバッグが握られていた。
「お〜咲羅ちゃん、丁度良いとこに来たね〜。」
「そ〜ですか〜?」
「この娘が今日からここに住む中元 咲羅ちゃんだ。仲良くしてやれよ。」
ゴンッ!!
俺の右ストレートが翔太郎の左頬に直撃した。顎の辺りを殴ったので少しフラフラしている。昔から空手をしていた為か相手の急所めがけて殴ってしまう。無論キレた時だけである。
「いって〜なぁ、いきなり殴るなよな〜。」
「……どういうことだ?」
「いやぁ、彼女の両親が仕事で急にアメリカ支社に配属になったけど彼女高三だし、受験もあるからってことで残したんだよね。」
「……だったらお前の所に……」
「だ〜め!!彼女との愛の巣には誰も入れさせないんだもんね〜。」
「………だって女じゃ」
「大丈夫!!お前のことは信頼してるから!!」
「………はぁ。」
「……あの〜。」
女子高生、もとい咲羅がおずおずと話しかけてきた。
「良いんですかね?私がここにいて……。」
「……駄、(むぐっ!!)」
「大丈夫、大丈夫!!コイツも快くオッケーしてくれたから。」
通常、快くオッケーしたなら口を塞がなくても良いと思うのは俺だけだろうか?
「(頼む!!なっ?)」
「………はぁ。(わかったよ)」
「オッケーだって。じゃあ自己紹介しろよ。」
「……佐倉 陽大学三年だ。」
「よろしくお願いします。」
これが俺と咲羅の出逢いだった。