第二話
「――よっしゃ皆! 今日は新宿二ダンの最奥……には行かないけど、スライムの群生地で『初心者狩り』ならぬ『スライム狩り』の極意を教えちゃうぜ!」
自撮り棒を振り回しながら歩くのは、Dランク配信者のカイト。
登録者数五万人。
ほどほどの人気と、ほどほどの軽薄さを持つ、典型的な現代の冒険者だ。
彼のスマホの画面には、数千人の視聴者がリアルタイムで書き込むコメントが滝のように流れている。
:カイト今日も髪型決まってんなw
:新宿二ダンとかマジで庭だろ
:お、スライムいたぞ。燃やせ燃やせ
:……え?
:おい、今の後ろ
「ん? どうしたお前ら、コメント止まってんぞ?w」
カイトが冗談めかしてスマホの画面を覗き込む。
だが、次の瞬間、コメント欄の速度が計測不能なほどに跳ね上がった。
:後ろ!!! あのスーツのお姉さん!!
:え、待って。今、スライムを素手で殴ってなかった?
:しかも物理無効のはずなのに、思いっきり形変わってたぞ
「えっ、何?」
カイトが反射的に振り返る。
そこには、疲れ切った細い肩を揺らし、出口へと無言で歩いていく一人の女性の背中があった。
そして、彼のカメラが捉えたのは、その女性が「置いしていったもの」だった。
彼女が今まで執拗に殴り続けていたスライムが。
パンッ、と派手に爆ぜるのではない。
ドロリと液体に戻るのでもない。
――サラサラ、と。
まるで、極限まで粉砕された砂時計の砂のように。
物理無効という絶対的な法則に守られていたはずの魔物が、音もなく、静かに崩れ落ち、虚空へと消えていった。
あとに残ったのは、魔石さえも粉々に粉砕された、微かな光の塵。
「……マジ…かよ…」
カイトの喉が、引き攣ったように鳴る。
配信のコメント欄は、未曾有のパニックに陥っていた。
:は????????
:物理だぞ!? スライムに物理攻撃したんだぞ!?
:消滅の仕方がおかしい。魔法じゃない、あれはただの「破壊」だ
:あのお姉さん、一発で空間ごとスライムを粉砕しなかったか?
:【伝説の予感】新宿二ダンの『物理(概念)』使い。誰か特定しろ
その夜、配信者カイトが震える手でアップロードしたその動画は、投稿からわずか三時間で再生数五百万回を突破した。
そんな騒ぎを露知らず、私は職場の給湯室で、安物のドリップコーヒーを淹れていた。
「ねえ、佐藤さん」
背後から、同僚の山下さんが声をかけてきた。その声はいつもより上擦り、どこか怯えるような色が混じっている。
「な、なんですか?」
「……これ、見た? 最近バズってる動画なんだけど」
彼女が差し出したスマホ。そこには、昨夜の私が映っていた。
「この人、佐藤さんに似てる気がして。……ジャケットも、同じのだし」
心臓が嫌な跳ね方をした。
私は努めて冷静に、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべて答える。
「まさか。私に、そんな体力あるわけないじゃないですか。……毎日、こんなにこき使われてるんですよ?」
「……あはは、そうだよね。ごめん、変なこと聞いて」
山下さんは引きつった笑いを残して去っていった。
でも、彼女の目は笑っていなかった。
彼女だけじゃない。フロアのあちこちから、私を値踏みするような、正体不明の化け物を見るような視線が突き刺さる。
そこに、高木課長がやってきた。
「おい佐藤! さっきの資料、まだ終わってないのか! ノロマにも程があるぞ。これだから事務屋は……」
いつもの、罵倒。
私は何も言い返さずに、嵐が過ぎるのをじっと待った。
そして、午後八時。
ようやく仕事を終え、いつものように新宿ニダンに向かっている途中、サイレンの音が響き渡った。
『緊急放送、緊急放送。新宿駅周辺に異常事態発生。新宿第二ダンジョンより、未確認の災害級個体が流出しました。周辺の市民は直ちに避難を――』




